音楽・女性・ジェンダー ―─クラシック音楽界は超男性世界!?
第39回
パリでの 『女性作曲家コロク』 傍聴記
吉田隆子(4/10)のコンサートを無事終えた翌日、日仏女性研究学会の井上たか子さんから、
「ご存知でしょうけど」 と表記のコロク 〔討論会orシンポジウム〕 についてのメールを頂いた。
参院選をはじめあらゆる面で深刻な問題山積の状況下、音楽関係の情報収集がすっかり疎かになっていた私にとっては寝耳に水のニュース…
何はともあれ行ってみよう! と慌てふためきパリに飛んだ。4月20日、『カルメン』 『ペレアスとメリザンド』 など、
フランス・オペラの代表作の初演劇場として音楽史に名高いオペラ・コミックにて、
男女8人がフランス女性のみをテーマに研究成果を語り合うコロック 〔シンポジウム/討論会〕 が開催されたのだ。
平素自国の音楽史、ことに質量ともに抜群の女性作曲家を無視してきたフランスにとっては、まさに名誉回復に向けた第一歩ともいいたいほどの、
まさに “事件” である。
☆ 正式タイトルと原語表記は以下の通り:
『ポリーヌ・ヴィアルド時代の女性作曲家たち』
―オペラ・コミックのコロック:ロマン派フランス音楽センター
パラツェット・ブルー・ザーネ(ヴェネツィア)との協力の下に―
Les compositrices au siècle de Pauline Viardot
Les colloques de l’Opéra comique/ En collaboration avec
le Palazetto Bru Zane, Centre de musique romantique française
帰国後早速、上記学会の担当者から簡潔に報告文を‥とお誘いいただき、字数ぎりぎりでまとめたものを、
同学会ニューズレター 「女性情報ファイル」(2013年6月号)に載せて頂いた。
その後に 「女性と音楽研究フォーラム」 例会(2013年7月6日)でも雑駁な口頭発表を行なったので、
以下にその二つを取り混ぜたものを本欄でも載せていただきたい。
“事件” からすでに3ヶ月以上も日が経ってしまったけれど、なにしろ私にとっては本来の専門分野、
しかも日ごろもっとも重要な領域、と心得ている19世紀フランスの女性作曲家に関るイヴェントなので、
本連載の読者の方々にもぜひお見知り置きいただきたいと願ってのこと…どうぞ御了解下さい。
☆コロクでの発表者と取上げられた女性作曲家:
1.フロランス・ロネイ Florence Launay=
「1800年から1914年までのオペラ・コミック劇場と関りのあった女性作曲家たち」:
女性研究としても音楽書としても画期的な 『19世紀フランスの女性作曲家たち』(2007)の著者が、
女性作曲家によるオペラ作曲を大雑把に紹介するとともに、本コロックがフランス初の試みである意義を強調。
ロネイと筆者(オペラ・コミックにて、コロック終了後に)
2.ジェローム・ドリヴァル Jérome Dorival=
「エレーヌ・ド・モンジェルー Hélène de Montgeroult (1764-1836)とピアノで歌うこと」:
伝記 『エレーヌ・ド・モンジェルー/公爵夫人とマルセイエーズ』(2006)を著し彼女のピアノ教本の編者でもある発表者が、
フランス革命を潜り抜けたモンジェルーの実績を簡潔に紹介。
協力者のピアニスト、ベネディクト・アルレが、モンジェルーの誠に美しい作品(曲名を聞き逃し、残念!)を演奏、唯一の実演つき発表となった。
3.ミュリエル・ブラン Muriel Boulan=
「ルイーズ・ファランク Louise Farrenc(1804-1875)と交響曲―
1850年以前のパリ音楽院コンサート協会における女性の受け入れについて」:
19世紀前半、ベルリオーズ 『幻想』 以外に交響曲は不作とする通説を見直すべく、当時のパリにおける交響曲演奏の実績を統計から証明。
ファランクの3つの交響曲の、それぞれ一部を試聴。
データに出た作曲者はみな男性の物故者であったのに反し、存命者は唯一の女性ファランクのみという指摘が実に刺激的だった!
