2009.6.27

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

憲法改正を狙う自民党提言 1

1、 5月30日新しい原稿 「敵基地攻撃論が狙う9条改憲」 をアップしました。このときの私の関心は、このところしきりに主張されるようになった 「敵基地攻撃論」 が、 自民党の正式な機関の総意になりつつあることの重大さと、この議論が9条改憲を狙っていること、 「敵基地攻撃論」 が軍事政策としてどれほど幼稚なものであるかということにありました。

  2009年6月9日、自民党国防部会防衛政策検討小委員会は 「提言・ 新防衛計画大綱について」 をとりまとめて、麻生首相へも提出されました。 この提言全文をすぐに入手して、日弁連憲法委員会と自由法曹団 (私が所属する法律家団体の一つです) へ資料として提出するとともに、 憲法委員会へ出席する新幹線の行き帰りの中で、提言を詳しく検討しました。 小委員会がまとめた提言は、これまでの政府憲法解釈やそれを踏まえた安全保障政策・防衛政策を念頭に置いて読むと、これから述べるように、 単に 「敵基地攻撃論」 にとどまらず、新たな防衛政策とそれを実行するために不可欠な、9条を含む憲法改正の提言であることに驚かされました。 提言は、北朝鮮脅威論を背景にした軍事的対応や、ソマリア沖海賊対策のための自衛隊派遣に対して、 国民の支持が過半数を超えていることを背景にして作り出されたものと考えざるを得ません。 この際に一気に憲法改正まで突き進もうという意図が露骨に示されています。 提言が打ち出している安全保障政策・軍事政策は、旧来型の脅威 (北朝鮮と中国、ロシア) を対象にした上、偏狭なナショナリズムにたった国益防衛のための政策です。 これは私たちの国の進路と周辺諸国にとって憂慮すべき方向性です。

2、 2004年12月に閣議決定された防衛計画大綱は、向こう10年間の我が国の防衛政策を定めたものですが、 国際情勢の変化などから5年後に見直すことも予定されていました (詳しくは5/30更新の 「敵基地攻撃論が狙う9条改憲」 をお読みください。)。 提言は、中間見直しではなく新しい防衛計画大綱を策定すべきことを要求しているのです。 その内容を見ると、5年前に策定された16大綱の安全保障、防衛政策から大きく異なるものとなっています。

3、 その特徴を項目的に羅列すれば、以下のようなものでしょう。
  憲法改正を前提にした防衛政策 (立法改憲、解釈改憲を提言)、国際協力重視から国益防衛重視、 米国の力が相対的に弱まるという認識と自主防衛論を色濃くにじませる、新たな脅威 (テロ、大量破壊兵器と弾道ミサイル拡散等) から在来型の脅威 (北朝鮮、 中国、ロシアの脅威) を強調、全面的な集団的自衛権行使 (米軍への後方支援から打撃部隊の援護)、官邸と自衛隊を含む国家の情報能力の強化、 平時から有事まで間隙のない戦争国家体制づくり、海外軍事活動強化のための自衛隊統合運用態勢の強化、 自衛隊三軍それぞれの海外軍事任務に重要な位置づけを与える、軍拡の提言、敵基地攻撃能力のため巡航ミサイルや中距離弾道ミサイル保有
  これらの特徴を、16大綱が定めた現在の我が国の安全保障、防衛政策と比べながら詳しく述べてみようと思います。 何回かの連載になるでしょうが、最後までおつきあいください。

4、 16大綱の安全保障、防衛政策の前提となる情勢 (安全保障環境といいます) 認識は、見通せる将来にわたり我が国への脅威は、 主権国家間の武力紛争ではなく、我が国への本格的な武力侵攻はほとんど考えられなくなったというものでした。 では何が脅威であるかといえば、16大綱は 「国際テロ組織などの非国家的主体」 「大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散」 「国際テロ組織等の活動を含む新たな脅威や多様な事態」 を挙げています。 16大綱の元になった文書 「防衛力の在り方検討会議」 (防衛庁の内部に作られた) の報告書では、さらに 「海賊等の各種不法行為」 など国際犯罪を挙げていることにも、 ソマリア沖海賊対策問題を考える際には重要な点です。

