2010.5.31更新

「『健康で文化的な最低限度の生活』 (憲法25条)
の保障を!」 生存権裁判

事件名:東京生存権裁判 (東京地裁平成19年(行ウ)第75号ほか)
内  容:生活保護における 「老齢加算」 廃止処分の
     取消しを求める行政訴訟
当事者:東京都内に在住する70歳以上の生活保護受給者12名
                         VS 地方自治体 (7区、3市)
  東京高等裁判所は、2010年5月27日、東京都内在住の70歳以上の生活保護受給者がその居住する自治体に対して、 生活保護の老齢加算廃止を内容とする保護変更決定処分の取消しを求めた訴訟(東京生存権裁判)において、 原告らの控訴を棄却し、第1審とおり、原告らの請求を棄却する判決を言い渡した。
  本判決は、生活保護基準の不利益変更についてまで、朝日訴訟最高裁判決を無批判に踏襲し、 厚生労働大臣の広範な裁量を認めた、老齢加算の廃止が憲法25条、生活保護法に違反しないとしたものであり、 その内容において、第1審判決より後退した不当判決といわざるを得ない。
  原告らは、速やかに上告及び上告受理の申立てを行う予定である。

   声明 生存権裁判東京高裁判決について
2010(平成22)年5月27日
東京生存権裁判原告団
東京生存権裁判弁護団
生存権裁判を支える東京連絡会
生存権裁判を支援する全国連絡会

紹介者:渕上 隆弁護士
連絡先:東京都生活と健康を守る会連合会 (都生連)
     電話:03-5960-0266


【訴訟にいたる経過】
  2007年2月14日、東京都在住の70歳を超える生活保護受給者12名が、居住地各自治体を被告に老齢加算廃止処分の取消しを求める訴訟を、 東京地方裁判所に提訴しました。

  この裁判は、憲法25条で保障される 「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」 の回復を求めるものです。 同種訴訟は、京都・秋田・広島・新潟・福岡・青森・神戸の各地裁に係属しており、全国で100名を超える原告が裁判を闘っています。

  今般廃止された老齢加算制度とは、原則70歳以上の生活保護受給者について、特別の需要があるとして、一定額の保護費を加算支給する制度であり、 1960 (昭和35) 年の創設以来、42年以上にわたり維持されてきました。

  ところが、政府は、2003 (平成15) 年、老齢加算制度を廃止する方針を決定し、2004 (平成16) 年度から段階的に削減し、 2006 (平成18) 年度で全廃してしまったのです。これは、社会保障審議会福祉部会の生活保護に関する専門委員会の答申である、 生活保護給付額を全世帯下位10分の1にある低所得世帯層の生活水準まで削減することを内容とした 「中間取りまとめ」 を背景にしています。 この 「中間取りまとめ」 は、いわゆる 「小さな政府」 論を推し進めた小泉内閣の、 社会保障費の抑制を内容とする 「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 (骨太の方針)」 に基づくもので、 何が 「健康で文化的な最低限度の生活」 なのかの検証が全くおろそかにされています。

【老齢加算受給者の生活状況】
  もとより老齢加算受給者は、制度の廃止前も、タンパク質の取得も肉・魚などは遠慮し、豆腐等安いものでまかなうといった食生活を送り、 入浴も概して3日に1度、夜中は消灯を早める、暖房具の使用に代えて厚着をするなどして、水道代、光熱費も節約してきました。 それでも、友人・親族等の冠婚葬祭の際にも、祝儀金・不祝儀金などを工面できないため、出席どころか連絡すら取ることができないことが少なくありませんでした。 もともと老齢加算受給者はぎりぎりの生活を送っていたのです。

  ところが、老齢加算制度の廃止によって、東京都では老齢者の生活保護給付額が一人当たり年間約20万円削減されました。 老齢の生活保護受給者は、「健康で文化的な最低限度の生活」どころか、生きていくこと自体が危ぶまれています。

【訴訟の目的】
  今、格差社会が進行し、富裕層はより豊かになりながら、他方で、働いていても生活保護費以下の収入しかなく生活の維持に非常な困難を来たす、 いわゆる働く貧困層 (ワーキングプア) に象徴されるように、国民の間に深刻な貧困と格差が広がっています。 「小さな政府」論による生活保護費の削減は、この深刻な貧困と格差の問題を放置することに通じます。 私たちはこの生存権裁判によって、老齢加算制度を復活させるだけでなく、憲法25条で保障された 「健康で文化的な最低限度の生活」 の中身を問い、 さらには政府の社会保障政策を抜本的に転換させることを目指します。

