2010.4.2更新

目黒社会保険事務所職員ビラ配布事件(堀越事件)
事件名:目黒社会保険事務所職員ビラ配布事件 (堀越事件)
係属機関:東京高等裁判所第5刑事部 中山隆夫裁判長
★画期的な無罪判決
  2010年3月29日、判決がありました。中山裁判長は、堀越さんを無罪としました。
  予定時刻より数分早く始まった公判でした。裁判長の、「原判決を破棄する。被告人は無罪。」 との主文が読み上げられると、傍聴席には歓声と拍手が湧き起こりました。 その後、中山裁判長から無罪の理由が読み上げられました。
  詳しくは、判決要旨 をご覧下さい。
  国家公務員法の政治的行為規制の条項の法令違憲は認めませんでしたが、今回のケースに適用して、刑罰を課すことは、 憲法21条1項(表現の自由)、同31条(適正手続)に違反すると明確に述べました(いわゆる「適用違憲」)。 また、判決の読み上げの最後には、「付言」 として、異例の制度改正を促す言葉もありました。 猿払事件最高裁判決の枠組みを否定しない姿勢ですが、しかし、その実、ほとんど猿払判決への決別のような結論でした。
  この後、おそらく検察官が上告するものと思われます。 ですので、事件はまだまだ終わってはいませんが、大きなアドバンテージを得て、次のステージへ移行できることになりました。

   国公法弾圧・堀越事件弁護団 声明 2010年3月29日

紹介者:佐々木 亮弁護士
連絡先:国交法弾圧を許さず言論の自由を守る会


【事件の概要】
  ビラを配布していた社会保険事務所の公務員が国家公務員法違反として逮捕・起訴された事案。

  弁護団は、国家公務員法・人事院規則の政治行為禁止の規定は違憲無効として争っている。 すなわち、政治的自由 (表現の自由) を過度に規制し、事実上、国家公務員の政治的自由を剥奪している国家公務員法・人事院規則の規定は、憲法違反である。 休日に職場と無関係な自宅周辺で、しかも誰かと話すわけでもないビラのポスティング行為は“犯罪”として処罰すべきではない。

【1審の裁判】
  第1審は有罪の不当判決。ただし、罰金刑に執行猶予を付するという異例の判決で、むしろ本件を処罰することの不合理性が際立つ結果となった。

【控訴審の裁判】
  控訴審2008年2月6日の期日では、裁判長が交代しました。前任の裁判長が定年退官し、新たに中山隆夫裁判長が赴任しました。 そこで、弁論の更新 (裁判官の構成員が変わる際等に行われる手続) が行われました。 また、弁護団から提出した明治大学法科大学院高橋和之教授の意見書が採用され、要旨の告知が行われました。
  メインイベントは国家公務員の労働組合 (国公労連) の前副委員長の山瀬さんの証人尋問でした。 山瀬さんは自らの経験と組合の幹部であった立場から、被告人のような国家公務員が政治的行為をすることを、罰則をもって禁止することのおかしさを証言しました。

  3月26日の期日では、行政法の岡田教授 (早稲田大学法科大学院) が証言されました。 現在の国家公務員法に至るまでの歴史とその歴史の中で今の政治的行為の禁止規定がいかに異常であるかについて、非常にわかりやすく語られました。
  そして、そもそも国家公務員法の目的に照らすと、本件のような行為に刑事罰を設定していることはもちろん、 それを警察主導で適用するということのおかしさも語られました。
  また、猿払事件最高裁判決についても鋭い批判がなされました。
  特筆すべきは、裁判長から補充質問があったことです。裁判長も行政法的なアプローチを無視することはできないということを強く感じました。

  5月21日の期日では、京都学園大学法学部講師の西片聡哉先生が欧州人権条約における公務員の表現の自由の保障について証言しました。
  証言によって、本件において、被告人の行為に対して刑罰を与えるということは、人権保障の観点から許されず、 本件行為に対し刑事罰をもって対する異常性が、国際法の観点から明白になりました。

