2008.4.21

『市民の目フォーラム北海道』 のホームページから

可視化に反対する警察庁
「取調べ適正化指針」で冤罪・無罪事件はなくなるか?
(その1)

  日本弁護士連合会 (以下、日弁連という) が、「取調べの可視化」 について意見書を出したのは、5年前の平成15年7月14日のことである。
  日弁連の意見書は、裁判員制度の導入と同時に、被疑者の取調べの全過程をテープ録音ないしビデオ録画する制度が確立されるべきだ、とする趣旨である。
  これに対し警察・検察側は、取調べが録音・録画されると被疑者が真相を話したがらなくなるので、取調べの可視化は、 事件の真相解明の妨げになる等の理由を挙げて反対をしてきた。
  ところが、ここにきて鹿児島県志布志の県議選無罪判決や富山県氷見の婦女暴行冤罪事件で、警察の自白強要の違法捜査が明るみに出た。
  国民の警察捜査に対する不信は一層高まり、ねじれ現象の国会では、民主党が取調べの可視化のための刑事訴訟法の改正を提案する構えを見せている。 (19.12.2 (日) 取調室に 「のぞき窓」? 警察庁が可視化に反対する本当の理由 参照)
  あわてた警察庁は、今年1月24日 「取調べ適正化指針」 (以下、「適正化指針」 という) なるものを発表し、 体制の整った都道府県警察から順次実施したいとしている。
  「適正化指針」 は、捜査現場の取調べに対する監督の強化のため、全国の警察本部に取調べ状況を監督する部署を設けることをその柱に、 取調べ時間の管理の厳格化等を打ち出している。
  警察が、国民の安全をより確保するため現場の体制を強化するならいざ知らず、 取調べの監督強化という非生産的な業務に人員を割くという愚策に国民が賛同するのだろうか。
  警察庁は、全国各地で発覚した警察の裏金疑惑、制服警察官によるストーカー殺人等の警察官の不祥事等、警察の根幹に関わる問題が起きるたびに、 その対策として管理・監督の強化を打ち出してきたが、果たしてその効果は上がったのだろうか。
  この指針に対しては、早くもマスコミ等から身内の監督で取調べの適正化ができるか、などとその実効性について疑問視する声があがっている。
  警察庁のまとめた 「適正化指針」 の概要は次のようなものだ。

  警察庁の「適正化指針」の概略

@ 管理部門に取調べ監督担当課等を新設
  警察本部の総務部門または警務部門 (以下、管理部門という) に取調べに関する 「監督担当課」を、 警察署の管理部門に取調べに関する監督を担当する 「監督担当者」 を置き、罪種や任意・強制捜査の別を問わず、 取調室等において行われる被疑者の取調べについて、A に掲げる 「監督対象行為」 の有無を確認すること等により、取調べに関する監督を行う。

   具体的には
  ● 捜査を主宰する 「捜査主任官」 は、罪種や事案の軽重を問わず、被疑者を取調べたときは、取調べ状況報告書を作成し、本部監督担当課に報告する。

  ● 警察署の 「監督担当者」 は、被疑者等からの苦情の申出を受け付けるほか、被疑者等の取調べの状況を随時確認し、必要により調査を行い、 その結果を 「監督担当課」 に報告する。

  ● 警察本部の 「監督担当課」 は、定時または随時、警察署等を巡察し被疑者の取調べの外形的状況を確認する。

  ● 取調べについて苦情の申出があったときは、速やかに公安委員会又は警察本部長に報告する。

  ● 「監督対象行為」が行われた可能性があれば、関係書類の閲覧、捜査主任官や取調官からの報告聴取、被疑者との面接を実施し、 「監督対象行為」 の有無を確認する。

  ● 「監督対象行為」 を認めたときは、これを中止させ、監察部門に通報し、指導や懲戒処分の対象にする。

A 監督対象行為
  容疑者の尊厳を害する言動など、供述の信用性を疑わせる原因となりかねない取調官の言動を 「監督対象行為」 として禁じた。

  警察庁のいう取調べの 「監督対象行為」 とは以下のとおりだ。
   @ 被疑者の身体に接触すること(やむを得ない場合を除く)。
   A 直接又は間接的に有形力を行使すること。
   B 殊更不安を覚えさせ、困惑させるような言動をすること。
   C 一定の動作又は姿勢を取るよう強く要求すること。
   D 便宜供与を供与し、供与することを申し出、若しくは約束すること。
   E 被疑者の尊厳を著しく害するような言動をすること。
   F 一定の時間帯等に取調べを行おうとするときに、あらかじめ、警察本部長又は警察署長の承認を受けないこと。

