2009.12.16更新

夏淑琴名誉毀損事件〜史実をまもる!

事件名:名誉毀損を理由とする賠償請求事件
内  容:書籍の中で、南京事件の被害者 (夏淑琴) の名誉を毀損した
     著者(学者)と出版社を相手に、慰謝料と謝罪広告を求める訴
     訟
当事者:夏淑琴 (南京事件の被害者) VS
        東中野修道 (学者) 及び展転社 (出版社)
判決の報告
  2008年5月21日、双方の控訴を棄却する東京高裁判決が出ました。
  すなわち、夏淑琴さん (第一審勝訴原告) への名誉毀損を認めた第一審の判決が維持されることになりました。
  控訴審で東中野氏及び展転社 (第一審敗訴被告) は、 「夏淑琴が南京事件の被害者とする根拠となっている 『フィルムの解説文』 は創作話である」 との主張を展開しました。 しかし、控訴審は 「第一審では、『フィルムの解説文』 の存在を前提としておきながら、いまさらこれを創作話であるとする主張は採用できない。」 旨の判断をして、 これを退けました。

  2009年2月5日に、一審被告東中野修道等の上告及び上告受理申立がいずれも棄却して、一審原告である夏淑琴さん勝訴の控訴審判決が確定しました。
  同年7月には、被害者夏淑琴さんが来日され、裁判の勝利集会が開かれました。傍聴、ご支援ありがとうございました。

  弁護団声明 2009年2月5日
紹介者:井堀 哲弁護士


【はじめに〜夏淑琴とは?】
  中華人民共和国江蘇省南京市在住の女性で、1937年12月から起きた南京大虐殺の生存者です。1929年5月5日生まれ (推定) で、現在満78歳になります。
  1937年12月13日に、南京に住んでいた夏淑琴さんの一家9名は、同じ住所に住んでいた回教徒で大家の一家 (哈氏) 4人とともに日本軍に襲われ、 夏さんとその妹だけを残して、残りの11人が日本軍によって惨殺されました。夏さんの姉二人は夏さんと同室でレイプされ、 夏さんも日本軍に銃剣で左肩と左脇腹と背中を刺されました。生き延びた夏さんと下の妹は当時8歳と4歳 (推定) で、 二人はその後も孤児として苦しい生活を強いられました。

【事件のきっかけ】
  ところが、1998年東中野修道氏 (亜細亜大教授、日本 「南京」 学会会長) は、『「南京虐殺」 の徹底検証』 (展転社) の中で、 「新路口事件」 の生き残りの8歳の少女は、原告夏淑琴ではないと指摘しました。つまり、夏さんを 「ニセ被害者」 と判断したのです。

【日本と中国を股にかけた訴訟の経緯】
  2000年11月27日、夏さんは、中国で、著者である東中野氏と展転社を相手に、 慰謝料と謝罪広告を求める名誉毀損訴訟を提起しました (南京市玄武区人民法院に係属)。しかし、訴状を受け取ったにもかかわらず、 東中野氏らは出頭しませんでした (2004年11月)。

  それから、2ヵ月後の2005年1月28日、今度は、東中野氏と展転社が原告となり、債務不存在確認、 つまり 「自分たちの出版物は、名誉毀損に当たらないことの確認」 を求めて東京地裁に訴訟を提訴したのです。

  提訴の事実を知った夏淑琴は、中華全国律師協会、江蘇法徳永衡律師事務所での協議を経て、2005年11月に日本の弁護士への依頼。 裁判所との進行協議により、2006年5月15日に夏淑琴を原告とする反訴を提起しました。 裁判で求めているのは、慰謝料1200万円 (後に東中野に対してのみ、請求額を300万円拡張) 及び謝罪広告掲載請求です。

  訴訟は、6回の口頭弁論を経て、7回目の7月27日に結審しました。

【第一審判決】
  2007年11月2日(金) 午後4時半に判決が言い渡されました (東京地裁民事10部)。
  三代川裁判長は、名誉毀損の事実を認め、被告東中野氏と展転社に350万円の支払 (東中野氏に対しては、 台湾版と英語版を出版して被害を大きくした点で50万円を付加) を認めました。謝罪広告は認められませんでした。

