2009.4.4

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

北朝鮮ミサイル迎撃は愚作だ

1、 北朝鮮は4月4日から8日の間に、実験用通信衛星 「光明星2号」 をロケット 「銀河2号」 で打ち上げると発表しています。 ロケット本体はテポドン2号を改良した三段式と見られています。米国のシンクタンクであるグローバルセキュリティーは、衛星写真の映像から、 先端が丸みを帯びているので人工衛星の打ち上げと推測しています。98年8月日本上空を飛び越えたテポドン1号を、北朝鮮は 「光明星1号」 の打ち上げと発表しました。 米国は人工衛星打ち上げが失敗したと公表したが、日本だけは弾道ミサイルとの主張を最後まで変えませんでした。

2、 北朝鮮は、今回の打ち上げに際して、宇宙条約と宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する条約に加盟したのです。 その上で、国際民間航空機関 (ICAO) と国際海事機関 (IMO) へ情報提供しました。これにより IMO は日本海と太平洋の危険区域の詳細な位置を発表しました。 98年8月の発射では、事前警告なく行ったため、国際法違反の批判を受けたことから、今回は国際法に沿った発射プロセスを進めていると思われます。

3、 これに対して、日本政府は安保理決議1695号、1718号に違反するとして、強硬な姿勢をとっています。決議違反という認識では米国や韓国も一致しているようです。 マスコミも決議内容をきちんと検討しないまま、日本政府の言い分を垂れ流し、冷静な報道姿勢を欠いているとしか思えません。 私は、これを真に受けていては、法律家としては失格だと考えました。 そこで私は両決議文を読んでみました。両決議は、「Ballistic Missile Programme (弾道ミサイル計画)」 の停止を求めているのです。 日本政府などは、人工衛星打ち上げであっても、衛星を搭載するミサイルは弾道ミサイルと両用であることで、決議違反とするのでしょう。

  しかし、北朝鮮は宇宙条約の加盟国です。宇宙条約は、加盟国に対して、平和目的であれば差別されることなく宇宙開発の権利を与えています。 北朝鮮はだめで、日本は許されるという差別はできないのです。この権利があるうえ、弾道ミサイル計画の停止という用語からも、 北朝鮮の衛星打ち上げが両決議に違反するという解釈は無理であろうというのが私の意見です。

4、 日本政府は、自衛隊法第82条の2 (弾道ミサイル破壊行動) を初めて発動し、弾道ミサイル対応能力のある SM 3 を装備したイージス護衛艦二隻を日本海へ、 太平洋へはミサイル追跡のため、イージス護衛艦一隻を配備しました。米軍のイージス艦二隻とともに弾道ミサイル防衛態勢に入ったのです。 日米のミサイル防衛艦の共同作戦です。ミサイル発射の第一報は米国の早期警戒衛星から米海軍のイージス艦へ入り、 米艦とデータリンクで結ばれている護衛艦が、レーダーで追跡し、米艦と情報を共有します。 航空自衛隊は PAC3部隊を秋田県と岩手県にそれぞれ一個部隊を配備しました。予定どおりの軌道をとった場合には打ち落とさないが、 軌道からそれて日本へ落下する恐れがあれば、打ち落とすというのです。

5、 この方針は私から見ると愚作としかいえません。日本外交には確固とした北朝鮮政策がないため、 場当たり的で先の見通しのない強硬策をとっているとしか思えないのです。わが国が採用すべき北朝鮮政策とはどのようなものであるべきでしょうか。 これまで政府は、北朝鮮が日本にとって最大の脅威を与える国としていました。 ではその脅威とは何か。核開発であり、弾道ミサイル開発です。 この脅威を取り除くとともに、北朝鮮との国交正常化を図ることが日本外交の対北朝鮮政策の基本にしなければならないはずです。 北朝鮮の核開発を解決する枠組みが六者協議です。北朝鮮も六者協議が進展している間は、弾道ミサイル発射のモラトリアムを継続していた。 98年8月以来中止していた弾道ミサイル発射実験を、2006年7月に行ったのは、2005年9月の共同声明直後から始まった米国の金融制裁により、 六者協議がにっちもさっちも進まなくなったため、米国に対して取られた瀬戸際政策だったのです。10月の核爆発実験も同じ趣旨でした。 その効果は抜群にあったのです。2006年末から2007年はじめにかけて、米国は北朝鮮政策を大きく転換し、北朝鮮との直接協議を始め、 その結果2007年2月には六者協議で 「初期段階の措置」 に合意したからです。

  もし迎撃ミサイルを発射して打ち落とせなければ、弾道ミサイル防衛は 「張子の虎」 だとして、北朝鮮はいっそう強硬になるでしょう。

  打ち落とせば、北朝鮮はいっそう挑発的になり六者協議は崩壊するかもしれません。 いずれをとっても、ミサイル迎撃という政府の方針は北朝鮮との関係をいっそう悪化させ緊張関係を高めるだけです。 はじめから失敗することが明白な政策は直ちに改められるべきでしょう。

6、 地上配備の PAC3 は、射程が約30キロといわれますが、この程度のものを秋田県に1個部隊、岩手県に1個部隊配備するというのです。 仮に落下するにしても、射程内に入る可能性は極めて少ないでしょう。もし破壊できたとすれば、破壊しないよりも被害は大きくなります。 なぜなら、破壊されたミサイルの破片とともに PAC3 の破片も落下するからです。 ミサイルの一部がばらばらにならないでそのまま落下したほうが被害が限局されることは少し考えればわかることです。

7、 自衛隊は戦闘配備についているのです。周辺事態を想定した戦闘配備は、自衛隊始まって以来だと思います。 なぜ周辺事態を想定した戦闘配備かと言うと、北朝鮮が日本を標的にして弾道ミサイルを発射する事態は、第二次朝鮮戦争 (周辺事態) しか考えられないからです。 これは自衛隊にとってまたとない実戦訓練の場でもあります。日本国民の生命財産を守るなどは 「おためごかし」 の類でしょう。

  さらに、弾道ミサイル警報をJアラート (瞬時警報システム) により各自治体へ通報する予定です。 Jアラートとは、衛星回線を使った防災無線により、弾道ミサイル早期警戒情報を全国に瞬時に伝えるという触れ込みで、国民保護法により作られたものです。 警報を受けた住民は屋内避難をするというのが、政府が定めた国民保護基本指針やそれに基づき全国の自治体が定めた国民保護計画の内容です。 国民保護計画には、対処前措置という項目があります。対処措置とは武力攻撃事態や予測事態でとられる対処措置であり、有事法制が発動されている事態です。 対処前措置とは、国民保護法など有事法制が発動される前から、発動を想定した緊急対処態勢をとるものです。 危機管理担当の自体職員は24時間待機をし、緊急事態連絡室を設置します。 マスコミ報道から推測すると、秋田県、岩手県、鳥取県などでこのような体制がとられていると思われます。 有事法制自体の発動ではないにしても、今回の事態を利用して、事実上国民保護システムを稼動させているのです。

  しかし、これも国民保護法など有事法制からは逸脱した動きです。武力攻撃や予測事態を想定しなければならない事態ではないからです。

8、政府が本当に北朝鮮の脅威を取り除き、国民の安心安全を図るのであれば、このような対処はそれに逆行するものでしょう。 9条を持つ国の政府が行うことではありません。私たち自身が 「なんとなく怖い」、「ミサイルの一部が落下したらどうするのだ」 といった漠然とした感情に支配されず、 冷静に事態を見つめて、9条に即した対応を政府に求めなければなりません。私たちの護憲の立場が試されているのです。
2009.4.4