B 取調べ時間の管理の厳格化
  「午後10時から午前5時までの取り調べ」 や 「1日8時間を超える取り調べ」 は、本部長か署長の事前の承認を必要とする。

C 施設等の整備
  取調室の設置基準を設けるほか、取調室に透視鏡等を設置、取調室への入退室を電子的に管理するシステムの導入を推進する。

D 捜査に携わる者の意識向上
  適正捜査に関する教養の充実、取調官の処遇の改善、表彰の実施、「監督対象行為」 への懲戒処分等の厳正な処分を講じる。

  この警察庁の 「適正化指針」 には、取調べに付随する重要な問題が省かれている。
  例えば、被疑者・容疑者の任意同行、供述拒否権の告知、供述調書の内容確認・署名押印等に関する問題である。
  それは、あとで詳しく触れるとして、警察庁の「適正化指針」の各項目について、その内容を検討してみよう。

@ 管理部門に取調べ監督担当課等を新設することの問賠点

取調べ対象は膨大な数、物理的に可能か

  この問題を検討するには、警察の取調べが、どのくらい行われているのか、また、取調べが警察のどの部署で行われているのか等、 警察の取調べの実態を知る必要がある。
  最初に、警察の取調べは、どのくらい行われているのかをみてみよう。
  警察の取調べを受けた人の数に関するデータはない。
  犯罪白書や警察白書 (いずれも平成19年版) の数字 (いずれも平成18年中) から推測してみよう。

  刑法犯の主要罪名別検挙人員1,241,358人、これには殺人、強盗等の凶悪犯、窃盗犯、傷害等の粗暴犯等の刑法犯、暴力行為等処罰法、 危険運転致死傷、交通関係業務上致死傷が含まれている。
  警察では、刑法犯以外の特別法犯も検挙する。
  検察庁に送致された特別法犯の検挙人員は、828,809人、これには道路交通法違反、覚せい剤取締法違反、各種の条例違反、軽犯罪法違反、 入管法違反、児童買春・児童ポルノ禁止法違反、風営適化法違反、廃棄物処理法違反等が含まれている。
  これらを合わせると、毎年延べ約200万人の人が被疑者として警察の取調べを受けている。
  さらに、容疑者として取調べたが、容疑が固まらず立件できないケースも数多くある。
  また、犯罪ではないが、警察官が事実上の取調べを行う14歳未満の触法少年の事件もある。
  こうした数を入れると被疑者として取調べの対象となった人の数はさらに増える。
  毎年、少なく見積もっても、延べ200万人を超える国民が警察に被疑者として取調べを受けていることになる。
  こうした被疑者の取調べのほかに、参考人の取調べも行われている。
  その数は被疑者より多いが、参考人の取調べをめぐってもいろいろな問題があるのだ。

  次に、警察の取調べは、どんな部署で行われるのかをみてみよう。
  警察署の組織は、規模によって異なるが、普通は、「警務課」、「会計課」、「刑事課」、「生活安全課」、「刑事組織犯罪対策課」、「警備課」、「交通課」、 「地域課」 (交番、駐在所) がある。
  大規模警察署では、これを、「地域第2課」、「刑事第2課」、「留置管理課」 のように1つの課を2つ以上の課に分割しているところもある。
  警察署に勤務する警察官で、取調べをしないのは 「警務課」 の警察官くらいだが、主として取調官として取調べを担当するのは、警部補以下の警察官である。
  警部以上の管理職の警察官が、自ら取調べをすることは滅多にない。
  取調べを行うのは、警察署の警察官だけではない。
  警察本部の捜査部門、生活安全部門、交通部門の各課の特捜班等に所属する警察官をはじめ機動捜査隊、自動車警ら隊、 交通機動隊等の実働隊の警察官も取調べをする。
  日常の仕事のなかで、取調べと無縁なのは、総務・警務部門の警察官、本部各課のデスクワークだけに専従する警察官等である。
  警備・公安部門も、滅多に事件を捜査することがないので、警備・公安部門に勤務する警察官は、ほとんど取調べをすることはない。

  警察の取調べは、日中の時間帯にだけに行われるのではない。
  交番や本部の実働隊は、24時間勤務体制である。
  事件・事故があれば、深夜でも容疑者や参考人の取調べが行われる。
  こうした現場では、事件処理に時間的な制約があり、幹部の捜査指揮も手薄になるため、とかく無理な取調べが行われやすい傾向がある。

  警察庁の 「適正化指針」 では、管理部門に取調べの監視・監督部署を設け、定期的に、あるいは抜き打ちに調査を行うほか、不適切な行為が見つかれば、 その取調べを中止させ、指導や懲戒処分の対象にしたり、被疑者や代理人弁護士等から、取調べに関して苦情を受けた場合も、管理部門が調査する、としている。
  監視の具体的な方法としては、管理部門の担当者がのぞき窓から取調べの様子を見たり、取調べ室の外で取調べの様子を聴いたりするらしい。
  日弁連が主張する可視化では、被疑者取調べの全過程をテープ録音ないしビデオ録画するとなっている。
  警察の 「適正化指針」 では、捜査には関係にない警察内部の人間が、マンパワーでやろうとしているのだ。
  明らかに公正性、正確性、客観性といった点からも問題がある。

