関ヶ原人権侵害損害賠償事件(通称 関ヶ原人権裁判)
【事件の概要】 1、当事者 関ヶ原町内の住民 10名程度 2、事案の概要 岐阜県不破郡関ヶ原町内にある小学校の統廃合問題について、住民の反対運動が起き、2005年9月、反対派住民は、 町の人口約8900人の過半数にあたる5208筆の署名を集め、町長及び教育委員会に対して提出した。 しかし、町長は署名に対し、 (1) 反対派は虚偽の情報を流して署名を集めていた、 (2) 家族の分を1人で書くなど、同一筆跡による複数名の署名がある、 (3) 集めに来た人がなかなか帰らないので署名した、義理で署名したなどの声が上がっている、 (4) 統合に賛成している人もいる、 等の理由から、署名は真意に基づくものであるか疑義があるとし、2006年6月、町の職員に指示して、 課長クラス1名を含む2〜3名の職員を1チームとして、署名簿に記載された住所氏名をもとに、署名者の家424件を訪問し、 「いつ頃署名したか」 「誰に頼まれて署名したか」 「いまでも気持ちは変わらないか」 「統合問題に関する説明会には出席したか」 などの質問を行うという戸別訪問に及んだ。 同月、反対派住民は、町長の戸別訪問の指示について、署名を頼んだ者に対する請願権、表現の自由であり、また、署名した者に対する請願権、 表現の自由、プライバシー権を侵害するとして、岐阜県弁護士会に対し、人権救済の申し立てを行った。 2007年5月、弁護士会も、町長の行為を人権侵害行為と認め、町長に対し、 1.戸別訪問を命じて実行させたことは、請願権、表現の自由、プライバシー権を侵害する行為であることを認識すること、 2.今後は住民運動を尊重し、かつ個人情報の管理を徹底して個人のプライバシーへ配慮するべく適切な措置を講ずること、 3.戸別訪問による署名者への意思確認行為が請願権、表現の自由及びプライバシー権に対する侵害であったことにつき、 広報誌などを通じて周知徹底すること、という旨の警告を行った。 しかしながら、町長は、警告内容を履践しないばかりか、公の場で戸別訪問は正当であった、弁護士会が誤っていると主張を続けている。 なお、署名運動の原因になった小学校の統廃合については、戸別訪問がなされた約2ヶ月後の2006年8月、十分な議論をつくすことなく、 町議会において、賛成5、反対4の僅差で成立しました。 弁護団は、2007年11月30日に、関ヶ原町に対して国家賠償法に基づく損害賠償請求訴訟を提起しました。 【手続きの経過】 2005年 9月 署名提出 2006年 6月 町職員による戸別訪問 2006年 6月 住民、岐阜県弁護士会に人権救済申立 2006年 8月 町議会で小学校統合案可決 2007年 5月 弁護士会が関ヶ原町長に警告 2007年11月30日 提訴 2010年11月10日 原告一部勝訴判決 2011年 5月27日 控訴審第1回口頭弁論 2012年 4月27日 原告勝訴判決 【控訴審判決の内容】 2012年4月27日、名古屋高裁民事1部は、住民側の主張をほぼ全面的に認める勝訴判決を下しました。 特に、@ 署名者に対する戸別訪問は原則として許されないと判断したこと、 A 本件戸別訪問の目的が積極的で不当な目的であったという踏み込んだ判断をしたこと、 B 思想良心の自由についても画期的な判断をしたことなどが評価出来ます。 (1) 表現の自由・請願権について 表現の自由・請願権については、一般論として戸別訪問調査が許されるのかが控訴審での最大の関心事でしたが、控訴審判決は、 「仮に署名者の署名が真正になされたか疑義があっても、請願者として署名がされているものを戸別訪問してその点を調査することは原則として相当でない。」 として、原則として署名者に対する戸別訪問は許されないとの判断を示しました。 また、本件の具体的な判断とも関連しますが、別の項では 「署名の真正に疑いがもたれる場合の対処については、一般的に言えば、 何らかの確認手段は必要となるが、前記のとおりの戸別訪問の一般的な弊害及び後記の通りの本件戸別訪問の個別的な問題からすると、 この様な場合にも対処方法として戸別訪問が許容されることはほとんど考えがたいと言うべきである。」 