2009.2.23

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)

第八回 「オバマ新政権で世界はどう変わるのか
──過剰な期待と大いなる恐れの狭間で(中)」

3.オバマ氏の演説と新政権の顔ぶれから何が見えるか

  オバマ氏は2008年12月4日夜、地元イリノイ州シカゴ市内の公園グラントパークで行った勝利宣言において、「米国はすべてが可能なところだということをまだ疑い、 我々の建国者の夢が現在でも生き続けていることをまだいぶかしく思い、民主主義の力にまだ疑問を抱いている人がいるとしたら、 今夜が答えだ」 という米国の建国以来の伝統的な民主主義の力を再確認する言葉から始め、「その答えは、若い人も老いた人も、金持ちも貧しい人も、 民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイも同性愛でない人も、障害者も障害のない人も語っているものだ。 きょう我々米国人は世界にメッセージを発した。我々は単なる個人の集合でもなく、赤い州 (共和党) と青い州 (民主党) の集合でもなく、 我々はいまでも、そしていつでもアメリカ合衆国なのだ」 と米国民にあらゆる党派主義の超克、 すなわち 「分裂」 「対立」 を克服して 「統合」 「団結」 を回復させることの必要性を訴え、「その変化はわたしたちが旧態依然のやりかたに戻ってしまってはなしえない。 それは新しい献身の精神、犠牲の精神なくしてはなしえない。我々が自分自身のことだけでなく、お互いをいたわり合えるよう、 新しい愛国主義の精神、責任感を呼び起こそう」 という 「献身」 「愛国主義」 「自己犠牲の精神」 を呼びかけるものでした。

  またそれと同時に、「昨今の金融危機が何かを我々に教えてくれたとしたら、実体経済 (メーンストリート) が苦しんでいる時にウォール街 (金融市場)の繁栄はありえない、 ということ」 で現在の苦境をもたらした根源に触れるかたちで利己主義 (エゴイズム) を戒め、「米国のリーダーシップは新たな夜明けを迎えた。 世界を壊そうとしている人々よ、我々はあなたを打ち負かす。平和と安定を求めている人々よ、我々はあなたを支持する。 米国の灯台は今も輝いているかと疑問を抱く人がいれば、我々は今夜証明した。米国の真の力は軍事力や資金力ではなく、 我々の理想が持つ永遠の力であるということを。それは民主主義であり、自由であり、機会であり、 歪 (ゆが) むことのない希望である」 という言葉で今後も米国が世界で指導的役割をはたしていく確固たる意思があることを示しました。

  次に第44代大統領としての宣誓式をすませた後の就任演説でオバマ大統領は、「私たちが危機の最中にあることは今や、周知のことです。 この国は、暴力と憎しみを掲げる大規模ネットワークを相手に、戦争を戦っています。 また、私たちの経済はひどく弱体化してしまった。一部の人の強欲と無責任のせいではあるが、私たちみんなが全体として、 新時代に向けて厳しい選択をして国を準備してこなかったせいでもあります」 と米国が直面している危機について率直に述べ、 「国中にはびこる自信の喪失です。アメリカの衰退は避け難いものだという、いかんともしがたい恐怖。 そして次世代の国民は期待の水準を下げなくてならないという不安」 こそが今日の危機の根底にあるもっとも重要な問題であることを指摘して、 「私たちが直面する課題は、本物です。課題は深刻で、たくさんあります。簡単に解決できないし、短期的に解決できるものでもありません。 けれどもアメリカよ、これは知っておいてもらいたい。課題は、解決します。」 「私たちが今日のこの日、ここに集まったのは、恐怖よりも希望を選び、 対立と不和よりも、目的を一つにして団結することを選んだからです」 と言葉を続けて現存する危機を克服する方向性と何よりも大事な意思の力を示したのです。

  以上のオバマ氏の勝利演説と就任演説という二つの演説を比べると微妙な変化・差異があることに気づきます。 オバマ氏は昨年12月4日の勝利演説では、奴隷制度と人種隔離、大恐慌とニューディール政策、真珠湾攻撃、ベルリンの壁、 月面着陸という米国史における苦難と栄光を振り返りながら、「イエス・ウィー・キャン (我々にはできる)」 を何度も繰り返し、 嵐のような拍手を呼び起こし熱狂的な感動を大観衆に与えました。 一方、200万近くの国民の前で行った今年1月20日の就任演説では、オバマ氏は緊張した面持ちで、 内外の多くの人々 (観衆・聴衆) から期待されていたような歴史に残るような名文句やいつもの (お得意の) 派手な修辞・レトリックをほとんど使わずに、 ひたすら危機を乗り切るための覚悟と努力・責任感を国民に訴えるという比較的地味な内容でありながら、それだけに静かな感動と共感を呼ぶものであったと思います。

