2009.10.14

音楽・女性・ジェンダー
―─クラシック音楽界は超男性世界!?
小林 緑
目次 プロフィール
第15回

女性とピアノ

  とうとう自民党が下野し、民主党鳩山首相が実現した。しかしこれがほんとうに 《政権交代》 といえるのか…多くの人が不安を抱いているに違いない。 その理由はさまざまあろう。少なくとも私には、米軍基地の全面的撤廃、食料自給に向けての抜本的政策、性別・国別を越えた人権尊重といった、 抜本的な改革の志を新政権の全閣僚がどれほど共有しているか、甚だ心もとなく見えるのだ。 ただ、ようやく衆議院で女性議員の比率が一割を超えたことははっきり嬉しい。たったの10%で喜んでいる場合ではもちろんないのだが、 少子・消費者問題関連大臣となった福島瑞穂氏が、男女共同参画も担当されるというニュースには、やはり新しい風と変革への期待を抱きたくなる。

  繰り返しになるが、私がこの連載を始められたきっかけは、2年前の夏に開催した 「女性作曲家音楽祭2007」 だった。 33人の女性達によるピアノ、ハープ、ギターおよび室内楽による5日間・12回の連続コンサートの概略を記した 「ガイドブック」 が、 梓澤和幸本NPJ代表のお目に止まったのだ。この 「音楽祭」 は、 私の公私に渡るパートナーで連載第4回と8回を執筆した音楽評論家谷戸基岩と私の二人による全く個人的な企画だった。 加えてその前後、千葉市、町田市、立川市、藤沢市、岡山市といった自治体の依頼によるレクチャー・コンサートもいくつか実現。 昨年12月には津田塾大学主催で女性作曲家を聴くコンサートが初めて実現したことは第7回に書いた通り…私の仕事ないし活動は、以上述べたごとく、 クラシック音楽における作曲家としての女姓たちを、その作品の実演を通して紹介することに集約している。 その目的は、作曲家すなわち男性という万人に無意識に強く浸透しているイメージを、史実に基いてなんとか覆したい、それに尽きる。

  初回に記したように、クラシック音楽界の圧倒的な男性支配の淵源は、 ごく一部の、神格化された男性大作曲家の著名作品を飽かず繰り返し再現・消費する枠組みにある。 しかし、そこからあからさまに排除され、隠蔽された女性の作曲家が多数いたという厳然たる事実を少しでも知ってもらえれば、 それが音楽の男女共同参画にもつながるのでは…私は真底、真面目にそう信じているのだ。 ところが残念なことに音楽関係者は女性も含めて、作品の理論的分析や各作曲家の個人史という内向きない問題意識に捕らわれ、 ジェンダーや社会史的・受容史的視点を持つ人は眞に少ない。

  だからこの10数年、私は音楽以外の女性問題研究者との交流を積極的に求め、 音楽と通底する問題点を掬いあげようと努めている。先日 (9月4日―9日) もアジア女性資料センターの沖縄スタディ・ツァーに参加、 宮古島の従軍慰安婦追悼碑、辺野古の米軍へリポート建設現場、読谷村の強制自決の洞などを訪れ、 現地の研究者・運動家の方々から直接貴重なお話を伺ってきたところ。 とくに従軍慰安婦をめぐる事柄は、私もかねて究極の差別問題と捉えてきた。

  早や8年前になるが、「アエラ・ムック」 の 『音楽がわかる』 特集 (2001/no.67) に寄稿した私は、忘れられた女性作曲家を問題にするのは時効切れを訴えるようなもの、 というさる女性研究者の発言に抗して、「誰が時効と決めるのか、その制度を支えるのは何かを見定めるべきであり、 従軍慰安婦の訴えを時効として封殺するのはまさに支配者の所業、これに与することは女性作曲家の声に耳塞ぐことと深いところでつながるのではないか」 と結んでいる。 本稿冒頭、福島瑞穂大臣に言及したのは、福島氏が従軍慰安婦の訴訟で弁護士を務めた経験もお持ちの、正真正銘のフェミスト政治家…と信じ、応援しているからだ。

  さて今回のタイトル 「ピアノと女性」 は、来る11月2日(月) に実現の運びとなった津田塾大学主催 「津田ホールで聴く女性作曲家」 第二回が 『秋に舞うピアノの名品たち』 を踏まえてのもの。昨年の第一回 「闘うフェミニストにして作曲家―エセル・スマイスの室内楽」 も本連載第7回で取り上げた。 今回もチラシを掲載させていただくので、是非ご来聴いただきたい。福島大臣にももちろん招待状とともにこれをお届け済みだ。


