2011.5.13更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)


 第三〇回

福島 「原発震災」 の意味を問う
〜錯綜する天災と人災(その一)


地震で倒壊した古い家

  はじめに
  3月11日に三陸沖を震源地として発生した 「東北地方太平洋沖地震」 は、観測史上最大のもの(M9.0)とされ、 この巨大地震とそれに続いて発生した大津波によって東北・関東地方(福島、 宮城、岩手、茨城、千葉など)を中心にかなり広範な地域が壊滅的な被害を受け、多数の犠牲者を出すことになりました。 また巨大地震と大津波に連動して東京電力・福島第一原発事故が起き、現在もなお放射能流失が止められずに被害が拡大し、 2ヶ月たったいまも大きな余震が続発するなかでさらに深刻な事態さえ想定される、本当に予断を許さない深刻な事態が依然として続いています。

  いまの日本は、東日本大震災という地震・津波被害に原発被害も加わって三重の被害が重なる、 かつてない未曾有の危機の渦中にあると言っても過言ではありません。 このようなあまりにも言語を絶する理不尽な被害・惨状に直面している多くの人々(直接の被害者や日本人だけでなく、 被災地ではない地域にすむ私を含む日本在住のすべての人々)は、 ともすれば事態のあまりの大きさに物事の判断がうまくできない思考停止状態に陥りがちになっているのではないでしょうか。 しかし、このような危機的な状況にあるからこそ、どのようにして日本は現下の非常事態に対処すべきなのか、 また私たち市民はいま何をなすべきなのか(あるいは、私たち市民にいま何ができるのか)がまさに問われているのだと強く感じています。


津波で倒壊した塀と自動車

  今回の東日本大震災では、日本政府と東京電力の対応のまずさやマスメディアの偏向報道などとともに、 これまで隠されてきた日本の電力・エネルギー政策(特に原子力開発・原発政策)の問題性が急浮上してきています。 そこで本論評では、こうした東日本大震災をめぐるさまざまな問題、特に福島 「原発震災」 の問題を、 これから数回にわたって論じていきたいと思います(なお、4月24日に福島県・いわき市を訪問する機会があり、現地で津波被害、地震被害、 原発被害という 「複合被害」の実態の一端を垣間見ることができました。想像以上の被害状況を前にして絶句するしかありませんでした。 この場をお借りして、今回の東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、 ご遺族や被災された方々に心からお悔やみとお見舞いを申し上げます)。


双葉郡楢葉町にある Jヴィレッジ

1. 大震災後の日本政府と東京電力の対応をめぐって
−隠された被曝データと政治・官僚の機能不全
  3月11日に東日本大震災が起きて以来の日本政府と東京電力(以下、東電)の対応は、あまりにも 「杜撰」 かつ 「付け焼き刃」、 その場しのぎで後手後手の対応に終始してきた(あるいは、終始している)、と言わざるを得ません。 そのことを象徴的に表しているのが、「(今回の地震・津波は)想定外の事態であった」、「(現在の被曝線量は)直ちに人体に影響はない」 という二つの言葉です。

  東北関東大震災や福島第1原発事故について、東電幹部や菅直人首相ら政府関係者は 「想定外」 という言葉を繰り返してきました。 たとえば、「(福島第1原発を襲った)津波の規模は、これまでの想定を超えるものだった」 (清水正孝・東電社長、3月13日会見)、 「今回の地震が、従来想定された津波の上限をはるかに超えるような大きな津波が…(略)」 (菅首相、3月12日会見)という発言です。 政府の地震調査委員会も、3月11日に発生した東日本大震災は、 個別に活動することを想定していた四つの震源域が連動して発生した 「想定外の地震だった」 との見解を示しています(『日本経済新聞』 3月13日)。

  これに対して、民主党出身の西岡武夫参院議長が 「政府はよく 『想定外』 との言葉を使うが、 想定外ということで政治が逃げることは断じて許されない」 (『産経新聞』 4月27日)と菅直人首相や枝野幸男官房長官が 「想定外」 と連発したことに強い不快感を表明した。 また民主党の鳩山由紀夫前総理大臣が 「『想定外』 ということばを政治家は使ってはならず、強く反省しなければならない」 (NHK5月3日 23時55分) と東日本大震災への菅政権の対応を責任感が希薄であると批判した、と伝えられています。

