2011.7.29

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

原点回帰した自由民主党
(自由民主党国家戦略本部報告書)

1 自由民主党は、 7月19日 国家戦略本部報告書 を発表しました。 この報告書は、同党が2010年1月24日に党大会で採択した新綱領(2010年綱領)を基本に、中長期の政策の方向性を定めるという位置づけです。 新綱領は、政権奪回を目指して同党内に立ち上げた政権構想会議の勧告を受けて作成されたもので、国家戦略本部報告書は、 同党の政権戦略上の重要文書になります。国家戦略本部は昨年9月同党内に設置され、6つの分科会で検討を重ねられてきました。 外交・安全保障問題を扱っているのが第5分科会報告書です。
  新綱領は、自由民主党の政策の基本的な考え方の最初に新憲法制定を掲げて、憲法の明文改正を明確にしています。

2 第5分科会報告書が提起する憲法問題は、国家安全保障会議の常設、集団的自衛権行使を可能にすること、 PKO活動の際の武器使用権限の緩和と自衛隊海外派兵恒久法制定、国家緊急権制度を導入するための憲法改正、非核三原則を2.5原則とする、 防衛費増額とそのための新防衛計画大綱・中期防の策定などです。これらは、これまで同党が様々な機会に公表してきたものです。

3 国家安全保障会議の常設は、安部首相が執念を燃やしたものです。 形骸化した安全保障会議に代えて、米国の国家安全保障会議(NSC)をモデルに安保防衛政策で首相を中心とした官邸機能を強化し、 首相官邸とホワイトハウスとが常に意思疎通をできるようにすることを狙ったものです。 2006年4月に法案(安全保障会議設置法改正法案)を国会へ提出しました。 しかしながら、肝心の安倍首相が2007年9月に首相の座を投げ出して辞任したことや、国会のねじれから成立の見込みがたたず、 2007年12月福田内閣は廃案にすることを決定しました。

4 集団的自衛権行使については、 安倍首相が設置した 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇と略)」 が2008年6月24日発表した報告書が提言しました。 安保法制懇報告書は、@ 公海における米艦防護、A 米国に向かうかもしれない弾道ミサイル迎撃、B 国際平和活動における武器使用、 C 同じ国連PKO等に参加している他国の活動に対する後方支援という4類型を挙げ、憲法解釈の見直しを提言しました。 @、A が集団的自衛権行使を求めるもので、日米同盟の強化という目的のためです。B、C は武力行使禁止原則の例外を作ろうというものです。 B は、任務遂行のための武器使用や駆けつけ警護で武器使用を認めようというもので、C は、「武力行使一体化論」 をやめようというものです。 武力行使一体化論は、現行自衛隊海外派兵法制の骨格を形成しているもので、海外で自衛隊が武力行使をしないための歯止めの理論です。 つまり B、C は海外で武力行使をすることを狙ったものでした。

5 自衛隊海外派兵恒久法は、自由民主党が一貫して狙ってきたものです。 2002年12月小泉内閣の福田官房長官(当時)の下で作られた 「国際平和協力懇談会」 が報告書を作成し、 その中で、駆けつけ警護や任務遂行のための武器使用を認め、自衛隊海外派兵一般法(恒久法)制定を提言しました。 さらに2006年8月30日自民党国防部会防衛政策検討小委員会(石破 茂委員長)が、「国際平和協力法(案)」 と題する恒久法案を発表しました。 この法案は、これまで憲法9条に関する政府解釈からできないとされてきた自衛隊の活動や武器使用権限をことごとく認めようとする内容であり、 憲法9条の規範力のほとんど全てを取り払いかねないものでした。具体的には、自衛隊の部隊としての武器使用や任務遂行のための武器使用を認め、 治安維持活動、警護活動、船舶検査活動を可能にし、任務遂行の妨害排除のためであれば、刑法第36条、37条(正当防衛、緊急避難)でなくても、 相手を殺傷できるなど、まさに海外での武力行使を公然と認めるものでした。

  これを受けて2008年1月、給油新法成立後に恒久法制定のための本格的検討にはいるため、与党内にプロジェクトチームを設置することを決めました。 福田首相も法案に意欲を示していました。