外面 (画像をクリックすると拡大されます PDF)


内面 (画像をクリックすると拡大されます PDF)

  チラシ2ページ目に載せた企画趣旨をお読みいただければ、ピアノに焦点を当てた理由はお分かりいただけよう。 少し補足するなら、昼と夜の二部構成、それぞれ6人計12人の女性作曲家が登場する今回のコンサートは、いうなれば女性作品によるピアノ音楽小史の趣を呈している。 「ピアノ」 という楽器が一般化した18世紀末から20世紀初頭までを通して、まさに “名品” と呼びたいものばかり。 一方バロック時代の鍵盤楽器であるチェンバロ用の作品や現代音楽の難解な無調作品などは省いたが、ソナタ、変奏曲、練習曲。 前奏曲、対位法による厳格な作品、ポロネーズやマズルカといった舞曲、 多様な標題を付した長短さまざまな規模の性格的小品…まさにピアノ音楽史の定番を欠けることなく取り揃えたつもりだ。 もちろん女性のピアノ作品は他にも無数に素晴らしい例があるけれど、現在よくピアノリサイタルで聞かれる有名男性たちの作品とて、 それこそ海辺の砂の数ほども存在したピアノ音楽のごく一部に過ぎないことを、改めて思い起こして欲しい。

  今回は昼の部最初に登場するオーストリアのマリア・テレジア・パラディスが生誕250年、 そして夜の部前半の最後を飾るポーランドのグラツィナ・バツェヴィッチが生誕100年、それぞれ記念の年を迎えるので、意識的に取り上げた。 なにしろ時代・国別を問わず、作曲する女性が最も慣れ親しみ、従って残された作品の質量ともに断然多いのがこのピアノ作品。 ただ、一口に 「ピアノ」 といっても、これまた時代と地域の違いによりさまざまな種類がある。ここではその楽器そのものを話題にする暇はないが、 一点のみ触れておきたい。

  11月2日のチラシの作曲家12人のポートレートが掲げてあるぺージの右最上段、ヨゼファ・バルバラ・アウエルンハマーのところだけ、画像がピアノになっている。 モーツァルトの弟子で、師から即興演奏を踏まえた楽才を高く評価されていたこの女性、残念ながらその肖像画の類がどうしても見つからない。 やむを得ず同時代、当のアウエルンハマーも愛奏したであろうタイプのピアノ― “フォルテピアノ” と一般に言われている―の絵で代用したという次第。 ところがここをチラッと一瞥した女性が 「ええっ、可哀そう!」 と叫んだのだ!その反応が、女弟子の楽才は素直に認めながら、 その容貌を酷評していたというモーツァルトのエピソードを意識した私が、同情心からその女弟子の顔を隠し、 楽器でぼやかしたのかしら…とまで深読みした結果であるのなら、私も逆に 「やったぁっ」 と思ったにちがいない。 才能豊かな女性音楽家がモーツァルト時代にもいたという事実を知る人がいることは、何によらず実に喜ばしいことだからだ。 けれど、実情は上記の通リ…美醜にかかわらず、一人でも多く歴史上の女性の実像を可視化したいという私の本心は、どうあっても変えるつもりはない。

  肖像画でなく、敢えてあのピアノ図を載せたもう一つの狙いは、11月2日当日のコンサートでは、 残念ながら18、19世紀時代の古いピアノが会場の津田ホールには所蔵されておらず、そのためすべてモダン・ピアノで通すしかないので、 せめて使えないピアノを一つでも図像でご紹介しておこうと考えたことにある。 すでに書いた通り、「ピアノ」 とか 「鍵盤楽器」 とか 「キーボード」 とか呼ばれる複雑な機構を備えた楽器は、実に多種多様で、生まれて300年という新参者ながら、 これほどの変容を見せる例はほかに見当たらない。しかもクラシック音楽の中で最もポピュラーな楽器なのに、どこにでも備えられている、 あの大型で真っ黒に塗られたピアノ以外の存在を知らない人が余りにも多い。 その変遷の底には、「女性」 「ジェンダー」 「家庭」 「公私」 といった、近代市民社会の隆盛を支えた決定的なキーワードがいくつも絡まっているのに…