  11月5日 (第6回公判期日) では、裁判官 (右陪席裁判官) の交代による弁論の更新がありました。
  更新弁論では、菊池弁護人から、先日の世田谷国家公務員法違反事件において、東京地裁がろくな憲法判断もせずに有罪の結論にしたことを厳しく批判し、 たとえ最高裁判決があっても、時代に合わなければ判例を変更することが下級審の裁判官の使命であることを強く主張しました。 また、石崎主任弁護人の更新弁論では、本件がいかに憲法違反か、捜査が違法であるか、という点が簡潔に述べられました。

  引き続き、川崎英明教授の証人尋問が行われました。川崎教授は、刑事訴訟法を専門としており、本件の捜査が適法か違法かという点について証言をいただきました。
  証言では、本件の捜査が事前捜査であること、事前捜査は刑事訴訟法では認められないこと、仮に認められるとしても厳しい要件が課せられることなど、 理論的に証言されました。そして、本件では、どのような考え方をとっても正当化することのできない事前捜査であり、 捜査に名を借りた単なる情報収集ではないかとの疑いをぬぐいきれない、との証言もされました。

  また、ビデオ撮影、尾行捜査については、たとえ公道上であっても、一切のプライバシーが放棄されているわけではなく、 その者の行動を全て継続的に把握するようなやり方は、対象者の主観的にも許容されないし、その主観について社会的に合理的であるとのコンセンサスがあれば、 やはりプライバシー侵害となることを述べられ、本件の29日に及ぶ尾行・ビデオ撮影捜査は、たとえ公道上の行為であっても、 プライバシー侵害にあたることを証言されました。
  これらの川崎教授の証言によって、本件捜査の違法性はいっそう明らかになりました。

  閉廷間際に、裁判長から、弁護団が再三求めている24本の未開示のビデオテープの証拠開示について、 数週間のうちに裁判所の考え方を明らかにするので進行協議期日を入れたい旨述べられて、閉廷しました。

  2009年1月28日の期日の内容は以下のとおりです。
<証人尋問>
  約1時間半にわたって、元郵便産業労働組合委員長の田中氏が証言しました。
  証言では、全逓 (社会党) と全郵政 (民社党)、大樹の会 (自民党) の活発な選挙活動の実態が述べられ、しかし、これらのことが職場に 「政治的対立」 を生んだとか、 業務を歪めたなど、国民の信頼を損なうことがなかったことが述べられました。

  また、証言によって、猿払事件判決の前後でもこれらの政治活動に変化がなかったことや、 郵政民営化に際して政治的行為の禁止規定がなくなることについて議論さえなかったことも明らかになりました。
  現場からの迫力のある証言であり、聞き応えのあるものでした。
  なお、検察官からの反対尋問、裁判官からの補充尋問ともにありませんでした。

<新たな証人決定>
  裁判所は石村修教授 (専修大学・憲法) を新たに証人として採用決定しました。
  石村先生には、次回公判にて、ドイツ行政法下における公務員の政治活動について証言いただくことになりました。

  3月18日の期日では、石村教授の証人尋問が実施され、ドイツ行政法下における公務員の政治活動の制限についてお話がありました。 その中で、ドイツでは本件のような行為を理由に刑事罰を与えるということはなく、日本における公務員の政治活動の規制がいかに異様であるかが浮き彫りになりました。

  5月13日、控訴審第9回公判が開かれました。
  専修大学法科大学院教授である晴山一穂先生に証人に立っていただき、フランスの公務員制度における政治活動への規制と日本の場合との比較をしていただきました。晴山先生には、フランスの関係法令や判例を丹念に分析いただき、その上でフランスの公務員の政治活動の自由について体系的で、非常に分かりやすいお話をしていただきました。 日本の公務員への政治活動の規制の異常性が浮き彫りになった証言でした。
  その後、陪席裁判官が変わったことから、弁護団は更新弁論をしました。 内容は、国際法の観点から本件がいかに世界の常識から外れている事件であるのかを主張しました。 日本の国家公務員法・人事院規則による政治的行為禁止規定、これが合憲であるという猿払事件判決が国際的には通用しないものであることを主張しました。
  更新弁論後、南山大学院教授の榊原秀訓先生の証人採用が決定されました。榊原教授には、イギリスにおける公務員の政治活動の自由をお話いただく予定です。

