2008.8.28

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎「社会保障=消費税増税」に声を揃えていいのか
「消費税・社会保障・年金」をめぐって

  「消費税増税なしの社会保障の充実を」−そういっても、その手だてとなると、恐らく誰もがそんなに確信を持って言えることではないのかもしれない。 しかし、だからと言って、いまのような議論の仕方でいいのだろうか? 

  つまり、年金問題の財源論議の中で、朝日、読売、日経の在京各紙が揃って 「消費税増税」 に傾いた議論を展開しているからだ。

  消費税増税も、新税増設もいろいろ議論はあるに違いない。しかし、いま問題になっている 「年金問題をどうするか」 であっても、 「社会保障財源をどう確保するか」 であっても、即それが 「消費税増税」 に結びつくものではないはずである。 メディアの 「提言」 も全て悪いとは言えないかもしれない。 しかし、問題の本質は、明らかに 「日本の国の在り方」 であって、どこからどのカネを持ってくれば解決する、というものではない。

  この論議の仕方は、公正ではない。改めて整理してみよう。

まずこの論議だが、このところの論議を追ってみて気が付くのは、昨年11月、12月の政府と自民党の税調答申に端を発していることが分かる。 実はそれ以前にも、政府が目標として設定した2011年度に、税収と支出をトントンにさせようという 「プライマリー・バランスの黒字化目標」 をめぐって、 さまざまな議論が展開されていたのだが、この2つの税調答申を契機にして、新聞がこれに巻き込まれ、各紙の 「提言」 が始まったことに問題があるように思われる。

  ▼「消費税増税」を既成事実化
  昨年11月20日、政府の税制調査会 (香西泰会長) は、「抜本的な税制改革に向けた基本的な考え方」 と題する答申をまとめ、発表した。 2008年度税制に向けての考え方とほぼ3年ごとの中長期答申をまとめたもので、ここで消費税を「社会保障財源の中核」と位置づけたことで、その方向性がはっきりした。

  11月21日付の各紙の見出しで見れば、朝日、日経はトップで扱い、朝日は 「所得控除縮小を答申 強い増税色 格差是正掲げる」 であり、 「『消費税、社会保障に』」 と書き、日経は 「消費税、社会保障財源に 政府与党 増税、09年度以降」 とした。 また毎日は 「消費税上げ盛る 社会保障財源で3年ぶり 税率、時期は踏み込まず」、読売は 「税抜本改革 『速やかに』 消費税引き上げ答申」 というものだった。

  そして、社説では、日経 「成長と歳出抑制が消費増税の前提だ」、読売 「与野党協議で早く落着点を探れ」、朝日は 「消費増税 首相は正直に語るべきだ」

  このあと、自民党の財政改革研究会 (与謝野馨会長) は、11月21日、「現行の社会保障制度について 「中福祉、低負担状況が続き、 受益に見合った負担がされていない」 とし、消費税を安定した社会保障財源と位置づけ、平成27年ごろには、社会保障費の公費負担規模は 「少なくともGDP比5%程度、 消費税10%相当と見込まれる」 とする中間報告を出している。

  これに続いて、12月13日には、与党が 「税制改正大綱」 を決めた。このとき、与党は 「消費税を目的税化、社会保障財源、増税を示唆」 (産経) するところまでは決めたが、「抜本改革は先送りした」 と評価されるのものだった。 実はそこで日経は、「税制大綱、『改革の停滞』 象徴」 「法人税率競争、世界で刻々 日本の出遅れ深刻」 と書き、 「消費税アップ、法人税率下げ」 の方向に梶を切っている。

  しかし、問題はそれだけではなく、朝日新聞は既に12月9日、社説 「希望社会への提言7」 で 「消費増税なしに安心は買えぬ」 と述べ、 「守るべき福祉水準と負担増をセットで示す」 「必需品は軽減税率、米など非課税に」と消費増税を主張している。 そこでは、「消費税率の水準は他の増税との兼ね合いで決まってくるが、中福祉中負担の欧州各国は、仏19.6%、独19%、 英17.5%と2けた台の後半まで上げてきた」 とし、「福祉の財政需要増20兆円は、消費税にして6〜7%に当たる。 いずれは消費税が10%台になることを覚悟するしかあるまい」 と述べている。

  さらに、読売新聞は、元旦の社説で 「消費税を社会保障目的税に」 と書き、高齢者問題から説いて、 「このままでは社会保障制度を維持することはほとんど不可能である」 とし 「消費税を引き上げることによって必要な財源を確保すべきである。 引き上げは段階的に行うとしても、いずれは欧州諸国の最低水準である15%程度は検討する必要があろう」 と打ち出した。

  ▼「年金提言」で足並み
  「消費税増税」 を書いても大丈夫だ、という認識が生まれたのだろうか。各社の流れは、これを前提にして、あとは一瀉千里、「年金提言」 に移る。

  日経は1月7日岡部直明編集局長、平田育夫論説委員長ら社幹部のほか、宮島洋早大教授、西沢和彦日本総合研究所主任研究員らを交えて、 「基礎年金、全額消費税で」 と1面トップ、6、7面で見開き特集を組んで、「基礎年金の財源を税方式に全面移行」 「給付水準は現状維持」 の方針のもとに、 「税率を5%前後」 アップして、2009年度の基礎年金の給付総額19兆4000億円の全てを消費税で補うことにし、この部分の保険料は廃止することを提案した。

  これに対し朝日は、2月12日と18日の社説 「希望社会への提言」(16)(17)で、「年金は税と保険料を合わせて」(16) 「パートも派遣も厚生年金に」(17) と主張した。