  ところが私が積年抱えていたこのストレスをかき消してくれるような書物が、実は4年前に翻訳・出版されていたのだ。 フライア・ホフマン著 『楽器と身体―市民社会における女性の音楽活動』 (原著1991年/阪井葉子+玉川裕子訳・春秋社、2004年) である。 本書のことは連載第5回 「コンサートと外見」 ですでに触れたが、この本で何より鮮烈な印象をあたえ、 最も多く紙幅が割かれているのはピアノ (および鍵盤楽器) と女性に関わる問題だ。とりあえずピアノを取り巻く社会背景を図式化して言えば、 @ 貴族社会の優雅で装飾性豊かな小ぶりの鍵盤楽器→ A 上層ブルジョワの居間にふさわしいインテリアを兼ねたさまざまな楽器→ B ブルジョワの肥大化とともに開設された広いコンサート会場用の音量の大きなピアノ、と整理できよう。 なかでも、女性/ジェンダー問題が顕著に浮かび上がるのが A のプロセス。 近代産業社会の隆盛とともにブルジョア女性の居場所が私空間としての家庭に限られると、家内を心地よく整え、居間を美しく飾り、音楽と歌で家族を慰め、 来客をもてなすことも当然、女性役割とされたからだ。

  残念ながらホフマンの本には、そうした側面をわかりやすく見せてくれる図像はあまり掲載されていないので、 別の本から一つだけご紹介しよう。


昔のピアノ

  読者の皆様は一瞥してこれを何と思われるだろう? 『ピアノの役目―ピアノとともに300年 Piano Roles―300 Years of Life with Piano』 と題した分厚い豪華本 (James Parakilas,ed.,Yale University Press, 1999) に収められたこの写真の説明には、なんと 「Lady’s Work Tableレディの仕事机」 とある。 19世紀半ばにドイツで制作され、アメリカはニューヨークのスミソニアン博物館に現存しているというこの珍品。 上部は鏡、真ん中はお針箱、その下は文机、そして最下部が鍵盤…そう、ピアノである! つまり、裁縫や化粧、 手紙や日記書きといった女性本来のお仕事と同等に看做されていたのがピアノであり、しかもそれは小型で音域がせいぜい3オクターヴちょっとしかない、 むしろ道具と呼ぶのがふさわしい代物なのだ。

  こうしたピアノの多様な歴史をわかりやすく紹介した簡便な日本語の本もある。 自身古いピアノを専門とするピアニスト、小倉貴久子が主に浜松市楽器博物館の所蔵品に拠りつつ著した 『ピアノの歴史』 (河出書房新社、2009) がそれ。 カラー図鑑と銘打っている通り、ピアノの先行楽器チェンバロに始まり、現代的な斬新なスタイルのものまで収めた文字通り目で見るピアノ史書であり、 入手も簡単なので是非全編をご覧頂きたい。本書にも 「ポータブル・ピアノ」 として裁縫箱を兼ねた女性用の小型ピアノが一点掲載されている。 だがしかし、当時女性達がみなこのようなお粗末なピアノで音楽を実践していたわけでは、もちろんない。 クララ・シューマンやセシル・シャミナードを引き合いに出すまでもなく、名だたるプロフェッショナルなピアニスト作曲家として、 欧米広くツァーを繰り広げた女性達も多数実在した…そのあたりをしっかり実感していただくことが、今回の津田ホール・コンサートの主要なねらいでもある。

  最後にもうひとつ。以前私が代表を務めていた 「女性と音楽研究フォーラム」 が別の女性グループとの共催で1997年、 ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの没後150年記念コンサート (1998年3月2日実施、府中の森藝術劇場) を開催した折、 主役としてご出演いただいたのが上記の本の筆者小倉喜久子さんだった。 当時のヴィーン宮廷ピアノ製作者、コンラート・グラーフによる1839年製オリジナルを持ち込んで、ファニーの代表作ピアノ曲 「12ヶ月」 からの抜粋、 ピアノ・トリオ、そして歌曲とミサ曲の伴奏まで、一手に引き受けていただいた忘れ難いコンサートである。 来る11月2日のコンサートではもちろんファニーも取り上げるし、演奏も気鋭の若手ヴィルトゥオーゾ、森下唯氏なので、ものすごく楽しみにしているが、 それにしても同時代のフォルテピアノを使えないのはなんとも心残りだ…その悔しさを晴らすために、 また、本年がファニーと密接・濃厚な音楽上の影響を与え合った4歳年下の弟フェリックス・メンデルスゾーンの生誕200年に当たることから、 この貴重なイヴェント―と自負している―を思い起こし、改めて記させて頂いたこと、ご了解いただきたい。