2011.10.24

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

馬鹿げたウォーゲーム

 ヤマサクラ演習というものがある。日本の陸上自衛隊と米陸軍第1軍団との指揮所演習(CPX)のことだ。 日本と米国で1年交代で実施しているが、日本では通常1月から2月頃行われている。1982年から始まったとされている。 日本での演習は、陸自の各方面総監が順番に実施しているとのこと。
  日米共同演習は、実施の際にはマスコミ向けの簡単な説明があるくらいで、どのような想定、シナリオでどのような演習を行っているのか、 詳細はほとんどうかがい知れない。まして、演習の具体的な作戦見積もり報告書、作戦計画図、 部隊の運用計画などは絶対に外部には出せない秘密事項である。

 ところが、今年8月30日の赤旗新聞の中で、 演習の作戦図付きで 「日米共同演習シナリオ判明 日本侵略と島しょ対応を想定」 との見出しの記事に目がとまった。


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  なんと、来年実施予定のヤマサクラ演習についての膨大な作戦関係文書を赤旗記者が入手したというのだ。
  記事を書いた佐藤つよし氏が偶然入手したとのことであるが、記事によると、 米国防総省と外部の機関、個人の間で情報交換・共有を目的にした情報ネットワーク 「APAN」 で公表されたというのである。 私も事務所に出て、すぐに APAN ホームページで探してみたが、見つけることができなかった。 そこで、防衛問題の泰斗である東京新聞の半田滋記者に、この情報をご存じか聞いてみたが、半田記者もご存じなかった。 彼も興味を持ち、防衛省へ取材してみるとのことだった。直接記事を書いた本人へ聞くのが一番早いと思い、佐藤つよし記者へ電話して尋ねてみた。 そうするといろんなことが分かってきた。彼は、偶然 APAN のホームページで、誰でも見られるコーナー(ID、パスワード不要)で発見したそうだ。 半田記者の話では、APAN は陸幕幹部も利用しているとのことだが、極めて閉鎖的なネットワークで、佐藤記者もかつて会員になろうと登録しようとしたが、 拒否されたそうである。半田記者の取材から、この文書は一般には出ないものだが、過って出てしまったようで、 現在(赤旗新聞記事が掲載された8月30日のこと)削除されているとのことだった。 道理で、私がアクセスしたときには既に削除されていたので見つけられなかったのだ。 推測だが、赤旗新聞に掲載されたのを見た陸幕が、APAN に直ちに削除を要求したからであろう。 日米 「連携」 の実に素早い対応だと、変に感心した次第である。

  米国防総省のどこかの部署から、過ってホームページに掲載されたのであろうが、あれだけ日本の防衛秘密のリークを口うるさく指摘してきた米国も、 決して人のことをとやかく言えないなと思った。

 半田記者の話では、赤旗新聞に掲載された作戦図面は、大陸からの3個機械化師団が日本本土に侵攻するもので、 陸幕の説明では、敵勢力は旧ソ連軍の戦力を想定しているとのこと。最大の戦力を想定しないと演習にならないからだそうだ。 このような機械化師団は中国軍にもないものとのこと。ヤマサクラ演習は年度により担当する陸自方面総監が異なるので、演習の想定も異なり、 昨年のヤマサクラ演習は陸自西部方面総監が担当したので、九州沖縄方面での戦闘を想定しており、 今回は中部方面総監が担当なので、中国・近畿・北陸方面での戦闘を想定しているとのこと。 演習のコードネームは 「YS61」 というもので、YSは 「ヤマサクラ」 の略称である。

 これは、佐藤記者の特ダネ、お手柄ものである。赤旗新聞記事だけでは物足りないし、 憲法9条改正問題を安保防衛政策面から追究している立場から、ぜひ活用したいと思い、佐藤つよし記者にデーターをもらえないか頼んでみた。 佐藤記者は快諾してくれた。彼は、自分だけが持っている資料ではなく、様々な人に役立ててもらいたい、分析してもらいたいとの思いであるとのことで、 頭が下がる思いがした。800MG のデーターが入ったCDが届いたのはそれから間なしのことであった。 そこで佐藤記者の了解を得て、半田記者と水島朝穂教授へもコピーして送った。 日弁連憲法委員会へも、機会を見て資料として提出し議論してみようと思っている。

 文書はほとんどが英文であるが、日本語の作戦見積書があったのでこれを読んでみたが、これだけでも本文42枚、 参考資料8枚というものだ。
  敵侵攻軍は、主力2個師団が米子や出雲方面へ着上陸し、隠岐島を占領し、下関を確保し、富山平野には弾道ミサイル攻撃や特殊部隊が侵入し、 金沢方面にも1個師団の敵部隊が着上陸するという想定のようである。敵侵攻部隊の目標が大阪占領である。 二方向から大阪を挟撃しようという作戦であろう。敵主力部隊2個師団は米子など山陰から中国道沿いに津山盆地やその付近へ侵攻し、 1個機械化師団は岡山平野へ進出し、これらが播州平野へ出て大阪へ侵攻しようとする。 金沢方面へ着上陸した敵1個師団は、湖東平野へ進出し、大阪へ侵攻しようとする。

  迎え撃つ自衛隊、米軍は津山盆地で阻止ラインを引くが、津山盆地は狭いので、播州平野が師団規模による主戦場になるようだ。 自衛隊米軍の背後に、敵空挺部隊が降下して、背部からの攻撃や、舞鶴方面へ上陸した敵部隊による、日米両軍の側面攻撃などを想定している。 戦況推移予想図によると、敵侵攻部隊の着上陸から11日目で戦闘に勝利している。 敵侵攻部隊主力は機械化師団であるから、日本の本土での戦車部隊や砲兵部隊などによる大規模な地上戦闘を想定した演習といえる。

