2013.12.25更新

【 メ デ ィ ア 傍 見 】 35

前澤 猛
目次 プロフィール

「メディア傍見・32」 への補遺


文明の衝突とも、偏見・差別とも無縁な、素朴な世界
(熊野古道・中辺路で写す。2013年12月22日)

  この年末のあわただしさから逃れるように 「熊野古道」 を回ってきた。千年以上前からの熊野信仰巡礼の道であり、 日本の原点とも言うべき自然崇拝の世界を垣間見てきた。「文明の衝突」 (サミュエル・ハンチントン)という大げさな課題とは無縁な、 人間のもっと根源的な、自然の摂理への畏敬と、他者へのおおらかな包容力とを、その道々で感じ取った思いだった。
  実は、旅に出発する前に、東西の文明・哲学への碩学、俵木浩太郎氏から以下の所感をいただいていた。 短い文ながら、拙稿32の 『「アーロン収容所」 と 「真珠湾収容所」 に見る人間性』 に対する、幅広い視野からの文明論的論考として、 感慨深く読ませていただいた。改めて、ここにご紹介する。(前澤)
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会田雄次の厳しい反英感情
「アーロン」 と 「真珠湾」、二つの捕虜収容所の違いの根元
俵木浩太郎(教育学博士)

  会田氏の厳しい反英感情は 「日の没することのない」 大英帝国の一般市民の素朴なレイシズム的偏見の所産でしょう。 彼等は対植民地軍との戦争しか知らず、そうしたかつての延長線上で日本軍を考えていたところ、シンガポールで白旗を掲げる破目となり、 それへの報復意識もあったでしょう。
  また、会田の方には、英国社会における 「U」 (Upper) と 「non U」 との隔たりを、当時は実感として知らなかったことからする驚きもあったでしょう。 それは今日でも、ロンドンの居酒屋(パブ)において見ることができます。
  ビルマ(当時)のアーロンにおけるイギリスの捕虜収容所での処遇との対比で、ハワイにおけるケーリ氏の捕虜たちは、運命と言うか偶然と言うか、 幸運と言うしかありません。
  なお、USAは大英帝国と戦って独立した国です。それは清教徒といわれる基督者をもとに発しています。 ですからケーリ氏が 「アメリカではクリスチャニティー(キリスト教義)が、社会道徳の最低線となっている。 だからキリスト教義を知らなければアメリカは理解出来ない」 というのも無理ありません。
  加えて、氏は代々の宣教師です。アメリカ精神の中核部分をなしている一人です。そして14才まで日本で教育を受けた知日派の一人です。 こうした人物を捕虜管理の要員として登用した米軍の政策は、英国よりも賢明というべきでしょう。 その賢明さは、米国の対日占領政策の根底をもなし、とりわけ、天皇の戦争責任を追及しようとするソ連に対し、天皇温存を容認し、 大方の日本人の支持を取り付け得たことは、策の当を得たものと言うべきでしょう。 これは、冷戦期を通して、東アジアに日本という同盟国を持ち得たという大きな意義を、アメリカにもたらしました。
  これに対し、太平洋戦中、日本は、交戦国米英に 「鬼畜米英」 というデマゴギーをかぶせて満足しました。 米英軍の捕虜が使役されている様を見た一日本婦人の発した 「オカワイソウニ」 という言に対してすら、社会的指弾を浴びせた愚かしさと、 好対照というべきでしょう。
  こうした歴史を大局的に振り返ると、アメリカ市民オーテス・ケーリの戦時中の言動は 「人倫の大道」 に適っており、 フランス革命の 「自由、平等、友愛」 のフラタニテ(注)を通してユマニテを世界規模で実現することにつながります。 ユネスコの理想も、その延長線上においてのみ実現されうると言うべきでしょう。
  [前澤注:フラタニテ=Fraternité(仏)=友愛、同胞愛]
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(2013年12月25日記)