2009.5.4更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)

憲法記念日 緊急寄稿
ソマリア海賊対策の欺瞞性を突く
―─新法は恒久法・憲法改正への一歩

  この国の将来を左右するほどの決定的な重要性を持つ 「海賊対処法」 案が、SMAPの草なぎ剛さんの 「公然わいせつ罪」 騒動の陰に隠れる形で、 衆議院を4月23日に与党などの賛成多数で可決された。法案は野党が多数を占める参議院では否決され、 衆議院での再議決で今国会中に成立する見通しとなっている。 政府はすでに 「海賊対策」 の名目で、自衛隊の艦船二隻 (護衛艦 「さざなみ」 と 「さみだれ」) をソマリア沖に派遣しているが、 この新法成立によって自衛隊の海外派兵が一気に加速化する流れが生まれようとしている。

  政府・防衛省は、ソマリア沖の海賊対策として、護衛艦とともに海上自衛隊の特殊部隊 「特別警備隊」 を派遣した。 これは、海賊に乗っ取られた船舶の解放を想定したもので、護衛艦に1個小隊 (二十数人) 程度を乗艦させ、高速ボートも搭載し、 護衛艦に搭載しているヘリも活用することになっている。政府は、今回、ソマリア沖への海上自衛隊派遣の根拠を急遽自衛隊法の 「海上警備行動」 に求めて発令し、 武器使用は正当防衛・緊急避難に限って許されるとしている。

  しかし、そもそも自衛隊法の 「海上警備行動」 は日本近海周辺を想定したもので、 日本から遠く離れたアフリカ・ソマリア沖への海上自衛隊派遣を正当化するには根拠薄弱であるばかりでなく、相手が 「国または国に準じる組織」 だった場合、 特別警備隊が救出に向かえば、憲法9条で禁じた武力行使となる 「駆けつけ警護」 にあたる危険性が生じる。 また、すでに海上自衛隊は、護衛艦 「さみだれ」 が 「不審船」 と遭遇し日本国籍でもなく日本人が乗船していない民間船の救援にも積極的に対応したことを公表しているが、 これもたとえ 「人道的観点から対応した」 としても明らかに自衛隊法の 「海上警備行動」 には該当しない脱法・違法行為であると言わざるを得ない。

  そして、こうした 「海賊対策」 に名を借りた救援活動の延長上には、他国の軍艦との共同行動という形での事実上の集団的自衛権の行使、 逃走・攻撃を繰り返す 「海賊船」 の拿捕・撃沈という理由での武力行使などを通じた相手や自衛官からの死傷者発生という最悪のケースも当然考えられる。 こうした海上自衛隊の行動は実際に起こりうる可能性が高く、むろん違憲・違法行為であり、どのような理由があろうとも正当化することはできない。

  不可解なのは、米国政府からの要請 (アフリカ軍を創設してアフリカでの資源支配を強化しようとする目的、 あるいは国際法上の根拠を欠く有志国連合による公海上での一方的臨検の実現を既成事実化するという狙いか) や、 自国の海軍を先に派遣した中国への対抗という理由があるとはいえ、 政府がこうした危険を承知した上で防衛省・自衛隊内の反対・慎重意見を押し切ってまで海上自衛隊を急遽派遣していることである。 そして、自衛隊法の 「海上警備行動」 の拡大解釈としてのソマリア沖への海上自衛隊派遣を正当化・既成事実化したうえで、 当初から想定された法的根拠と実際の任務との矛盾を、あとから作る海賊対処新法で埋め合わせようとしている点である。 このような泥縄式のやり方は、法治国家にありまじき対応であり、自衛隊員を含む国民の生命・財産を危うくする行為であると言えよう。