などとして、 戸別訪問が原則として許されないことを重ねて判断しました。 この様な判断は、まさに我々が控訴審で求めていたものであり、この判断により、一審判決で生じた署名活動一般への萎縮効果が払拭され、 署名の自由が守られたと言えるのではないかと考えています。 (2) 本件戸別訪問の目的・手段について 本件戸別訪問の目的については、「本件戸別訪問の真の目的は、民意を確認すると言うことではなく、統廃合に反対する住民が多くないこと、 本件署名簿の記載が誤っていて、正しくは賛成者が多いことを直接的に聞き取り調査によって明らかにしようとすることにあったと言うべきである。 そうすると、本件戸別訪問は、正当の目的を有しないにとどまらず不当な目的を有していたと認められる。」 「本件戸別訪問による調査は、署名者及び署名活動者の表現の自由の制約を正当化するに足る目的を有していたとは認められないだけでなく、 被控訴人の町長が自身の意見を実現するために自己に対立する一部の町民の意見を封じるという積極的で不当な目的のためになされたと言うべきである」 と判断しました。 本件戸別訪問の方法選択についても、戸別訪問の態様、質問の内容などを子細に認定し、 「本件戸別訪問は被調査者が享受する市民としての平穏な生活を害する態様でなされた。」 「意志の弱い者の中には、意見を変えて、賛成、どちらでもよい、わからないと答えたものが存在する可能性を否定出来ない」 「本件戸別訪問後に、関ケ原町において、署名活動をすることが困難となっている」 などの事情を総合判断して 「本件戸別訪問はその手段としての相当性に欠けると言わざるを得ない」と結論づけました。 (3) 思想良心の自由について 判決は、「憲法19条が保障する 「思想良心」 とは、人の内心における考え方ないし見方であり、世界観、人生観、主義、主張などを含む」 とした上で、 「本件における小学校の統廃合に関する意見もその保護の対象となる」 としました。 そして、「本件戸別訪問の態様、とりわけ反対の意見が好ましくなく賛成の意見が好ましいと被控訴人が考えていることを被調査者に暗黙のうちに伝えて、 その意見の変更を迫っていること」 に鑑みると、実際に戸別訪問を受けた者の 「思想良心の自由を侵害しているといわざるを得ない」 と判断しました。 さらには、本件戸別訪問が署名後の出来事であるとの点についても、 「本件署名簿に署名して意見表明をした後に被控訴人がその署名者の意見について暗黙のうちに変更を迫ることも 署名者の思想良心の自由に対する侵害となる」 と判断しました。 思想良心の自由に対する裁判所の判断は多いとは言えず、 控訴審判決は今後の思想良心の自由をめぐる訴訟などでも活かせるのではないかと思われます。 (4) プライバシー権について プライバシー権については、町が署名簿から世帯毎の一覧表を作成していた行為については、プライバシー侵害を認めませんでした。 しかし、@ 本件戸別訪問に際し、一覧表の一部が担当職員に交付され、戸別訪問に使用されたこと、 A 戸別訪問時には同一覧表を被調査者が遠目に見ることができたこと、B 一覧表が未だ破棄されていないことの3点については、 個人情報保護条例違反・プライバシー侵害を認めました。 (5) 故意・過失 さらに、控訴審判決は、故意過失について、「町長は、本件戸別訪問がその目的の正当性、 手段としての相当性を超える違法なものであることを十分に認識することができたから、 本件戸別訪問の実施につき故意過失があると認められる」 と判断しました。 (6) まとめ 以上の通り、プライバシー権の判断について若干不十分な点があるものの、事実認定・法的評価の双方の観点から素晴らしい判決を得ることができました。 皆さまのご支援に感謝致します。 ※参考資料 関ケ原人権裁判 控訴審判決のまとめ 【町が上告しました】 このように、控訴審では素晴らしい判決がなされましたが、残念ながら関ケ原町が上告しました。 舞台はついに最高裁へ移ることになります。 表現の自由・請願権・思想良心の自由・プライバシー権の各人権について、最高裁でも素晴らしい判断を得るためがんばります。 引き続きご支援をお願い申し上げます。 文責 弁護士 小山 哲