2009.7.31更新

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎今年こそ「核廃絶」スタートの夏に
改めて「核のない世界」実現への確信を

  2009年の原爆忌を前に、核兵器をめぐる情勢が大きく動いている。4月のオバマ米大統領の演説や7月のラクイラ・サミットでの宣言などを契機に、 核軍縮へのステップが進んできているためだ。しかし、日本政府はこの動きに消極的だ。というより、「足を引っ張っている」 という話もある。
  「核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として道義的責任がある」 とオバマ大統領は話した。われわれ日本人には、「唯一の被爆国民」 として、 核兵器の恐ろしさを世界に伝え、これを根絶していく 「歴史的・人類史的責任」 がある。
今年前半、核廃絶について、世界は大きく動いた。この夏を 「核廃絶スタート」 の夏にしなければならない。

  ▼日本政府は「核廃絶」に反対なのか?
  いま、平和運動の仲間に 「このビデオを見てください」 というメールが回っている。
  「憂慮する科学者同盟」 (UCS) のグレゴリー・カラキーさんという科学者のメッセージのビデオで、「ピース・デポ」 のメンバーが撮影、 本人の許可を得て YouTube にアップしたものだそうだ。
  オバマ大統領の科学顧問に、パグウォッシュ会議がノーベル平和賞を受賞したときの同会議事務局長だったジョン・ホルドレン氏が就任していることは、 私も以前紹介したが、カラキー氏はこのホルドレン氏に近い科学者だ。

  このカラキー氏によれば、米国は外交政策の基本として 「核態勢見直し (NPR)」 に入っており、重要な局面を迎えている、という。 つまり、米国は9月から10月に新しい核政策を決定しようとしているが、米政府部内、国務省、国防総省、国家安全保障会議のメンバー、 特にアジア専門家の間に、オバマ氏の構想に反対の人たちがいる。その理由は、日本政府の 「懸念」 があるからで、 日本の外務省、防衛省など安保外交政策を担当する官僚が 「米政府は核政策を転換しないように」 と訴えている、という。
  カラキー氏は 「人類史上初めて核兵器の攻撃を受けた国の政府が核政策の転換に反対するのは皮肉であり悲劇だ。 日本国民はオバマ氏の核廃絶ビジョンを支持する声を上げて欲しい」 と訴えている。 (参照

  ▼オバマ大統領の「核廃絶」構想
  春から夏にかけて、世界は大きく動いた。
  オバマ米大統領は4月5日、プラハの演説で、「米国は核兵器を開発し使った国として道義的責任がある。核兵器のない世界を目指す」 と宣言した。 続いて、その具体的な第一歩として、七月にはモスクワに飛んで、ロシアとの間で、核弾頭の削減についての軍縮協定を締結した。 さらに、イタリアのラクイラ・サミットでは、核兵器の拡散阻止策を討議する 「核安全保障サミット」 を来年3月上旬にワシントンで開く考えを明らかにし、 G8は、核兵器のない世界を目指して 「不拡散に関する首脳声明」 を発表した。
  オバマ大統領のプラハの演説は、ちょうど北朝鮮の 「飛翔体」 発射の当日だったため、東京のメディアは、「北朝鮮ミサイル発射」 の記事を大きく扱い、 オバマ演説は一面でも脇だったり、あるいは国際面だったりしたが、この扱いが正しかったのかどうか?

  全国紙とは違って、ともに共同通信の記事を使った中国新聞は、トップに 「『核なき世界』 へ行動宣言−米大統領が包括構想」 とするプラハ演説の記事を据え、 その下に 「北朝鮮ミサイル発射 落下なく迎撃せず」 と、「ミサイル問題」 を5段で扱った。
  中国新聞は4面の国際面に、演説の詳報と 「核廃絶米外交主流に−具体化へ対露交渉鍵」 という共同通信の杉田弘樹ワシントン支局長の解説記事を掲載した。
  「核抑止力から核廃絶へ」 という政策転換への提案は、2007年1月のキッシンジャー、シュルツ両元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院軍事委員長の4人が、 ウォール・ストリート・ジャーナルに、「核なき世界を宣言し、外交の主軸に据えるべきだ」 と主張したことに象徴されている。 4人は昨年1月にも同様の意見を声明していたが、オバマ政権でようやく、この政策がいまや米国の外交の中心になろうとしているわけだ。
  オバマ演説の際、解説を書いた共同の杉田記者は、雑誌 「世界」 の6月号で、「オバマ大統領 『核廃絶』 演説の意味−核なき世界と日本」 と題した報告を書いている。

  杉田記者は、タカ派と見られた4人が核廃絶を言い出したことを不思議に思って、その直後、サンフランシスコの自宅でシュルツにインタビューし、 核抑止力に否定的だったのに驚かされた、のだそうだ。その杉田記者に、 シュルツ氏は 「大量に人が死ぬのが分かっている核をテヘランや平壌に落とせるわけがないのだから、米国の核は脅しにならない。 文明国アメリカは大量破壊兵器である核兵器を使えない。私はレーガン政権の国務長官として核政策の立案に関わったが、核が使えないのは自明だった」 と話したという。
  そして、杉田記者は、こう書いている。
  「冷戦後も、抑止力が必要だと食い下がると、シュルツから、『君は何万、何十万もの人が死ぬと分かっていて、平壌に核を落とすのか。 落とせなければ抑止力にならないぞ』 と怒られた」―。
  実は、世界は核廃絶の方向に着実に動いており、問題は、それをどう進めていくか、が課題であり、そこに確信を持つことが求められているのである。

