【 メ デ ィ ア 傍 見 】 29
迷走する 「アラブの春」(続・「出エジプト記」 私版)
「なぜいま、危険なエジプトへ」 と私は何人もから尋ねられた。今回の短いエジプト旅行は、二つの目的を持っていた。
ひとつは、アブシンベル訪問。
1950年代の終わりから、アスワン・ハイ・ダム建設による水没からアブシンベル神殿(ヌビア遺跡)
を救おうというユネスコの壮大な計画が日本でも共感を呼んだ。世界60か国から8千万ドルの寄金を得て、神殿の移築は1972年に完成した。
しかも、この救済運動が契機となって、同年11月、ユネスコ総会で、世界遺産条約(世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約)が成立した。
学生時代から民間ユネスコ運動に参加し、募金運動にも加わった私にとって、アブシンベル訪問は長年の念願だった。
そこは、「経済発展」 「環境保護」 「遺産保存」 という人類に課せられた3大命題の原点でもある。
熱砂を往復6時間、武装警官とともにひた走ってアブシンベル神殿へ。
走行途中の休憩は許されない。
〈夢に見しアブシンベルの炎暑かな〉
〈蜃気楼消えかつ浮かびヌビアまで〉
もうひとつは、現在のエジプトの実態にじかに触れたかったからだ。
1950年代、ナセル大統領はアメリカと縁を切り、ソ連の援助でアスワン・ハイ・ダムの建設を始めた。
1960年代終わりに完成させ、経済発展に貢献したが、その後の各大統領の独裁体制は維持されてきた。
2年前、民主化を求める若者がインターネット・ネットワークの力を活用して 「アラブの春」 を巻き起こし、ムバラク大統領の独裁体制を崩壊させた。
しかし、そのあと、エジプトは政治も経済もそして治安も生活も混迷を深めている。
エジプトの 「アラブの春」 に先立つチュニジアの 「ジャスミン革命」、そしてシリアの内戦、かつてのイラク戦争、
アフガン介入等々…それらは中東・アフリカで民主主義と自由と、そして市民の生活と幸福とを獲得し得たであろうか。
部族紛争、宗教的対立、民主政治の基盤脆弱、これらが各国を苦境に陥れている。
アブシンベルへのコンボイ(護送船団=車列)を編成する武装警官隊
〈遺跡への熱砂をコンボイ武装して〉
今回の 「エジプト行」 は @ の夢を果たし、そして A の疑問を拡大した。
前回のエッセーの終わりの設問(富裕な湾岸諸国は、かつてアラブの盟主だったこの国を、シリア同様、見放しているのだろうか?)は
A の心情的表現だった。それらに対する、友人の真摯なコメントを以下に紹介したい。
宗教的基盤を無視した覇権主義 佐野陽子氏
(元嘉悦大学学長。慶応義塾大学名誉教授。
著書に 「ドバイのまちづくり―地域開発の知恵と発想」 など)
湾岸諸国がエジプトを救済しないというお話。国の規模を考えないと、話になりません。
人口はご承知のとおりエジプトは8,300万人に対して、UAEは460万人、カタールは140万人です。
2011年の一人当たりGDPは、カタールが世界2位の98,000ドル、UAEは6位の63,000ドルに対して、
エジプトは2,900ドルで122位です(ちなみに日本は45,000ドルで17位)。
確かに1人当たりは大きな格差がありますが、エジプトのような大国を小国が支えるというのは無理な話です。
また、エジプトは2011年までは経済が伸びていました。もちろん、湾岸諸国には、サウディアラビアのような大国があります。
しかしここは、国内に少なからぬ経済問題を抱えています。
大国といえば日本も同じで、財政危機が顕在化した場合、IMFはもちろん、どこからも援助のしようがありません。
それほど経済の規模が巨大なのです。ですから何としても自力で立ち上がらなければならないのです。
「アラブの春」 が自発的な若者の運動のように言われますが、その裏には大国のたくらみがあるようです。
国際的には蔭の工作など日常茶飯事かもしれませんが、宗教的基盤を無視した覇権主義は始末に悪いです。
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「アラブの春」 そして中国 高井潔司氏
(桜美林大学教授。著書に 「中国文化強国宣言批判―胡錦涛政権の落日」 など)
先日、上海のシンポでも、エジプトから参加の学者と席が隣り合わせになり、いろいろ話しましたが、ジャスミン革命など幻想で、
エジプトは最悪の状態だと嘆いていました。こういう人を呼んで、中国はネット革命を批判したいという側面もありますが…。
インターネットのもたらす変革は一見、民主的であるかのように見えますが、エジプトの例のように衆愚政治をもたらしているのではないでしょうか。
そのあたりの総括をしっかりやった上で、同じことが中國や日本で発生したら、どうなるか、考えることが大切で、
新しいものは何でもいいというわけではないと思います。
私の嘆きは、ジャスミン革命の結果(途中経過かも?)をちゃんとフォローもせず、次は中国でも、などと期待しているマスコミが多いということですね。
ネット時代のあだ花です。中国も変わらないとだめですが、中東のような革命など、中国では起こりようもないし、起こらない方がいいです。
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【付記】 エジプトは、一般観光客にとって(注意していれば)、危険な国ではありません。
どうぞ、エジプトを訪れ、悠久の文化遺産と人懐こい市民に肌で触れて下さい。そして、少しでも国と市民の経済に益してください。
それが、今回の 「エジプト行」 報告の結びです。(猛)
(2013年4月16日記)