2012.10.23

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

ここまで来た集団的自衛権憲法解釈見直しK

1 安倍晋三自民党総裁と石破茂自民党幹事長で
                   憲法改正問題が重大局面に

  自民党国防部会防衛政策検討小委員会が作成した国家安全保障基本法案(概要)が2012年7月6日に発表されました。 同じ日には、政府の国家戦略会議の下にあるフロンティア分科会平和のフロンティア部会報告書が発表されました。 いずれも集団的自衛権行使を禁止する憲法解釈を見直して、集団的自衛権を行使すべきことを提言するものです。

  自民党は基本政策の外交・安全保障政策で、「日米同盟を強化し、集団的自衛権行使を一部認めるなど体制の整備を進めます。」 と述べ、 国家安全保障基本法の制定を掲げています。政策パンフでは、「集団的自衛権に正面から取り組み… 「安全保障基本法」 を制定します。」 と述べています。

  このように、自民党は来るべき総選挙において、集団的自衛権行使のための憲法解釈見直しと共に、 具体的にそれを実行するための国家安全保障基本法制定を掲げているのです。 総選挙に勝利すれば、政権を奪取して、国家安全保障基本法案とその関連法案を提出しようとするでしょう。

  自民党総裁に安倍晋三氏、幹事長に石破茂氏が就任しました。安倍晋三氏は、かつて総理大臣であったとき、 集団的自衛権行使の憲法解釈見直しに執念を燃やし、そのための首相直属の有識者会議(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)を組織しました。 石破茂氏は、自民党国防部会の中心となって、自衛隊海外派兵恒久法案(国際平和協力法案)をまとめ、 集団的自衛権行使禁止の憲法解釈見直しの先頭に立ち、国家安全保障基本法案をまとめた人物です。 自民党が来るべき総選挙で政権を奪取すれば、この二人の政治家が、これからの日本の安保防衛政策を強引に牽引することは、目に見えています。 憲法改正問題にとり、ゆゆしき事態です。

2 国家安全保障基本法案(概要)
  自民党が発表した国家安全保障基本法案(概要)は、(概要)となってはいますが、条文の体裁をとっており、いわば法案要綱のようなものです。 その内容を紹介しておきましょう。以下のURLでダウンロードできます。
   http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-137.pdf

  まず、この法案の性質ですが、安保防衛政策を規定する国内法制の上位法になるという位置づけです。 第5条で、この法律を実施するため 「必要な法制上及び財政上の措置を講じなければならない。」 と規定しています。 具体的な法制上の措置としてこの概要が例示しているものとして、安全保障会議設置法改正、自衛隊法改正、集団自衛事態法、 国際平和協力法案(既に国会へ提出している自衛隊海外派兵恒久法案)を挙げています。

  概要は、安全保障政策の基本方針と国、地方公共団体の責務、国民の責務、安全保障基本計画の作成を規定し、 次に、8条以下で自衛隊の保有とその任務と集団的自衛権行使の要件、国際平和協力活動、武器の輸出入に関する規定をおいています。

3 国家安全保障基本法案(概要)の問題点
  国家安全保障政策では、まず何が脅威であるかを特定し、それに対する政策を定めるものです。 概要が示す脅威は、「外部からの軍事的非軍事的手段による直接または間接の侵害その他のあらゆる脅威」 としています。 つまり脅威を明確に特定していないのです。これでは、その時々の政権が脅威と定義すれば、何でも国家安全保障上の脅威となりかねません。 しかも概要では、安全保障政策を遂行する上で、防衛、外交、経済その他の諸施策を総合して対応すると述べていますが、その中心は軍事的対応です。 逆に言えば、軍事力の役割や任務を、国家安全保障という幅広い国家目的の遂行のため、どこまでも拡大するという考え方です。 軍事力を背景にした外交ということも視野に入れています。

  憲法の恒久平和主義は、本来は非軍事的な手段による安全保障を達成することとを求めています。 たとえ、自衛のための軍隊保有を認めるとしても、その役割、任務は厳しく限定されなければ成りません。 概要はそもそもの出発点から憲法9条、前文と相容れないものです。