  警察庁によると、監視・監督の対象事件は、任意・強制捜査の別はなく、取調べ状況を罪種や事案の軽重を問わず報告させるという。
  しかし、被疑者の取調べは、少なく見積もっても毎年全国で200万人を超える、そして毎日、警察の多くの所属で行われる。
  警察庁の 「適正化指針」 を完全に実施するには、相当の体制が必要になることは明らかだ。
  「監督担当課」 や 「監督担当者」 をどの程度の規模の体制にするのかは分からないが、こうした非生産的な仕事に多くの警察官を充てることについて、 国民の理解を得ることは出来ない。
  おそらく、「監督担当課」 や 「監督担当者」 の体制は、微々たるものになる可能性が大きい。
  そうなると、全ての事件を対象に取調べの監視・監督することは、最初から物理的に無理がある。
  警視庁は、制服警察官によるストーカー殺人に懲りて、交番の警察官にGPS機能付きの携帯電話を持たせてその所在を把握するという。
  これもバカげたことだが、取調室の出入りを電子的に把握するシステムを導入するとしながら、 取調べ状況を把握するためにテープ録音ないしビデオ録画の施設を導入しないのも面白い。
  警察庁は、取調べ状況をテープ録音ないしビデオ録画することだけはどうしても避けたいらしい。

捜査指揮とは競合しないのか
  犯罪の捜査は、決められた 「捜査方針」 に従って組織として行うことになっている。
  そのため、全ての事件は、その態様によって 「署長指揮事件」 と 「警察本部長指揮事件」 に区分される。
  例えば、普通の窃盗事件等は 「署長指揮事件」、殺人事件等特異重要事件は 「本部長指揮事件」 である。
  指揮は、その捜査を主宰する捜査主任官 (通常は警察署の課長〜警部) が、「犯罪捜査指揮簿」 に捜査方針に従って指揮伺事項を報告し、 それに基づいて署長や警察本部長が、捜査のゴーサインを出すことになる。(犯罪捜査規範第15〜20条)
  警察署捜査主任官→警察署長→警察本部主管課→主管部長→警察本部長、これが指揮系統である。
  その事件の捜査の過程で、ある人物を 「被疑者」 あるいは 「容疑者」 として、あるいはある人物を 「参考人」 として取り調べるときには、それまでの捜査の経過、 その人物を取調べる必要性などを明らかにして、必ず事前に指揮を受ける。
  取調官が、思いつきで勝手にやることではない。
  指揮を受けた捜査主任官は、取調官を指定して、取調べが開始される。
  「捜査指揮」 の目的は、幹部が捜査員を指揮監督して、適正かつ公正な捜査により事件の真相を解明しようとするものである。
  この中には、当然、取調べの指揮も含まれる。
  捜査幹部が、捜査指揮の基本原則に則り捜査を進めていれば、取調官が違法な取調べを行うことなどあり得ない。
  被疑者の取調べ状況を把握し、適正な取調べ監督するのは、捜査幹部の当然行うべき責務である。
  捜査とは全く関係のない 「監督担当課」 や 「監督担当者」 が、被疑者の取調べに介入することは、 組織捜査の指揮原則を崩すことにならないのかと率直な疑問が生じる。
  管理部門に取調べに関する 「監督担当課」 を置き、警察署の管理部門に取調べに関する監督を担当する 「監督担当者」 を置くことは、 まさに屋上に屋を架すことになり、その実効性は極めて疑問だ。

捜査上の秘密は守れるのか

  刑事訴訟法第189条 (一般司法警察職員と捜査)
  警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う。
2 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
  一般にはあまり知られてはいないが、警察の仕事には、司法警察の分野と行政警察の分野がある。 司法警察とは、犯罪を捜査し、被疑者を検挙し、検察庁に送致するなど、捜査を中心とする警察活動を指し、それ以外の行政活動とは区分されている。
  そして、犯罪捜査に従事する警察官を司法警察職員と呼んでいる。
  司法警察職員は、司法巡査と司法警察員 (巡査部長以上の階級にある警察官) に分かれる。
  司法警察員には、事件の送致、告訴・告発の受理等、司法巡査にはない捜査上の権限が与えられている。
  逮捕状の請求は、警部以上の司法警察員でなければできない。
  捜査書類は、全て司法警察職員という職名で作成される。
  例えば、「○○警察署 司法警察員 巡査部長 ○○○○」 である。
  それに対して、警察内部で作成される行政活動の報告書は、「○○警察署 巡査部長 ○○○○」 である。

  捜査とは全く関係のない 「監督担当課」 や 「監督担当者」 の警察官は、司法警察職員としての立場にはない。
  内部管理の業務は、司法警察の分野には属さない。
  捜査にとって秘密が守られるかどうかは生命線である。
  警察の犯罪捜査の基本原則を定める犯罪捜査規範は、そのことを明らかにしている。

  犯罪捜査規範 第9条 (秘密の保持等)
  捜査を行うに当たっては、秘密を厳守し、捜査の遂行に支障を及ぼさないように注意するとともに、被疑者、被害者、 その他事件の関係者の名誉を害することのないように注意しなければならない。