  そして、オバマ氏はこの二つの演説の間に挟まれた大統領選後の政権移行期において、 異例の早さで次々にホワイトハウスのスタッフ登用や閣僚人事を進めてきました。 新政権の顔ぶれを見れば、人種や宗派の多彩さがいやでも目を引くのでオバマ氏のスローガンである 「多様性」 と 「融合」 が色濃く反映されていることがわかります (非白人はオバマ氏と同じ黒人が5人、 ヒスパニック系2人、アジア系2人の計9人で、過去最多だった1993年のクリントン政権発足時の7人を上回っています)。
  その主なスタッフ・閣僚は、下記のような豪華な顔ぶれです。

・ 最高顧問:ズビグニュー・ブレジンスキー、カーター政権時の国家安全保障担当大統領補佐官、 1979年3月に始まるアメリカのアフガン CIA 工作を担当したと言われる (ユダヤ人)。
・ 首席補佐官:ラーム・エマニュエル (クリントン政権下で上級顧問、イスラエルとの二重国籍を持つとも言われるユダヤ人)。
・ 国務長官:ヒラリー・クリントン (親イスラエル派で強硬派)。
・ 国防長官:ロバート・ゲイツ (ラムズフェルド元長官の後任で留任)、ブッシュ・シニア政権時の CIA 長官でイラン・コントラ事件にも関与した疑い。
・ 国家安全保障担当大統領補佐官:ジェームズ・ジョーンズ (元海兵隊大将、元NATO司令官)。
・ 司法長官:エリック・ホルダー (クリントン政権下での元司法副長官)。
・ 国土安全保障長官:ジャネット・ナポリターノ (アリゾナ州知事)
・ 国連大使:スーザン・ライス (クリントン政権下での元国務次官補)。
・ 国家経済会議 (NEC) 議長:ラリー・サマーズ、クリントン政権下の財務長官、ロバート・ルービン氏 (元ゴールドマンサックスの共同会長) の弟子。
・ 財務長官:ティモシー・ガイトナー、前ニューヨーク連銀総裁、クリントン政権下で財務次官、サマーズ氏の元部下で、同じくルービン氏の弟子。
・ 行政管理予算局長:ピーター・オーザッグ (ユダヤ人)。
・ デニス・ロス:中東問題のオバマ氏のブレーン (ユダヤロビーの大物)。
・ ペニー・ブリッカー:オバマの大統領選における全米政治資金議長 (ユダヤ人富豪)。

  こうした顔ぶれから読み取れる新政権の特徴として、 1.親イスラエル派への片寄り、 2.超党派性、 3.クリントン政権時の人脈の登用、 4.ウォール街 (特にゴールドマンサックスとの大きな結びつき、などを指摘することが出来ると思います。 また、この新しく発足したばかりのオバマ政権は、党派を超えたかなりの大物が勢揃いした 「ドリームチーム (オールスター政権)」 とも、 まさにリンカーンに倣った 「チーム・オブ・ライバルズ」 とも呼ばれて高い評価・期待が寄せられています。 例えば、CNNとオピニオン・リサーチ社による電話調査の結果 (2008年12月4日) によれば、オバマ次期大統領による閣僚人事を75%が支持 (不支持率は22%)、 民主党指名争いで激しく争ったヒラリー・クリントン上院議員の国務長官への指名は71%が支持、 ロバート・ゲーツ現国防長官の続投には83%が賛成していることが明らかになっています。 また、前ブッシュ政権においてネオコンの代表的存在の一人であったポール・ウォルフォウィッツ氏は、1月のオバマ新政権が正式に発足した直後に、 同大統領が 「非常に中道的な」 指名・任命人事を行ったのも、「自国が深刻な問題に直面していて、 大いに有能な人々を求めざるを得ないと認識した」 ためだとの見方を示しています (「産経新聞」 2009年1月21日付)。

  しかし、こうした好意的な評価・見方とは一線を画した厳しい評価も出されています。 米国の母親であるシンディ・シーハンさん (彼女を紹介した本 『わたしの息子はなぜイラクで死んだのですか─―シンディ・シーハン 平和への闘い』 (大月書店 2006年) についての 私の書評 を参照) は、 「わたし達は皆ガザとともにある (We are all Gazans。By Cindy Sheehan, 7/Jan./2009)」 と題したメッセージの中で、 「“大統領はいつもひとりだけだ (One President at a Time)” と言ったナントカさん (【訳註】 オバマ次期大統領のこと!) は “わたしは戦争自体否定しない。 愚かな戦争に反対するだけだ” と言ったでしょう。あなたは、今ガザで行われているテロ行為にコメントするのを頑なに拒否したけれど、 わたし達は、あなたが2008年7月にエルサレムを訪れた時、どちらの側に重きを置いてイスラエル大統領シモン・ペレスに話したかを知っている。 (中略) 私はここで、オバマに言いたい。戦争は愚かではありません。戦争は “邪悪” なのです! ここアメリカの貧しい黒人に対する戦争から、 アメリカとイスラエルがアラブの人々を侵略するために行った虐殺まで、あらゆる戦争が邪悪です。 戦争と言うものは、例外なく、完全に、絶対的に、議論の余地なくむごたらしく、邪悪なのです。アメリカ議会も、イスラエル議会も、そしてそれぞれの政権も、 死と破壊を求めて、乱暴で極端な人種差別主義者が羽を休める止まり木かもしれません。 洞察にとんだ “チェンジ” にも、積極的な “チェンジ” にもわたし達は全く “希望” が持てません」 と述べて、 政権移行期にイスラエルによるガザ虐殺に沈黙を貫いてそれを容認する姿勢を取ったオバマ大統領を痛烈に批判しています (「きくちゆみのブログとポッドキャスト」 を参照)。

