2011.1.12

【 メ デ ィ ア 傍 見 】 11

前澤 猛
目次 プロフィール

統計の魔術―数字は嘘をつかないか?

  今日は、現役時代に戻って、新聞記事の審査をしてみた。
  文章にはときにバイアス(偏り)がかかるが、「数字は嘘をつかない」 という。はたしてそうだろうか。

  1月7日の各紙朝刊に 「自動車保険料 各社値上げへ」 の記事が載った。発表ものだろう。 「若年層の自動車離れが進み、高齢者の事故が多発しているので、高齢者の保険料を大幅に値上げする」 という大筋は共通だ。 ただ、毎日が 「高齢者の不満も予想される」 と書くなど、各紙には、損保業界の意図する 「値上げ案」 というニュアンスが込められていて、 それほど大きな扱いではないが、目立つのは朝日。 一面トップで、以下のように、いろいろ数字をあげて、損保の主張を強調しているが、その記事には、科学性と客観性の裏づけが欠けている様に映るのは、 私だけだろうか。

  自動車保険料 年代別に
      損保大手 60歳以上は負担増

  「損害保険大手各社は4月以降、自動車保険の保険料を年代ごとに細かく分ける新しい料金体系を順次導入する。 現行では35歳以上なら保険料は同じだが、高齢者の事故の増加で保険金の支払いが増えているため、 60歳以上のドライバーには若年層よりも保険料を大幅に高くする方針だ。(寺西和男)」
  「警察庁の統計では、60歳以上の運転免許保有者は2009年が1996万94O9人で01年に比べて約6割増。 原付きを含むバイクや自動車の運転者が起こした事故件数は09年が01年比で22・8%滅の69万7285件。 運転者の年齢別では59歳以下の年代では減ったが、『60〜64歳』 が14・3%増の5万7220件、『65歳以上』 が35・3%増の10万4870件」

  同紙には早速、以下のような疑問の投書が載った。

  新自動車保険料 年齢差別では
  「問題点はまず、年齢区分の統計データをもって、あたかもその年代の人は一律に能カがないと断定している所です。 本来運転能力には個人差があります。60歳代でも30〜40歳代の能力を持つ方もいらっしゃいます」
  「また記事では、警視庁の2009年と01年の統計を比較し、60歳以上の事故件数が増え、保険金支払いも増えているとしています。 しかし、この間に60歳以上の運転者は6割も増えています。だから60歳以上の1人あたりの事故件数が増えたわけではありません」 「年齢上の差別と判断されても仕方ないと思います・・・保険会社の再考を願います」
(朝日投書欄 「声」 2011年1月11日)

  昨秋、私は79歳の誕生日を前に自動車運転免許を更新し、無事故。安全運転を心掛けている。高齢者の事故を聞くたびに胸が痛む。 しかし、この 「60歳以上のドライバーの保険料を若年層より大幅に高くする」 という報道には、保険会社の言い分を鵜呑みにしているような疑問が残る。
  記事は、「高齢者の事故の増加で保険料の支払いが増えている」 という。 しかし、投書者も指摘するように、「60歳以上の運転免許者は6割も増えている」 のだから、60歳以上の運転者の事故発生比率は減少していることになる。
  朝日は、丁寧に 「60歳以上の高齢者による交通事故件数と運転免許保有者数」 (A図)を掲載している。 この図表のグラフを見ると、確かに 「交通事故件数」 を示す折れ線の右上がりカーブは、「運転免許保有者数」 の棒グラフの増加率より大きく見える。 しかし、それは錯誤だ。統計専門家が一見すれば、ここに、「作為」 が感じ取られるだろう。


  「運転免許保有者数」 の棒グラフの目盛りは0から始まっている。しかし、「交通事故件数」 の折れ線グラフの目盛りは途中から始まり、 しかも刻み方が大きい。当然、カーブが誇張される。そこで、B図のように、事故件数の方の目盛りを底辺の0から始め、同じ幅で刻んでいけば、 事故件数の増加のカーブは免許保有者の増加率より緩くなる(因みに、グラフの基準年を2005年にとれば、事故件数のカーブは劇的に平準化する)。
  こうした、作図による錯覚を避けるのは、統計数学の初歩ではないか。同じ記者は、昨年5月にも損保関連の記事を書き、 「損保大手グループの収益の推移」 の統計グラフを紹介している。 そこでも 「正味保険料の収入」 (折れ線グラフ)と 「純損益」 (棒グラフ)を一つの図表に収め、同様の誤った効果を生んでいる。 読者に、こうした錯覚を与えるような統計グラフを、繰り返し提供するのは、記者の責任においてだろうか。 あるいは、損保側の作為、あるいは不作為による結果だろうか。
  なお、朝日の記事は 「高齢者の物損事故支払い保険金額や治療費が増えている」 とも指摘しているが、 「死亡率や死亡保険金額」 などはどうなのだろうか。報道される痛ましい死亡事故は、若い人に多いが。
  統計が企業生命にかかわる損保各社、そしてそこからの情報の提供を受ける専門記者には、誤解されない科学的な数値やグラフを示して欲しいものだ。 もっとも、こうした数字やグラフの正確性の欠如は、今回に限らない。各種の統計や、あるいは世論調査の報道に当たって、結構広く見逃されている。 世論調査については、改めて取り上げてみたい。

  今回の記事の疑問点に関しては、私も朝日新聞に問いただしたが、返事はない。 アメリカのメディアの社内オンブズマンだったら、すぐに自社のコラムで釈明するか、抗弁するだろう。
(2011年1月12日記)