捜査を行うに当たっては、前項の規定により秘密を厳守するほか、告訴、告発、 犯罪に関する申告その他犯罪捜査の端緒又は犯罪捜査の資料を提供した者の名誉又は信用を害することのないように注意しなければならない。

  警察はこれまでも、この「捜査上の秘密」を根拠に情報開示請求を拒んできた。
  捜査書類だけではなく、捜査費等や旅費の支出に関する会計書類も守秘義務のある監査委員にさえ開示することを拒んでいる。
  捜査に従事する警察官は、捜査に関係のない相手に捜査内容を漏らすことは許されない。
  相手が、警察官であろうとそれが鉄則である。
  それができなければ、それだけで失格だ。
  だから、警察官は捜査の協力者を秘匿するため、捜査書類に虚偽の記述をし、裁判で偽証までしてきた。
  最近の捜査本部事件の捜査では、秘密保持のため捜査会議等には、末端の捜査員を参加させない、とも聞いている。

  平成19年4月5日の衆議院法務委員会において、志布志事件でその存在が問題となった 「取調べ小票」 について、民主党の河村たかし議員の質問に警察庁は、 こう答えている。
  「取調べ小票につきましては、これは上司に対しまして取調べの状況を報告するための捜査員のメモでございまして、 その時々の被疑者の言い分といいますか供述を、特に事実確認等を精査しないままに警察官が記したものでございます。 そのような未精査の事実や、あるいは、メモでございますので、いろいろな関係者の氏名等も書いてございます。 こういったことが記されたものを公判廷に提出することにつきましては、個人のプライバシーを害するということもございますし、 捜査に大きな影響を及ぼすということから、鹿児島県警としては、極力避けたい、こういう認識であった、このように報告を受けているところでございます。」
  警察庁は 「取調べ小票」 は、捜査上の秘密に当たるから裁判にも出せない、と答弁しているのだ。

  警察庁の説明によると、この 「取調べ小票」 なる文書は、平成16年に犯罪捜査規範が改正をされるまで使われていたが、 その後は 「取調べ状況報告書」 が作られるようになったという。
  「適正化指針」 では、「監督担当課」 に対する報告は、この 「取調べ状況報告書」 (犯罪捜査規範第182条の2) によることとされているが、 「取調べ状況報告書」 には、関係者の氏名等、個人のプライバシーを害するおそれのある事柄や、 捜査に大きな影響を及ぼすおそれがある内容が記載されていることになる。
  それを、捜査には全く関係にない 「監督担当課」 等に提出することは問題だろう。
  警察にとって、捜査上の秘密、とりわけ被疑者供述調書の記載内容は重要な秘密である。
  それをいとも簡単に、捜査には関係のない 「監督担当課」 や 「監督担当者」 に関係書類を閲覧させたり、被疑者の取調べ状況を報告したり、 透視鏡から見せたりするという。
  これは、明らかに捜査上の秘密を犯すことになりはしないか。

  そもそも、被疑者等は取調官が、供述内容を捜査に関係のない管理部門の警察官に漏らすことを承諾するのだろうか。
  被疑者等の承諾なしに取調べ状況を捜査に関係のない 「監督担当課」 や 「監督担当者」 に警察官に見せたり、聞かせたり、報告したりすることには問題はないのか。
  被疑者が、拒否したときはどうなるのか。
  犯罪捜査規範第182条の2第3項には、 被疑者等が取調べにおいて作成された特定の被疑者供述調書の存在及び内容を捜査機関以外の第三者に明らかにしてほしくない旨の意思を表示したときは、 不開示要望書を作成させ、これに署名指印させるものとする、とある。
  「監督担当課」 や 「監督担当者」 の警察官は、捜査機関ではない。
  少なくても、これらの警察官は、司法警察職員として捜査に従事しているとはいえない。
  被疑者等からみれば、捜査機関以外の第三者である。
  いずれにしても、捜査の秘密は厳格に守られるべきで、例え、相手が警察官であっても取調べ状況を取調べに関係のない 「監督担当課」 や 「監督担当者」 に、 見せたり、聞かせたり、書面で報告すべきではない。

接見交通権との関係で問題はないのか

  被疑者等と外部の人が面会することを 「接見」 といい、物品の授受をすることを 「交通」 という。
  また、被疑者等のみならず、弁護人をはじめとした接見しようとする外部の人に対しても接見交通権が認められる。
  このうち、特に被疑者等と弁護人には、憲法上特別の権利が認められる。

憲法第34条
  何人も理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、拘留又は拘禁されない。

刑事訴訟法第39条 (弁護人との接見交通権)
  身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者と立会人なくして接見し、 又は書類若しくは物の授受をすることができる。
 略
 検察官、検察事務官又は司法警察職員 (司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。) は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、 第1項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。 但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない。

  刑事訴訟法第80条では、被疑者は弁護人以外の者と法令の範囲内で接見交通を行うことができるが、 同法第81条で裁判所は逃亡または罪証隠滅のおそれがある場合には、検察官の請求により又は職権で裁判所が接見等を禁止することができることとされ、 接見等禁止決定がなされた場合には、弁護人以外の者とは被疑者は接見をすることは禁止されることになる。

