2010.3.31更新

ノーモア・ミナマタ訴訟
〜第2の政治決着を許さない〜裁判闘争〜
事件名:ノーモア・ミナマタ訴訟
            〜第2の政治決着を許さない裁判闘争〜
事件の内容:国・熊本県・株式会社チッソへの損害賠償請求事件
係属機関:熊本地方裁判所民事2部合議A係 高橋亮介裁判長
       (亀川清長裁判長から交代)
  2010年3月29日、ノーモア・ミナマタ国賠等請求訴訟の第5回和解協議期日において、原告団及び被告国、熊本県、チッソは、 熊本地方裁判所が本年3月15日に示した解決所見を受け入れることを表明した。 その結果、原告と被告らとの間にノーモア・ミナマタ訴訟解決に向けての基本合意が成立し、本件訴訟は、和解による解決に向けて大きな一歩をふみ出した。 しかし、未だ被害地域住民の徹底した健康調査が行われていないため多数の潜在被害者が取り残されていること、 水俣病特措法による解決方法・内容が未定であるうえ加害企業チッソの無責任な分社化のおそれがあること、 胎児性・小児性被害者の病像の調査研究が未だ不十分であること、これらの現状を見るとき、原告らは闘いの手を緩めることは決してできない。

  ノーモア・ミナマタ訴訟解決に向けての基本合意成立にあたって
     ノーモア・ミナマタ国賠等請求訴訟原告団 2010年3月29日

紹介者:板井俊介弁護士
連絡先:熊本中央法律事務所 TEL 096-322-2515


【ノーモア・ミナマタ訴訟第10陣提訴】
  「水俣病」。その言葉は誰もが聞いたことがあるものと思う。今年は、その水俣病の公式発見から51年目を迎えた。 これまで、水俣病を巡っては、様々な裁判が行われてきた。そして、水俣病問題において、司法が果たした役割は大きいものがある。

  ところで、水俣病問題の歴史は、患者の分断の歴史であると言われることがある。政治家に訴えるのか、訴訟で切り開くのか、という方針で、患者会が一つになれず、 そのことが正当な解決を阻んでいるとさえ言われた。そして、事実、2004 (平成16) 年の水俣病関西訴訟最高裁判決後も、いくつかの患者会が創設された。 そして、それぞれの患者会において、異なる要求を掲げてきた経緯もあった。

  しかし、2004 (平成16) 年の最高裁判決があるにもかかわらず、正当な救済を行おうとしない。 それどころか、現在手を挙げる水俣病患者の60%を切り捨てる与党PT (プロジェクトチーム) 案により幕引きを図ろうとしている。

  ところが、与党PT案は多くの患者会に否定され、本年5月1日の水俣病慰霊式を迎えるにあたり、 株式会社チッソも 「最終解決の展望がない」 として同案の受け入れを否定した。

  これは、現在の与党PT案が水俣病の解決策たりえず破綻したことを示すと同時に、水俣病加害者らが、正当な償いから逃避し続ける様を物語るものである。 そして、真の解決は裁判所によりなされなければならないということを示すものである。

  現在、多くの患者団体が、司法による解決を求めて訴えを続けている。 ノーモア・ミナマタ訴訟は、その中で最大の原告数を持つ訴訟であり、現在の水俣病問題を最先端で切り開くものである。

  2007 (平成19) 年10月11日は、行政に対する怒りを証明するする歴史的な日となった。 この日、熊本地方裁判所の門前には、これまで別々に要求を掲げてきた複数の患者会のメンバーが、ともに水俣病問題の解決を目指して声を揃えた。

  同日午前、胎児性、小児性の水俣病患者の団体から9名が新たに熊本地裁に国家賠償を求めて提訴した。 同日午後には、すでに訴訟を行ってきたノーモア・ミナマタ訴訟の第10陣追加提訴が行われた。 そして、両訴訟の原告代表が、ともに 「司法の場での解決こそが水俣病問題の正当な解決への唯一の道と確信し、 ともに連帯して闘い抜く」 との共同声明を読み上げたのである。