  この点に関連して、土木学会、地盤工学会、日本都市計画学会の3学会が3月23日に公表した緊急共同声明で、 「われわれが想定外という言葉を使うとき、専門家としての言い訳や弁解であってはならない」 と指摘し、 阪田憲次・土木学会会長は会見のなかで 「安全に対して想定外はない」 と強調していますが、まさにその通りだと思います(J|CASTニュース3月26日)。 「想定外の事態」 を含むあらゆる状況を想定して備えることこそが、国民の生命と財産を守る立場にある政府・政治家(与野党を問わず)の当然の責務であり、 「想定外」 という言葉は政府・政治家の不作為・無能を隠す言い訳・レトリックにすぎないと考えるからです。 この点は、危険な原子力発電所(以下、原発)を運営する直接の当事者である東電の場合も同じであることは言うまでもありません。 武田邦彦氏(中部大学教授)は、「想定外で起こる危険」 を 「残余のリスク」 といい、原発に想定外のことが起これば、 (施設が破壊し、大量の放射線物質が漏れ、国民が被爆する)ということ、すなわち 「原発が電力会社の想定内の範囲であれば安全であり、 想定外なら被曝する」 ことを日本国民は法律上はすでに認めさせられている状態になっている、 という注目すべき重要な指摘をしています(「原発論点3 「想定外」 と 「避難」 平成23年5月6日」。

  また、枝野幸男官房長官は3月16日午後の記者会見で、福島第1原発から約20キロ離れた福島県浪江町で実施した調査で、 高濃度の放射線量(通常の約6600倍相当だった)が測定されたことについて、「直ちに人体に影響を及ぼすような数値ではない」 と述べています (『時事通信社』 3月16日)。
  この問題については、3月28日、参議院議員会館で、168団体(リブ・イン・ピース☆9+25)が 「『ただちに影響がでるレベル』 とはどのようなレベルなのか、 またその影響とはどのような人体的影響なのか、具体的に説明してください。」 の1点に質問を絞った形で連名で提出した 「直ちに人体に影響がでるレベルではありません」 に関する 公開質問書 についての厚生労働省との交渉と記者会見が行われています。 この交渉と記者会見に参加した方の レポート によれば、(1) 「直ちに人体に影響が出るレベル」 がどういうレベルか、厚労省としての見解ははっきしていない。 (2) 集団被曝線量は知らない。(3) 現行の食品の暫定基準値は、1年で17ミリシーベルトもの被曝になる。 (4) 食品の暫定基準値は、後になって健康影響がでるかも知れない。(5) 内部被曝の規制を決めるときに外部被曝を配慮しているかどうかは 「わからない」、 という厚生労働省の回答であったということです。

  その方(「ハンマー」 さん)が、「交渉の結果は、恐るべき無責任と官僚主義によって多くの人々が被曝を強要され命が脅かされているという一語に尽きます」、 「こんな政府に任せていたら国民は殺されてしまう」 と率直な感想を述べられていますが、私もまったく同感です。 「直ちに人体に影響が出るレベル(数値)ではない」 というのは、「将来どのような人体への悪影響が出るかは知らない(分からない)」 ということを意味しており、 こうした対応には日本政府(菅政権)の信じられないような無責任な体質・姿勢がそのまま示されています。

  そして、東日本大震災発生直後からの日本政府と東電の対応で顕著だったのは、上記の問題とも密接な関連がありますが、 「情報伝達(開示)の少なさ、遅さ、曖昧さ」 という点です。
  これに関連して、ここでは、政府と東電の危機意識の欠如と隠蔽体質がもたらした重大なミス・不手際、 あるいは責任逃れの意図的な不作為の結果として生じ、マスメディア(大手マスコミ)の情報操作・自主規制という加担行為によって拡大した深刻な問題を、 以下の通り三つだけ指摘しておきたいと思います。

