2009.12.28更新

川崎簡易裁判所での接見妨害国家賠償請求事件
事件名:川崎簡易裁判所での接見妨害国家賠償請求事件
  (裁判官が、当初から原告に弁護人を接見させる意思がまったくなく、
  刑訴規則30条による接見の日時・場所・時間の指定についてさえ何
  も考慮しなかった事例)
係属機関:東京地方裁判所民事第42部 平成19年(ワ) 28644号

  2009年12月21日、原被告間で和解が成立しました。
  和解条項は以下のとおりです。
  当裁判所は,接見交通権が憲法の保障に由来する重要な権利であることに鑑み, 弁護人又は弁護人となろうとする者から裁判所構内における被疑者との接見の申入れがあった場合には, 原則として速やかに接見が実現されるべきものと考え,本件審理に顕れた一切の事情を考慮して,当事者に対して和解を勧告した。 原告及び被告は,上記和解勧告の趣旨を踏まえ,下記のとおり和解することに合意した。

1 被告は,原告に対し,本件和解金として,金30万円の支払義務があることを認める。
2 被告は,原告に対し,前項の金員を,平成22年1月29日限り,○○銀行××支店の。。。名義の普通預金口座(   )に振り込む方法により支払う。
3 原告は,その余の請求を放棄する。
4 原告及び被告は,原告と被告との間に,本件に関し,本和解条項に定めるほか何らの債権債務がないことを相互に確認する。
5 訴訟費用は各自の負担とする。

連絡先:主任代理人 遠藤憲一弁護士 03-3585-2331
     原告本人   小川光郎弁護士 044-246-4581


【事件の概要】
(1) 当事者
  原告:小川光郎
  被告:国

(2) 請求の趣旨
  被告は原告に対し金120万円及びこれに対する2007年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え

(3) 請求の原因の概要
  2007年6月27日、傷害被疑事件で川崎簡易裁判所へ勾留質問に送致される被疑者に対する接見 (初回) を、その送致前、午前11時ころから接見を求めたが、 裁判官は接見場所がない・時間がないことを口実に接見を認めなかった。
  そこで、憲法34条・刑訴法39条1項に違反した違法な接見妨害として上記損害賠償を請求した事件である。

  横浜地裁川崎支部・川崎簡裁の庁舎には同行室の接見室はないが、裁判所構内での接見を、従前仮監獄の接見室や勾留質問室、調停室などで認めていた。 場所がない、時間がない、戒護要員がないという国の主張は根拠がないばかりでなく 刑事訴訟法規則30条 が裁判所構内での接見について日時・場所・時間の指定を認めるも、 接見を全面的に禁止することはできないと解釈されている (書類・物の授受は禁止できるとの明文と対照的に規定されている) ことに明白に反する。

  裁判官は当初から原告に接見させる意思がまったくなく、 刑訴規則30条による接見の日時・場所・時間の指定についてさえ何も考慮しなかった事例 (なお、裁判所書記官が仮監獄の使用について拘置所に問い合わせしようとしているのに─事実仮監獄は空いていた─、 裁判官はその結果も聞かずに接見拒否を通告した) で、 裁判官の行為の国家賠償法上の違法性についての違法制限説 (判例) によっても、 いわゆる美和国賠 (弁護人の文書授受を刑訴法81条によるものと間違えた裁判官が接見禁止の一部解除がないことを理由に、 裁判所構内での文書授受を禁じた多治見簡裁の裁判官の行為の国賠法上の違法性が認められた事例−名古屋地裁2003年5月30日判決・判例時報1823号101頁) 以上に違法性が強い事例と考えられる。

(4) 提訴までの経過
  2007年 6月27日 本件接見妨害
       6月28日 日弁連接見交通権確立実行委員会あて報告書
             提出
       6月29日 同委員会全体会で報告、支援決定
       9月25日 同委員会正副委員長会議で訴状検討
      10月31日 提訴