  さらに、同日、熊本地裁では、水俣病関西訴訟勝訴原告が、水俣病認定の義務づけを認めた訴訟の口頭弁論も開かれ互いに交流し、エール交換もされるなどした。

  これは、与党 (自民党、公明党) プロジェクトチームが提案する第二の政治決着が不当であること、 そのような案では全面解決が不可能であることを大きく世論にアピールすると同時に、水俣病問題の正当な解決のために、これまで分断の歴史を辿った患者らが、 少なくとも互いに力を削ぐことなく団結して闘うという、水俣病の歴史上新たな段階に入ったことを意味するものである。

【手続きの経過】
[第12回弁論での大きな流れ
〜政治解決を打ち砕く医師証人採用へ〜]
  2008年2月22日の第12回口頭弁論では、裁判長が交代し、 新たに裁判長となった高橋亮介裁判長が、原告側証人である医師高岡滋氏の証人尋問実施に向けて、大きな流れを示した。

  訴訟の引き延ばしを図り、患者の分断、切り崩しを目論む被告らは、これまで、「時期尚早」 として、高岡証人尋問の実施を拒否し続けてきた。 しかし、すでに、訴訟提起から2年4ヶ月を経過し、かつての訴訟では行われなかった原告すべてのカルテ提出が済んでも、結局、被告らの意見は 「時期尚早」 である。

  裁判長は、「5月16日の次の期日は7月25日。7月に高岡証人尋問を実施できる状態にする準備をすること。 5月16日に証人採用決定を行う予定」 と述べ、高岡証人尋問への大きな一歩を踏み出した。

[第13回弁論での大きな流れ]
  5月16日に行われた第13回口頭弁論では、高橋亮介裁判長が、7月25日に、原告側証人である医師高岡滋氏の証人尋問実施を決断した。

  訴訟の引き延ばしを図り、患者の分断、切り崩しを目論む被告らは、「高岡医師尋問は時期尚早」 として、高岡証人尋問の実施の先延ばしを画策してきた。 しかし、裁判所は、このような行政の態度を否定し、司法による解決が必要だとして、まさに大きな一歩を踏み出したと言える。

〈高岡証人尋問の意義〉
  高岡証人尋問の実施が重要なのは、政治解決策が潰される流れに向かう第一歩だからだ。 与党PTが示す解決策では、「申請者が水俣病であるか否か」 は、「水俣病の加害者かつ被告である国が指定した医師のみ」 が判断する。 そこに、民間病院に勤務する医師が介在する余地はない。しかし、国の息がかかった医師では、結局、水俣病の症状があっても切り捨てられるなどして、 正当な解決にならなかった。だからこそ、水俣病患者は、行政ではなく、司法に解決を求めてきたのである。

  高岡医師は、いうまでもなく、現地水俣で水俣病と関わりながら生きてきた民間の医師である。 裁判所が高岡医師の診断書を根拠に、原告を 「水俣病である」 と認めれば、多くの水俣病患者は、与党PTでの救済ではなく、 高岡医師ら民間の医師による診断を受けて、司法による救済を求めるようになるであろう。 その時点で、与党PT案は完全に破綻するのである。

  薬害C型肝炎訴訟でも、裁判所による解決が図られた。被害者である以上、加害責任を問い救済されるべきである。 被害者が公然と切り捨てられる世の中であってはならない。ノーモア・ミナマタ訴訟では、そのことが問われているのである。

 そして、5月16日の証人採用決定により、水俣病問題は、正当な解決の方向に向かって動き出したのである。

[第14回弁論での成果・ 「立証の中核」 高岡証言]
  7月25日午前9時40分、歩いて熊本地裁に入っていく高岡滋医師を多数のテレビカメラが取り囲んだ。 ノーモア・ミナマタ訴訟で最大の立証テーマである 「果たして、それぞれの原告は水俣病か?」 という争点に関する最大にして最善の医師証人、それが高岡滋医師である。