  弁護人との接見交通権は、被疑者が防御の準備するための重要な権利である。
  接見には、警察官の立ち会いは許されない。秘密交通権である。
  しかし、志布志事件では、取調官が被疑者から弁護人との接見内容を聞き出すなど重大な接見交通権の侵害があったとされている。

  被疑者に対する違法な取調べが行われたときに、その実態を知らなければならないのは、被疑者の弁護人である。
  捜査とは関係のない 「監督担当課」 や 「監督担当者」 が関わることは、接見交通権の侵害に当たる疑いもある。
  また、接見禁止の処分がなされている被疑者と捜査とは関係のない 「監督担当課」 や 「監督担当者」 の警察官が被疑者と面接したり、物のやり取りができるのか、 という問題もある。
  「監督担当課」 や 「監督担当者」 は、この弁護人以外の者に当たることは明らかだ。

都道府県公安委員会の苦情処理は機能するか

  警察庁の 「適正化指針」 には、取調べについて苦情の申出があったときは、苦情処理に係る所定の手続きに従い、速やかに都道府県公安委員会に報告する、とある。
  この意味は、取調べについての苦情も警察法第79条 (警察職員の職務執行についての苦情の申出) により、 文書で苦情を申し立てることができるという規定を適用するということだろう。
  北海道公安員会の苦情処理の実態については、このホームページでも度々、指摘したところだ。
  公安委員会の苦情の処理では、公安委員会は単なる苦情等の受付をするだけであり、調査等は警察に丸投げしているに過ぎない。
  事実上警察に管理されている公安委員会が、被疑者の取調べに関する苦情を受理して、被疑者の立場に立って公正な判断をすることを期待するのは間違っている。
  警察の都合の良い処理が行われることは、目に見えている。
  つまり、違法な取調べの隠蔽である。
  また、捜査には全く関係のない公安委員会が、取調べに関する苦情処理に関与することは、捜査上の秘密を遵守するという観点からしても問題がある。
  そもそも、こうした被疑者の取調べに関する苦情は、被疑者が弁護人と接見するときに弁護士に申し立てるべき問題である。
  公安委員会が、こうした問題に介入することは、接見交通権の侵害に当たる疑いさえある。

  警察庁は、身内による取調べの監督などでは、取調べの適正化の効果が上がらないという批判をかわすため、 公安委員会が警察を管理する民主的な制度であることを強調し、「適正化指針」 に公安委員会へ苦情を申立てることができる、としたに過ぎない。
  公安委員会は、警察のご用委員会であることを忘れてはならない。
  つまり警察庁は、違法な取調べの処理を内部でやることしか考えていないのだ。
  これは、警察の隠蔽体質そのものである。

A 監督対象行為をめぐる問題点
  最初に、警察の犯罪捜査の基本を定めている犯罪捜査規範 (国家公安委員会規則) に掲げられている 「取調べの基本的は心構え」 などを見てみよう。

第166条 (取調べの心構え)
   取調べに当たっては、予断を排し、被疑者その他関係者の供述、弁解等の内容のみにとらわれることなく、あくまで真実の発見を目標として行わなければならない。
第167条 (取調べにおける留意事項)
   取調べを行うに当たっては、被疑者の動静に注意を払い、被疑者の逃亡及び自殺その他の事故を防止するように注意しなければならない。
 取調べに当たつては、冷静を保ち、感情にはしることなく、被疑者の利益となるべき事情をも明らかにするように努めなければならない。
 取調べに当たっては、言動に注意し、相手方の年令、性別、境遇、性格等に応じ、その者にふさわしい取扱いをする等その心情を理解して行わなければならない。
第168条 (任意性の確保)
   取調べを行うに当たっては、強制、拷問、脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない。
 取調べを行うに当たつては、自己が期待し、又は希望する供述を相手方に示唆する等の方法により、みだりに供述を誘導し、 供述の代償として利益を供与すべきことを約束し、その他供述の真実性を失わせるおそれのある方法を用いてはならない。
 取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に行うことを避けなければならない。

  これを読んでも分かるように、取調べの目標は 「真実の発見」 であり、被疑者の利益も明らかにするように努め、その心情も理解して行うべきものとされ、 供述の任意性を疑われるような方法や供述の誘導、利益供与の約束などは厳に慎むべきものとされている。
  勿論、深夜の取調べは、原則として禁止されている。

  次に、警察庁よる 「監督対象行為」 なるものを見てみよう。
  警察庁が明らかにした 「適正化指針」 では、容疑者の尊厳を害する言動など、 供述の信用性を疑わせる原因となりかねない取調官の言動を 「監督対象行為」 として禁じた。
  警察庁のいう取調べの 「監督対象行為」 とは、以下のとおりだ。
  @ 被疑者の身体に接触すること (やむを得ない場合を除く)。
  A 直接又は間接的に有形力を行使すること。
  B 殊更不安を覚えさせ、困惑させるような言動をすること。
  C 一定の動作又は姿勢を取るよう強く要求すること。
  D 便宜供与を供与し、供与することを申し出、若しくは約束すること。
  E 被疑者の尊厳を著しく害するような言動をすること。
  F 一定の時間帯等に取調べを行おうとするときに、あらかじめ、警察本部長又は警察署長の承認を受けないこと。

