【 メ デ ィ ア 傍 見 】 10
「社論確立」 の暴走
朝日、読売など一部を除く全国の新聞 の11月26日付朝刊に、以下のような簡単な記事が載った。
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<読売新聞>元論説委員、渡辺会長を提訴
読売新聞元論説委員の前沢猛さん(79)が25日、「自衛隊を巡って社論に反した社説を執筆したかのような虚偽の発言で名誉を傷つけられた」 として、
渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長に慰謝料150万円の支払いと謝罪広告掲載を求めて東京地裁に提訴した。
訴状によると、渡辺氏は日本新聞協会が発行する07年10月16日付協会報のインタビュー記事で自衛隊を巡る社内論争を振り返り、
「社論と反対の社説を書いた論説委員に執筆を禁じたこともあった」 と述べた。
前沢さんは 「自衛隊を巡る訴訟に関し、社論に合致する社説を執筆しようとして渡辺氏に禁じられた」 と主張。
「論説委員が社論に反する社説を執筆したとすると社会的信頼と評価は決定的に失墜する」 と訴えている。
渡辺氏の代理人弁護士は 「記事は個人を特定する記述を一切含んでおらず、名誉棄損にはあたらないと考えている」 とのコメントを出した。【和田武士】
(毎日新聞)
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小生が、その前日(25日)、渡邉恒雄氏に対して損害賠償と謝罪広告を求め、東京地裁に提訴した名誉毀損訴訟に関する報道だ。
この訴訟の提起が、個人的利害からではなく、日本のメディアのあり方に危惧を抱いたためであることを、以下に説明させていただく。
先ず、第一の課題は、渡邉氏が力説し、またそれが新聞文化賞授賞の理由ともなった 「社論の確立」 とは何か。
その実体とその危険性を知っていただきたいことだ。
渡邉氏が、かつて論説委員長と主筆を目指したのは、読売新聞の 「社論」 を把握して、自分の持論を日本社会に広めようとしたためだと、
本人自身が繰り返し公言している。
そして、「社論」 の主張は、本来、論説・社説の範疇に属すべきであるのを、渡邉氏は、事実報道に徹すべきニュース報道面にまで広げ、
ニュースと論説の枠を外し、混在させてしまった。
それを、渡邉氏は 「社論確立」、あるいは 「提言報道」 と表現し、日本のジャーナリズムの金字塔ででもあるかのように誤認し、
それを 「伝統」 とすることをメディアに対する貢献だと自負している。
しかも、日本新聞協会は、その説に屈服し、新聞文化賞の授賞理由とした。これは、世界のジャーナリズムに対する冒涜といってよい。
なぜならば、「提言報道」 のようなニュース報道における指向性、いいかえれば 「アジェンダ・セッティング」 【注1】 は、
極めて危険な偏向報道とするのが、世界のジャーナリズムの常識だからだ。
第二の問題は、渡邉氏が、自説に基づく 「社論」 を、自分の権限が及ぶより以前の過去にまで広げようとしていることだ。
自説に反した社説は、すべて 「社論に反する」 とみなす。
たとえば、60年安保の際に、「デモは国際共産主義に踊らされた行動」 とみなす持論を 「政府声明」 として書き、それを現在でも自讃し、
その一方、「国会機能の正常化」 を訴えた日刊7社の 「共同社説」 を 「いい加減なものだ」 と侮辱している(「天運天職」)。
今回の提訴の原因となった、自衛隊問題では、自説(統治行為論)に反した社論(違憲法令審査権の発動)を全面否定し、
それに基づく従来の社説まで 「社論に反した」 と主張している。
第三の問題は、虚偽の事実の流布。渡邉氏は、日本のメディアの機関紙ともいうべき 「新聞協会報」 紙上で、
ジャーナリストとしてもっとも恥ずべき 「事実の歪曲」 を冒し、しかもそうした虚偽の事実を自画自賛の材料とした。
すなわち、プロ野球選手の獲得論争 【注2】 を、自衛隊論争にすり換え、