  高岡医師は、「それぞれの原告が水俣病か」 という論点における原告側の証拠となる共通診断書 〜これまでの多数の研究成果の集大成として数名の医師が作成したもの〜の作成責任者である。 それは、高岡医師自身が、これまで18年にわたり、数千人に及ぶ水俣病患者を診察しながら臨床で水俣病研究を重ねてきた水俣病専門家としての第一人者だからでもある。

  水俣病関西訴訟最高裁判決では、いくつかの (最低でも2つの) 症状の組み合わせを要求する現在の水俣病認定基準 (いわゆる昭和52年判断条件) が否定され、 1つの症状でも水俣病であると判示された。高岡医師は、この点について 「不知火海の魚介類を多食した歴史 (水銀暴露の事実) と、 四肢末梢優位の感覚障害 (手足の先のほうにいけばいくほど、知覚、痛覚などの感覚障害が強くなる症状)、 全身性の感覚障害 (手足に限定されず全身に感覚障害がみられる症状)、 あるいは求心性視野狭窄 (外側から中心に向かって視野が狭くなる症状) などの一定の症状があれば水俣病と診断できる」 と断言した。

  また、他の疾病との鑑別診断 (水俣病以外の病気の影響による症状ではないという診断) も十分可能であると証言した。

  その上で、個別具体的に3名の原告が水俣病であることを具体的に指摘した。残る47名については、次回以降に行うが、 訴訟の引き延ばしのみを考えている被告国らは、原告らの速やかな立証を妨害することが予測される。

[第15回弁論での大きな収穫]
  11月14日に行われた第2回目の高岡主尋問では、新たに27名の原告が水俣病であると証言がなされた。残る20名については、次回12月19日に尋問の予定。

  第15回弁論での大きな収穫は、裁判所が被告らによる高岡医師反対尋問の期日を原告の要望通りに積極的に設定したことである。 原告は、早期の解決を標榜し、来年3月までに反対尋問を終えるような期日設定を要求した。これに対し、被告らも 「これ以上の引き延ばし」 を諦め、 裁判所も高岡医師の予定なども考慮し、可能な限り早く尋問を終わるようにした。 すなわち、反対尋問は平成21年1月30日、3月13日、4月24日で終了することが事実上決まっている。

  今回の期日で判決への大きな見通しが立った。今後とも、国民の皆様には水俣病問題のあるべき解決に対するご理解をご支援をお願いしたいと思う。

【「第1陣原告50名全てが水俣病である」 第16回弁論で証言】
  12月19日の第3回目の高岡主尋問で、1陣原告50名すべてにつき、高岡医師による証言が終了した。次回からは、被告らによる高岡医師に対する反対尋問が始まる。

  ところで、国は、未だ医師証人を申請できずにいるが、このこと自体が極めて異常な事態である。 国は、公健法に基づき、認定申請した個々の水俣病被害者を検診して症状を診断すべき義務を負っており、 個々の原告の症状についても医師による証言が可能なはずであるが、それができないというのである。 すなわち、国、熊本県自身が法律通りの運用をできていないのであり、まさに、水俣病認定制度が破綻している証拠である。 行政は、国会が作った法律を遵守して執行しなければならないという大原則すら守られていないのが国の水俣病政策の実態である。

  このようにして、水俣病問題は、法律とは一体何か、公権力は何のために法律による行政を行っているのか、 その間、水俣病被害者は果たして一人の人間として扱われたのか、という法治国家の根幹的問題も提起している。

  最高裁判決が出ても解決しない水俣病問題を題材に、被害者の視点からどのように考えるかを大きな視点から考えることが、 今後のこの国の在り方にとって重要なことではなかろうか。