  国及び地方公共団体の責務(第3条)では、「国は、教育、科学技術、建設、運輸、通信その他内政上の各分野において、 安全保障上必要な配慮を払わなければならない。」 と規定しています。科学技術は軍事技術に使えます。 建設は軍事施設の建設や、武力紛争での被害復旧に不可欠です。運輸は戦争に必要な物資、兵員の輸送に不可欠です。 通信は現代戦の帰趨を左右する神経中枢です。教育を挙げていることは極めて重大です。 教育は次世代の国民が軍事力を背景にした国家安全保障政策に進んで協力するように教え込むためです。 第4条で国家安全保障に協力、寄与する国民の努力義務を規定していますので、教育はこれを保障するものになるでしょう。

  実はこの規定の内容は、既に一部で実施されています。2012年6月20日に可決成立した、宇宙航空研究開発機構設置法(JAXSA法)改正法と、 原子力規制委員会設置法に、「国の安全保障に資する」 という目的が入ったのです。
  国の施策のすべての分野で国家安全保障への配慮を求めることになれば、この配慮は 「ついで」 の配慮ではなく、 施策において中心的な要素となるでしょう。つまりあらゆる国内施策において、国家安全保障という目的がすべてに優先することになります。 これが実行されれば、日本という国の有り様が根本的に変わってくるでしょう。

  第3条はこの配慮条項に続いて、秘密保護法制定を義務づけています。二つは密接に関わっているのです。 この点については、2012年8月1日にアップした 「集団的自衛権と秘密保全法」 をお読み下さい。

  第4条は国民の責務規定です。国民には国の安全保障の施策に協力し、寄与する努力義務を課しています。 国家安全保障基本法は他の国内法制の上位法ですから、この規定を根拠にして、更に国民の責務を具体化する法制を作るでしょう。 この点は、憲法明文改正と密接に関わります。自民党憲法改正草案(2012.4.27)では、第12条国民の責務という標題で、 基本的人権の行使につき 「責任と義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。」 と規定しています。 「公益及び公の秩序」 とは、「国家の安全と社会秩序維持を含む概念」 と説明しています。概要第4条は、この憲法改正草案第12条の先取りといえます。 更に自民党憲法改正草案は、第9章緊急事態を定め、99条3項で、緊急事態宣言の下では、 「何人も…国その他公の機関の指示に従わなければならない。」 と、ここでは努力義務ではなく、服従義務を課しています。 緊急事態は国家安全保障上の最も厳しい事態です。概要第4条は、ここでも、憲法改正草案を先取りしていると言えます。

  第5条は法制上財政上の措置を国に義務づけています。法制上の措置については既に述べました。 財政上の措置を義務づければ、予算編成上、軍事予算が聖域となるだけではなく、軍拡になりかねません。 日本の防衛という限られた任務を遂行する自衛隊ではなく、米国と共に海外で戦争をする任務を負った軍隊になるわけですから、 自衛隊の装備や編成はこれまでとは大きく変わるでしょう。2009年6月9日に自民党防衛政策検討小委員会が作成した 「提言・新防衛計画の大綱について」 において、2007年度中国の軍事予算が世界第三位になり、日本との乖離が一層増大していると危機感を示して、 軍事予算の増大を求めています。この提言と概要第4条を重ねると、中国との軍拡レースでもしかねないと懸念せざるを得ません。

  第6条で政府が安全保障基本計画を策定することを義務づけています。これまでわが国の安保防衛政策を規定してきたのは、防衛計画大綱でしたが、 これは安全保障政策を体系的に記述すると言うよりも、自衛隊の装備の整備計画という色彩が強く出ていました。 米国のように、政府の安全保障基本政策を規定する文書が作成されたことはありません。これを作成しようというのです。