  第一は、初動の対応の決定的な遅れ・誤りで事態の早期収拾(あるいは被害の最小限での封じ込め)の機会が失われた可能性があることです。 福島第1原発事故発生から最初の2日間の政府と東電の動きで顕著なのは、 電源車調達のもたつきやベント(原子炉格納容器の破損を防ぐために弁を開けて放射性物質を含む蒸気を排出する緊急措置)実施・海水注入の遅れです。 特に、ベントが必要との保安院の早期判断や真水に代わる海水の注入を求める菅首相の指示があったにもかかわらず、 東電が廃炉を恐れてベントの実施や海水注入を抵抗し、政府も躊躇して最後には腰砕けになった結果、1号機の水素爆発などにつながったとするならば重大なことです。 廃炉を前提とした海水注入は 「株主代表訴訟を起こされるリスクがあるので、民間企業としては決断できない。 政府の命令という形にしてくれないと動けない」 (東電元幹部)というのが東電の姿勢であったと伝えられています (『AERA』 4月11日号の記事 「東電 『原子力村』 の大罪」 を参照)。 ドキュメンタリー作家の鎌田慧氏も、「燃料棒が露出する非常事態だったにもかかわらず、東電はまだその原子炉を惜しみ、廃炉になるのを恐れて、 格納容器への海水注入に抵抗し、時間を空費していた」 と指摘しています(鎌田慧著 『日本の原発危険地帯』 青志社、2011年4月発行、4頁)。 これはまさに、電力会社(東電)の利益優先の隠蔽体質と重大事が起きた決定的なときに、 全責任を取る覚悟で迅速な決断を行うことができない政府(政治家・官僚)という日本の現状が露わになった瞬間であったといえるのではないでしょうか。

  また、フリージャーナリストの高野孟氏は、そのことを、『毎日新聞』 4月4日付を引用しながら、次のようにまとめられてますが、まったく同感です。
  ≪東電が 「『安全神話』 が崩れていく現実を直視できず、初動の対応を誤った」 (毎日)が、惨事の致命的な原因であったことは疑いをいれない。 と同時に、官邸が 「政治主導にこだわりながら東電や保安院との緊密な連携を図れず、結束して危機に立ち向かえなかった」 (同)のも事実である。 しかしそれを首相側から見ると 「東電も保安院も原子力安全委も(深刻な事態から目を背けようと)ぐるになっていたとしか思えない」 (同、首相周辺)と映っている。≫(2011年4月4日 (高野孟の 「極私的情報曼荼羅」 高野尖報:「安全神話」 に溺れた東京電力 より)。

  こうした東電の危機感が欠如した行き当たりばったりの姿勢と政府の一貫性の無さ(特に、菅直人首相の政治的指導力の欠如)は、 その後の事故処理の過程にも共通しています。政府や東電が福島第1原発で1号機が爆発した時に、 米国からの急速冷却材料提供の申し出を断ったことも同じく大きな判断の誤りであったと指摘できます。 そのことについて、政府筋が3月18日、「当初は東電が 『自分のところで出来る』 と言っていた」 と述べて、 東電側が諸外国の協力は不要と判断していたことを明らかにする一幕があった一方で、政府・与党内では、 「米側は早々に原子炉の廃炉はやむを得ないと判断し、日本に支援を申し入れたのだろう。 最終的には廃炉覚悟で海水を注入したのに、菅首相が米国の支援を受け入れる決断をしなかったために対応が数日遅れた」 (民主党幹部)と批判する声が出ていたようです(『読売新聞』 3月18日)。

  大村秀章・愛知県知事が 「冷却剤を使うと、1基5000億円の原子炉が利用できなくなる。企業論理では 『もうちょっと待って』 となる」 と述べ、 菅首相は東京電力の主張に押されたのではないかと発言されていますが、核心をついた指摘として注目されます(『中日新聞』 3月19日)。

