2011.10.13更新

日本一のアユを守る日本一の団結
〜「那珂川(なかがわ)アユ裁判」〜
事件名:建設差し止め仮処分命令申立事件
内容:霞ケ浦導水事業で漁業権が侵害されるとして、茨城・栃木両県の
    流域漁協が那珂川取水口の建設工事中止の仮処分を求めた事
    件。現在、本訴も係属している。
係属機関:水戸地方裁判所
当事者:那珂川に漁業権を持つ全7漁協 vs 国
次回期日:本訴/2011年10月14日(金) 午前11時半 (302号法廷予定)
       涸沼が震災により多大な影響を受け、河床が大きく変動して
       いるため、原告側が新たにデータを取り直して主張する予
       定。
       仮処分は、12月4日、政権交代を受けて国土交通大臣が見
       直しを表明したため、保全の必要性がなくなったため、取り
       下げました。
紹介者:丸山幸司弁護士
連絡先:同上


【仮処分提起】
  梅の花が満開の、去る3月27日、かつての水戸城に、那珂川の漁師たち総勢約220名が集結した。 真っ黒に日焼けした顔をきりりと引き締めるのは、アユのイラストの入った帽子。 全国一の漁獲量を誇るアユをシンボルとしてこの裁判を闘おうとの、漁師たちの固い決意の表れである。
  那珂川の漁師たちは、おそらく那珂川の歴史上初めて、1本の河川の上流から下流まで見事に結束した。 那珂川に漁業権を持つ全7漁協が団結した、全国にもまれな裁判の始まりである。
  これまで漁協といえば、国の事業の前には実に無力な存在で、常に切り崩しの対象となってきた。 その漁協が、茨城、栃木という保守的な地域で、このような日本一の団結をつくってきた過程においては、実に大変な苦労があった。 同時に、霞ヶ浦導水事業という、あまりにもひどい国の事業の実態があった。

【霞ヶ浦導水事業と漁業権侵害のおそれ】
(1) 霞ヶ浦導水事業とは、霞ヶ浦及び水戸市桜川の水質浄化、那珂川・利根川下流部の流水の正常な機能の維持、 並びに新規都市用水の開発を目的とする事業である。
  事業の中心目的は、「霞ヶ浦の浄化」。そのために、那珂川に取水口を建設し、 那珂川の水を42.9キロメートルもの地下トンネルを掘って運ぼうという 「幼児の砂場遊び」 を連想させるような事業である。 水系の異なる河川をつないで流況調整を行う事業は、全国にも例がないとのことである。

(2) 那珂川に取水口が建設されることによる最大の懸念は、アユの仔魚 (しぎょ) の吸い込み問題である。 仔魚とは、卵から孵化したばかりの稚魚の前段階の幼生のことである。
  仔魚は自力では遊泳することができない。孵化した後は、流れに乗って、えさの豊富な河口城に到達し、そこでようやくえさを食べる。 仔魚が河口域に到達するまでの間は、腹部に蓄えている卵黄を消費しながら生存するのであるが、卵黄は4日分しかない。 その期間内に河口域に到達しないと、仔魚は餓死することになる。
  導水事業は、最大で毎秒15立方メートルの水を那珂川の取水口から取水する計画であるから、 自力では遊泳できない仔魚が取水口から吸い込まれてしまう可能性が高い。
  また、取水口からの大量の水の取水によって、那珂川の流量が減少し、河口域のえさ場が縮小してしまったり、 アユの遡上数が減少してしまったりする可能性も指摘されている。
  「アユが減っても、また放流すれば良いじゃないか」 などという考えもあろうが、那珂川のアユの漁獲量のうち、天然の遡上アユの寄与率は約9割。 天然アユの減少は、那珂川のアユ漁にとって致命的なのである。
  同時に、アユ以外のサケ、ウナギ、ウグイ、シジミなども、吸い込みや河川流量の減少による打撃を受けると懸念されている。