(5) 提訴後の手続きの経過
  2008年 1月28日 第1回口頭弁論 訴状・答弁書陳述、被告に対し
             求釈明
  2008年 3月10日 第2回口頭弁論 原告準備書面 (1) 陳述
  2008年 5月19日 第3回口頭弁論 裁判官交代 (裁判長・両陪席と
             も) 更新手続、被告準備書面 (1) 陳述、被告に
             対する求釈明

    ※ 訴 状     ※ 準備書面 (1)


  7月14日の期日では、被告の準備書面 (2)(2008年6月4日付原告の求釈明に対する被告の釈明) 陳述、面会室等についての抜粋図面の提出、 原告甲1号証接見マニュアル提出。
  被告の主張によると、書記官の判断で仮監獄の面会室の使用の調整を試みたが、 裁判官が接見を認めないと判断し書記官がその旨連絡したため調整は行われなかった。
  結局、裁判官は接見について何らの調整も行っていなかったのであり、終始接見させる意思がまったくなかった事実が明らかになった。
  また被告の提出した図面は縮尺も寸法も一切記載がなく、被疑者を移動させる距離があるから接見時間がない、という被告の主張の立証になっていない。

  9月22日の口頭弁論は、被告が前回期日で言っていた報告書 (県警の留置管理課による当日の川崎簡易裁判所への押送についての回答書) が提出されましたが、 簡単なもので、それに基づいて従前の時間の特定をしなおしてきた程度でした。
  大した進展はありませんが、その結果、被疑者が裁判所に事実上いた時間が20分から40分になりました。 この延びた時間だけでも接見させられるはずですが。

  次回は国側がこれまで出してきた主張に対する原告側の主張・反論です。

  11月17日の期日では、裁判官が右陪席・左陪席とも交替し、弁論が更新されました。
  原告準備書面2を陳述し,証拠として甲2−1〜3−2を提出しました。被告も準備書面4を陳述しました。 また、裁判所から進行予定について聞かれ、原告は裁判官と原告本人の人証申請予定と答え、被告は、人証は不要と考えているが、 原告の予定を見て検討する、と回答しました。
  右・左両陪席が替わるのは2回目 (1回目は裁判長も交替) です。

  被告準備書面4では勾留質問準備室から地下一階の接見室まで徒歩で約1分26秒〜1分40秒、 別館3階の調停室まで同じく約1分10秒〜1分45秒と明らかにされました。 被告によれば、図面の縮尺については秘密の問題があるので時間の点だけ明らかにしたとのこと。
  接見させる時間がなかったという被告主張が根拠がないことは具体的なこれらの数字でも明白である。

  次回期日は被告が原告の主張に対して調査に時間が欲しいとのことで、約2ヵ月後になった。

  2009年1月19日の期日では、被告による、従前の主張の焼き直し的な主張が出されましたが、その中で 裁判官が、最初から接見を認める意思が全くなかったのではない、などの裁判官の肉声らしきものが書面に初めて表われてきました。
  しかしそこに表われているのは、接見に否定的な一般的な指摘だけで、接見が弁護権という重要な人権の一環であって、 裁判所構内での接見を拒否してはならないことへの無理解ないし無知でした。
  弁護士が来ているのに被疑者に会わせることなく、10日間の勾留という重大な身柄拘束を決定する裁判官の人権感覚ないし意識こそ問われれるべきではないでしょうか。

  2009年3月9日の期日では、 原告側が前回提出された被告の準備書面 (5) に反論する 準備書面 (3) を提出し、 あわせて接見拒否した裁判官の証人申請と、原告本人尋問申請をしました。
  これに対して、被告が、次回までに陳述書を作成し、慎重に証人を選定すると述べました。

  弁論準備は迅速効率化をはかって、法廷を使わず、裁判官も合議体全員でなく受命裁判官 (今回は裁判長と左陪席) が行い、 通常の期日より早く入るものですが、本件では、また被告国側の意向で2ヶ月先になってしまいました。 国側は (3月から4月の) 移動日も含むので考慮して欲しいというのですが、連休明けになったのは被告の都合です。

