2010.3.31更新

中国人実習生強制労働事件
事件名:中国人実習生強制労働事件
事件の内容:未払賃金として1人当たり約350万円 (被告会社に対して)
        不法行為に基づく損害賠償として1人当たり約540万円
         (被告全員に対して)
        ※訴訟と合わせて仮払い仮処分申立
当事者:中国人実習生4名
       VS 有限会社スキール、レクサスライク、プラスパアパレル
          協同組合、財団法人国際研修協力機構 (JITCO)
係属機関:熊本地方裁判所民事2部合議係
本訴
  2010年1月29日、熊本地方裁判所は、原告4名の主張をほぼ認める画期的な勝訴判決を下しました。
  判決内容の要点は、(1) 研修生の労働者性を肯定したこと、(2) 会社の不法行為責任を認めたこと、(3) 協同組合の不法行為責任を認めたこと、 (4) JITCOの不法行為責任は否定したことの3点になります。

紹介者:小野寺信勝弁護士
連絡先:熊本中央法律事務所 (担当:小野寺信勝)


【事件の概要】
  熊本県天草市において、大手アパレルメーカの製品を製造する天草市の2つの縫製工場に派遣された外国人実習生が、奴隷的労働を強いられたという事件です。 給与は約月6万円、1日12時間以上働かされ、残業代は県の最低賃金の半分以下の時給300円、休日は月1、2回程度しか与えられていませんでした。  

  また、彼女たちの逃亡を防止するため、パスポート、通帳、印鑑を取り上げ、賃金を強制貯金し、その預金も事業資金に流用されていました。

  これまで中国人実習生のうち4人は、ローカルユニオン熊本 (上山義光委員長) に加入し、縫製会社及び協同組合を相手に交渉をしてきましたが、 交渉は決裂するに至りました。

  そこで、12月6日、天草市の縫製会社2社、協同組合、そして、 外国人研修・実習制度の適正実施を図るべき財団法人国際研修協力機構 (JITCOといいます) の4者を被告として、 未払賃金請求及び損害賠償請求訴訟を提起するに至りました。合わせて、同請求につき仮払いの仮処分も申し立てています。

【本件提訴の意義】
(1) 外国人研修・技能実習制度の実態
  外国人研修・技能実習制度とは、日本国が外国人に対し、各種の技能、技術などの習得を援助・支援し、その習熟を図ることによって、 わが国が主に開発途上国の人材育成に寄与することを目的とする制度であり、国際貢献の一環とされています。

  受入れ人数は年々飛躍的に増加し、2005年段階で、研修生約5万7千人、技能実習生約3万2千人に達しています (法務省調べ)。

  しかしながら、実際には、本件のように外国人研修生を安価な労働力を確保する方法として利用し、 外国人に単純労働をさせるための偽装の手段に利用されている場合が多く違法労働が常態化していると言われています。

(2) 本件提訴の意義
  外国人研修生・技能実習生の多くは、母国の送出機関に多額のお金を支払い、親族等を保証人にするなどして来日しています。 そして、外国人として日本に知り合いがいないことに加えて、被害の声をあげると帰国させられてしまうこと、 外出を制限されていること等から外国人研修生・技能実習生への違法労働の実態が見えにくく、違法労働が状態化していると言えます。

  結局、被害者を救済するためには制度を改廃しなければなりません。本件提訴は、彼女たちを救うことがこの裁判の第一次的な目的ではありますが、 さらには、外国人研修・技能実習制度の問題点を明らかにしていくことにも目的があります。

【手続きの経過】
(1) 仮処分
  2008年4月8日の審尋期日において、申立人側 (仮処分では、訴訟と違い、申立人 〔=訴訟の原告〕 と相手方 〔=訴訟の被告〕 という用語を使用します) は、 研修の実態はなく、労働そのものであったこと、したがって、研修期間中においても最低賃金法が適用されることを準備書面において主張し、 次回期日での結審を求めました。