  7月8日、控訴審第10回公判が開かれました。
  南山大学院教授の榊原秀訓先生に証人に立っていただき、先生に和訳していただいたイギリスの国家公務員管理規則などを参照しながら、 イギリスにおける公務員の政治活動の自由と制約について証言していただきました。
  また、猿払事件の最高裁判例解説、いわゆる 「香城解説」 ですが、これが英語の文献を誤訳していることが明らかになりました。 本来、「戸別訪問」 と約すべきところを、香城解説では、「選挙運動」 と 「誤訳」 しているのです。 さすがに、裁判官も気になったのか、補充尋問でこのことを改めて榊原教授に問いましたが、最終的には誤訳を認めざるを得ないものとなったと思います。

  ここまで3回にわたってドイツ、フランス、イギリスの公務員制度について、第一線の学者からお話をいただき、 いよいよ日本の国家公務員法における政治活動への規制のおかしさが明らかになってきました。

・ビデオの証拠開示について
  弁護団から再三にわたって開示請求をしてきたビデオについて、そろそろ裁判所が何らかの判断をする可能性が高まっています。 9月16日の期日には、何か結論が出されるかもしれません。傍聴席を埋めて、ご支援をよろしくお願いします。

  9月16日の第11回公判では、早稲田大学教授の曽根教授(刑法)の尋問が行われました。 曽根教授は、第1審判決の 「累積的・波及的効果」 論に対して、刑法の原則から鋭く批判をなされました。 また、刑法における 「危険」 概念、具体的危険犯と抽象的危険犯の違い、国家公務員法・人事院規則の刑罰法規としての異常性などを証言されました。 そして、職務との関連性の無い堀越さんの行為は刑罰の対象とならないことについても証言されました。

  ビデオ証拠開示される。
  9月25日、裁判所が検察官にビデオの証拠開示を勧告しました。 これを受けて検察官は22本の未開示ビデオや関連する捜査報告書の開示に応じました。

  今後、弁護団は早急にビデオの分析を行い、証拠請求をすることになります。

  11月4日の第12回公判では、弁護団が開示されたビデオを証拠請求しました。
  弁護団から、なぜビデオを取り調べるべきであるのかについて意見を述べました。

  11月18日の第13回公判では、裁判所は、ビデオの証拠請求を却下しました。
  弁護団は、裁判所に忌避を申し立てましたがすぐに簡易却下されました。その後、弁護団は、この簡易却下に対して異議を述べましたが、 これも却下されました(判断した裁判体は、別の裁判体になります)。さらにその後、弁護団はこの却下決定に対して特別抗告もしましたが、最高裁で却下されました。 このような経過で、開示されたビデオは法廷で取り調べられることなく、闇に葬られてしまいました。

  12月21日の第14回公判では、午前10時から弁護団による最終弁論が行なわれました。
  弁論をペーパーにすると約400枚という大弁論でした。
  目次を掲載します。なお、この最終弁論は冊子になっていまして、1冊1000円で販売されていますので、詳しくは 「守る会」 にお問い合わせ下さい。

弁論要旨・目次
第1章 「合理性の基準」 により合憲判断をすることは許されない
  第1 表現の自由に対する規制にはなぜ厳格な審査が必要なのか
        ── 表現の自由の価値と憲法上の位置づけ ──
  第2 猿払事件最高裁判決の 「合理的関連性の基準」 の誤り
   1 猿払基準は 「審査基準」 たり得ない
   2 厳格な審査を回避する論理の誤り
  第3 原判決と猿払事件最高裁判決の隠れた論理
        −観念的弊害論と国民の信頼論を持ち出す必然性−
  第4 過度に広汎な政治活動禁止・処罰規制として違憲無効
  第5 刑事罰による表現の自由の規制の違憲性
   1 刑事罰の選択を「立法政策」とすることの誤り
   2 人事院規則への委任は憲法違反(刑罰の白紙委任)
  第6 規制される権利と規制によって得られる利益
        −原判決の利益衡量は、到底容認できない−

