2008.2.28更新

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎法の支配にも「そこのけそこのけ」
「軍法」 「軍事裁判」の先取りを許すな
  「やっぱり出てきた!」 というのが実感だ。
  産経新聞28日付朝刊は1面トップで、 「航海長聴取 問題か」 と題する記事を掲載し、 防衛省が海上保安庁の捜査前に 「あたご」 の航海長を省内に呼んで聴取したことについて論じた。
  記事では、「軍事組織が、早い段階で状況把握することは鉄則」 とし、これが問題になったことについて、『航海長への聴取が問題となることは、 日本が 『普通の国』 でないことに起因する。実はこちらの方が格段に深刻だ」 と述べ、「軍隊における捜査・裁判権の独立は国際的な常識」 「司法警察が事実上の国軍を取り調べる、国際的にはほぼ考えられない構図を、国民も政治家も奇異に思っていない」 「軍事法廷のない自衛隊は、 世界有数の装備を有する 『警察』 の道を歩み続けるのだろうか…」 と主張した。

  自衛隊と漁船の衝突、2時間も3時間も報告を放置するといった独善的な対応、それに対して、「迅速だった」 と評された海上保安庁の捜査活動…。 既に一般には、海保が自衛艦の捜索に入ったことを驚きを持って迎えた向きもあっただろう。
  しかし、犯罪や重過失の事故があったとき、自衛隊が海保や警察の捜査を受けるのは、当然のことであり、「専守防衛」 の組織である以上、自衛隊は、 産経が書くとおり、「世界有数の装備」 を有していても、「歩み続ける」 のは 「『警察』 の道」 でしかありえない。
  かろうじて保たれている 「法の支配」 のもとでの自衛隊が「そこのけそこのけ」の行動を取ることを許されてはならない。

  自民党の 「新憲法草案」 では、第76条3項で、「軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する」 とし、 「自衛軍」 に関わる問題を 「軍事裁判所」 で扱うことを想定している。「自衛軍」 が名実ともに 「軍隊」 であるためには、昔と同じように、 軍隊内については 「シャバ」 とは違って、一般の法律の手が届かない場所でなければならない。 そのためには、「軍法」 が作られ 「軍事裁判」 が行われるようにしなければ、論理は貫徹しないのである。
  産経の記事では、医療事故でも病院が事情を聞くし、新聞記者が交通事故を起こせば社の幹部が事情を聞く、などと、組織の対応の問題にすり替えているが、 今回の航海長の防衛省呼び戻しhさ、既に組織内の問題ではなく、警察権が行使されている中での話なのだ。

  既に、自衛隊法には、一般の法律が介入しない問題がいくつかある。今回のような事故についても、自衛隊は第一次警察権を持ちたいと考えるだろうが、 それは自衛隊の性格を大きく変えることになる。以前から 「改憲」 を掲げている産経が、こうした論調の記事を掲げるのは、当然かもしれない。 しかし、こうした記事が 「呼び水」 になって、自衛隊が 「そこのけそこのけ」 路線を、法制度にまで進めていくことを許すわけにはいかない。
  海上自衛隊と海上保安庁の間には、以前から縄張り争いにも似た軋轢がある。そこに目をやる議論も出てきかねない。 しかし、そうしたことに惑わされるわけにはいかない。

  問題の本質はどこにあるのか。「あたご」 は7750トン、全長 165メ ートル、「清徳丸」 は、7.3トン全長 12メートル。 「道路で言えば子どもの三輪車を大型トレーラーが押しつぶしたようなもの」 とでもいえばいいだろうか。 最新型の戦闘艦船が、海の男たちの神聖で平穏な職場に、自動操縦で突き進み、船をまっぷたつにし、その命も身体も奪い去った。
  もう一度考えてみよう。約 1500億円といわれるイージス艦は本当に必要な装備なのか? ミサイル防衛のために、ということになっているが、 一体どこからどんなミサイルが飛んできて、どう撃ち落とすというのだろうか。
  これを税金の無駄遣いといわずして、何を無駄遣いというのだろうか。
2008.2.28