  海外メディアからも同様の批判・指摘がでています。たとえば、ワシントン・ポスト紙は 「日本の当局筋は 『原発周辺の放射線の増加は微量』 と強調していた。 しかし、影響が及ぶ地域は拡大している」 と指摘しています。 また、「最悪のシナリオでも、日本は(旧ソ連の)チェルノブイリと同じ状態にはならない」 と言い切った枝野幸男官房長官の発言に、 ニューヨーク・タイムズ紙は 「福島第1原発で起きている問題は、チェルノブイリ以来最も深刻のようにみえる」 と批判しています(msn.産経ニュース2011年3月15日)。英紙インディペンデント(電子版)も3月16日、これまで東電でトラブル隠しや修理、 検査記録の改ざんなどの不祥事があったことを伝えた上で、福島第1原発事故への不安が高まっている背景に東京電力の隠蔽体質があると指摘している。 また英誌ガーディアン(電子版)も、原発事故について 「冷却装置の電力の復旧にもっと努力すべきだった」 などと日本政府の対応のまずさを指摘するとともに、 東電の情報提供が遅く、少ないことが批判を浴びていると報じています(『共同通信』 2011年3月17 日)。

  いずれにしても、政府と東電はこの間の詳しい経緯・事情、たとえば、 東日本大震災の発生当日に関西にいた清水東電社長が自衛隊機で東京に戻ろうとしたもののUターンさせられたこと (枝野長官と北沢防衛大臣の指示ともいわれる!?)や菅首相の現地視察が原発事故処理の初動の遅れにつながったとの指摘、 あるいは 「低濃度」 (実際には 「超高濃度」!?)の原発汚染水を、 米国にのみ事前通報したうえで海洋に放出させて恐るべき海洋汚染を起こして近隣諸国(韓国、中国、ロシアなど)から批判された件、 当初M 8.8と公表していたものを急に基準を変えてM 9.0に変更したこと、 福島第1原発事故の 深刻度を示すレベルを当初4や5としていたものを突然レベル7にした背景なども含めて、 日本国民だけでなく世界中の人々に大してすべて隠すことなく公開して説明する責任があるのではないでしょうか。

  第二は、放射能被曝の予測範囲と避難地域の指定で犯した重大な誤りによって該当地域の住民に甚大な二次被害、 三次被害を生じさせた(あるいは生じさせつつある)ことです。政府と東電は、「SPEEDI :スピーディ」 と呼ばれる、 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(原子力発電所などから大量の放射性物質が放出されたり、そのおそれがあるという緊急事態に、 周辺環境における放射性物質の大気中濃度および被ばく線量など環境への影響を、放出源情報、気象条件および地形データを基に迅速に予測するシステム) のデータを原発事故発生から最も大事な最初の1、2週間、ほとんど開示することなく隠していました。 福島県もSPEEDI のデータを東京電力福島第1原発1号機が水素爆発を起こした翌日の3月13日に確認していましたが、 県民には公表していなかったことが判明しています(『福島民報』 5月7日付)。 こうして非常時の初期段階で、タイミングよく避難指示を出すなどの適切な対応をしなかったために、 より多くの人々を被曝させるという取り返しのつかない最悪の結果をまねいた疑いがあります。

  SPEEDI は事故直後の3月11日17時から始動していたにもかかわらず、これまでにその放射能拡散予測図は3月23日、4月11日の計2回、 事故後に作成されたといわれる2千枚以上のなかのわずか2枚だけが公表されたにすぎませんでした。 東京電力は、地震発生翌日の3月12日に1号機と3号機で 「ベント」 にようやく着手し、13日には2号機でも実施しました。 さらに、15日には 「ドライベント」(フィルターを通さないで放射能で汚染された大気を放出する緊急措置)も行っていました。 この時点ですでに大量の放射性物質が飛散して多くの人が被曝することになったことは間違いありません。 しかし、こうした事実はなぜかすぐには公表されずに最も大事な期間に被曝情報が隠蔽されていたのです。 東電がようやく 「ドライベント」 を行っていたことを会見で認めたのは3月21日であり、 しかも前日の会見での 「16日から17日にかけて(ベントを)実施した」 との発言を訂正したうえでのことでした(『msn産経』 3月21日)。 また枝野幸男官房長官は、この間、「放出はただちに健康に影響を及ぼすものではない」 との発言を繰り返していました。