4.マテオ・クレマデス Mateo Crémades=
「ルイーズ・ベルタン Louise Bertin(1805-1877)、ルイ・フィリップ時代の女性作曲家」:
フランス音楽遺産研究所に所属、ベルタンのオペラ 『エスメラルダ』 に基づき博士論文を準備中の若い発表者が、
新聞王ベルタン一族と当時の政治情勢を絡めて作曲者を紹介したのだが、内容が複雑な上にすごい早口で、
ほとんど聞き取れず…それにしても彼女の両性具有的で特異な容貌が、幼時の病に起因する障害の故であったとは…
5.アンヌ・シャルロット=レモン Anne Charlotte-Rémond=
「世紀末の女性作曲家たち」
音楽家系の出身で、フランスの文化番組専門ラジオ局フランス・ミュジックにて女性作曲家番組を種々放送した発表者が、
作曲も巧みだった祖母のピアノ修行のノートから、女性がいかに日常生活で作曲をこなしたか、を語り、グレンダールが思い出されて興味深かった。
オルメス、シャミナード、メルボニス、ルニエ、ポリニャック、以上5人の女性作品の視聴も秀逸な音源選び、
さすがはフランス・ミュジックの出身! と唸ってしまう。
6.ベアトリクス・ボルヒャルト Beatrix Borchard=
「ポリーヌ・ヴィアルド Pauline Viardot (1821-1910)」
ハンブルク演劇音楽学校で、目下ヴィアルドの多面的プロジェクトを実行中の発表者が、
ドイツなまりの強いフランス語でグノーやリーツとのヴィアルドの往復書簡の編集作業などを報告。
彼女とは1999年カッセルのフローレ社にて対面済みだったが、コロック終了後に数あるヴィアルドのサイトからご本人のものにこそアクスするよう促され、
その大きな体と自己主張の強さに圧倒された。
ボルヒャルトと筆者(同上)
7.セバスチアン・トレステール Sébastien Troester=
「誰も “女である” とは何かを知らない―
女性作曲家マリー・ジャエル Marie Jaëll(1846-1925)」
発表者は演劇と哲学に傾倒する作曲家で2010年、ストラスブールで同郷のジャエル作品中心の出版社を設立。
ジャエル協会の紹介に加え、晩年の充実した小品やピアノ協奏曲を試聴しつつ、CD製作の現状にも言及、ジャエル復権への意欲がしっかり伝わってきた。
それにしても作品はどれも見事!
8.クレール・ボダン Claire Bodin=
2011年に立ち上げた音楽祭 “Présence Féminine 女性の現前” の理念と活動の紹介。
女性作曲家紹介が継続しない問題や素晴らしい演奏が必須の前提といった発言に全面的に共感するし、コンサート concerts、
講演 conférences、コンクール concoursの “3C” を基本とする展開にも納得。この若い発表者と音楽祭のこれからに注目したい。
☆コロクを聞き終えて‥嬉しいハプニングも!
2、4、7の発表は男性、約70人の参加者も3割ぐらいが男性で、女性問題集会では女性しか見当たらない日本との違いにまず驚く。
加えて発表内容のレジュメなどの配布が一切なしといういかにもフランス風の鷹揚さ…日本なら印刷された資料とパワーポイントと口頭説明、
この三つ重ねで、いつも参加者としてどれに集中すべきか悩まされている私にすればむしろ、
節電も出来るうえまことにすっきりして有り難かったが…でも、なにより聞き取り能力に多大の不安があるのに口頭発表だけに頼らざるを得なかった、
その惨めな結果は、4のところでモロに露われてしまった。
終了に際して1.の発表者ロネイが締めくくりの挨拶の中で、遠方からの参加者として私を紹介してくれる、という一幕があった!