  作戦見積(各行動方針の比較)という文書には、国民への影響という欄があり、 島根・鳥取・岡山・兵庫の一部(行動方針−これは部隊の作戦行動方針のこと−によっては、島根・鳥取・岡山)が戦場と書かれている。 播州平野が広いといっても、無人の荒野が広がっているのではない、都市があり、住宅・商業地域や工業地帯があり、農地がある。 ここが大規模な戦場となるのである。知らない間に、このような想定をされた島根、鳥取、岡山、兵庫の県民は、これを知ればどう思うのであろうか。 本州の南半分が戦闘地域に含まれるのであるから、国民保護法による住民避難は不可能であろう。 YS61 では、私が読んだ範囲では、住民の避難計画は考慮されていない。住民を巻きこんだ沖縄地上戦の再来であろうか。

 私はこれらの文書に目を通して、本当に馬鹿げたウォーゲームだと思った。 日本本土へ数個師団の陸上部隊を上陸させるなど、冷戦時代にも想定していなかったものである。現在このような戦力を持っている国は周辺諸国にはない。 これだけの地上兵力を着上陸させようとすれば、大変な規模の海上、航空兵力の援護が不可欠である。もしあるとすれば、米国くらいであろう。

  そもそも、昨年策定された防衛計画大綱の防衛政策では、日本に対する本格的武力侵攻は想定されていないはずである。 何を目的にしてこのような想定での指揮所演習を行ったのか理解しがたい。陸上自衛隊の部隊運用能力を高めるといっても、 そもそも我が国の防衛政策はこのような戦闘を想定していないのであるから、全くの無駄という外はない。

  この文書をご覧になった水島朝穂教授のコメントは、アリバイ的というものだった。陸上自衛隊の存在意義を示すためのアリバイということであろうが、 私も同感である。しかし、このような絵空事の作戦想定でアリバイ工作をしなければならない陸上自衛隊の存在意義とは何か、はたと考えざるを得ない。 このような想定でしか存在意義のない陸上自衛隊であれば、大幅に軍縮すべきであろう。

 実は水島朝穂教授が 「アリバイ的」 とコメントされたことには、その伏線があった。 陸上自衛隊第7師団(北海道東千歳駐屯地)による 「共同転地演習」 が矢臼別演習場で、今年8月31日から9月9日まで行われた。 陸自第7師団は自衛隊で唯一戦車主体の師団(いわゆる機甲師団)であり、90式戦車が配備されている。 この転地訓練では、戦車100両を420キロ離れた戦場へ移送する訓練を行った。 動的防衛力構想の下で、大規模な戦車部隊を長距離機動させる訓練なのである。長距離機動といっても、50トンの重量がある90式戦車は、 公道を走れないため、戦車の砲塔部分と車体部分を分解して、トラックで運ぶのである。 これだけの重量物を運ぶ運送能力にも限りがあり、全部運び終えるのに4週間を要したとのことである。これでは余り機動的とは言えないであろうが。

  この演習を報じた9月7日北海道新聞の記事で、水島朝穂教授のコメントが出ており、 その内容が 「転地演習は、歴史的役割を終えた第7師団を維持するためのデモンストレーションではないか」 というものである。 新防衛計画大綱が打ち出した動的防衛力構想では、基盤的防衛力を排斥された。 重厚長大な部隊を日本全土にまんべんなく配備し、それが維持する戦力が存在するだけの抑止力だと批判された基盤的防衛力構想の最も象徴的な戦力が、 第7師団の90式戦車部隊なのである。動的抑止力構想では、もはや90式戦車部隊は無用の長物のはず。 そこで今や 「流行語」 となった(?) 「動的防衛力」 にかこつけて、第7師団の存在意義をアリバイ的に示そうとしたということであろう。

  ヤマサクラ演習をアリバイ的と言われたのは、歴史的役割を終えた陸自を維持するためのデモンストレーションということであろう。 もはや日本に対する本格的武力侵攻を想定しない防衛政策であるから、私たちは大幅な軍縮を求める声を強めなければならないであろう。 その上で、東日本大震災の時のように、自衛隊の災害救助の能力をもっと強め、その装備を充実することのほうが、 もっと国民の役に立つ自衛隊になるであろう。軍隊である自衛隊から、災害救助部隊へとその位置づけ、性格を転換させるのだ。

  この転地訓練について第7師団長は、「動的防衛力を体現するのが第7師団。」 と述べたと記事に書いてあった。 これなどジョークのたぐいで、吹き出しそうになった。第7師団長も、本音ではこじつけと分かって発言したのであろう。

 私はこれらの資料を見ながら、陸上自衛隊は大幅に軍縮すべきだと強く要求すべきだと思うようになった。 このような馬鹿げたウォーゲームで存在意義を確認しなければならないのであれば、自衛隊合憲論、違憲論にかかわらず、 この軍縮論は賛成していただけるのではないだろうか。 前述した第7師団長は、この転地訓練について 「厳しい訓練を積むことで災害時の対応でも機敏に動くことが可能になり、他国に対しては抑止力になる。」 と話したと、北海道新聞記事が伝えている。災害時に90式戦車が必要になることはないし、90式戦車の長距離機動が必要になる事態と、 大規模自然災害とはまるで異なるものであるから、この訓練が災害時の訓練になるはずもない。 この転地訓練が災害時に役立つとの発言は、見方を変えれば、「お為ごかし」 で、3・11の被災者を愚弄するようなものだ。 もはや我が国の防衛政策が、日本に対する本格的武力侵攻を想定していないのであるから、他国のこのような侵攻を想定した抑止力などは不要である。

  90式戦車のような重厚長大な正面装備は速やかになくし、それに代えて災害救助用の装備を充実すべきであろう。防衛予算も大幅に縮小できるはずである。