  前者では 「基礎年金ををすべて税で賄うのは非現実的だ」 「税の投入は、年金より医療や介護を優先させる」 と主張、 後者では 「専業主婦にも保険料を払ってもらう」 「低年金者は生活保護を受けやすくしよう」 とした。 ここでは、経済界が税法式に移行することを主張し、日経新聞もこれを提言したことを前提に、これは保険料を集める必要がなくなる長所があるが、 「社会保障の先行きを全体として見渡したとき、まず医療と介護に優先して税金を振り向けていかなければならない」 ことを指摘、 「基礎年金をすべて税で賄うとすると、それだけで消費税なら6〜7%の増税が必要」 「医療や介護の負担増にこれが加われば、 消費税の引き上げ幅はゆうに10%を超える。いくら福祉のためでも、これだけの増税を国民が認めるだろうか」 とした。

  さらに、読売4月16日に、やはり老川祥一編集主幹、白石興二郎編集局長らを中心にした検討結果として、 「年金改革提言」 を1面トップと中面4ページにわたって発表した。ここでは、「議論が活発化している 『全額税方式』 は、 年金だけで大幅な消費税アップが必要」 だとして 「採用しなかった」 としながら、@ 基礎年金の受給に必要な加入期間を25年から10年に短縮 A 最低保障年金月5万円を創設する−などとともに、「現行の消費税を目的税化し、税率10%の 『社会保障税』 を新設する」 と提言した。

▼「提言」に疑問
  一方政府は、こうした動きを受けて、5月19日の 「社会保障国民会議」 でこれを受けた 「試算」 を公表、消費税率の上げ幅を示し、各社の意見も聞いた。

  しかし、新聞社が揃ってこうした 「提言」 を発表するのはやはり異例のことであり、さすがに社内でも異論があったのだろうと思われる。

  朝日新聞は5月13日付メディア欄で、「新聞社の年金提言波紋」 と題して、政府が各社案を検討している事実に触れ、3社の見解と識者の意見を紹介した。

  ここでは、サンデー・プロジェクトの田原総一郎氏が、「画期的なこと。各社が強い危機感を抱いたからではないか」 と評価、 逆に原寿雄元・共同通信編集主幹は 「求められるのは、読者が判断するためのデータを多角的にバランスよく提供すること。 知らない間に客観報道の形を取った新聞社の主張を押しつけられることにつながりかねない」 と述べている。 さらに、「各社が政府主催の会議で自社案を説明したことは政策決定への関与」 「政策決定に自ら関与すれば、報道は政治的なプロパガンダとなってしまう」 という谷藤悦史早大教授の意見も紹介した。

  こうした状況の中で、「沈黙」 を守っていたように見えたのは毎日新聞だった。

  毎日は、昨年10月19日の社説で 「地に足の着いた政策を示せ」 とし、財政健全化や経済構造立て直しに財源問題は避けられない、としながら、 「改革に当たっては、年金、医療、介護など社会保障分野や教育分野、地域振興にどれだけの歳出を振り向けるのか、 言い換えれば社会サービスの水準を明確にしなければならない」 と主張し、1月5日にも 「『内なる国防』 を固めよ」 と、社会保障が 「低負担、低給付」 であることを指摘し、 「制度論を抜き出して議論するだけでは十分ではない」 との姿勢を取ってきていた。

  しかし、日経、朝日、読売と 「提言」 が並ぶ中で、我慢しきれなくなったのだろうか。7月27、28日の両日、 @ 社会保険方式は変えず、公的年金を一元化し 「所得比例+最低保障」 年金制度を創設 A 最低保障年金は全額税で賄う−とする案を発表した。

  ただ、毎日はこれまでのところ、他紙と違って、消費税増税については触れていないようで、慎重な姿勢が目立っている。

  ▼問題は「国の在り方」ではないのか
  既に指摘したように、客観的な事実を報道することで、判断材料を提供するべき新聞が、「提言」 という形で、 具体的な政策の内容に関与するような提起を行うことに対する疑問は消えない。

  しかも、問題なのは、その提言が、「国の在り方」 を決定づける社会保障の財源について、政府・与党が敷いた 「社会保障の充実=消費税増税」 に、 限りなく近い枠組みの中での議論されていることだ。

  もちろん、社会の高齢化が急速に進み、社会保障財源をどう確保していくか、は重大な問題であり、避けて通れるものではない。 しかし、それならなおのこと、1億2000万人が住む 「日本という国の在り方」 として、もっと掘り下げて考えなければならないはずだ。 つまり、広がった 「格差」 や、守らなければならない 「弱者」 に目を配る中で、若者が希望を持てる国づくりをどう進めるかが論じられなければならないだろう。

  歳入面では大企業に有利だと言われる法人税や、累進課税の引き下げで、これまた高額所得者に有利だとされる所得税の在り方もあるだろうし、 歳出面では、防衛費や、公共事業費という一般的な議論から、ODA問題もあれば、自衛隊によるインド洋での米軍などへの石油の無償提供といった問題もある。

  しかし、現在はそうなってはいない。全体像には手を付けないままで、問題を 「消費税」 と 「社会保障」 という点に絞って議論を展開しようとしていること、 そしてそれにメディアが巻き込まれていることに、容易ならざるものを感じるのだ。

  要は、「いま、国政で何が一番大切か」 を考え、国家財政全てについて洗い直し、国の将来像について議論することから始めなければならないのではないだろうか。

2008.8.28