ロネイには開始前に旧知のフランス人ピアニストから引き合わされた際に 『女性作曲家列伝』 を手渡してあり、
『女性作曲家音楽祭2007』 や2回のヴィアルド没後100年記念コンサートのプログラムも日本から送付済みであったことが、巧を奏したものだろう。
図々しくもこの機をのがしては、と意を決した私も改めて 『列伝』 と 『音楽祭』
の冊子を全員が見渡せるように掲げて簡単に説明…わざわざ日本から飛んだ埋め合わせがいくらかは付いたかと思うし、
ともかく日本からの情報報発信の一端を担えたのも嬉しかった。
☆大失敗も二つ…
反面、ヴィアルドのオペレッタ 『シンデレラ』(1904)を見損なうという大失態も…オペラ・コミックにて4月17日から3夜上演されていたのに、
18日夜に到着していた私は最終日夜も元教え子の歌手と当劇場の裏手にある有名店 “グラン・コルベール” にて、暢気に夕食を楽しんでいたのだ。
明くるコロック当日、発表者を紹介する冊子に “Cendrillon” とあり、上記の友人からそれがヴィアルド作品を指すと聞き、
地団太踏むも後の祭り‥ヴィアルドの “Cendrillon” の存在は勿論知っていたし、事前に検索したOCのHPにもこのタイトルは踊っていたが、
同名曲はロッシーニ、マスネにもあるからすっかりそちらと勘違い、
まさかヴィアルドが上演されるとは思いもよらず…有名作と男性作曲家を無意識に結びつけるジェンダー観に捕らわれていた自分を恥じるばかりである。
ただし以下の全曲CD(一枚:〔Cendrillon. Il Salottoi, Opera Rara, vol.3 ORR212〕)も数年前にリリースされており、私も確保済みなので、
いくらかは救われるけれど…
もう一つ、コロクの正式タイトルにある通り、“Palazetto Bru Zane” が共催と記されていたのに気付かず、担当者にアクセスしなかったことも、
残念至極だった。フランス・ロマン派の知られざる作品・作曲家を焦点化、多角的に復興運動を展開するこのヴェネツィアの一私財団は、
なんと! メル・ボニス、シャミナード、ジャエル、タイユフェールなど女性作曲家にもしっかり着目しているからだ‥この事実は帰国後、
フォル・ジュルネ・ジャポン音楽祭に置かれた同財団のパンフレットから確認できた。
その後同音楽祭がブル・ザーネ側に連絡をとり、女性作曲家をテーマに活動を続けている日本女性 〔つまり私〕 がブースを訪れた事実を伝えてくださったので、
これから随時、この財団とも連携していきたい。ついでながら、フォル・ジュルネも、ブル・ザーネも、ともに責任者は女性‥なんとも心励まされる想いである。
☆最後に別件でお知らせを…
国立女性教育会館NWECにて、この8月1日から12月15日まで、
「音楽と歩む―チャレンジした女性からチャレンジする女性へ」 と題した企画展示が開催中である。
まずはチラシをンご覧頂きたい。
オペラ・コミックのコロクとも一脈通じるが、過去と現在、クラシック音楽の世界で活躍した女性たちの歩みをパネルやファクト・シートで紹介する企画であり、
国立の機関が初めてこのテーマを取上げた意味は図り知れないように思う。
私も展示対象のひとりとなっているので気恥ずかしいのだが、NWECの存続を確保するためにも、ひとりでも多くの方に訪れて頂くよう、
願わずに居られない。いささかアクセスは不便だが、ともかく広々と美しい緑に包まれて、ゆったりした気分になれる。
さまざまな女性情報を集めたアーカイヴス、そして快適な宿泊施設とレストランも完備している。
チラシ作成時には決まっていなかったが、8月23日(金)夜には、ファニー・メンデルスゾーン=ヘンセルのピアノ・コンサートを実施できることになった。
20時15分開演、21時30分終演の予定、入場は無料。演奏は日・独で女性作曲家に取り組んだ実績豊かな中田真理子さん。
読者の皆さま、どうぞお誘い合わせて、お出掛け下さい!!
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