  2009年1月30日 (第17回口頭弁論)、高岡医師への国、熊本県、チッソらによる反対尋問が始まった。

  尋問は長時間に及んだが、主に論点となったのは 「全身性の感覚障害」 と 「長期微量汚染」 に関する事項である。 国は、これまで水俣病の主な症状として 「四肢末梢優位の感覚障害 (手足の先の方に行くに従って感覚障害がみられるもの)」 を挙げてきた。 つまり、国は、全身に感覚障害が見られる場合は水俣病の症状ではない可能性が高いと考えており、そのことを指摘する尋問となった。 これに対し、高岡医師は、現場で多くの患者を実際に診察した医師の目でどのように判断されるのか、を回答した。 詳細は避けるが、メチル水銀が人体に害悪を及ぼす猛毒であったとしても、これに対する個々人の体の反応はそれぞれに異なるのであり、 一概に考えることは出来ないはずである。現場で実際に患者を診た医師の感覚こそが最も重要である。

  また、「長期微量汚染」 については、世界的には危険性が認識され、アメリカ環境保護庁 (EPA) も、胎児への影響を考慮して、 水銀を含むと考えられるメカジキ、マグロなどの摂食を控えるよう勧告している。 日本でも、2003年6月、厚生労働省がメカジキ、キンメダイ、サメ、クジラ類の摂取を控えるよう勧告を出しているほどである。 ところが、国は、そのような状況にもかかわらず、「それがさほど危険ではない」 とも受け取れるような立証を行おうとしている。

  そもそも、水銀の規制値などの基準は、全世界で共通のものでもなく、国の基準値を満たせば絶対に安全であるとも言い切れないと思う。 胎児に対する影響を考えるとされる妊婦の毛髪中の水銀値は、日本では11ppmであるが、アメリカではその10倍も厳しい1.1ppmであるという。 以前、報道で、「水俣病が水銀に対する世界の目を覚まさせた。微量水銀への人体への影響を含め、どんな専門家よりも日本は知りうる立場にある。 多くの専門家が情報を共有しうるようにすることが日本の役割である。」 という海外の専門家の言葉を見たが、国の姿勢は、それに真っ向から反するものである。

【国側が2人目の証人申請 第21回口頭弁論 平成21年9月4日】
  これまで、被告国は藤木素士証人のみを申請していたが、さらに、医師である臼杵扶佐子氏を証人申請した。 原告らは、実際に原告らを診断していない医師である以上、そのような証人は不要であると考えているが、その採否については、次回以降に判断されることになる。

【藤木素士氏証人尋問 第22回口頭弁論 平成21年1月13日】
  国側の藤木素士証人の尋問が実施された。藤木氏はかつての水俣病第三次訴訟の時から国側証人として度々出廷してきた水銀測量に関する専門家証人である。 第三次訴訟の際は、国、熊本県が水俣病発生、拡大の責任を負うかという論点について、 昭和34年当時の水銀分析の水準の点で徹底して国を擁護する証言を繰り返してきた。 しかし、今回はすでに最高裁判決で国、熊本県の責任論は決着を見ているため、証言の中心は、 チッソが排水を停止した昭和44年以降には水俣病を発症しうるような水銀汚染が存在しないこと、にあった。

  被告らからの主尋問で藤木氏は昭和44年以降には水俣病は発生し得ないという従来からの国側の定説を繰り返し証言したが、 反対尋問で原告らが藤木氏とは異なる見解を指摘したところ、同氏は証言を避けるなどした。 しかし、国側の医師ですら昭和48年ころまで水銀汚染があったという論文を発表しており、昭和44年に有機水銀を多く含むヘドロの浚渫工事をしたわけでもない。 昭和44年以降に、突如、水俣病が発生し得なくなったという論には説得力がない。