  こうした 「監督対象行為」 は、改めて禁止するまでもなく、犯罪捜査規範で厳に戒められている事柄ばかりだ。
  警察庁が、今に至ってこうしたことを打ち出さなければならないのは、警察の取調べではこうしたことが常態化しているということだろう。

  昭和23年、現行の刑事訴訟法が施行されてから、免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件と4件もの死刑事件が再審無罪になった。
  このほかにも再審無罪事件が多数ある。
  無罪事件や冤罪事件は、今日昨日に始まった問題ではない。
  富山の氷見事件のように、被告人が裁判で罪を認め服役し、真犯人が名乗り出るまで世間に知られることもなかった事件が、ほかにもあるのではないか。
  世間の耳目には触れない日常の事件でも、こうした違法な取調べによる冤罪事件があるのではないか。
  そんな素朴な疑問が湧く。

  我が国の司法制度では、依然として 「自白は証拠の王」 との考え方が支配的である。
  そして、そうした考えを支えているのが、長期の勾留制度であり、警察の留置場を 「代用刑事施設」 とする制度である。
  こうした制度の下で、第一次捜査捜権を持つ警察では、 数多くの余罪をたたき出す取調官や組織の捜査方針に従って否認する被疑者を落とす取調官が有能な取調官として評価される。

  ここに 「被疑者取調べ技術の向上方策」 と題する資料がある。
  それには取調官が、被疑者の取調べをするときの基本的な心構えが述べられている。
  この資料は、愛媛県警捜査一課の警部のパソコンから流出したものとされるが、その内容をみると警察がどんな取調官を育てようとしているかが良く分かる。
  事前の把握を徹底する
  〇 犯行現場の状況を自分の目で確認し、十分腹入れしておくこと。
  〇 捜査記録は納得いくまでよく目を通す。
     問題点や疑問点があれば必ず解明する。
     (調べ官が迷わされるのはこの辺の詰めの甘さにある。)
  被疑者を知る
  〇 被疑者の生い立ち、性格、知能程度、家庭環境、家庭状況、身上、趣味などできる限り把握しておく。
     被疑者を知れば知るほど調べ官は有利である。
  〇 前刑の調べ官から聞いておく事も大事である。
     他の調べ官とはちょっと違うということを、被疑者に暗黙の内に判らせることも大事である。
  被疑者取調べには気迫が必要
    調べ官の「絶対に落とす」という、自信と執念に満ちた気迫が必要である。
  被疑者から目を離すな
    取調べは被疑者の目を見て調べよ。絶対に目を反らすな。
    相手をのんでかかれ、のまれたら負けである。
  被疑者の心を読む (読心術を身につける)
    一対一の勝負、腹の探り合いであるから、被疑者の心を早く読めれば勝負は早い。
  一度調べに入ったら自供させるまで出るな
    被疑者の言うことが正しいのでないかという疑問を持ったり、調べが行き詰まると逃げたくなるが、その時に調べ室から出たら負けである。
    お互いに苦しいのであるから、逃げたら絶対ダメである。真実を話さなければならない。
  粘りと執念を持つ
    否認被疑者は朝から晩まで調べ室に出して調べよ。(被疑者を弱らせる)
    そのためには、調べ官は強靱な気力、体力が必要である。(平素から養っておくこと。)
  補助官との意志の疎通
    調べ官と補助官との間には阿吽の呼吸が必要、タイミングがよいとその一言で落ちることがある。 調べ官には、話さないことでも、補助官には、気を許して気軽に話す場合がある。
  親身になって相手の話を聞いてやり、家族、身内には同情することも必要である。
 10 調べ官も裸になれ
    調べ官は優位に立つことは絶対必要であるが、時には、自分の生い立ちや学校生活、子育て、趣味、子供の頃のこと等裸になった話をすることにより、 同じ人間であることの共感を持たせる。
 11 言葉に気をつける
    被疑者を馬鹿にしたり見下すような言葉は絶対に謹むこと、ある意味では馬鹿になることも必要。
 12 被疑者には挨拶・声をかける
    留置場内で検房時等必ず被疑者に声をかけ挨拶する。
 13 騙したり、取引は絶対にするな。
    後で必ずバレル。そのことが判れば取り返しのつかないことになる。
 14 被疑者は、できる限り調べ室に出せ
    自供しないからと言って、留置場から出さなかったらよけい喋らなくなる。
    どんな被疑者でも話をしている内に読めてくる。被疑者も打ち解けてくる。