  ▼「核廃絶」への動きが続く
  「オバマ演説」 に続いて、核廃絶をめぐるニュースは、5月18日の世界のノーベル平和賞受賞者17人が、 核兵器廃絶へ積極的に取り組むよう各国指導者や市民に呼び掛けた 「ヒロシマ・ナガサキ宣言」 を連名で発表したニュース (既報)や、 7月6日の米ロの兵器削減条約締結、8日のサミット首脳による 「核兵器のない世界に向けた状況を創ることを約束する」 との首脳宣言へと続いている。

  もうひとつ、これもあまり報道されていないのが問題だが、見逃せない動きがある。
  昨年6月、オーストラリアのラッド首相が提唱し、08年7月の福田康夫前首相との日豪首脳会談で設置が合意された 「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」 (共同議長=川口順子元外相、ギャレット・エバンズ元豪外相) の動きだ。これは、日豪政府間交渉の場ではなく、両国政府が支持を表明している国際的な討議の場で、 米国のペリー元国防長官やロシア、中国、英国、インドなどの元閣僚・元首クラス計15人で構成されており、日豪が核軍縮の現実的な工程を示すことで、 米国の核軍縮を後押ししようとするもの。
  昨年10月に第1回会合がシドニーで、ことし2月、第2回会合がワシントンで、また6月にはモスクワで第3回会合が開催され、次回第4回会合は広島で開き、 報告書の取りまとめをすることになっている。ワシントン会合では、広島と長崎での被爆者3人が米政府元高官らの国際委員を前に被爆体験を話している。

  今年1月には、日本被団協、核兵器廃絶ナガサキ市民会議、日本反核法律家協会、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会から共同代表を出して、 「ICNND日本NGO市民連絡会」 が組織され、市民の声を政府の活動に生かそうという活動も始まっている。
  こうした流れは、広島、長崎の原水禁大会などを経て、来年春の 「世界核安全保障サミット」 へと続き、NPT再検討会議へと続く。 この流れを加速し、励ますことが、日本人の人類史的責任なのだと思う。

  ▼広がる非核条約
  1945年7月、米国ニューメキシコ州アラモゴードで初めての原爆実験に成功した米国は、戦後の対ソ戦略などから、 米国に核開発を進言した科学者レオ・シラードや、シカゴ大学のジェイムス・フランクなど7人の科学者、欧州戦線の最高司令官、アイゼンハワー将軍や、 米太平洋艦隊司令長官ニミッツ提督などの反対の声を押し切って、広島、長崎に原爆を投下。「原爆によって、100万人の兵士の命が助かった」 と宣伝した。
  この宣伝が誤りであることは、既に明らかになっているが、この 「神話」 は、依然として米国民の中にも根強いだけに、 オバマ大統領が、開発・使用の 「道義的責任」 を明言したことは、「法的責任」 とは言わなかったことについての指摘はあるが、非常に大きな意味を持っている。
  1発の爆弾で、少なくとも広島で約14万人、長崎で約7万人が亡くなり、後遺症はいまなお続いているが、 その被害は厳しい報道管制の中で占領中はほとんど伝えられず、その分、原水爆禁止運動も立ち遅れたが、 被爆者自身の行動や科学者の活動によって次第に世界に広がり、冷戦下でも核拡散防止条約などに結実した。

  さらに、国際司法裁判所は1996年7月、「核兵器の威嚇または使用は、一般的に国際法に違反する」 とする 「勧告的意見」 を出した。 「国家の存亡が危険にさらされている自衛の極端な状況においての核兵器の威嚇または使用」 については意見が分かれたが、「核兵器は国際法違反」 という判断は、 「厳密かつ効果的な国際管理の下における、あらゆる点での核軍縮に導かれる交渉を誠実に遂行し、完結させる義務がある」 という判断を併せて、 現在の国際法の到達点である。

  一方で、1967年2月調印、翌年発効した 「ラテンアメリカ及びカリブ地域における核兵器禁止条約」 (トラテロルコ条約) に始まる、 地域を区切って非核地帯を創っていこうという 「非核兵器地帯条約」 も南半球をほとんど全部覆う広がりを見せている。
  トラテラルコ条約に続くのが、「南太平洋」 (ラロトンガ条約、1986年発効)、東南アジア (バンコク条約、1996年発効)、「アフリカ」 (ペリンダバ条約、1996年署名)、 「中央アジア」 (アルマティ条約、2009年発効) で、単独で非核宣言をし、国連がこれを認めたモンゴルを加えて計108カ国が参加する状況にある。