  次回以降、2人目の医師証人の尋問が実施される予定である。

【水俣病の歴史上初、国が和解のテーブルに 平成22年1月22日】
  昨年7月に、多くの患者団体の反対の声を押し切って成立した水俣病特措法には、水俣病問題の早期解決という目標が盛り込まれていたが、 環境省は5月1日の54回目の水俣病公式発見の日までに特措法の運用を開始する青写真を描き、一時金を負担するチッソとも協議をしつつ、 ノーモア・ミナマタ訴訟も終結させるために策動してきた。

  一方で、チッソは新年の社内報オールチッソにおいて、本年10月1日には分社化をスタートし水俣病の桎梏から解放される、などと言い放ち、多くの患者らは反発した。 結局、チッソにとって水俣病問題は経営を阻害する因子でしかないと公言したものであり、その体質は、水俣病を発生させた当時と全く変わっていない。

  そのような状況において、1月22日午前10時00分、熊本地方裁判所民事第2部(高橋亮介裁判長)は、 ノーモア・ミナマタ国家賠償等訴訟第23回口頭弁論期日において、「係属中の全ての事件」 の原告2018名、並びに、国、熊本県及びチッソに対し、 訴訟上の和解による解決を勧告した。

  この和解勧告は、本年1月15日付けでなされた原告らによる和解勧告の要請、及び、被告国及び熊本県による和解勧告の要請を受けてなされたものである。 かつて長年にわたり争われた水俣病第三次訴訟において、被告国は、熊本をはじめ、 東京、大阪、福岡の各裁判所から再三にわたり和解勧告を受けたにもかかわらずこれを拒否し続けた。 しかし、本日の和解勧告を受け、被告国は、これまでの姿勢を転換し、訴訟上の和解のテーブルについた。 本日の和解勧告とこれに続く和解協議の開始が、水俣病問題の解決に向けた歴史的転換であることを確認したい。

  また、本訴訟における主要な論点の一つとして、いかなる症状を有する者が水俣病被害者であるか、その症状をどのように診断するか、という問題がある。 しかし、被告国及び熊本県は、本日の和解勧告の直前の本年1月18日、臼杵扶佐子医師の証人尋問の申出を撤回し、反証の機会を放棄した。 これにより、この争点における我々の主張の正しさは、よりいっそう明らかになった。

  1月22日午後1時30分から第1回目の和解協議が行われたが、これに続く裁判所での和解協議の内容こそが、水俣病問題の解決の在り方を左右するものとなる。 今後は、すべての水俣病被害者が最高裁判決に従った正当な補償を受けるための司法救済制度の構築を勝ち取るために協議を行うこととなる。

  しかし、すべての水俣病被害者に対する補償の大前提となる不知火海沿岸地域の健康調査も行われていない現状においては、 健康調査の実施が喫緊の課題であるほか、水俣病被害者の判定方法、一時金や療養手当の水準のみならず、対象地域の線引き問題、 昭和44年以降に水銀曝露を受けた水俣病被害者に対する補償問題、 そして、未だ名乗りを上げることができない水俣病被害者への補償問題のいずれもが大きな課題というべきである。

  第2回和解協議(2月12日)では、国側から、補償対象となる水俣病被害者の判定方法について説明が行われる予定であるが、 5月1日からの制度スタートを目指す国は3月末ころまでにはメドを付けようと動くであろう。

  これに対し、弁護団は、1月28日に第19陣の追加提訴を行う。また、2月末までには関東在住の水俣病被害者が東京でも提訴する予定である。 今後とも、闘いを拡大し、すべての被害者が補償を受けられる制度を構築しなければならない。そうでなければ、水俣病問題の解決はあり得ない。

【行政によらない判定方式・第三者委員会方式を提示 平成22年2月12日】
  これまで水俣病問題では、国はあくまで 「行政が、誰が患者かを判断する」 という枠組みを取ってきた。 公健法の認定制度、平成7年の政治解決時においても、あくまで公的診断に基づいた判定であった。
  しかし、今回提示された第三者委員会方式は、被告らの指定する医師2名のほか、原告らの推薦する医師2名、及び、 双方の合意で選任する座長1名の合計5名で構成される組織が判断権を有するものである。 この一歩は、水俣病問題において、行政権に全てを委ねルこと無く被害者救済を実現可能とする点で大きな前進である。