  これに対して、協同組合、会社2社は、研修は適正に行われた旨主張するのみであり、具体的主張は何らしようとはしませんでした。

  裁判所は、協同組合らに対して、研修生に対していかなる研修を実施していたのか、その具体的事実経緯を明らかにするよう求し、 私たちに対して必要があれば次回期日までに反論することを求めました。

  私たちは、本期日において、研修とは名ばかりで、その実態は労働そのものであったことをすべて十分主張立証することができたと考えており、 裁判所も私たちの主張立証が尽くされたと判断していると考えています。

  5月9日の期日では、期待されていた結審まではいきませんでしたが、次回の審尋期日に裁判所から仮処分を結審するか否かの判断が示されることとなりました。

  6月24日の第5回審尋期日で、仮処分事件が結審しました。
  私たちは、これまで仮処分においては、研修生の労働者性の主張立証を尽くたので、司法として研修生の労働者性を正面から認めるべきであるとして、 今回の審尋期日での仮処分の結審を求めていました。
  裁判所は私たちの要望を受け、本期日での結審の判断をしました。

  仮処分では、研修生への最低賃金法の適用の有無が大きな争点となっていました。
  外国人研修制度においては 「研修生」 は 「労働者」 ではないと扱われ、最低賃金法すら適用がないとされています。
  受入れ機関が、この制度を逆手にとって、研修生に最低賃金法を大きく下回る研修手当のみを支払って働かせ、 研修生を低賃金労働者として扱う事例が全国で多発し社会問題となっています。

  裁判所が、彼女たちの研修期間中に労働者性を肯定して最低賃金法の適用を認める決定が出されれば、彼女たちを救済することはもちろんのこと、 まだ被害の声すらあげることができない多くの研修生に勇気を与えるものとなり、まさに歴史的判断となります。

  仮処分決定の時期は未定ですが、来月中には判断が示されると思われます。

  2008年8月8日、熊本地方裁判所民事第2部 (高橋亮介裁判長) は、賃金等仮払い仮処分申立事件につき、 実習生らが 「今後も在留し続けるとはいえない。」 複数の訴訟代理人を選任しているので帰国後も訴訟を継続できる旨判示し、 保全の必要性は認められないとの理由から、却下決定を出しました。

  裁判所は、決定理由の中で、研修生・技能実習生たちの置かれた実態に全く触れることなく、紋切り型の形式的な理由だけで債権者らを切り捨てる不当決定であり、 到底納得できるものではありません。

  また、実習生らが在留しているのは、訴訟のためだけでなく、制度を遵守している会社での実習の継続を求めているためです。 裁判所の決定は、実習生らの実習継続の機会を奪うものでもあります。

  私たちは仮処分却下決定に強く抗議するとともに、福岡高等裁判所に抗告をしました。

  平成20年12月19日、福岡高裁は抗告を却下しました。
  決定理由は、保全の必要性について 「在留が入管法上適法なものであることを要すると解するべきであるし、また、保全の必要性が認められるためには、 適法な在留の見込みについて、単なる可能性を疎明すれば足りるものと解することもできない。」 とし 「在留期限を経過した抗告人(注:天草縫製実習生)らが、 なお我が国に今後適法に在留し続けるとの疎明はない」というものです。

  実習生たちは、労働組合で保護されてから、支援者からのカンパで生計を立てながら、実習生たちは裁判を闘うとともに、 制度を遵守する新たな技能実習先を探していました。
  そうした中で2008年4月と7月に(技能実習生の在留資格は 「特定活動」 であり、1年更新とされています)在留期限が切れるに伴い、 在留資格の更新の申請をしていました。
  福岡高等裁判所は、審尋期日を開いて本人から話しを聞くこともせずに、実習生本人が置かれている現状を一切考慮することなく、 今後の在留可能性という一般論のみから保全の必要性を認めなかったものであり、強い怒りを禁じ得ません。

  今後は訴訟において、天草縫製実習生たちへの違法労働・人権侵害を明らかにするとともに、 いまだ声をあげることすらできない多くの研修生・技能実習生の救済のために闘っていきます。