  いま、北朝鮮の核問題を契機としてスタートした、米、中、ロ、日、韓、北朝鮮による 「6カ国協議」 は、本来、この地域の非核化、 つまり、「東北アジア非核条約」 に発展させなければならないし、その可能性を秘めたものだと言えるのである。
  しかし、いまなお世界には、カーネギー国際平和財団の2007年6月の調査によると、米国1万0300発,ロシア1万6000発など、計2万7600発の核兵器が保有されている、 といわれている。偶発戦争の危険も去らない現在、核廃絶に向かう道を一歩一歩進めていかなければならない。

  ▼焦点は「核抑止論」の是非
  前述のように、オバマ演説に対して、その意義や重要性、あるいは実現性に確信を持てなかったのだろうか、日本政府やメディアの反応は、消極的だった。
  ひどかったのは、NHKのニュースで、午後7時のニュースは、プラハの演説会場の映像を流しながら、 「オバマ大統領は北朝鮮のミサイル発射を非難しました」 と言うだけ。肝心の核廃絶演説を報じたのは、その後のニュース時間だった。

  日本政府も 「冷静」 な受け止め方で、特に談話や声明はなかったが、麻生首相はこの演説に、4月15日付で親書を送ったといわれ、公表されていないが、 毎日新聞によれば、核兵器の廃絶宣言を支持しつつ、「日米安保体制の下における核抑止力を含む拡大抑止は重要」 だという内容だという。
  同じ4月5日、北朝鮮は飛翔体を発射したのだが、それに関連して自民党役員連絡会では、 「日本も核を持たざるを得ないという気持ちで取り組むべきだ」 との発言が飛び出し、自民党の山本一太参院議員、下村博文衆院議員らは4月9日、 「北朝鮮に対する抑止力強化を考える会」 を設立した。

  こうした姿勢は、5月25日の北朝鮮核実験で一層エスカレート。自民党の防衛政策検討小委員会は6月9日、年末に政府が改定する防衛計画大綱に、 攻撃が迫っている場合に相手国のミサイル基地などを日本から攻撃する 「敵基地攻撃能力」 の保有を検討するよう求め、 防衛予算の拡充や武器輸出3原則の緩和も盛り込むよう求める提言を決めている。

  一種 「火遊び」 と言っていい冷戦思考そのままの後ろ向きの姿勢が、自民党の若手といわれる議員の中からさえ、出てくるのはなぜだろうか。
  それは、シュルツ元国務長官が指摘した通り、いまだに 「核攻撃」 が 「可能」 で、「核を持つことで抑止になる」 という神話が罷り通っているからである。 そして案外、日本国民の中にもそれがあるからではないのか?
  一発の核爆弾は必ず報復の核攻撃を生み、一撃の何倍もの人々が死に、傷つき、環境を汚染し、何世代にもわたって後遺症を抱えることになる。 そんな、核兵器は廃絶する以外に人類が生き残る保障はない。

  「核の傘を守って」 と訴えたといわれる麻生首相と対照的に、共産党の志位委員長は4月28日、オバマ大統領に書簡を送り 「大統領がプラハで行った演説を、 私は大きな感銘をもって読んだ。その発言の精神が世界政治で生きた力を発揮することを願う」 と共感と歓迎の意思を表明した。 米政府は5月5日付で、デイビス国務次官補代理から、大統領の謝意と「日本政府との協力を望む」 と表明した返書を届けた。
  「核」 にどう立ち向かうか? 「核抑止論」 を捨て、本気で 「核なき世界」 を目指すかどうか? それは日本の将来の問題であり、総選挙の最大の争点の一つである。
2009/7/29

 追記:
  カラキーさんのビデオが波紋を広げる中で、7月31日付の共同通信加盟各紙に、「米、日本の意向で戦術核温存も 戦略指針策定で高官」 という記事が掲載された。
  それによると、「日本は米議会が設置した 『戦略態勢委員会』 に対し、米国がトマホークなどの戦術核の一方的な削減・廃棄を進めるべきではないと主張、 戦術核戦力の堅持を求めている」 とのことで、これを受けて、 オバマ政権は、新核戦略指針 「核体制の見直し」 の中で巡航ミサイル 「トマホーク」 を 「退役させずに中期的に温存していく可能性がある」 と米高官が語った、という。
  「日本の意向」 が、オバマ政権の 「核なき世界」 の足を引っ張り、「現実路線」 を取らせるだろう、という話は、カラキーさんの発言をそのまま裏付けている。 (参照

  「核の傘」 論の誤りは既に述べた通りなので、繰り返さない。
  しかし、この記事の 「日本は米議会が設置した 『戦略態勢委員会』 に対し、米国がトマホークなどの戦術核の一方的な削減・廃棄を進めるべきではないと主張、 戦術核戦力の堅持を求めている」 という 「事実」 は、少なくともわれわれ国民は、いつ、どこで、誰が、誰の責任で、米国に要求したのか、聞いてはいない。
  国民に内緒で、こんな要求をするとすれば、「非核3原則」 を信じ、その重要性を痛感する多くの国民の声に、明らかに反する背信行為と言わざるを得ないだろう。
  それとも、「核廃絶には反対」 というのが、自民・公明政権の 「本音」 なのだろうか。それなら、何をかいわんや、そのことだけで、政権継続はお断りである。
2009/7/31