2008.1.21

メディアは今 何を問われているか

日本ジャーナリスト会議会員
 桂 敬一
目次 プロフィール

新テロ特措法のなにが問題か
──ぶれる在京大手紙

  昨年秋の臨時国会は、開会直後の安倍晋三首相の突然の辞任で、冒頭は事実上、福田康夫後継首相の選出・信任の段取りに時間を取られ、 さらに不可解な 「大連立」 を探る自民・民主両党首の会談が挟まり、正規の会期中はろくな法案審議もできなかったのが実情だった。
  元来が、安倍首相の辞任は、野党が過半数を制する参院ではテロ特措法の延長が否決され、インド洋上での海上自衛隊による給油継続が実現できず、 ブッシュ米大統領への約束が果たせなくなる、とする失意、あるいはビビリが原因だった。給油続行こそ、与党にとってこの国会の最大の目玉だったのだ。 すると、あとを襲った福田内閣も、現行法が失効するのなら、それに代えて新法=新テロ特措法案を参院にぶつけ、 否決されたら憲法が許す衆院の再可決条項を使ってこれを実現、給油を再開する、という手に出た。 そのために会期を延長、さらに再延長し、今年1月11日、衆院の3分の2以上を満たす自民・公明両党の賛成で、新法をでかしあげた。

  なんでここまで大騒ぎしてやるのか。それでなにが国際貢献になるのか。さらには日本のトクになるのかが、まったくわからない。 水島朝穂早大教授が、「2月にもインド洋上での給油が再開されます。……税金が無駄に使われるとか、 アフガン市民を巻き添えにして殺害する米軍・有志連合軍の戦闘作戦行動に 『油を注ぐ』……だけではなく、 ブッシュ政権に過剰に肩入れする日本の姿が世界に見え……目立たなかった給油活動を非常に目立つようにして再開するわけで、 象徴的な攻撃目標にもなりかねません」 (メールマガジン 『今週の 「直言」 ニュース 』 08年1月14日) と語るが、まったく同感だ。
  日本を敵とみるようになった外国の人たちが日本や日本人に、武力による攻撃を加えることが生じたら、今度はこれを 「テロリスト」 とみなし、より強力なテロ対策、 ブッシュ大統領にぴったり寄り添う対外的な対テロ戦争政策や、国内治安対策のレベルをどんどん上げていこう、ということになるのではないかと心配だ。

  月刊 『世界』 07年11月号で、伊勢崎賢治東京外語大教授は、「アフガン人は誰も自衛隊のインド洋上活動について知りません。 カルザイ大統領も〇三年九月の時点まで……知らなかった……ムシャラフ大統領も、小池百合子元防衛大臣の訪パキスタンまで知らなかった」 といっている。 実際、カルザイ大統領については、民主党の中川正春衆院議員が03年5月、国会で驚きながらその点を質問、 これに対して川口順子外相がうろたえて曖昧な答弁をする一幕が、国会議事録にも残されている。
  伊勢崎教授の指摘が貴重なのは、アフガニスタン、パキスタンの人々が、日本の関与する給油、侵攻軍支援の事実について無知であったため、 日本は戦闘に直接関与しない国だと 「美しい誤解」 を抱いてくれ、元反政府組織の兵士の武装解除を教授自身が日本政府の代表として主導したとき、 彼らが安心して説得を受け入れてくれたと、自分の体験を語っているところだ。そこにこそ、なにが真の国際貢献であり得るか、 日本にとってトクになることかのカギが隠されている。

  だが、日本の新聞はどうだ。1月12日の社説をみると、読売 「政治の再生へどう踏み出すか」 は、国益が守れた─―このような国益が守れる政治の再生を、と述べる。 日経はもっと先をいき、「与野党は 『恒久法』 合意へ議論深めよ」 で、今回のような騒ぎにならないように 「自衛隊海外派遣恒久法」 をつくれと主張、 産経は 「国際社会と共同歩調を」 と語る。ブッシュの最後の盟友、ハワード豪首相も退陣、当の米大統領選でもイラク戦争政策の清算が検討の俎上にのぼっている。 これが 「国際社会」 の大勢ではないか。毎日 「今回は非常手段と心得よ」、東京 「努力なき再可決を憂う」 は、さすがに与党の非民主的な国会運営に批判的だ。 だが、大事なのは手続き論よりも、日本が対アフガン政策でなにをやるべきか─―なにをやるべきでないか、の議論だろう。 この点は、朝日の 「禍根を残す自衛隊再派遣」 についてもいえる。「ほかの方法」 「民生支援」 をいうなら、伊勢崎教授の体験、 アフガンで井戸を掘りつづける中村哲医師の行動に学び、もっと具体的な提案をしてほしい。
  「米国主導の対テロ戦争に正当性があるのか」 (琉球新報)、 「武力行使を放棄した平和憲法……の理念を生かしたもっと日本らしい協力の仕方があるのではないか」 (徳島新聞) など、地方紙のほうがより核心を衝く批判、 広い視野の提示を試みている。