  さらに見過ごすことが出来ないのは、枝野官房長官が福島第1原発の3号機付近で、毎時400ミリシーベルトの放射線量 (1時間で一般人の年間被ばく線量限度の400倍となる)を観測したと発表した3月15日に 「不可思議な避難」 (鎌田慧氏の言葉)が東京で実施されていたという情報です。 それは、大手メディアなどの企業で、15日昼頃から社員を帰宅させて自宅待機を命じていたこと、 また14日深夜に体育館にいた避難民だけでなく自衛隊の特殊部隊など、原発から30キロ程度離れた地域にいた人たちがいっせいに逃げ出したということです。 これは、プルサーマル(MOX燃料:プルトニウムとウランとの混合酸化物) を使っている3号機の暴走という自衛官から知らされた情報が原因ともいわれていますが、 詳細は不明とされています(鎌田慧著 『原発暴走列島』 ASTRA、2011年5月発行、18頁、および 『週刊現代』 2011年4月9日号、を参照)。 もしこのことが本当に事実ならば、政府・東電や大手メディアなどはきわめて深刻な事態に陥っていたにもかかわらず、 その情報を一部のものだけが共有して自分たちだけの身の安全をはかっていた、 つまり多くの国民は真相を知らされずに 「死の灰」 という放射性物質を浴びせられる危険な環境に放置されていたということになります。 本当に信じられないような恐ろしい話しだと思います。

  その後、政府と東電の事故対策統合本部は4月25日に、SPEEDI の試算図を今後すべて公表する方針を表明しましたが、 実際に 5,000枚の試算図が新たに公表されたのは5月3日になってのことでした。細野豪志統合本部事務局長は、4月25日の会見で、 「拡散予測に必要な放射性物質の放出量などのデータが得られずにSPEEDI の試算結果の公表が遅れた」 と謝罪・弁明しています(『共同通信』 4月25日)。 また5月2日の共同記者会見では、4月30日の時点で、ニコニコ動画七功尾記者からのSPEEDI に関する質問に 「いま政府が持っているデータはすべて公開した」 としていたことを 「誤った事実を伝えてしまったことに、心よりお詫びを申し上げたい」 と訂正・謝罪するとともに、これまで公開しなかった理由について 「公表して社会にパニックが起こることを懸念した」、と説明しています。 さらに、細野豪志首相補佐官は4日午前のテレビ朝日の番組で、SPEEDI の未公開データについて 「早い段階で公表すべきだった」 と述べる一方で、 「データを出さなかったことで、国民が被曝(ひばく)する状況を隠していたとか、国民の健康を犠牲にしたということはない」 とも主張しています (『msn産経』 5月4日)。

  しかし、こうした政府の情報公開の在り方は、特別の意図のあるなしを問わず 「初動ミスを隠すため」 と言われても仕方のない問題の多いものでした。今回公表されたSPEEDI のデータがこれまで隠蔽されていたデータと本当に同じものなのか、 つまりデータ改ざんの疑いがないのか、独立した第三者(組織)による検証が必要だと思います。 また、パニックや 「風評被害」 などの過剰反応を恐れて 「正しい情報」 を公開しないということは許されるものではありません。 こうした政府や東電の姿勢が国民の間に不信・疑心暗鬼を生み、一部の買い占めや 「風評被害」 をもたらしたと考えられるからです。 一部の海外メディアが原発被害を誇張する過剰報道を行い、その結果、「過剰被害」 が生じたのも、 やはり政府の情報発信の少なさに起因しているのではないでしょうか。 きくちゆみさんも指摘されているように、そもそも最近よく耳にする 「風評被害」 の多くは、本来の 「風評被害」 (本当は問題がないのに、 間違った風評で被害を受けること)ではなく、「原発事故による被害」、 「原発を作ったこと(推進したこと)自体の被害」 であると思います (「きくちゆみのブログとポッドキャスト」 2011年4月21日: 「風評被害ではなく原発被害」)。
  もし 「官邸幹部から、SPEEDI 情報は公表するなと命じられていた。 さらに、2号機でベントが行なわれた翌日(16日)には、官邸の指示でSPEEDI の担当が文科省から内閣府の原子力安全委に移された」 というSPEEDI を担当する文科省科学技術・学術政策局内部からの重大証言 (放射能拡散情報公表が遅れた背景に 「政府の初動ミス隠し」: 『NEWSポストセブン』 4月26日、 『週刊ポスト』 2011年5月6日・13日号)が事実であるとすれば、これは明らかに人命軽視の不作為の犯罪であると言わなければなりません。
  福島県がSPEEDI の試算図は当初からシステム通りに送られていたのに、すぐに県民に公表しなかった理由も、 「原子力安全委が公表するかどうか判断するので、 県が勝手に公表してはならないと釘を刺されました」 (福島県災害対策本部原子力班)と説明されており、 まさに 「『政府が情報を隠して国民を被曝させた』 とすれば、 チェルノブイリ事故を隠して大量の被曝者を出した旧ソビエト政府と全く同じ歴史的大罪である」 「福島県は、玄葉光一郎・国家戦略相や渡部恒三・民主党最高顧問という菅政権幹部の地元だ。 玄葉氏は原子力行政を推進する立場の科学技術政策担当相を兼務しており、渡部氏は自民党時代に福島への原発誘致に関わった政治家である。 この経緯は、国会で徹底的に解明されなければならない」 (同上)。