【本判決の意義】
  本件判決には、5つの意義があります。

  第1に、主文で認容された金額です。
  350万円+50万円で、合計400万円。この金額は、一般の名誉毀損に比較しても高額であり、また李秀英さん (夏さんと同様、南京事件の被害者。 夏さんと同様、展転社の出版物でニセモノ扱いされたことを理由に損害賠償訴訟を提起した。) の裁判の認容金額 (150万円) を大きく上回ります。

  第2に、判決理由において、名誉 (=社会が与える評価) 侵害のみならず、 名誉感情 (=本人が自分自身に対して持つ主観的な価値意識) の侵害が認められたことです。
  第1、第2の点に関して言えば、その理由は、「原告が生き残った 『八歳の少女』 ではないのに 『八歳の少女』 として虚偽の証言をしている」 という本件記述の悪質性が考慮されたと同時に、後に述べるように、裁判所が、夏さんが南京事件の代表的な被害者として、 広く知られていることを十分に理解したからだと思われます。

  第3に、夏さんを南京事件の生存被害者として広く知られ人物であると認めた点である。これが、第1 (賠償金額の高さ)、 第2 (名誉のみならず、名誉感情の侵害も認められた) で指摘した点に直結すると考えられます。

  第4に、被告東中野の研究者としての姿勢を糾弾している点です。
  判決理由骨子を紹介しましょう。「通常の研究者であれば上記の不合理性や矛盾 (「bayonetted」 の解釈や、 「シア夫婦の子でもマア夫妻の子でもない」 と結論づける推論) を認識し、再検討して他の解釈の可能性に思い至るはずであるが、 被告東中野はこれらに一切言及しておらず、被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとはいえない」。 言い換えれば、被告東中野は、通常の研究者のレベルに達していないか、 (仮に通常の研究者のレベルに達しているとすれば) 悪意をもってねじ曲がった原資料の解釈を行ったかのいずれかであると断罪しているといえましょう。 東中野氏はいずれを選択するのか。求釈明してみたいところです。

  第5に、本判決によって、史実を守る闘いに勝利したことです。
  本件書籍の出版は、悪意をもった原資料の曲解によって、南京事件とその被害者の人生をもろとも亡きものとして葬り去ろうとする試みでした。 仮に、本件で敗訴するようなことがあれば、被告らは自らの悪意に満ちた奇妙な解釈に自信を持ち、これを繰り返して歴史を改ざんする動きが加速されたことでしょう。
  しかし、本件判決によって、逆に彼らの目論見自体が葬り去られたといえるのです。

【次回期日の紹介】
  控訴審の第1回口頭弁論期日となります。双方が控訴理由書を陳述します。

  第一審に敗訴した東中野修道氏 (著者) と転展社 (出版社) は、これまでマギーフィルム (南京虐殺当時の状況を撮影したフィルム) 解説文を根拠に、 「フィルムに登場する人物と夏淑琴氏は別人物。第一審で敗訴した東中野修道氏と転展社は、よって、彼女はニセ被害者だ。」 という主張してきました。 ところが、今回の控訴審では、マギーフィルム解説文が架空のものであったとの 「新主張」 を展開します。

  これに対して、夏淑琴弁護団は、「新主張」 が東中野氏らの主張と根本的に矛盾するものであると反論するとともに、 東中野氏が夏淑琴氏に対する名誉毀損行為を、うっかり (過失) やってしまったのではなくわざと (故意) にやったこと、 第一審で認められなかった謝罪広告の必要性を主張します。

  弁護団としては、東中野氏側の主張には、実質的に審理に値するものはなく、早期 (できれば第 1回期日で) に終結すべきと考えています。

【控訴審第1回口頭弁論報告〜弁論終結〜】
  東中野氏と展転社 (反訴被告:一審敗訴) は、「夏淑琴さんの家族が惨殺されたことは歴史的真実であるが、 これは中国軍がやったことで日本軍がおこなったものではない。えん罪だ。」 との新々主張を展開し、 かつ 「4月末までに新たな歴史学の成果を踏まえてこれを立証したい。」 と主張しました。
  これに対し、夏淑琴弁護団は 「今までの主張と矛盾する上に、全く新たな主張で時期を逸している。 裏付ける証拠も全く出ていない。単なる引き延ばしだ。」 として、弁論の終結を求めました。
  裁判所は、双方の主張を吟味した上で 「東中野氏らの新たな主張は、過去に主張する機会があったのにこれをしなかった。 判決をするに熟したと判断して、弁論を終結する。仮に弁論を再開する必要があるというのであれば、4月21日までに何らかの主張をするように。」 といって、 判決言い渡し期日を指定しました。事実上、事件は終結したといってもよいでしょう。