  取調官の使命は、被疑者を落とすことにある。
  被疑者が否認すれば、その手段・方法は次第にエスカレートする。
  そして、警察庁が挙げた 「監督対象行為」 が、当たり前のように行われることになる。
  日弁連の調べによると、平成16年以降平成18年2月まで、報道された 「密室取調べの主な弊害事例」 は全国で26件を数えるという。
  北海道でも、昨年11月に根室警察署の取調室で、 窃盗事件との関連で任意で取調べを受けていた男性に根室警察署の警部補ら4人の警察官が暴行を加え8日間の怪我を負わせた事件があった。
  今年1月には、大阪府警の捜査2課の警部補が取調中、被告に骨折させる怪我を負わせたとして書類送致されている。
  違法な取調べが、警察の取調室で日常的に行われている実態が窺われる。
つづく

※参考(動画)
「市民の目フォーラム北海道」 代表 原田宏二氏の可視化問題の講演


可視化に反対する警察庁
「取調べ適正化指針」で冤罪・無罪事件はなくなるか?
(その2)

  「適正化指針」 は取調べに対する監督の強化のため、全国の警察本部に取調べ状況を監督する部署を設けることをその柱に、 取調べ時間の管理の厳格化等を打ち出した。
  前回は 「適正化指針」 のうち、管理部門に取調べ監督担当課等を新設する問題と監督対象行為について検討した。
  今回は 「取調べ時間の管理の厳格化」 をめぐる問題点について検討するほか、 この 「適正化指針」 では取り上げられていない 「取調べをめぐる諸問題」 についても検討する。

@ 取調べ時間の管理の厳格化をめぐる問題点
  警察庁の 「適正化指針」 では、「午後10時から午前5時までの取調べ」 や 「1日8時間を超える取調べ」 は、本部長か署長の事前の承認を必要とするとしている。
  問題はこうした取調べが、「禁止事項」 ではなく 「承認事項」 であることだ。
  捜査指揮の責任者である本部長や署長が承認すればいつでも可能だということになる。

  被疑者等を警察の留置場 (代用刑事施設) に収容することにより、 自白を得るための長時間の取調べが連日にわたって行われているとの批判や長時間の取調べを理由に自白の証拠能力を否定する判決もあったことから、 昭和55年、警察庁は留置場を管理する部署として、警察本部や警察署の総務部等の管理部門に留置管理課 (係) を設け、 捜査部門と分離する形をつくることでこうした批判をかわそうとした。
  そもそも、留置場 (代用刑事施設) のある警察署では、署長が捜査の責任者であり、留置場の管理責任者も署長である。
  警察が治安維持に責任を負い第一次捜査権を有している以上、形の上では留置管理部門と捜査部門とを分離しても、 警察の現場では、被疑者の処遇よりも捜査が優先するのは当然である。

  志布志事件でも、被告の1人は約4ヶ月近く身柄を拘束され、延べ737時間にも及ぶ長時間の取調べを受けたことが明らかになった。
  「適正化指針」 は、警察では未だに深夜の取調べや1日8時間を超える取調べが行われていることを窺わせるとともに、 留置管理業務の分離施策は、何の効果も上げていなかったことを認めたものだ。
  本部長や署長の事前の承認制度などは何の意味もない。
  こうした違法な取調べを是正するためには、警察の留置場を刑事施設制度に代用する制度を廃止するしかないのだ。

A 取調べをめぐる諸問題
  警察の取調べ対象には、大きく分けると2つある。被疑者と参考人だ。
  前者には、任意捜査での取調べと逮捕・勾留中の被疑者の取調べがある。
  違法な取調べは、事実上その前提となる任意同行から始まる。
  そして、逮捕に移行する前段階として任意の取調べが始まり、その供述の裏付け捜査が行われ、逮捕状が請求されて被疑者として逮捕される。
  そして、逮捕直後には、形式的な弁解の機会が与えられる。
  警察庁の 「適正化指針」 では、任意同行、取調べが始まる前の手続きの問題、取調べの結果を記載する供述調書の作成等の問題については触れてはいない。
  しかし、この段階にこそ違法な取調べの始まりがあり、供述調書の署名押印等、供述調書の証拠能力に関係してくる重要な問題がある。

  まず最初に、任意出頭、取調べ、供述調書の作成等についての手続きを確認しておこう。
  なお、参考人の取調べ (刑事訴訟法第223条 第3者の任意出頭・取調・鑑定の嘱託) に関しても、被疑者の取調べと同様に多くの問題があるが、 詳細は別の機会に譲る。

第198条 (被疑者の出頭要求・取調)
  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。 但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる
 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない
 被疑者の供述は、これを調書に録取することができる。
 前項の調書は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、 その供述を調書に記載しなければならない。
 被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。

第203条 (司法警察員の手続)
 司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取ったときは、 直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、 留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。

  これらの手続きは、捜査の現場ではどのように運用されているのか。
  そこには、逮捕権を持った警察の強引なやり方や国民の法的無知につけ込んだまやかしが罷り通っている。