  そして、この問題で最も悪影響・被害を受けることになった地域の一つが、最近(4月22日)になって 「計画的避難区域」 に指定された福島県・飯舘村のケースです。この飯舘村は事故を起こした福島第1原発の北西約40キロにあり、 国際原子力機関( IAEA)のフローリー事務次長が3月31日の時点で、「飯舘村の放射性物質は IAEAの避難基準を上回っている」 と指摘し、 住民に避難を勧告するよう日本政府に促していました。しかし、それにもかかわらず、枝野幸男官房長官が 「現状ではそうした状況ではない」 (『時事通信』 3月31日)と直ちに避難指示を出す必要はないとの認識を示したように。 その後も何らの対策もとられずに放置されていたという経緯があります (「飯舘村に避難勧告を=IAEA」 、『時事ドットコム』 3月31日)。
  つまり飯舘村の住民(特に妊婦や子どもたち)は、3月15日までの爆発事故とベント実施などで大気に大量に放出され、 風向きや地形の関係で飯舘村にも集中的に降っていたことが分かっている放射性ヨウ素131をすでにかなり体内に取り込んでいて、 それが甲状腺にたまり、将来的に甲状腺癌を発病するリスクが高まりつつあるだけでなく、 その一方で、あとになってから被曝するおそれがあるから緊急に避難するように国から一方的に迫られている、 というきわめて理不尽な扱いを受けていることになります。3月15日の時点で飯舘村が高濃度放射能地帯であることがすでに分かっていたわけですから、 もっと早く必要な緊急避難措置が取られていたならば、このような被曝による二次被害を受けることは避けられていたのではないかと非常に残念でなりません。

  東京女子大の広瀬弘忠教授(災害・リスク心理学)は、放射線量が特定の観測地点だけ高くなる現象は、チェルノブイリ原発事故の際もみられたとし、 「政府は予測結果をもっと早く公表し、避難区域の設定に生かすべきだった。避難の範囲を同心円で設定し、 徐々に広げていったのは科学的な根拠に乏しい」 と語っていますが(『読売新聞』 2011年3月25日 )、私もまったく同感です。


20キロ圏内直前の道路掲示

  いま現在も福島原発事故は現在進行形であり、今後、 住民に放射能による被曝の健康被害が実際に形となって現れた場合にどのような責任・補償措置をとるべきなのかを真剣に考える必要があると思います。 「私が将来結婚したとき、被ばくして子どもが産めなくなったら補償してくれるのですか」 という飯舘村の女子高生の切実な訴えが胸に痛切に響きます(『福島民友ニュース』 5月1日を参照)。