【第3回和解協議 対象地域、年代の問題を拡大 平成22年2月26日】
  環境省は、第3回和解協議において、従来のメチル水銀曝露地域では対象外とされていた3地域を今回の和解では対象とする提案を行った。 また、従来の知見(昭和43年5月でチッソのメチル水銀排出が終了したから、昭和44年以降は水俣病を発症させる程度の汚染は存在しないというもの)を前提に、 昭和44年1月1日以降の出生者は水俣病被害者ではあり得ない、という見解を、さらに11ヶ月拡大し、昭和44年11月30日までに生まれた者も補償対象とする提案を行った。

  従来の対象地域の線引きは、漁業者の実態、漁港で水揚げされた魚の行商ルートを考慮したものではなく、 したがって、実際にチッソが排出したメチル水銀に汚染された魚類を食した範囲よりも狭い範囲に限定され、多くの水俣病被害者が切り捨てられるものであった。 また、昭和44年問題についても、昭和43年から昭和44年にかけて公害防止事業が始まったわけでもなく、 また、メチル水銀汚染が解消され水俣病患者が発生していない証拠もないのであるから、昭和44年11月末で水俣病が発生しなくなったという判断に合理性はない。
  そのような前提からすれば、今回の拡大は不十分なものではあるものの、しかし、より多くの被害者が補償の対象となる点で前進であることに疑いはない。

  もっとも、対象地域の拡大、昭和44年問題の拡大は、被害の実態を明らかにし、 補償されるべき被害者への正当な補償の実現のためには必要にして不可欠の課題であり、今後とも、更なる闘いが要求される。

  また、裁判所は、補償対象者と判定された場合の @ 一時金の額、A 療養手当の額、等について、提案をするよう原被告双方に告げ、 それに基づき裁判所としての所見を出すことが可能か否かを検討する旨発言した。
  さらに、平成22年5月1日までに実質的な協議の成立を求める国の要望を受けてか、第4回、第5回の和解協議を、平成22年3月15日、同月29日にそれぞれ指定した。

【第4回和解協議 裁判所の所見が示される 平成22年3月15日】
  熊本が大雨に見舞われた平成22年3月15日、第4回和解協議において、高橋裁判長は、@ チッソが支払う一時金を210万円、 A 国、県が支払う療養手当を12,900円から17,700円の3段階とし、B チッソから原告団に対する団体一時金として29億5000万円という裁判所所見を提示した。 所見は、そのほかにも、C チッソ、国、熊本県の水俣病被害者に対する謝罪や D 今後の調査等を要求するものであった。

  裁判所は、この所見に対し、次回3月29日までに態度を表明するよう原被告双方に要請した(平成22年3月28日)。

  このようにして、和解協議も大詰めを迎えた感はあるが、水俣病問題は、法律とは一体何か、公権力は何のために法律による行政を行っているのか、 その間、水俣病被害者は果たして一人の人間として扱われたのか、という法治国家の根幹的問題も提起している。

  最高裁判決が出ても解決しない水俣病問題を題材に、被害者の視点からどのように考えるかを大きな視点から考えることが、 今後のこの国の在り方にとって重要なことではなかろうか。

  2010年3月29日、ノーモア・ミナマタ国賠等請求訴訟の第5回和解協議期日において、原告団及び被告国、熊本県、チッソは、 熊本地方裁判所が本年3月15日に示した解決所見を受け入れることを表明した。 その結果、原告と被告らとの間にノーモア・ミナマタ訴訟解決に向けての基本合意が成立し、本件訴訟は、和解による解決に向けて大きな一歩をふみ出した。 しかし、未だ被害地域住民の徹底した健康調査が行われていないため多数の潜在被害者が取り残されていること、 水俣病特措法による解決方法・内容が未定であるうえ加害企業チッソの無責任な分社化のおそれがあること、 胎児性・小児性被害者の病像の調査研究が未だ不十分であること、これらの現状を見るとき、原告らは闘いの手を緩めることは決してできない。