(2) 本訴
  2008年2月6日の第一回口頭弁論には被告らは欠席したが、原告側からは、原告1名、代理人2名による意見陳述を行った。
  裁判所にとって今回がはじめて外国人研修生の実態を生の声で聞く機会となった。
  国際貢献とは名ばかりで、あまりに過酷な労働実態であることに関心をもって聞いているように思えた。 また、傍聴人の中には原告の意見陳述に涙を流しているものもいた。

   意見陳述書 弁護士 小野寺信勝 2008.2.8
   意見陳述書 リュウ クン 2008.2.8

  3月14日の期日 (第3回口頭弁論)
  財団法人国際研修協力機構 (JITCO) は、関係省庁によって設立され、国から技能実習制度等の業務の委託を受けている団体であり、 外国人研修・技能実習制度の中核的機関である。 しかし、JITCOはほとんど監督機能を果たさそうとせず、そのことが、研修生・実習生を低賃金労働者として扱ったり、 重大な人権侵害が生じているという深刻な実態を招いている。

  第3回口頭弁論期日では、JITCOの責任を主張するとともに、原告らがまさに奴隷のように扱われたという被害を訴えた。

  ※資料 第3回口頭弁論意見陳述
   意見陳述書 弁護士 椛島 隆 2008.3.14
   意見陳述書 原告 杜甜甜 (テンテン) 2008.3.14


  5月9日の期日では、原告側は、2008年2月6日付準備書面 (1) において、被告である財団法人国際研修協力機構 (JITCO) に対して、 原告ら研修生・実習生の受入れ機関である被告協同組合や縫製会社等にどのような調査を実施してきたのか回答を求めるとともに、 協同組合等から提出された文書を開示するよう釈明を求めていました。

  これに対して、被告JITCOは、「業務により取得した情報をみだりに開示することはできない」 「回答することは必要もなく、また妥当性も欠く」 等として 我々の釈明の回答を拒否しました。
 本日の期日では、原告谷さんから被害の実態を法廷で意見陳述するとともに、弁護団からは被告らの応訴態度を批判する意見陳述を行いました。

  ※資料 口頭弁論意見陳述
   意見陳述書 弁護士 小野寺信勝 2008.5.9
   意見陳述書 原告 谷 美娟 (グ・メイジャン) 2008.5.9


  期日の間に、外国人研修・技能実習制度の実態を立証するために、ジャーナリストで「外国人研修生殺人事件」(七つ森書館)の著者である安田浩一さんの証人尋問を請求しました。

 7月18日の期日では、原告側は、協同組合の監理責任とJITCOの主張に対する反論の準備書面を提出するとともに、 被告JITCOに対して改めて被告協同組合らにどのような調査・指導をしたのかを明らかにするよう求めました。

  また、協同組合が提出した書類につき、福岡入国管理局に対して調査嘱託及び文書送付嘱託を申立てが採用され、協同組合らが提出した書類が明らかになりました。

  9月19日の期日では、裁判所に採用された福岡地方入国管理局への文書送付嘱託及び調査嘱託の結果を受けて、 事業協同組合の不法行為について準備書面で詳細に主張しました。

  また、裁判所に次回期日での原告本人尋問の採用を求めました。期待されていた原告尋問の採用は留保されましたが、 次回期日において原告尋問が採用される見通しとなりました。今後は、主張段階を終え、具体的な立証を行っていく予定です。

  11月7日期日の報告
  かねてから裁判所に採用を求めていた原告本人尋問が採用され、次回期日から2期日に分けて原告本人尋問が実施されることになりました。
  これによって、訴訟は、主張整理段階を終え、具体的立証に入っていくことになります。

  2009年1月16日の期日では、原告2名の本人尋問が行われました。原告らの劣悪な労働実態や旅券や通帳取り上げなどが明らかとなりました。

  2009年2月27日の期日では、原告3人の本人尋問が終了した。
  被告はこれまで適正な研修を行ったと主張しながらも、尋問の中では事実関係を争うことはせず、 「旅券が手元にないことによって不利益はあるのか」 などの争点と離れた尋問に終始していました。