第2章 公務員の政治活動を一律全面的に禁止することは許されない
  第1 「国民の信頼」 を根拠に公務員の政治活動の自由を制限することはできない
  第2 憲法が想定する公務員制度は政治活動の自由の保障を前提としている
   1 多様な思想信条をもつ公務員が担う 「法律による行政」
   2 公務員の特定政党支持と国民の信頼
  第3 公務員の政治活動の自由を規制する根拠はない
   1 政治的に中立な国家公務員など存在しない
   2 公務員の政治活動が公務の遂行に影響を及ぼすことはない
   3 民営化等の流れと政治的行為の禁止からの解放
   4 政治活動の禁止の一律全面禁止には全く合理性がない

第3章 国際的にみて異常な国公法・人事院規則による規制
  第1 原判決が自由権規約違反による無罪を認定しなかった誤り
  第2 各国の公務員法制と政治活動の自由
   1 各国の公務員法制を検討することの意義
   2 欧米各国における国家公務員の政治活動規制の概要と特徴
   3 わが国の国公法の刑罰による包括的な政治活動禁止規定条項を根拠づけるだけの 『特殊性』 は存在しない
   4 公務員の政治活動の自由についての今日の国際的な到達点
  第3 国際人権法や人権保障の国際水準を尊重することの必要性

第4章 被告人の配布行為を刑事罰の対象とすることは許されない
  第1 刑罰法規の解釈適用に関する原判決の誤り
   1 原判決の危険(抽象的危険)の論理と問題点
   2 抽象的危険で表現の自由を禁止・処罰することは許されない
   3 表現の自由を制約する抽象的危険はより実質化されなければならない
   4 公務員の政治活動をめぐる判例における抽象的危険の実質化の検証
   5 懲戒処分と刑事制裁の違いと要件・効果
   6 「累積的・波及的効果」 に処罰の根拠を求めることはできない
   7 保護法益としての 「国民の信頼」 の問題点
  第2 被告人の配布行為は構成要件に該当しない
   1 職務と関係ない行為を刑罰の対象とすることは許されない
   2 国公法・人事院規則の特異性と限定解釈の必要性
   3 本件配布行為には法益侵害の抽象的危険すらない
  第3 国公法による刑罰の委任の限界
  第4 猿払事件最高裁判決の射程
  第5 懲戒処分の対象にならない行為を処罰の対象とすることは許されない

第5章 本件捜査の違法性とその帰結
  第1 本件捜査そのものが違法である
  第2 本件ビデオ等に証拠能力は認められない
  第3 本件捜査の核心部分に関する証拠を 「抹殺」 した決定の違法性

第6章 今こそ猿払事件最高裁判決の呪縛との決別を
  第1 国公法102条1項・110条・人事院規則14-7は欠陥法令
     〜立法目的を達するためには、被告人を無罪にするしかない。
  第2 新しい時代に即した現実に基づいた判決を

★画期的な無罪判決
  2010年3月29日、判決がありました。中山裁判長は、堀越さんを無罪としました。
  予定時刻より数分早く始まった公判でした。裁判長の、「原判決を破棄する。被告人は無罪。」 との主文が読み上げられると、 傍聴席には歓声と拍手が湧き起こりました。その後、中山裁判長から無罪の理由が読み上げられました。
  詳しくは、判決要旨 をご覧下さい。
  国家公務員法の政治的行為規制の条項の法令違憲は認めませんでしたが、今回のケースに適用して、刑罰を課すことは、 憲法21条11項(表現の自由)、同31条(適正手続)に違反すると明確に述べました(いわゆる 「適用違憲」)。 また、判決の読み上げの最後には、「付言」 として、異例の制度改正を促す言葉もありました。 猿払事件最高裁判決の枠組みを否定しない姿勢ですが、しかし、その実、ほとんど猿払判決への決別のような結論でした。

  この後、おそらく検察官が上告するものと思われます。
  ですので、事件はまだまだ終わってはいませんが、大きなアドバンテージを得て、次のステージへ移行できることになりました。

【一言アピール】
  この事件は公務員の事件として見るというよりは、市民の権利の問題としてみて欲しいと思います。 今は、国家公務員への自由の制限ですが、いつの間にか国民一般への規制へとすり替わりかねない危うさがあります。 本事件の被告人は、一般の人であれば全く問題のない行為をしていただけです。国家公務員としての地位を利用したなどの事情は一切ありません。 それを長期間の尾行捜査の上、逮捕・起訴するという異常性を、よく味わってほしいと思います。

文責 弁護士 佐々木 亮