  原告らは、73歳から83歳までといずれも高齢です。残されている時間は多くありません。 私たちは、広く国民世論に依拠し、早期の解決を目指して全力を尽くすことを表明します。

【手続きの経過】
(1審)
  2007年12月10日の口頭弁論で主張の応酬はほぼ終了し、 2008年1月28日 (PM 1:30〜5:00 103号法廷) に行われる人証調べ (原告本人尋問) を経て、3月24日 (PM 2:00〜3:00 103号法廷) には結審しました。
  昨年 (2008年) 6月26日に東京地裁民事第2部で原告敗訴の不当判決が言い渡され、同年7月8日に控訴しました。

(控訴審)
  2009年2月12日の控訴審第1回口頭弁論期日では、原告側が、控訴審においては、是非、原告らの生活実態について十分審理するように求めたところ、 裁判長は、これは法的判断の枠組みをどう考えるのかの問題だとして、生活実態については軽視するかのごとき発言があった。 これは看過できない問題であり、今後も、原告らの生活実態を踏まえた審理を行うよう求めていきたい。

  他方、裁判長は、上記法的判断の枠組みについて、朝日訴訟最高裁判決は、「古い判例なので」 とも述べており、 従前の判断枠組み (すわなち、厚労大臣に広範な裁量権を認めた上で、その濫用が認められない限り違法性を認めない立場) を変更する可能性もあると感じられた。
  次回口頭弁論では、専門家証人等の証人申請を行う予定です。

    原告意見陳述 2009.2.12

  5月14日の期日では、控訴人 (原告) 側は、証人6名、控訴人本人4名の人証申請を行った。 裁判長からは、仮に、朝日訴訟最高裁判決の枠組みで判断するとした場合、控訴人側が申請している人証は本件の判断とは結びつかないのではなかいか、 との趣旨の発言がなされ、裁判長と控訴人代理人との間で議論がなされた。
  控訴人としては、朝日訴訟最高裁判決多数意見の問題点、及び仮に同多数意見を前提としても、 その後の裁判例、学説等の推移を示すことにより裁判長の認識を改めさせる必要がある。

  7月16日の期日では、前回の期日で人証申請を行った専門家証人6名、控訴人本人4名について、裁判所が一部を採用し、 次回期日で、専門家証人1名 (冨家貴子氏:公的扶助、社会保障の研究者)、控訴人 (原告) 本人2名について証拠調べが行われることとなった。 全く人証採用されることなく結審されることも危惧されただけに、一部とはいえ原告側の人証申請が採用されたことは大きな前進であると評価できる。

[資料]
  訴  状 PDF
  第一準備書面 ( 7月23日提出) PDF
  第二準備書面 ( 7月23日提出) PDF
  第三準備書面 ( 9月10日提出) PDF
  第四準備書面 ( 9月10日提出) PDF
  第五準備書面 (10月29日提出) PDF
  原告最終準備書面の第1章の要点 (2008年3月24日提出) PDF
  原告最終準備書面の第2章の要旨 (2008年3月24日提出) PDF


  10月15日の期日の内容は以下のとおりです。
●冨家貴子氏(金沢星陵大学非常勤講師)に対する証人尋問
  老齢加算創設当時の厚生省の担当者に対する聴き取り調査等を踏まえて老齢加算が決して “おまけ” ではないことについて証言してもらいました。
  その他、先行研究や高齢生活保護受給者に対する実態調査を踏まえて、老齢加算廃止措置には正当な理由がないこと、 高齢保護受給者の生存権を侵害していることを明らかにしました。
●原告2名に対する本人尋問
  老齢加算廃止により、「最低で文化的な最低限度の生活」 が営めていない実態について明らかにしました。

  2010年2月9日の期日では、結審に先だち、控訴人(原告)代理人は、行政側が老齢加算廃止の根拠とした統計数値等に関して、 裁判所が釈明権を行使して、被控訴人に対して釈明を求めるよう再三にわたり求めたが、裁判所は求釈明申立を却下した。
  その後、控訴人代理人3名、控訴人本人1名による最終意見陳述を行い結審した。
  判決言渡期日は5月27日(木)午後2時(101号法廷)と指定された。

文責 弁護士 渕上 隆