  第三は、これまで被曝限度とされてきた国際基準がなし崩しにされていることによって放射能による甚大な健康・環境被害が起こっているのではないかという問題です。 枝野官房長官は4月6日の記者会見で、「現在の基準値は短期間で大量の放射線を受ける場合の安全性を示している。 放射性物質を長期間受けるリスクを管理し、別の次元の安全性を確保する上でどのくらいが退避の基準になるか検討している状況だ」 と述べ、 年間1ミリシーベルトとなっている住民の被曝限度量引き上げる方向で見直しを検討していることを明らかにしています。 また、屋内退避指示が出ている第1原発から20〜30キロ圏の外側でも、大気中の放射線量の積算値が10ミリシーベルトを超えた地域があったため、 原発事故の長期化を前提に、健康に影響が及ばない範囲で被ばく限度の基準を緩める必要があると判断したと伝えられています(『時事通信社』 4月6日)。
  この枝野官房長官の発言の背後には、国際放射線防護委員会( ICRP)が日本政府に対し、現在年間1ミリシーベルトとなっている一般人の被曝限度を、 20〜100ミリ・シーベルトに引き上げるよう求めていたという事情があったといわれています。 結局、原子力安全委員会の助言に基づいて文部科学省が4月19日に 「年間20ミリシーベルト」 という学校での放射線基準値を公表 (1日8時間を屋外で過ごすとして子どもの行動を仮定した上で、放射線量が年20ミリシーベルトを超えないよう、 毎時3.8マイクロシーベルト以上の学校などで屋外活動を1日1時間に制限するように通知)することになったのです。

  しかし、子どもに年間20ミリシーベルトの高い放射線量の被曝を認めることになる今回の新しい基準や、 この間の政府や原子力安全委員会の対応に対しては、公表直後から、専門家を含む多くの人々から強い懸念や疑問が出されています。 また、文部科学省から小中学校などの屋外活動を制限する基準値への助言を求められた原子力安全委員会(班目春樹委員長)が、正式な委員会を招集せず、 助言要請から約2時間後には 「妥当だ」 との助言をまとめ、回答していたこと、当然ながら議事録も作られていなかったことなどが後日判明し、 批判の声が上がっています(『共同通信』 4月30日)。

  そして、東日本大震災発生後の3月16日に任命されていた内閣官房参与の小佐古敏荘・東大教授がこの件に関連して抗議の辞任をしたのも、 その象徴的な出来事であったといえます。小佐古氏は4月29日に国会内で記者会見し、東京電力福島第1原発事故の政府対応を 「場当たり的」 と批判し、 特に小中学校の屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトを基準に決めたことに 「容認すれば私の学者生命は終わり。 自分の子どもをそういう目に遭わせたくない」 と異論を唱えました。 同氏はまた、政府の原子力防災指針で 「緊急事態の発生直後から速やかに開始されるべきもの」 とされたSPEEDI による影響予測がすぐに運用・公表されなかったことなどを指摘し、「法律を軽視してその場限りの対応を行い、 事態収束を遅らせている」 と述べています(『毎日新聞』 4月29日)。 小佐古氏はこれまで原発推進派の 「御用学者」 と見られていたとはいえ、 大震災直後の原発事故への対応において政府の重要な政策決定にかかわる立場にあった人物だけに、その告発の意味はすごく重いと思います。

  ドキュメンタリー作家の広瀬隆氏は、「危険な原発労働者でさえ、『年間20ミリシーベルト』 を浴びる人はゼロですよ。 ほとんどが年間5ミリ以下だというのに、その4倍を児童に浴びさせるのは、殺人に等しい」 と厳しく批判するとともに、 福島県が放射線健康リスク管理アドバイザーとして雇った長崎大学の山下俊一教授が、 県内各地での講演で 「年間100ミリシーベルト以下なら心配ない」 と話していることに激しい憤りを覚えると語っています(「原発破局を阻止せよ!  緊急連載7」 『週刊朝日』 5月20日号を参照)。また武田邦彦氏も同様に、「福島原発の事故が起こったから(という理由で)、 私たちの放射線に対する 防御の能力が上がったのか(事故があったからという理由で、放射線が20倍も安全になったのか)?」 との疑問点を提起し、 「事故が起こったから人間が放射線に強くなるということはありません。やはり 『安全な放射線』 は1年間1ミリ(シーベルト)で変わらないのです。 つまり1ミリ(シーベルト)から20ミリ(シーベルト)になると、病気の危険性は20倍に上がります」、 「具体的には、1年間に100ミリ(シーベルト)の被曝を受けた場合、1000人に5人、つまり1万人に50人、 1億人で50万人が 『過剰発がん』 になります」 と自ら回答して強く非難しています (「原発 緊急情報(50) 規制値が20ミリになると・・・」)。

