2011.4.14

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

新防衛計画大綱と秘密保護法制

  3・11東日本大震災以来、日本のマスコミはほとんどこの報道に費やされている。 その陰で、新防衛計画大綱を実行しようとする憂慮すべき動きが本格的に始まっている。 私たちが東日本大震災に注意と関心を集中することは当然であるが、そのような状況においても、この動きには警戒をしなければならない。

 新防衛計画大綱は 「M わが国の安全保障の基本方針」 「1 わが国自身の努力」 の 「(2) 統合的かつ戦略的な取り組み」 において、情報収集能力・分析能力の向上と、各府省間の緊密な情報共有と政府横断的な情報保全体制を強化する、 と述べている。16大綱でも 「L わが国の安全保障の基本方針」 「2 わが国自身の努力」 において、「国としての統合的な対応」 という項目をたてて、 情報収集・分析能力の向上を図ると述べている。新大綱は16大綱と比較すると、明らかに新大綱は政府レベルでの取り組みを強化しようとしている。 また 「政府横断的な情報保全体制強化」 は新大綱で登場している。

 このように新大綱は、政府レベルでの情報活動の強化と情報保全体制強化を新たに打ち出したのである。 これには理由がある。新安保防衛懇報告書が、内閣の安全保障機構の強化と、情報が安全保障政策の重要な基盤であるとして内閣の情報機能の強化と、 政府横断的な情報保全の強化を進めることを提言し、そのための法的基盤として、秘密保護法制が必要であると述べている。 新大綱は新安保防衛懇報告書のこのような提言・主張を取り入れているのである。

 既に防衛省は、秘密保全体制を構築するために戦前の軍機保護法、 国防保安法などの軍事機密保護法制や憲兵隊等の秘密保護組織を研究している。 防衛研究所平成21年度特別研究成果報告書 「旧軍の秘密保護制度について」 がそれである。 防衛省防衛研究所は、防衛省の防衛政策研究の中心となる機関である。「防衛研究所の調査研究に関する達」 (平成18年2月22日防衛研究達1号) によると、調査研究の種類として、特別研究、所指定研究、基礎研究、交流研究を掲げ、特別研究の位置づけとして、「内部部局の要請を受け、 防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的とする調査研究」 としている。「内部部局」 とは、防衛省設置法第8条以下に規定されているもので、 いわゆる内局(背広組)である。上記の特別研究成果報告書は、防衛省の防衛政策(ここでは秘密保護法制)の立案、 遂行に寄与する為の研究であることが理解できるであろう。

 政府は新防衛計画大綱を策定後、 早速これを実行するために 「政府における情報保全に関する検討委員会」 を立ち上げて、2010年12月9日その第1回会議を開いた。 そこで、「法制検討部会」 と 「情報保全システム検討部会」 という二つの部会を設置した。 検討委員会も部会も内閣官房長官の下、内閣官房、警察庁、公安調査庁、防衛省、外務省、海上保安庁、法務省の官僚で組織されている。 さらに、検討委員会と部会の下で、検討委員会の検討に資するための有識者懇談会が組織され、 秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議 が2011年1月5日、同年2月18日、同年4月8日とこれまで3回開かれている。
  有識者懇の構成員は大学教授である。

  秘密保全在り方有識者懇では、秘密保全法制の意義、秘密の範囲、秘密の管理、罰則、基本的人権の尊重、その他、 まとめという審議スケジュールを合意している。第2回会議では、防衛省作成の防衛秘密制度の運用状況について報告がなされている。

 検討会議も有識者懇談会も非公開である。わずかに官邸ホームページからその審議内容を伺うしかない。 しかしながら、ことは極めて重大である。今から約25年前の1985年6月6日、自民党政府は 「国家機密法案」 を国会へ提出した。 この法案は全文で14条と附則という短いものであったが、防衛外交に関する秘密(国家秘密)を外国に通報した場合には、 死刑または無期という極刑を課す内容であった。このとき、日弁連は国家秘密法対策本部を組織し、日弁連と全国の単位会を挙げて反対運動に取り組んだ。 その他法律家団体、市民、文化人、労働組合などが反対運動を強力に押し進めて、廃案に追い込んだ。
  有識者懇や検討委員会がどのような秘密保護法制を提言するか未だ不明であるが、憲法9条、基本的人権保障の観点からは、 極めて憂慮すべき動きである。

 秘密保護法制は米国から強い要求がなされている。日米同盟強化のいわばアキレス腱となるからである。 日米同盟の深化を図った 「日米防衛政策見直し協議(米軍再編と俗称)」 の合意文書 「日米同盟:未来のための変革と再編」 (2005.10)では、 日米の軍事一体化の強化を合意しているが、その中で、情報共有及び情報協力が極めて重視されている。 「部隊戦術レベルから国家戦略レベルに至るまで情報共有及び情報協力をあらゆる範囲で向上させる」 ことを合意しているのである。

  ところが2006年2月、海上自衛隊佐世保基地の護衛艦の通信下士官のパソコンから、「平成15年度海上自衛隊演習(実働演習)」 の 「佐世保地方隊作戦計画骨子」 が、ウィニーを通じてインターネット上に流出した。 それにより、海上自衛隊が行った南西諸島有事での実働演習の実態の一端が明らかとなった(岩波新書 「自衛隊 変貌の行方」 前田哲男著)。 2007年には、海上自衛隊自衛官のパソコンから、イージスシステムに関する情報がインターネット上に流出した。 これではいくら日米同盟の深化、情報共有と情報協力を強化しようとしても、米側は自衛隊に情報を提供できなくなってしまう。 2010年10月には警視庁の国際テロ対策に関する情報がインターネット上に流出し、11月に日本で開催を控えていたAPEC首脳会議を前に、 日本政府は大恥をかいた。情報流出者は未だ特定できていない。

  新防衛計画大綱は、日米同盟を深化させようとしているが、そのためには、秘密保全法制が不可欠となっている。 秘密保全法制に立ち向かう準備を怠らないよう、注意喚起の意味を込めてこの小論をアップします。