また、「社論に基づく社説を執筆した(論説委員)」 を 「社論に反した社説を執筆した」 と置き換えた。
実は、10年前、そうした傾向を持つ人物が、メディア界のトップ、日本新聞協会会長になったとき、私は次のように書いた。
「そうした状況に、メディア人のだれ一人として疑問を投げかけたり異を唱えたりしようとしない。
それは、日本のメディアにとって誇りうる現象といえるだろうか」(「世界」 2000年1月号)。
この危惧にもかかわらず、メディア状況は一層低迷し、今回の渡邉氏の受賞と発言につながった。
この傾向をさらに黙認すれば、ついには、ジャーナリズムにもとる 「社論の確立」 と 「歪曲された事実」 が、日本のメディアで正当性を得てしまうだろう。
ちなみに、小生が、日本新聞協会に渡邉氏の問題発言の訂正を求めたところ、次のような返答をもらった。
「新聞文化賞の授賞理由に 『社論の確立に強力なリーダーシップを発揮した』 ことが含まれており、
この記事においても(談話が)重要な部分となっています」(新聞協会報編集長の書簡)
以上が、今回、小生を提訴に踏み切らせた事実と問題点である。
なお、付け加えるならば、これまでの再三の要請にもかかわらず、渡邉氏は自分の発言が虚偽であることを認めず、
なによりも、メディア人としてのアカウンタビリティ(説明責任)の義務を放棄している。このため、事実の解明を司法手続きに移さざるを得なかった。
また、原因となった渡邉氏の発言は、3年前の 「新聞協会報」 紙上に掲載され(下記参照)たため、
このままでは、提訴が時効(さる10月16日)にかかるため、先に渡邉氏に賠償を求める 「催告書」 を送達し、時効を中断させていた。
なお、上記報道によれば、「渡辺氏の代理人弁護士は 『記事は個人を特定する記述を一切含んでおらず、
名誉棄損にはあたらないと考えている』 とのコメントを出した」。
しかし、渡邉氏の発言中の「(自衛隊問題で)社論に反した社説を執筆した論説委員」 は、多くの刊行物でも小生と特定される。
ちなみに、「社論に反した社説を執筆した」 と誹謗された読売新聞も、本来は原告になって然るべきだが、
同社は、「本社は名誉を棄損されていない」 と小生に回答している。
【付記】 問題の核心である 「社論」 および 「社説」 に関する見解は、以下の通りで、訴状でも同様に論じている。
「社論」 及び 「社説」 とは
@ 「社論」 とは、メディア、主に新聞社の社会問題に対する主張であり、
中立公正を旨とする新聞社の編集方針(正確な事実の報道に徹することが要請される 「ニュース報道」 をも含む)とは厳密に区別されるものである。
「社論」 は主として 「社説」 によって表明される。
A 読売新聞では、執筆禁止事件までは、「社論」 ならびに 「社説」 は論説委員会の会議を経て形成・執筆されていた。
論説委員は会議に参画し、決定した社論にそって専門分野について社説を執筆し、主筆存在時には主筆が、主筆不在の場合は論説委員長が、
社論と社説の責任を負った。
B 前澤は、論説委員として、7年間に500余本の社説を執筆したが、いずれも論説委員会による合議と執筆者選定を経て、社論に基づいた内容を執筆した。
論悦委員が、「社論に反した社説を執筆した」 と公表されれば、当人のジャーナリストとしての社会的信頼は失墜し、名誉は棄損される。
(2010年11月29日記)
「訴状要旨は、こちら」
【注1】 アジェンダ・セッティング:議題設定と訳され、報道による世論誘導を意味する。
【注2】 1978年11月末、ドラフト会議の前日、野球協約の不備を衝いてプロ野球巨人軍が江川卓投手と入団契約をし、その妥当性が争われた。
当時、編集局総務だった渡邉氏が、「入団契約は合法」 とする社説を載せるよう論説委員会に依頼したが、
「スポーツのフェアプレーにもとる」 として断られた。
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