2014.2.3

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

国家安全保障戦略、新防衛計画大綱、
中期防衛力整備計画を憲法の観点から読む(2)
  専守防衛政策を放棄する25大綱
  1 専守防衛政策は維持されるのか
  25大綱には、これまでの防衛大綱や防衛白書に登場する専守防衛政策の説明文章がそっくりそのまま引用されています(5頁)。 これを読む限り25大綱は専守防衛政策を維持しているとも思えますが、私にはそうは考えられません。

  25大綱は 「統合機動防衛力」 という目新しい表現の防衛力構想打ち出しました。22大綱は 「動的防衛力」 でした。 25大綱は 「統合機動防衛力」 を、「高度な技術力と情報・指揮通信能力に支えられ、ハード及びソフト両面における即応性、持続性、 強靭性及び連接性も重視した統合機動防衛力」 と説明します。 22大綱は 「動的防衛力」 を 「即応性、機動性、柔軟性、持続性及び多目的性を備え、 軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力の支えられた動的防衛力」 と説明します。 いずれも形容詞ばかりで、どれほどの違いがあるのか不明です。実は二つの防衛力構想にはさしたる違いはありません。 2013年6月の自民党提言では 「強靭な機動防衛力」 と表現し、「動的防衛力」 は防衛力の運用に焦点を当てたものだが、 その運用を担保する防衛力の質と量のことであると説明しているのです。 このことから、「動的防衛力」 も 「統合機動防衛力」 も防衛力を見る角度を変えた表現であることがわかります。 「動的防衛力」 については、日弁連 「新防衛計画大綱に着いての意見書」(2011年9月15日)が、 「専守防衛政策を大きく変容させるおそれがある」 と批判しています。「統合機動防衛力」 は 「動的防衛力」 以上に、 中国との武力紛争を戦う態勢を作るもので、一層専守防衛政策から離れるものであると思われます。

  2 専守防衛を否定する敵基地攻撃能力保有、水陸機動団新編
  25大綱は 「弾道ミサイル発射手段等に対する対応能力の在り方についても検討の上、必要な措置を講ずる。」 と述べて、 敵基地攻撃能力保有のための措置をとることを決定しました。中期防も同じ文章です。 中期防は5年間の防衛力整備計画ですから、5年間で敵基地攻撃能力保有のための具体的措置を講ずる計画となります。 敵基地攻撃能力のために必要な攻撃力とは、2009年版、2010年版自民党提言によると、巡航ミサイルと弾道ミサイルのことです。 敵基地攻撃能力保有は、政府憲法解釈でも、法理上は保有が可能だが、専守防衛政策から保有できないとしていますし、 先制攻撃にもなりかねないものです。また政府解釈では弾道ミサイルは憲法9条に反する武器であるとしています。

  25大綱は、中国との武力紛争を想定して、中国軍が占領した島嶼部を 「奪回」 するため、水陸両用作戦部隊を保有するとし、 中期防は水陸機動団を新編するとしています。そのための装備としてティルトローター機(オスプレイだ)と水陸両用車、 水陸両用作戦のための多機能艦(米海軍の強襲揚陸艦のことだ)を導入するとしています(多機能艦は検討の上結論を得るとする)。 水陸機動団は米海兵遠征隊(MEU)がモデルです。島嶼部防衛だけではなく、アジア太平洋、 さらには多機能艦に乗ってもっと遠方の戦域へも出動できるでしょう。敵前上陸を想定した戦闘部隊は、専守防衛政策からは保有できないはずです。

  25大綱は、毎年の防衛白書に登場する専守防衛政策に関するステロタイプの表現を残してはいるものの、 その内容は、専守防衛政策を否定するものになっているのです。

  集団的自衛権行使の態勢を作る25大綱
  1 国際協調主義に基づく積極的平和主義とは
  25大綱にも安保戦略にも集団的自衛権という言葉は出てきません。未だ政府の公式解釈では集団的自衛権行使はできないのですから当然です。 だが、安保戦略、25大綱は明らかに集団的自衛権行使の軍事的態勢を作ろうとしています。 実態とすれば集団的自衛権行使に踏み込んでいる内容なのです。

  安保戦略は 「国際協調主義に基づく積極的平和主義」 を国家安全保障の基本理念とし、25大綱も、我が国防衛の基本方針としている。 この概念については、いずれの文書でも何ら定義はなされていません。これでは安全保障、防衛政策の基本文書としては欠陥商品と言うほかありません。 基本理念や基本方針の中心概念ですから、ここがしっかり定義されていなければ、その時々でいい加減な、もっといえば、 その時々の政権が恣意的な政策を 「国際協調主義に基づく積極的平和主義」 だと説明することが可能になります。 日本の進むべき路線の基本にご都合主義が支配することになります。政府の安保政策について、国民をごまかすマジックワードになりかねません。