  5月13日の期日の内容は以下のとおりです。
  原告が原告の 陳述書 (甲4号証) を提出。
  被告が書記官の証人尋問を申請し、その陳述書 (乙5号証) を提出。
  また、被告は、原告の裁判官の証人申請について、原告と直接やり取りしたのは書記官で裁判官は一連の経過を把握していないので不要だ、 などという意見書を提出しました。
  しかし、書記官は裁判官の意向に従い、その意向を伝えているだけで、接見させなかったのは裁判官ですから、 当然裁判官こそ尋問する必要があります。被告の主張は本末転倒です。

    書記官の陳述書には 「身柄は勾留質問のために連れて来るのであって接見のためではない」 趣旨のことを裁判官がいい、 接見させない趣旨と受け止めた、との記述があり、裁判官には端から接見させる意思がなく、 憲法の保障する基本的人権である弁護権とそれに由来する被疑者と弁護人らとの接見交通権の重要性の認識もなかったことが (被告の主張ばかりでなく) 被告提出の証拠からも明白になりました。

  6月26日の期日の内容は以下のとおりです。
  前々回の5月13日の弁論準備期日に裁判長から和解の打診がありましたが、前回6月26日の弁論準備期日の直前に、 被告から一応和解のテーブルにつくという連絡が裁判所にあり、和解がスタートしました。
  原告から、裁判所構内での被疑者と弁護人との接見禁止が許されないことの周知徹底と違法な接見妨害の再発防止を含めた和解案を口頭で提示しました。
  さらに、期日外に、日弁連接見接見交通権確立実行委員会で議論を経た上で修正をして、改めて書面で和解案を裁判所に提出しました。
  次回,この案に対して被告国側が回答することになっています。

  6月26日の期日には国側からは提案はなく、国側の態度は、和解の席にはつくが、裁判官の行為に違法があったかなどについて、 いまだ疑問・腑に落ちないとの見解を保持していたようです。
  国側の態度はこのように極めて遺憾なものだったので、原告側としては和解の協議は予断を許しません。

  9月16日の期日では、裁判所が和解案を双方に提示しました。
  11月18日に当事者双方の回答が裁判所で行なわれます。

  2009年12月21日、原被告間で和解が成立しました。
  和解条項は以下のとおりです。
  当裁判所は,接見交通権が憲法の保障に由来する重要な権利であることに鑑み, 弁護人又は弁護人となろうとする者から裁判所構内における被疑者との接見の申入れがあった場合には, 原則として速やかに接見が実現されるべきものと考え,本件審理に顕れた一切の事情を考慮して,当事者に対して和解を勧告した。 原告及び被告は,上記和解勧告の趣旨を踏まえ,下記のとおり和解することに合意した。

1 被告は,原告に対し,本件和解金として,金30万円の支払義務があることを認める。
2 被告は,原告に対し,前項の金員を,平成22年1月29日限り,○○銀行××支店の。。。名義の普通預金口座(   )に振り込む方法により支払う。
3 原告は,その余の請求を放棄する。
4 原告及び被告は,原告と被告との間に,本件に関し,本和解条項に定めるほか何らの債権債務がないことを相互に確認する。
5 訴訟費用は各自の負担とする。

  原告側代理人は、特に以下の点に本件和解の意義があると考えています。
@ 接見交通権の憲法上の重要性に鑑み、勾留質問などで警察から押送されてくる被疑者のために、専用の接見室がなくても、 裁判所は裁判所構内での速やかな接見を認めなければならないことを確認したこと、および裁判所構内での接見妨害の再発防止

A 裁判官の行為の国家賠償法上の違法性は、職権の独立との関係で、違法限定説というとてつもなく高いハードルがありますが、それを乗り越えたこと

B 和解金額もこの種の国賠訴訟では高額であり、裁判所構内での接見の重要性の高さが認められたこと

  本和解条項は裁判所の判断が前文で簡潔に述べられて、原告勝訴判決と同じ内容であり、完全勝訴和解と評価することに異論はないと思います。

文責 弁護士 小川光郎