【控訴審判決−東京高裁】
  2008年5月21日、双方の控訴を棄却する判決が出ました。
  すなわち、夏淑琴さん (第一審勝訴原告) への名誉毀損を認めた第一審の判決が維持されることになりました。
  控訴審で東中野氏及び展転社 (第一審敗訴被告) は、 「夏淑琴が南京事件の被害者とする根拠となっている 『フィルムの解説文』 は創作話である」 との主張を展開しました。 しかし、控訴審は 「第一審では、『フィルムの解説文』 の存在を前提としておきながら、いまさらこれを創作話であるとする主張は採用できない。」 旨の判断をして、 これを退けました。

【今後の予定】
  2008年6月3日(火)、第一審被告ら (東中野氏及び展転社) は上告しました。

【上告審】
  2009年2月5日に、一審被告東中野修道等の上告及び上告受理申立がいずれも棄却して、一審原告である夏淑琴さん勝訴の控訴審判決が確定しました。
  同年7月には、被害者夏淑琴さんが来日され、裁判の勝利集会が開かれました。傍聴、ご支援ありがとうございました。

  下記に、弁護団声明をご紹介致します。

声   明

  最高裁判所第1小法廷は、本日、南京大虐殺事件の被害者である夏淑琴氏に対する名誉毀損に関し、慰謝料の支払い等を求めた事件について、 一審被告東中野修道等による上告及び上告受理申立を、いずれも棄却する決定を行った。これによって、夏淑琴氏の勝訴が確定した。

  本件訴訟は、夏淑琴氏が1937年12月に南京で発生した旧日本軍による虐殺事件(南京大虐殺事件)において、両親など家族7人を虐殺され、 自らも銃剣で刺されて重傷を負うなどの筆舌に尽くしがたい深甚な被害を被ったのにもかかわらず、 被告東中野修道が、その名誉を毀損する書籍 「『南京虐殺』 の徹底検証」 を被告株式会社展転社等から出版したことに対し、 夏淑琴氏が名誉毀損及び人格権の侵害を理由として、損害賠償と謝罪広告の掲載を求めたものである。
  すなわち本件書籍は、史料に被害者として登場する 「『八歳の少女』 と夏淑琴とは別人と判断される」、「『八歳の少女(夏淑琴)』 は事実を語るべきであり、 事実をありのままに語っているのであれば、証言に、食い違いの起きるはずもなかった」、 「さらに驚いたことには、夏淑琴は日本に来日して証言もしているのである」 等と記載され、これらの記述は、 原告が 「ニセの被害者」 であると決めつけ、ウソの証言までしているものと非難するものであり、原告の名誉を毀損するとともに、その人格権を著しく侵害するものである。

  一審被告らは、上告審においても、南京事件は国民政府の謀略である等、荒唐無稽の主張と史実の歪曲を重ねたが、 最高裁判所もこれらの主張を受け付けなかった。南京大虐殺事件は歴史的事実であり、当時の日本の侵略性を示す事件として世界に広く報道され、 国際的な批判を浴びた蛮行であった。大都市における顕著な侵略的事実は、当然のことながら多くの目撃者と記録が残され、 現地においては公知の事実であり、大規模な虐殺行為が行われたという歴史的事実は疑いのないところであって、現在の歴史学界における定説といってよい。

  過去と向き合い、事実をありのままに受け入れることからしか、侵略の歴史への反省はあり得ないし、真のアジアの平和の構築も実現しない。
  夏淑琴氏が、高齢にもかかわらず本件訴訟を提起したのは、自分の悲惨な体験を語り続け、戦争の悲惨さと平和の尊さを社会に訴えることが、 日中両国民の信頼関係の確立と、アジアの平和にとって必要なことであるという信念に基づく。

  最高裁判所が今般、あらためて夏淑琴氏の主張を認め、一審被告らの上告を棄却したことは、本件訴訟のこのような趣旨に照らし極めて大きな意義を有する。
  誤った歴史観を許さず、歴史の改竄を許さないことによって平和な国際社会を実現することは、日中両国の心ある市民と我々弁護団の共通の願いである。 今般の最高裁決定によって、この願いが改めて実現したことを、私たちは高く評価するものである。

    2009年2月5日
南京大虐殺・夏淑琴氏名誉毀損事件弁護団


文責 弁護士 井堀 哲