2008.1.25

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎所得税確定申告に向けたリーク?
「脱税摘発」 の季節 (上)

  「歯科医ら1700万円脱税か 寄付を偽装、強制捜査」−そんなニュースが流れたのは、1月18日夕刊段階である。 歯科医を希望する学生に学費を貸していた埼玉県所沢市の財団法人を舞台に、法人の元理事長(79)や歯科医師ら計24人が、 協会への寄付を偽装し所得税計約1700万円を脱税した疑いで、さいたま地検と関東信越国税局が強制捜査に入った、というニュースだ。
  翌19日には、さいたま地検特別刑事部が発表、「歯科医集団脱税疑い 財団元理事長ら逮捕 埼玉地検 2億4000万円不明」 となり、 「同協会では少なくとも2億4000万円の支出先がわからなくなっており、特別刑事部は財団法人を利用した集団での脱税行為の全容解明を目指す」 という。

  毎年1月、お正月気分が抜けると、決まってあるのは、所得税の確定申告に向けての「脱税摘発」のニュースだ。
  所得税の確定申告は、毎年2月中旬から3月中旬が申告期間。ことしは2月18日(月)から3月17日(月)までだそうだが、 自治体の広報紙やテレビで 「医療費が戻ります」 「電子申告が出来ます」 などと案内を流し、 「確定申告を致しました」 と笑顔の女優さんを使った最初の日のキャンペーンが用意される一方で、「ごまかしはひどいことになるよ」 と、 「脱税摘発」 がリークされる。「業界ぐるみ」 だったり、有名人だったり、その年によってまちまちだが、国税手持ちのネタがメディアに提供される。 国税庁や国税局は 「守秘義務」 を理由にして 「発表」 はしないが、積極的に内容を教えてくれる。うまく記者にささやくのも広報の大事な仕事だからだ。

  会社の法人税などでは、「見解の違いだ」 との 「言い分」 があるケースも多いが、所得税は個人だけに、せいぜい 「申告漏れだった」 という言い分しかないし、 最近は、今回の場合のように検察庁が一緒に動いていることも多く、まさに 「威嚇効果十分」 だ。
  ここ数年、新春の 「脱税」 や 「申告漏れ」 のニュースだけ見ても、昨年1月には、新宿歌舞伎町のホストクラブ経営者、2月には、札幌の有名ジンギスカン店、 新宿の有名画廊経営者、1昨年の06年2月には、大手建設会社元会長の遺産、有名私立高校の理事長、05年1月には、整形手術で知られるクリニックの総院長、 出会い系サイトの運営者、2月には、健康食品販売会社、有名アクセサリー会社の経営者などの摘発が報じられている。
  過去には、斬新な手法で知られた華道の家元や、有名なバイオリニストなど国際的にも知られた有名人も 「摘発」 されニュースになった。 今回も 「元環境庁長官も理事だった」 とニュースバリューのアップを図っている。

  税金をどうやってうまく徴収するか? 国税当局はこれまで数十年にわたって、国民各層を分断し、反目させて、その矛盾を利用しながら、 結局、広く厳しく、税金を取り立てるという戦略を進めてきた。「税金を正しく納めるのは当然」 という国民意識に乗ってのことだから、あまり文句は出ない。
  「脱税」 も 「申告漏れ」 も、擁護するつもりはない。ただ、「ニュースの効果」 を考えると、どんなものかなあ、と考えてしまうのだ。
2008.1.25