2008.3.4更新

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎「三浦逮捕」のニュースバリュー
「沖縄」はどうなっているか? イージス艦事故は? 国会は?

  「ロス市警三浦元被告逮捕 一美さん殺害容疑」 (毎日) 「三浦和義元社長逮捕 81年、妻殺害容疑」 (朝日)−2月24日(日)朝、 各紙は、かつて 「ロス疑惑」 で大きな問題になり、結局無罪が確定した三浦和義氏の逮捕を、トップやそれに準ずる扱いで報じた。 サイパンで22日に出国しようとして逮捕され、23日に当局が発表したものだ。

  ▼憲法の原則に立った報道姿勢を

  日本では、一審では実行犯もわからないまま殺人罪で有罪になったが、さすがに、これでは犯罪の証明がないとされた。 それなのに、同じ容疑でなぜ? というのは、誰もが持つ疑問だろう。
  メディアでは、1.米国では重大犯罪について事項の規定がない 2.日本で無罪になっても、外国では関係がない 3.属人主義の日本と属地主義の米国は違う──など、 いかにも、仕方がなかったかのような 「解説」 が流れ、政府も 「国内の法律、日米間の条約もあるので、それに従って対処する。 日本で無罪になったからといって、捜査協力ができないことはない」 (町村官房長官) などと述べている。

  しかし、憲法39条は 「何人も実行のときに適法であった行為または既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。 また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と決めている。
  かりに、「彼が本当の犯人だったとしても…」 ということ自体不謹慎で、弘中惇一郎弁護士が言う通り、少なくとも、 「一美さん銃撃事件」 という決着済みの同一の事件について、「自国民保護」 の立場だけでなく、憲法の規定から言っても、日本政府が捜査協力すべきでないのは当然。 メディアはそうした原則に立って書くべきだ。

  「ロス疑惑」 というのは、80年代のメディアで大問題になった事件だった。それだけに、新聞だけでなく、テレビのワイドショーが大騒ぎを始めている。 しかし、事件が騒がれてから既に20数年。多くの現場記者は、当時の混乱やマスコミの経験、反省も実感できなくなっている。 行きすぎた報道にならないことがまず重要だが、司法と人権の原則から考える姿勢がまず重要ではないだろうか。

  ▼どちらが重要か…沖縄、イージス艦

  もう一つ、センセーショナルなニュースは、必ずその陰に隠れてしまうニュースがある。 ここで改めて確認しておきたいのは、この 「三浦逮捕ニュース」 で 「消えてしまったニュース」 がないのか、ということだ。

  この数日間の問題としてあげておきたいのは、沖縄の米兵による少女暴行事件だった。事件が起きたのは2月10日午後10時半ごろ。 沖縄県警は11日、在沖米海兵隊の2等軍曹タイロン・ルーサー・ハドナット容疑者(38)を婦女暴行の疑いで緊急逮捕。 沖縄2紙は号外を発行するなど、大騒ぎになった。シーファー駐日米大使と在日米軍のライト司令官は13日沖縄県を訪れ、仲井真弘多知事に謝罪。綱紀粛正を約束した。
  ところが、その舌の根も乾かない17日には沖縄市内で海兵隊員(22) が酒酔い運転容疑で逮捕、 18日には、酒に酔って民家に入り込んで寝ていたキャンプ・シュワブ所属の米海兵隊伍長(21)が住居侵入の現行犯で逮捕され、 19日には、別の海兵隊員が偽の20ドル札を偽造して、使った疑いも明らかになった。
そして、19日深夜、在沖米海兵隊報道部は、「空軍と海軍、陸軍を含む四軍全体の構成員に対し、20日朝から無期限の外出禁止を命じた。 兵士は任務以外は基地内か、自宅にとどまることが義務付けられる」 と発表した。在沖米軍トップのリチャード・ジルマー四軍調整官 (中将) の命令で、 全構成員は、任務や病院の受診など必要な用件がある時だけ、軍用車や私有車、タクシーによる民間地域の移動が認められる、とのことだった。

  なぜ、深夜にこんな発表があったのか。「何かあったに違いない」 と沖縄の担当記者は直感したそうだが、果たして、実は全軍への綱紀粛正を命じた後の18日、 新しい婦女暴行事件が起きていた。事件を起こしたのは在沖縄陸軍の伍長で、沖縄市内のホテルで、フィリピン人女性を暴行、けがをさせ、 女性から被害届が出されていた。
  沖縄県内では、女子中学生暴行事件以後、県市議会議長会が事件への抗議のための会合を開いたり、平和団体の緊急声明が出されたりし、 騒然とした空気に包まれている。2月28日までには県内の全市町村議会で暴行事件への抗議決議が可決される見通しで、 3月23日午後2時から北谷町の北谷公園で県民大会が開かれることになっている。

  そんな中で、19日の夕刊に大きく掲載されたのが、 同日午前4時過ぎに起きた自衛隊のイージス護衛艦 「あたご」 と千葉県勝浦市のマグロはえ縄漁船清徳丸の衝突である。 清徳丸の船体は二つに折れ、乗り込んでいた吉清 (きちせい) 治夫さん (58) と長男哲大 (てつひろ) さん (23) が行方不明。 第3管区海上保安本部は同日夜、業務上過失往来危険の疑いであたご艦内を家宅捜索するという異例の事態にもなった。
  自衛隊はまだ暗い早朝の近海を自動操縦で 「そこのけそこのけ」 とばかり通っていたもので、その責任やイージス感じたい野問題に波及していくのを避けようと、 漁船発見の時間をごまかしたり、発表や報告の時間を遅らせたりした。

  三浦和義氏の逮捕は、結果的に、こうした状況に 「水」 を掛けることになった。
  テレビのワイドショーは競ってサイパンに記者やカメラを派遣し、現場中継して 「いま三浦元社長はこの囲いに中にいるわけですが…」 などと報じ、 当時の警視庁捜査一課長や 「アメリカの法律に詳しい弁護士」 を登場させて詳しく報じた。
  しかし、ワイドショーがもっと取り組まなければならないのは、沖縄基地や基地被害の実態であり、日米安保や地位協定の問題ではなかったのか。 メディアは問題を矮小化し、国民が 「いま」 を判断する材料が正しく提供されなかったのではないか、ということを考えてみなければならないと思えてならない。

  私は、テレビにおけるワイドショーの役割を全面的に否定するものではない。しかし、この 「三浦逮捕」 の陰で、日本の将来にとって、重要ないくつかの 「ニュース」 が、 小さく扱われたり、掲載されなかったりし、その問題の読者に与える印象が薄れてしまったりするとすれば、日本の世論を左右してしまうことになる。
  さらに進んで、そうしたことを意図して、発表の日時を決めたり、操作が加えられたりしたとすれば、それはまた問題である。
  もう一つ、付け加えよう。2008年度の通常国会の衆院段階での予算審議は、ヤマ場を迎え、焦点になっている特定道路財源問題、消費税問題、 後期高齢者医療問題をはじめとした医療制度など予算関連の多くの問題がすっかり後景に退いてしまったのではないだろうか。

  サイパンの司法当局も、三浦氏を入国時ではなく帰国時に逮捕したは、こうした他のニュースを 「抹殺」 する意図があったのではないか、 というのは確かに勘ぐりすぎだろう。
  しかしそれだけに、「ニュース判断」 が 「読者・視聴者が興味を持つニュース」 に流れ、「面白ければ、そちらが先」 となっている状況をどうしていくか、 考えなければならないのではないだろうか。
2008.2.28 (3.4 訂正)