  第8条自衛隊は、自民党憲法改正草案第9条の2 1項から3項と極めて類似しています。国防軍と自衛隊という呼称の違いくらいでしょうか。 この点でも憲法改正の先取りといえます。第8条で自衛隊は、「国際の法規及び確立した国際慣例」 に則り行動するとの規定があります。 この法文だけで、自衛隊は国際法(武力紛争法)により認められているあらゆる軍事行動ができることになります。 いわばこの法文はマジックワードです。国内法制でいくら規定したとしても、一旦海外での戦闘行為となれば、あらゆる交戦権行使が可能であり、 これまで憲法9条でできないとされていた、戦時臨検、他国の占領行政、他国領域内での武力行使も可能になります。
  つまり、国家安全保障法案は、単に集団的自衛権行使を認めるに止まらず、 個別的自衛権行使に課せられた憲法上の制約や海外での武力行使の禁止をも、この際取り除こうとしているのです。

  第10条が集団的自衛権行使の規定になります。この規定の内容は、集団的自衛権についてのこれまでの政府答弁と、 国連憲章第51条の要件を重ねたものとなっています。政府答弁の内容は、集団的自衛権の法的性質についての説明です。 第10条で行使ができる集団的自衛権は、国連憲章上の集団的自衛権を丸ごと行使できる規定となっているのです。 第10条は国連憲章上の集団的自衛権を、国内法で制限するというものではありません。
  これまでの防衛法制がいずれも個別的自衛権行使の法制度であることから、集団的自衛権行使を認めるため、 国内防衛法制を大きく変更しなければなりません。概要はそのために、自衛隊法の改正を考えています。 具体的には、わが国に対する武力攻撃事態に際して防衛出動を規定する自衛隊法第76条に、 集団自衛事態での出動を規定する第76条の2を付け加えるのです。その際の自衛隊の出動を規定する集団自衛事態法を更に制定しようというのです。 集団的自衛事態法とは、現行の有事法制の基本法である武力攻撃事態法を、若干修正したものになるでしょう。

  第11条では、国際平和協力活動を規定します。これを実行するための下位法として、概要は国際平和協力法案を予定しています。 国際平和協力法案は、2010年5月に衆議院へ自民党から議員提案された法案です。 この法案は、石破茂氏が委員長であった自民党防衛政策検討小委員会が、2006年6月に作成した法案と条文の構成が少し違うだけで、同じ法案です。 これは、自衛隊海外派兵の恒久法案であり、現行のPKO法を廃止し、これに代わる法律になるものです。 海外での武力行使を公然と認める内容となっており、憲法9条に丸ごと反するものです。 現在、審議はされないまま継続審議扱いになっていますので、来るべき総選挙で自民党が政権をとれば、この法案の審議が始まるおそれがあります。

  第12条は武器輸出入規定です。ご承知のように政府は昨年12月27日、武器輸出三原則を包括的に緩和する決定をしています。 国際平和協力の場合と武器の国際共同開発に限り包括的に可能にするものです。 武器輸出三原則は閣議決定であり、包括的緩和は官房長官談話の形をとっています。 第12条で法制化されれば、これらの原則よりも第12条が優先します。第12条では、国際共同開発とか国際平和協力活動とかに限定されていません。 ほとんど制約なしに武器輸出が可能となっています。そうすると、武器技術や部品だけではなく、完成品の兵器も輸出可能になるでしょう。

4 国家安全保障基本法案の制定を許してはならない
  以上見てきたように、自民党が提案しようとしている国家安全保障基本法案は、憲法9条が政府に課していた制約のすべてを取り払うものになっています。 憲法9条のもとでは絶対に考えられない法制です。しかもこの法制は、日本の防衛のためではなく、米国との同盟関係を強化して、 財政難から国防予算を10年間で5000億ドルも削減を迫られている米国を軍事的に肩代わりをするものです。 そのためには、今以上の防衛予算をつぎ込むことになり、国民生活を一層圧迫することになるでしょう。 それだけではありません。このような安保防衛政策は、私たちの平和と安全を脅かすものになるでしょう。 日本だけの話ではありません。日本をとりまく東アジアの諸国民にとっても、平和と安全を脅かすものになるでしょう。 9条改正を巡る政治情勢は、正念場にさしかかっていると思います。