5、 これらの新しい脅威は軍事力 (軍事同盟) による抑止が有効に機能しないという特徴があることも指摘しています。 ここから16大綱は、新しい安全保障政策、軍事政策として、国際平和協力活動を強調するのです。
  提言が我が国に対する脅威として述べているものは、「三正面 (北、西北、南西) と海洋国家としての海上交通路を通じて我が国へ及ぶ」地政学的脅威です。 私はこれを 「三正面+1脅威論」 と呼ぼうと思います。私の狭い知識の範囲で、これまでこのような脅威を強調した安全保障論に接したことはありません。 北=ロシア、西北=北朝鮮、南西=中国・台湾海峡であることは提言の記述から明らかです。 16大綱が強調した新しい脅威は、せいぜい海上交通路を通じて我が国へ及ぶ脅威に位置づけられているだけです。

6、 安全保障政策や軍事政策は、国家への一定の脅威認識を前提に、その脅威をいかにして低減するか、 あるいは現実化する場合どのように軍事的対応をするかということを説明するものです。 16大綱とはかなり異なる脅威認識を述べる提言は、安全保障政策、軍事政策においても16大綱と大きく異なってくることは当然です。

7、 では、16大綱が策定されてから、5年間にいったい何が起こったのでしょうか。防衛計画大綱はこれまで三回策定されていますが、 最初の51大綱 (昭和51年) から07大綱 (1995年) の間19年間、16大綱 (2004年) まで9年間経っているように、 5年で新しい防衛計画大綱を策定するなどこれまでなかったことです。

  小委員会の認識を推測すれば、やはり北朝鮮の二度目の核爆発実験やロケット発射と六者協議の停滞、 中国の軍事力増大を重大な変化と考えているのではないでしょうか。その上で、北朝鮮のロケット発射に対する、初めての弾道ミサイル破壊命令の発動、 ソマリア沖海賊対策のための自衛隊派遣、これらの政府と自衛隊の活動が多くの国民の支持を得たという経験があるのではないでしょうか。

  私には、このようなことがあっても、我が国の安全保障政策、防衛政策を大きく変えるほどの変化ではないと思えますが、 提言はこれを実行するために9条を中心にした憲法改正にまでもってゆこうという思惑を露骨に示しているのです。

8、 今回は、憲法改正を前提にした防衛政策 (立法改憲、解釈改憲を提言)、という点について、話を進めましょう。

  「はじめに」 の項目では、提言を作成するための小委員会の議論が 「憲法改正を視野に入れつつ」 なされたことを述べています。 「三、基本的防衛政策」 では全体で14項目の記述があるうち、「憲法改正」 が最初に記述されています。 憲法改正が 「我が国の安全保障および防衛力の在り方を検討する最も重要な前提」 であると断言し、自民党・新憲法草案をわざわざ引用して、 自衛隊の憲法上の位置づけ (自衛軍化のこと) と軍事裁判所の設置などの改憲を早急に実現することの重要性を強調します。 それを実現するために、立法改憲 (国家安全保障基本法と恒久法の制定、防衛二法改正) と解釈改憲 (安全保障の法的基盤の強化に関する懇談会報告書―安保法制懇報告書と略―の体現) の必要性を述べています。 国家安全保障基本法は、自衛隊の意義付け、集団的自衛権行使や武器使用に関する法的基盤の見直し等を内容とする究極の立法改憲です。

  次回以降の連載で詳しく検討しますが、小委員会提言を実行しようとすれば、望むべくは明文改憲だが、それに至る段階での立法、 解釈両面からの (明文改憲以外の方法による) 実質的な改憲が必要になることは明らかです。
2009.6.27