【話し合いの歴史と強行着工への転換】
(1) 茨城県内の漁協に対し事業についての最初の説明があったのが1983年のこと。 それ以来、漁協は、事業が那珂川の漁業にもたらす影響について懸念を表明し、再三にわたり国に説明を求めてきた。
  ところが、2007年秋になって、国は取水口の建設工事を強行する方針に転換した。アユの仔魚が流下するであろう夜間14時間の取水を停止し、 その他の魚類についても、取水口に吸い込まれることを防止する対策を講じたことにより、漁業権侵害の可能性がないとの一方的見解に基づく強攻策である。

(2) このようにして、国の河川事業が漁業権を侵害する可能性がないとして、漁協との合意のないまま強行されようとするのは、極めて異例のことである。
  これまでも、国は、那珂川の河川環境に影響しうるあらゆる公共事業(例えば橋梁の建設工事等)において、漁協と話し合い、合意を形成して、 漁業権との調和を保ってきた。
  導水事業がその建設工事のみならず、建設された取水口の使用により永続的に漁業権を侵害し続けるおそれがあることに鑑みれば、 国の強行着工はまさに漁業権無視の暴挙と言うべきである。

(3) こうした国の動きに対して、漁協は団結を保ち、運動を続け、国への要請行動を強めた。
  7漁協で中心的役割を果たしている那珂川漁業協同組合では、一方的な取水口工事着工をやめるよう要請する署名を1万3636名分集め、 国土交通大臣に陳情を行った。
  全7漁協で裁判闘争に取り組むことも決議され、闘う態勢もつくられた。
  もちろん、こうした漁協の団結がつくられるまでは大変な苦労があった。
  建設推進派が、漁協の内外からさまざまな形で干渉を行い、ときには脅迫まがい言動まで浴びせられることもあった。 さまざまな思想信条を持つ組合員とそれを束ねる各漁協の並みをそろえる苦労、実に様々な障害があった。
  漁師たちはその度に障害を乗り越えた。妨害や干渉をはねのけ、2008年3月27日の仮処分申立日に、その決意とたゆまない努力が結実した。 それは、満開の梅の花もかすむような見事な花であった。

【申立後の情勢について】
  仮処分申立後も国の強硬方針に変わりはない。
  国は、係留してある漁船などの移動を掲示板で 「お願い」 し、工事のための測量も開始している。
  工事は、右岸から対岸に向けて30メートル、幅50メートルの範囲内を締め切り、河川水が流入しないような形で進められるが、 国は、その際、工事の妨げになる漁船やカニ籠などを撤去する方針なのであろうか。 また、国は漁協への工事に関する説明会で 「受忍限度である」 と発言したが、「受忍限度」 の範囲内だから強行するのだろうか。 いかなる国の事業であっても、漁業権を、合意も得ずかつ法律上の手続きにもよらず、一方的に侵害することは違法であり、許されるものではない。
  しかし、政権交代後、国土交通大臣が見直しを表明した。そこで、保全の必要性(仮処分という簡易な手続きで請求の対象を確保する必要性)がなくなったため、 仮処分は取り下げた。今後は、下記本訴での勝利を目指す。

【本訴提起】
  新たに涸沼漁協が原告に加わり、3月3日、本訴を提起しました。
  有害無益な公共事業をストップさせるために、漁協が団結して裁判を提起した、非常に珍しい訴訟です。


【一言アピール】
  本件は、広い視野から見れば、水源開発のための無駄な公共事業をストップし、水道料金の理不尽な値上げを食い止める方向性を持つ裁判で、 幅広い市民層からも支持されうる事件である。そして、当然のことながら、 国の開発行為によって内水面漁業が蹂躙される前例をつくらせないという全国的意義も持った裁判でもある。
  漁民の団結は固い。この原稿を作成している最中にも、栃木県那珂川漁連が1万6032名もの署名を集め、 国土交通大臣と工事事務所長宛に提出したという知らせが飛び込んできた。
  導水事業の内容と那珂川の漁業と環境に与える影響が明らかになっていけば、一層世論の批判と連動は広がりを見せるだろう。
  環境問題に取り組む全国の法律家、市民のみなさま方の惜しみない激励と支援をお願いしたい。

文責:丸山幸司弁護士

写真:とちぎの壁紙ダウンロードより