  今国会に提出されて審議中の海賊対処法案の性格と問題点については、以下の通りである。
  第一に、自衛隊を派遣する対象地域を限定していないことの意味である。なぜ 「ソマリア沖」 に限定した特別時限立法としないのか。 それは、今回のソマリア沖ばかりでなく、いつでも世界中の公海に自衛隊を派遣することを可能にし、 最終的には自衛隊の海外派兵の恒久化につなげることが最大の狙いだからではないか。
  第二に、自衛隊の武器使用基準のなし崩し的緩和である。従来は正当防衛と緊急避難に限定されてきた武器使用基準を “任務の遂行” のために大幅に緩和すれば、 武力行使との区別が曖昧になり、その結果、違憲・違法行為につながる可能性が大きくなることは自明である。 特に、正当防衛や緊急避難のための武器使用以外に、海賊の 「つきまとい」 に新たに 「船体射撃 (危害射撃)」 も容認することは大きな問題ではないかということ。
  第三に、他国の軍隊への情報提供や海賊船・不審船制圧への直接的な共同対処行動への参加に歯止めがなされておらず、 それが事実上の集団的自衛権の行使につながることである。特に、今回の海上自衛隊派遣では、護衛艦だけでなく P3C 哨戒機や 「特別警備隊」 を派遣しており、 米軍との協力関係も情報提供を含めて想定されていることを考えれば、その可能性はきわめて大きいと言わざるを得ない。
  第四に、海上保安庁と海上自衛隊との役割分担、「領海警備行動」 と 「公海上の警備行動」 との区別が曖昧なことである。 海上保安庁が対処できないような 「特別の必要がある場合」 には海上自衛隊というのは、どのような場合なのかが具体的に示されておらず不明であり、 すべての判断がその時の政府や現場の指揮官の判断・選択に委ねられているのは大きな問題である。 また、日本の内水・領海で行われる海賊行為についても、海上自衛隊が優先的に対処することになっているのは不可解であり、海上保安庁の優先権を認めるべきである。 また、自衛隊法82条の 「海上における警備行動」 は、本来、1954年に自衛隊法が制定されたときの経緯・立法趣旨からも、 「領海警備行動」 を想定していることは明らかであり、それを 「公海上の警備行動」 にまで拡大解釈するのは到底無理だということである (4月21日の衆議院での水島朝穂・早稲田大学教授の参考人としての 意見陳述 を参照)。
  第五に、自衛隊を派遣する場合に、国会承認 (事前承認だけでなく事後承認も) を必要とせず、国会へは事後報告でよしとしていることは、 シビリアンコントロールの崩壊、民主主義の機能不全につながる大問題である。国会承認、それも事前承認が必要に変更すべきである。

  このように海賊対処法案は本当に穴だらけで問題が山積しており、まさに 「違憲のデパート」 といった観があると言っても言い過ぎではない。 こうした軍事力で一時的に抑える軍事的応急処置では問題の根本解決にはつながらず、かえって状況の悪化を招きかねないことである。 そもそも、なぜソマリア沖に海賊が急に出没することになったのかを問うことからはじめなければならない。 その背景の一つに、最近になってその存在がクローズアップされている民間軍事会社の暗躍があることにも注目する必要がある (竹田いさみ・獨協大学教授の論考 「ソマリア海賊の深層に迫る」 『世界』 2009年4月号、 および拙稿・書評 「ロルフ・ユッセラー著 『戦争サービス業―民間軍事会社が民主主義を蝕む』 日本経済評論社 (2008/10) の薦め」 『図書新聞』 2906号/2009年2月21日 を参照)。 そして何よりも、平和憲法を持つ日本は、「海賊との戦い」 に強硬手段を取ることを言明したクリントン米国務長官ではなく、 「海賊対策は国内再建から」 を唱える国連の潘基文事務総長の立場をこそ取るべきである。

  いま最も大事なことは、政府が 「まず海自派遣ありき」 の政治判断を撤回して直ちに派遣した護衛艦を日本に呼び戻すとともに、それに代えて、 内戦終結・秩序回復への仲介、国土再建・貧困解消への人的物的支援、巡視船の提供などで、 ソマリア沖やイエメン沖での海賊対策に協力する別の道を選択することである。 その際、マラッカ海峡での海賊対策ですでに実績のある海上保安庁の派遣も改めて選択肢の一つとして検討する必要もあろう。

  このように、まさにソマリア海賊問題は、「平和憲法を掘り崩すための “罠”」 (栗田禎子・千葉大学教授、「海賊対策」 という罠 /『信濃毎日』 2009年4月5日付 「潮流」 欄) であり、北朝鮮 「ミサイル」 騒動 (平時における自衛隊の戦後初の 「治安出動」 以外での 「防衛出動」 を実現させ核武装論・対敵基地攻撃論を再浮上させた) や、オバマ新政権でも続くアフガニスタンでの対米軍事貢献の圧力などとともに、 日本が法治主義から一層逸脱して最終的には憲法を改悪して、海外での武力侵略が可能な 「戦争国家」 へと変貌するきっかけになることだけは避けなければならない。
2009年5月3日