  しかし安保戦略、25大綱を読めば、その意味は軍事力を積極的に活用するということと理解できます。 これまでの政策を消極的平和主義と考えたから、それとは反対の積極的平和主義を唱えているのです。 これまで憲法9条の制約でできなかったことといえば、集団的自衛権行使、国連の集団的措置へ武力行使で参加すること(他国部隊の警護活動、 安全確保活動、任務遂行のための武器使用)、他国軍隊の武力行使と一体化した支援、およそ個別的自衛権行使以外の場面での海外で武力行使、 などでした。武器輸出も一切禁止されていました。これらを消極的平和主義と呼ぶのであれば、積極的平和主義では、これらのことができなければなりません。

  基本理念に基づき、安保戦略は国家安全保障上の戦略的アプローチ、25大綱は我が国防衛の基本方針として、 三本柱を挙げます。我が国自身の努力(能力役割強化)、日米同盟の強化、国際社会との協力という三本柱です。 積極的平和主義は三本柱のいずれにも貫徹されるべき基本理念、基本方針となっています。 日米同盟強化の分野での積極的平和主義が集団的自衛権行使になるのです。

  2 集団的自衛権行使の態勢を準備する安保戦略、25大綱
  25大綱は、「日米同盟の抑止力及び対処力の強化」 の項目で、日米防衛協力の指針(以下ガイドライン)見直し方針を述べています。 安保戦略も同じ方針を述べています。しかし、どちらの文書にも現在のガイドラインのどこが不十分で、 どのような内容に見直すのか一切言及していないのです。これも実におかしなことで、 我が国の安全保障と防衛政策を規定する基本文書に言及されていないということは、これらの文書は欠陥商品です。 ところが2013年版自民党 「防衛を取り戻す提言」 がこの点を明確に述べているのです。 「日米防衛協力強化のためのガイドライン見直し」 という項目の中で、「『集団的自衛権』 に関する議論を加速する。」 と述べているからです。 ガイドラインは87年と97年に作られましたが、いずれも個別的自衛権行使を前提にして、日米の軍事協力を定めました。 ガイドライン見直しとは、集団的自衛権行使を前提にした日米の軍事協力態勢を作ろうというものです。

  安保戦略、25大綱はガイドライン見直し方針を記述したことに続き、 日米間で 「共同訓練・演習、共同の情報収集・警戒監視・偵察( ISR活動)及び米軍・自衛隊の施設・区域の共同使用の拡大を引き続き推進するとともに、 弾道ミサイル防衛、計画検討作業、拡大抑止協議等、事態対処や中長期な戦略を含め、 各種の運用協力及び政策調整を一層緊密に推進する。」 と述べています。この一文を読んで、私はある文書を思い出しました。 2012年4月27日2+2共同発表文です。民主党内閣時代に合意された米軍再編見直し合意のことです。 ここで日米は、22大綱の動的防衛力構想を、日米の防衛協力の概念に格上げしたのです。それが動的防衛協力です。 これはオバマ政権の新しい国防戦略(同盟国、友好国との連携を前提に、アジア太平洋を優先させる戦略)に日本側が全面的に協力するものです。 動的防衛協力と称した新たな日米防衛協力の内容がアジア太平洋地域での 「共同訓練、共同の ISR活動、施設の共同使用」 でした。 これは平時の日米協力です。平時からアジア太平洋地域で、日米が共同して(おそらくは中国海軍の潜水艦や水上艦艇に対する) ISR活動を行う態勢は、 平時から情勢緊迫時、戦時にいたる各段階で日米が緊密に共同行動をとるという態勢でもあります。 そのための共同作戦計画策定も進めるでしょう。25大綱を引用した上記一文に出てくる 「計画検討作業」 がそれに該当します。 計画検討作業とは日米共同作戦計画策定の意味で使用されてきた日米の慣用句です。 このような軍事活動は周辺事態法、自衛隊法では想定されていない違法な活動になります。 なぜなら、平時では周辺事態が起きたわけではないので、自衛隊は周辺事態法による米軍の後方支援はできません。 共同訓練はできても、平時での共同の ISR活動(これは訓練ではない)は、自衛隊法のどこにも規定されていません。 周辺事態法でも共同の ISR活動はできません。それは米軍の武力行使と一体化するからで、周辺事態法の別表にはありません。

  このように、安保戦略も25大綱も集団的自衛権行使という言葉は出てきませんが、それに向けた準備を着々とすすめる方針を述べているのです。 ごく近い将来の憲法解釈見直しや国家安全保障基本法制定を想定して、晴れて集団的自衛権を行使できる法制度を作った暁には、 すぐにでも集団的自衛権を行使できるよう先行的に準備しようというのです。