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【NPJ通信・連載記事】憲法9条と日本の安全を考える/井上 正信

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冷戦時代に先祖帰りしたロシアの核ドクトリン「核抑止政策の基礎」と米国の2018年版「核態勢の見直し (NPR) 」の狂気
―核兵器の警報下発射態勢と「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」 上

2020年7月31日


1 軍事研究誌2020年 8 月号にロシア安全保障政策の専門家である小泉 悠氏 (東大先端科学技術研究センター特任助教) の論文「初公開 ! 『核抑止政策の基礎』をよむ」が掲載されていました。

 私は湾岸戦争後から「軍事研究誌」を定期購読しており、その時々の安全保障や軍事をめぐる情報 (北朝鮮の核、ミサイル開発をめぐる93年以降の動き、台湾海峡をめぐる米中の軍事的緊張、米国の軍事戦略、我が国の安全保障・防衛政策、日米同盟など) について、貴重な情報源としていました。2020年 8 月号所収の小泉論文は、とても示唆に富むものです。

2 小泉氏の論文はどちらかというと学術的な論文風であり、ロシア政府が初めて公表した核ドクトリンである「核抑止政策の基礎」を引用しながら、ロシアの新たな核政策を詳細に論じており、今後の我が国の安全保障問題を憲法 9 条の視点から考える上でも役に立つ内容となっています。

 ちなみに論者の小泉氏は、ロシア安全保障政策の専門家の肩書で 7 月20日しんぶん赤旗紙 1 面「対ロ領土交渉曲がり角」との見出しで、写真入りのインタビュー記事が掲載されており、しんぶん赤旗紙も一目置いている研究者のようです。

3 2020年 6 月 2 日プーチン大統領が署名した「核抑止政策の基礎」については、日本国内でも 6 月 4 日付の新聞が衝撃的な内容として紹介しています。

 朝日新聞は「通常兵器で国脅かされたらロシア『核兵器で反撃』」、中国新聞 (共同通信配信記事) は「弾道ミサイル核で対抗 露が新指針 軍縮崩壊で米けん制」との見出し記事を出しています。

 中国新聞は、ロシアが核兵器を使用する 4 つのケースを具体的に引用しています。ロシアがこれまで核兵器の先制使用を否定してきたことを覆す内容としても紹介しています。

4 ロシア「核抑止政策の基礎」の内容は、2018年 2 月トランプ政権が「核態勢見直し (NPR) 」で公表した核政策と相互に影響しあい、核兵器先制使用、戦場での実際の核使用政策へと突き進んだものです。そこでまずトランプ政権の核政策の概略を振り返ってみようと思います。

5 トランプ政権は2018年2月に核態勢の見直し (NPR) を発表しました。米政府としては4回目の核態勢見直し報告書です。この内容は、オバマ政権が策定した核態勢の見直しの内容を根本的に変更するものでした。

 オバマ政権の核態勢見直しの内容は、核兵器の役割と数の縮小と特徴づけられるでしょう。特に同盟国に対する拡大抑止力として位置付けられていた海洋発射核巡行ミサイルを退役させました。

 しかし核兵器の役割の縮小の面では、期待を裏切られた面があります。核兵器の役割を他国の核兵器使用の抑止に限定すること (唯一目的化) までは踏み込まなかったからです。また非核兵器国に対する核兵器使用でも、NPT非加盟国、NPTに加盟してもそれに違反している国 (北朝鮮やイラン) を核攻撃の対象に残したことなどです。

6 トランプ政権の核態勢の見直し報告書の内容は、核兵器の役割として「核攻撃抑止が唯一の目的ではない。」と「唯一目的化」を明確に否定し、核・非核攻撃の抑止、同盟国及びパートナー国への安心提供、抑止が失敗した場合の米国の目標達成、不確実な将来に対して防衛手段を講じる能力という 4 つを挙げています。つまり、敵による非核攻撃の抑止に失敗したときには、核兵器の先制使用も辞さないというのです。

 「核・非核攻撃の抑止」の項では暗にロシアに対して、「彼らは非核攻撃または限定的エスカレーションからは何も得られないことを理解しなければならない。」と述べて、後に説明するロシアの核政策における「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」に真っ向から対抗する内容となっています。ですから、トランプ政権の核態勢の見直しは、ロシアの核戦力を強く意識したものといえます。

 そのうえで、米国の核戦力の内使いやすい非戦略核戦力を重視して、ロシアの核使用政策「エスカレーション抑止のためのエスカレーション」によりロシアが武力紛争で優位に立とうとする目論見に対して、「このロシアの誤った認識を正すことは戦略的に肝要である。」と述べているのです。

 その結果トランプ政権は非戦略核兵器 (戦術核兵器とも呼ばれる) を重視します。オバマ政権が退役させた海洋発射核巡航ミサイルに代えて海洋発射の新型巡航ミサイルの開発や、戦略原潜の搭載している大陸間弾道ミサイル (SLBM) の弾頭へ搭載する小型核弾頭を開発するとしています。

7 トランプ政権の核態勢見直しの内容を米軍において実行するために、米統合参謀本部は2019年11月に「Nuclear Operations」 (Joint Publication3-72) を公表しました。しかしすぐにHP上から削除されましたが、全米科学者連盟が全文をダウンロードして公表しているので、私もそこから入手しています。このようないわくつきのものですが、これがまたとんでもない代物なのです (だから国防省相がHPから削除したと勘繰りたくなります) 。

 この作戦文書は「核作戦、核作戦の遂行、その結果の評価のための基礎的な原則と指示を与えるものである。」と述べて、これに含まれるドクトリンが、統合参謀本部、戦闘軍司令官 (米戦域統合軍司令官の意味) 、その下位の統合部隊、統合任務部隊などへ適用されるとしています。

 内容は実際の戦場で核兵器を使用することを想定していますし、核戦争後の安定の回復までを核作戦の範囲に含めています。通常戦争であっても、非核兵器の先制使用を規定しています。つまり米国が直面した武力紛争において、必要とあらば核兵器を使用して核戦争で勝利し、核戦争後の安定の回復まで視野に入れるという、核兵器廃絶を願う私たちからすると核保有大国の倒錯した核戦争計画であると言わざるを得ません。

8 2018年NPRでは、小型核弾頭を戦略原潜に搭載するとしています。その 1 番艦が戦略原潜テネシーであり、搭載している20基のSLBMのうち、 1 基 か 2 基へ爆発威力 5 キロトンの新型核弾頭W76-2 (単弾頭または複数弾頭) を搭載して、2019年12月最後の週に大西洋へ実戦配備されたと推定されています (著名な核戦略の研究者であるウィリアム・アーキンとハンス・クリステンセンによる論文「米国は潜水艦搭載の新たな低威力核兵器を配備する」より) 。

 それ以外のSLBMの核弾頭は90キロトンのW76-1 または455キロトンのW88です。しかし、戦略原潜から発射されれば、小型核弾頭か大威力の核弾頭かの区別は出来ません。

9 トランプ政権の核態勢見直しに対抗するロシアの核ドクトリン「核抑止政策の基礎」についての、「軍事研究誌」2020年 8 月号所収小泉論文については次回ご紹介したいと思います。

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