  ノーム・チョムスキーも (Press TVとのインタビュー、28/Jan./2009) で、 このガザ虐殺問題に関連して、「オバマは、エジプト人を封じ込めるため [イスラエル外相] ツィッピ・リヴニと協定を結んだコンドリーザ・ライスのガザ政策を支持しました。 これは、まさに帝国の傲慢さを示す行為です。それは彼らの国境ではありません。実際、エジプトはそれに強く反対しました。 しかし、オバマは続けました。彼は、トンネルを通して兵器がガザ地区に密輸されるのを確実に防がなければならないと言います。 一方彼は、はるかに莫大で致命的なイスラエルの兵器が運び込まれることについては不問でした」 (どすのメッキーさんのブログ 「sometimes a little hope」 を参照) とオバマ大統領を厳しく非難しています。 さらに、オバマ大統領の顧問となったズビグニュー・ブレジンスキーの存在に注目して、 オバマ新政権のファシズム化と第三次世界大戦勃発の危険性を 「予言」 している論者もいます (ウェブスター・G・タープレイ著 『オバマ 危険な正体』 成甲書房、 2008年、を参照)。

  そして、日本でも、週刊金曜日編集部が、オバマ氏の閣僚任命第一号で次期首席補佐官に任命されている米国・イスラエルの二重国籍者 (米国籍となったとの情報もあり) ラーム・エマニュエル下院議員、選挙期間中に 「(自分が大統領なら) イランを攻撃する」 「イラン人を全部抹殺できる」 などと問題発言をした次期国務長官のヒラリー・クリントン上院議員、 諜報関連の 「チーム」 を取り仕切っている元 CIA 高官のジョン・ブレナン氏やユダヤロビーの大物で中東問題のブレーンであるデニス・ロス氏などの存在を指摘して 「来年1月20日の大統領就任式を前に、オバマ氏のブッシュ政権との差がないに等しいタカ派・好戦主義の軍事・外交路線が早くも露わになっている。 特に次期米政権発足に向けた準備機関である “政権移行チーム” の主要メンバーやブレーン、閣僚の顔ぶれを見れば一目瞭然で、 “チェンジ” のウソは明らかだ」 と批判的な見解を表明しています (「週刊金曜日」 2008年12月5日号)。

  ここで興味深いのが、イラク戦争を批判して外務省を去った駐レバノン日本国特命全権大使の天木直人氏の見解です。 天木氏は、前回触れた成澤宗男著 『オバマの危機』 を読んだ上で、「それでも私はオバマに期待したい」 「この本に記されているいくつかの情報については既に私も知ってはいた。しかしこれほどまでオバマの側近がユダヤ人脈に取り囲まれているとは知らなかった。 “やはり、そうか” という失望を感じざるを得ない。しかし、である。オバマはブッシュとは違う。それでも私はオバマに期待する。 その思いを私は今日のメールマガジンで書いた。 ≪オバマを突き放して眺めてはいけない。すべてをオバマのせいにしてはいけない。われわれがオバマを変えていくのだ。 造っていくのだ。オバマの米国を監視していくのだ。≫」 (「天木直人のブログ」) と書かれています。

  私自身は成澤氏の関連情報を丹念にフォローした緻密な分析と深い読みに常日頃から全面的な信頼を寄せていますし、 成澤氏の著書である 『オバマの危機』 からも多くのことを吸収させてもらっています。 ただ、その一方で、オバマ大統領の限界を意識しながらもその可能性にあくまでも賭けたいとする、この天木氏の誠実な姿勢にも大きな共感を覚えています。 今回の論評の副題を 「過剰な期待と大いなる恐れの狭間で」 とさせていただいたのも私自身にもそうした思いがあったからです。 何よりも重要なのは、オバマ大統領個人や米国一国だけに自分たちと世界の運命を受動的に委ねるのではなく、 主体的に世界をあるべき姿・方向に変えていくための運動に身近な仲間たちと地道に取り組んでいくことであると思います。
 (続く)
2009年2月23日