  この問題では、日本弁護士連合会(宇都宮健児会長)も4月22日に緊急の会長声明 「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」 を公表して、反対の立場を鮮明にしています。その会長声明では、 「低線量被ばくであっても将来病気を発症する可能性があることから、放射線被ばくはできるだけ避けるべきであることは当然のことである。 とりわけ、政府が根拠とする国際放射線防護委員会( ICRP)の Publication109 (緊急時被ばくの状況における公衆の防護のための助言) は成人から子どもまでを含んだ被ばく線量を前提としているが、 多くの研究者により成人よりも子どもの方が放射線の影響を受けやすいとの報告がなされていることや、 放射線の長期的(確率的)影響をより大きく受けるのが子どもであることにかんがみると、 子どもが被ばくすることはできる限り避けるべきである」 などの疑問点をあげて、 政府の 「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」 を是認できない旨を表明し、 「かかる通知を速やかに撤回し、福島県内の教育現場において速やかに複数の専門的機関による適切なモニタリング及び速やかな結果の開示を行うこと」、 「子どもについてはより低い基準値を定め、基準値を超える放射線量が検知された学校について、汚染された土壌の除去、除染、 客土などを早期に行うこと、あるいは速やかに基準値以下の地域の学校における教育を受けられるようにすること」 と今後とるべき具体的対策を提起しています。

  さらに、海外に目を向けると、ドイツのオットーハーグ放射線研究所のエドムント・レンクフェルダー氏は 「明らかにがん発症の確率が高まる。 基準設定により政府は法的には責任を逃れるが、道徳的には全くそうではない」 とコメントしています(4月21日付ドイツシュピーゲル誌)。 さらに、豪メルボルン大准教授 ティルマン・ラフ氏は、広く認められた科学的知見として健康への放射線のリスクは線量に比例することを指摘した上で、 「親として、また医師として、福島の子供たちに、このような有害なレベルの放射線被ばくをさせることを許す決定は、 われわれの子供と将来の世代を守る責任の放棄であり、受け入れられない」としています (『共同通信』 4月26日付‘OPINION: Children of Fukushima need our protection’)。

  政府はこれまでにも、放射線業務従事者の被曝限度量を 100ミリシーベルトから 250ミリシーベルトに引き上げています。 そのことについて、厚生労働省は、「現在の基準値は、短期間に大量の放射線を受ける場合だ。 放射性物質を長期間受ける事故現場作業員の被曝限度量について 250ミリシーベルトは国際放射線防護委員会 ( ICRP)が緊急作業時の被曝の限度としている 500ミリシーベルトの半分」 であり、急性な健康影響の可能性は低いとしています。 しかしある専門家は、「作業員の健康を長期的に考えれば、何らかの影響は必至」 と断言し、「 ICRPの基準を引き合いに出しているが、 500という値も事故などの 『緊急時』 の最大値。一気に2.5倍も引き上げるということは福島(原発)の事故が深刻で、 そうしなければ作業が捗らないことを意味している」 と述べています (「被曝限度を引き上げ 深刻な放射能汚染を示唆」 Genpa2 News 2011年4月6日)。

  これまで見てきたように、東日本大震災と原発事故が発生した直後からの政府と東電の対応には、 多くの問題点・疑問点があることがしだいに明らかになってきています。 現在進行中の原発災害を止めてさらなる事態の悪化を防ぐことが最優先の課題であることはもちろんですが、 これ以上の二次被害、三次被害での犠牲者‥被害者を出さないためにも、2ヶ月たったいまの時点で、 今回の大震災(巨大地震と大津波)と原発事故の原因を全面的に調査・分析し、 震災・事故対応のあり方をあらゆる観点から徹底的に検証することが求められているではないでしょうか。
    2011年5月11日(東北大震災から2ヶ月を迎えて)
(その二 に続く)