【与党PT案のその後と今後の争点】 (以下は、2008年の自民党・公明党政権時代の与党プロジェクト案について論じたものです)
  与党PT (プロジェクトチーム) は、チッソからも受け入れ拒否をされて以降、さらなるチッソに対する 「アメ (支援策)」 として、 患者補償や公的債務返済を親会社に負担させ、この親会社から従来の事業等のみを継続する子会社 (親会社の100%出資) を分社する、 いわゆる分社化案が提示して、被害者救済ではなく、まさに加害者救済に迷走した。

  しかし、結局、この分社化案はチッソの水俣病に対する責任を事実上放免する (逆に言えば、国・熊本県が全責任を負う) ものであったこと、 あるいは、汚染者負担の原則 (PPPの原則) に反することから、政府自民党や熊本県議会からも猛反発を買い、世論もこれを一切許さず、即座に頓挫した。

  その後、平成20年12月18日、半年ぶりに開かれた与党PTでは、チッソの後藤会長の要請を受けて、 与党PTが 「分社化を認容」 「それを前提に来年度予算が計上された」 との報道がなされたが、これは、本件訴訟の判決への見通しがはっきりと見えてきたため、 与党PT案実現の最後のタイミングとして考えていることの焦りに他ならない。
  しかし、そもそも、申請者全体の3〜4割しか救済対象にならないことを宣言した与党PT案は、結局、申請者の半数以上の大量切り捨て政策であって、 更なる混乱を招くだけの代物である。だからこそ、与党PT案は、多くの水俣病被害者から受け入れられないのである。

  与党PTがこのような政策しか提示できないまま迷走し、さらに、チッソからせがまれ、最大の加害者救済策である分社化を検討したとして、 いったい誰の賛同が得られるというのであろうか。水俣病問題のような公害事件において、中核に据えられるべきは、 「被害者の声に耳を傾け、すべての被害者を救済した上で、今後、同じ過ちを繰り返さないために徹底して対策を講ずる」 ことである。 これと正反対に進む分社化を水俣病被害者が受け入れることはできないし、多くの国民世論も同様である。

  要するに、世論は、水俣病患者に対する責任を曖昧にすることは許さず、一方で、原告らも、また、チッソ自身も、裁判所における解決を望んでいるという状況がある。

  そうすると、裁判所での法的問題は、「除斥期間」 問題である。今後、除斥期間論については詳細に検討することになるであろう。

【世論の力を】
  私たちは、正当な解決を目指し公害被害者が団結して立ち上がった今こそ、国家政策のために国民の生活や生命、 健康を切り捨てることを許さないという世論を喚起しなければならない。

  この点については、すでに、九州弁護士連合会が正当な水俣病問題の解決を求めて2008年2月に警告を、7月に会長声明を発表しているほか、 日本弁護士連合会も同年9月に同旨の意見書を発表し、また、水俣病臨床研究会も同年8月に与党PTの解決策を疑問視する旨の意見を述べている。

  しかし、もっとも重要なのは、学生や主婦など一般国民が、「我が国の発展のために犠牲になった方々に対しては、全国民の負担で損害賠償されなくてはならない。 それが義である」 という意見を抱き、それが世論となっていくことである。

【傍聴の呼びかけ】
  多くの一般国民の関心は、裁判の場では、一般市民の傍聴という形で現れる。 普段接することのない水俣病患者らと肩を並べて傍聴することにより、教科書で知った水俣病の根深い問題性が見えてくるに違いない。
  ぜひ、傍聴をお願いします。

文責 弁護士 板井俊介