  6月12日の期日では、被告会社社長及び協同組合理事長の尋問が実施されました。
  会社社長の尋問では、社長自身が旅券等の取り上げについて逃亡防止目的であったことを認めるなど、原告らへの人権侵害の実態が明らかとなりました。 また、協同組合理事長の尋問によって監査に実態がないことが明らかになりました。
  これによって、証拠調べ手続は終了し、次回期日で結審することになりました。

  10月2日の期日では、原告・被告側とも最終準備書面を提出し、双方すべての主張を終えました。

  2010年1月29日、熊本地方裁判所は、原告4名の主張をほぼ認める画期的な勝訴判決を下しました。
  判決内容の要点は、(1) 研修生の労働者性を肯定したこと、(2) 会社の不法行為責任を認めたこと、(3) 協同組合の不法行為責任を認めたこと、 (4) JITCOの不法行為責任は否定したことの3点になります。

(1) 研修期間中の労働者性を認める
  裁判所は、「研修とは名ばかり」 であり彼女たちは労働者であったとして研修期間中にも最低賃金法の適用を認めました。 外国人研修制度では、研修生には最低賃金法の適用がないとされてきました。 それを逆手にとって、多くの受入れ機関では研修生であれば就労させても最低賃金すら払う必要がない誤った運用がなされてきました。 裁判所はこうした誤った運用にノーを突き付けたのです。

(2) 会社の不法行為責任
  また、会社は彼女たちの逃亡を防止するために旅券や通帳・印鑑を取り上げて違法労働を継続させた行為は彼女たちの人格権を侵害するとして、 縫製会社2社に慰謝料等の支払を認めました。

(3) 協同組合の不法行為責任
  さらに、この制度のもとでは、中小零細企業が研修生を直接受入れるのではなく、事業協同組合などの団体を通して、研修生を受入れて、 団体が会社を指導することによって研修生に研修の実が上るように指導したり、人権侵害がないように指導監査することになっています(団体監理型といいます)。 しかしながら、実際には事業協同組合等の団体の監査はほとんど行われておらず、中には団体自らが違法労働を指示したり、旅券を取り上げたりすることもあります。 判決では、裁判所は、事業協同組合に対して縫製会社での違法な就労や不適切な監理の禁止するために指導する義務を怠ったとして、慰謝料等の支払を認めました。 現在、研修生の約9割が団体監理型での受入れですが、その安易な受入れが研修生らの人権侵害を招いています。 本判決は、こうした団体管理型の受入れ実務に大きな転換を迫る判断であると言うことができます。

(4) JITCOの不法行為責任は否定
  残念ながらJITCOの不法行為責任については、「公的な性格を担っている」 としながらも、「あくまで民法上の財団法人」 であること、 指導等に法的権限を伴うものではないことなどを理由として、JITCO制度適正化の監理監督義務を否定されました。
  しかしながら、JITCOが何らの権限もない団体だとの判断は、 JITCOの存在意義と国がJITCOに制度の運営を一任する現在の制度の在り方を問い直すことを迫ったと評価することができます。

今後の動き
  原告側は、被告協同組合に対してのみ福岡高等裁判所に控訴しました。期日はまだ決まっていません。
また、今回の勝利判決を受けて、他県でも研修生・実習生が被害の声を上げはじめています。 2010年2月15日には長崎県島原市の縫製実習生5名が会社、協同組合、JITCO長崎地裁に提訴し、同年3月29日には鹿児島県枕崎市の縫製実習生3名が会社、 協同組合、JITCO等を被告として鹿児島地裁に提訴しました。

【一言アピール】
  全国で外国人研修・技能実習制度に取り組んでいる団体と連携して、この制度の改廃をも視野に入れた運動を展開していきたいと思っています。 この記事を読まれた方からの連絡を是非ともお願い申し上げます。

  また、彼女たちは在留資格上、協同組合の組合員である会社以外での就労が認められていないため、全国の支援者からのカンパによって生活しています。 そこで、彼女たちへのカンパも合わせてお願い致します。

文責 弁護士 小野寺信勝