6 自由民主党防衛政策検討小委員会は2009年6月9日 「提言・新防衛計画大綱について」 を発表しました。 この提言は、当時麻生内閣で進められていた16大綱の改訂作業へ、自由民主党の政策を反映させることを狙ったものです。 この提言が発表された後の2009年8月、 16大綱見直しのため総理大臣諮問機関として設置された 「安全保障と防衛力に関する懇談会(安保防衛根と略)」 (勝俣恒久東電会長が座長)が、 報告書(安保防衛懇報告書)を発表しました。

  自民党提言は、これまでの自由民主党が折に触れて公表してきた解釈改憲、立法改憲の集大成と言ってもよい内容です。 詳しくはこの連載コーナー2009年6月27日、7月10日、8月22日にアップした 「憲法改正を狙う自民党提言」 (1)〜(3)をお読み下さい。

  提言は、国家安全保障会議の創設、自衛隊海外派兵恒久法制定と安保法制懇提言の実施(憲法9条に関する法基盤の見直しー解釈改憲のことです)、 中国の軍事力増強を強く意識した防衛費の増額など、第5分科会報告書とほとんど同じ内容です。

  安保防衛懇報告書は、安全保障・防衛政策に関するこれまでの基本方針を見直すべきとし、集団的自衛権行使を提言した安保法制懇報告書の全面実施、 警護活動と任務遂行のための武器使用を容認し恒久法制定などを提言しました。

7 国家緊急権制度については、2004年11月17日 「自民党・憲法改正草案大綱(たたき台)」 が提案しました。 国家緊急権とは、「戦争・内乱・大規模自然災害など、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、 国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を執る権限」 とされています。究極の国家緊急権制度が戒厳令です。 戒厳令下では、行政・司法権が戒厳令司令官に集中されます。国家緊急権制度の最大の問題は、憲法の憲法たる所以である立憲主義を停止させることです。 立憲主義とは、国家権力を憲法により制約して、市民の基本的人権を保障するという憲法上の機能です。 これをわかりやすく言い換えれば、「基本的人権は保障される。但し平時に限る。」 ということになるでしょう。 これを停止するということは、いわば憲法の自殺行為になりかねません。 その後自由民主党50周年の党大会(2005年11月22日)に採択された新憲法草案では国家緊急権制度は含まれませんでした。

  東日本大震災以降、改憲派の政治家から国家緊急権制度を創設すべきとの声が出てきました。 東日本大震災を利用したあまりにも唐突な議論のように思えたので、私は一過性の主張と軽く受け止めていましたが、国家戦略本部報告書で、 非常事態に迅速な対応ができるよう、「憲法を含め必要な整備を行う。」 としたことから、 国家緊急権制度を憲法改正で導入しようとする自由民主党の改憲政党としての執念を感じたのです。 新綱領は政策の真っ先に憲法改正を掲げているなど、同党立党以来の党是である憲法改正という原点へ回帰するものです。

8 6月7日自民、民主など超党派の改憲派議員約100名が 「憲法96条改正を目指す議員連盟」 を発足させました。 顧問には安倍晋三、麻生太郎、森喜朗の各議員が就任しました。憲法96条は、改憲案の発議要件を定めています。 議連は、衆参各議院の3分の2の発議要件を過半数に変えようとするもので、改憲発議を容易くして9条改憲を狙う、いわば二段階改憲策動です。 民主党は5月10日憲法調査会を設置し、ごりごりの改憲論者である前原誠司衆議院議員を憲法調査会会長とすることを決定しました。 東日本大震災のどさくさで、憲法改正の気運を高めようというのでしょう。国家戦略本部報告書は 「日本再興」 という標題が付けられています。

  しかし、東日本大震災の被害状況は、憲法を生かした復興こそが求められていることを示しています。 憲法を生かした被災地の復興を要求し、改憲論を封じ込めなければならないと思います。

9 前回の原稿 「より深化し、拡大する日米同盟?」 で、日米二国間の 「拡大抑止協議」 に言及しました。 その後もこれが気になり、赤嶺衆議院議員の秘書の方に外務省へ問い合わせをしてもらいました。 その結果、2010年2月18日と2011年3月3日の2回開催されたこと、出席者は、日本側から外務省北米局審議官、防衛省防衛政策局次長、 米国側から、国務省次官補代理、国防総省次官補代理とのことでした。ただし開催場所や協議内容には答えられないとの回答でした。 この問題は引き続き関心を持ってフォローするつもりです。新しいことが分かればお知らせします。