逮捕すれば何とかなる

犯罪捜査規範第99条 (任意捜査の原則)
  捜査は、なるべく任意捜査の方法によって行われなければならない。

  捜査は、任意捜査が原則であり逮捕等の強制捜査は例外である。
  しかし、捜査の現場では例外が原則となり、原則が例外になっている。
  逮捕は、逮捕の理由 (犯罪事実) があることのほか、逮捕の必要性 (証拠隠滅や逃走のおそれ) があることが求められる。(犯罪捜査規範第118条)
  捜査では、容疑者として浮上した人物について、逮捕するだけ資料がなく裁判官から逮捕状の発布を得られないケースはままある。
  そうしたときに、いわゆる 「叩き割り」 が行われる。呼んできて叩けば自白するだろう、という見込み捜査である。
  自白させ、その裏付け捜査の結果を資料に逮捕状の請求をするやり方だ。
  従って、警察が強引な取調べをするのもこの段階だ。

  警察にとって逮捕の効果は絶大だ。
  しかし、被疑者にとっては、単に自由が拘束されるだけではない。
  狭い密室での取調べの圧迫感、その心理的な影響は極めて大きい。
  取調室では、名前は呼び捨て、地位も名誉も認められない。家族等との連絡は取れず孤立する。 留置場内の異様な雰囲気、出入りの身体検査、手錠・腰縄姿での連行等々でさらにダメージを受ける。
  取調官は最初から被疑者に対してアドバンテージを持つことになる。
  こうした被疑者の心理下での取調べは、すでに本当の意味での任意性は失われている。
  取調官が、逮捕すれば何とかなると考えるのは至極当然である。

任意出頭の任意性 要求を拒むことができるか

犯罪捜査規範第100条 (承諾を求める際の注意)
  任意捜査を行うに当り相手方の承諾を求めるについては、次に掲げる事項に注意しなければならない。
 承諾を強制し、またはその疑を受けるおそれのある態度もしくは方法をとらないこと。
 任意性を疑われることのないように、必要な配意をすること。

  ある日の朝、突然、数人の警察官が自宅を訪れ、「聞きたいことがあるから本署まで来て欲しい」 と告げられる。
  こんなシーンは、当たり前のようにテレビの刑事ドラマで見られる。
  捜査だけではなく、任意手段のはずの職務質問でも当たり前のようにして行われている。
  こんなとき、拒否できる人はほとんどいない。
  この段階で、違法な捜査が始まっている。
  警察官は、決して 「任意の出頭要求」 であるとは言わない。
  今日は予定があるから明日にして欲しいと言っても聞いてはくれない。
  出頭を拒否するには相当の勇気が必要だ。
  結局は、警察官に取り囲まれるようにして、車に乗せられ、本署まで連行される。
  これに対して少しでも抵抗しようものなら、公務執行妨害で現行犯逮捕されるのがオチだ。
  警察内部では、この程度のことができない警察官は、執行力がないとか、やる気がないとかの評価を受ける。
  いったん取調室に入れられると、退去することはできない。
  食事も自由にはできない。
  トイレに行くにも監視がつく。
  弁護士を呼んで欲しいと要求しても警察官は応じてはくれない。
  これが任意同行の実態である。

供述拒否権の告知はどのように行われるか

  狭い取調室に入る。机を挟んで取調官と向き合う。
  もう1人補助の警察官が同席することがある。
  容疑者は、取調室にいるだけで心理的に動揺している。
  そこが取調官のつけ目なのだ。
  住所、名前、職業、生年月日を聞かれ、それとなく出頭を求めた理由が説明される。
  そのときになって、初めて自分が犯罪の容疑者になっていることを知る。
  取調官は、任意の取調べであることや 「いつでも退去できる」 などとは説明はしない。
  まだ、被疑者ではないから、供述拒否権があることも告げない。
  容疑者は、身に覚えがなければ、必死で弁解するが取調官は、聞く耳を持ってはいない。
  真犯人であっても、自分の不利益になることを進んで認めるはずがない、それが取調官の基本的な考えだ。

  このときのやり取りはメモもしない取調官が多い。
  メモなんかを取っていると容疑者を威圧できない。
  補助官がメモをしていることもあるが、取調官は最初から供述調書は取らないし、犯行を認めない限り供述調書を作ることはない。
  被疑者供述調書の冒頭部分には 「本職は、あらかじめ被疑者に対し自己の意思に反して供述する必要がない旨を告げて取り調べたところ、 任意次のとおり供述した。」 と印刷されている。
  「言いたくないことがあれば、言わなくてもいい」 という表現で、供述拒否権が告げられるのは、犯行を認めて容疑者から被疑者となって、 供述調書が作られる段階になってからだ。

弁護人を頼めるか

  逮捕されると、改めて逮捕の理由となった犯罪事実が告げられ、弁解の機会が与えられる。
  その時、弁解録取書(べんろく)というものが作成される。(第203条 司法警察員の手続)
  この弁解録取書は、被疑者の署名押印があると、一定の要件があれば裁判で証拠とすることができることになっている。(刑事訴訟法第322条第1項)
  弁解録取手続を終えた後に、引き続いて取調べが始まることもあるので、被疑者がこの2つを明確に区別することは困難だ。
逮捕するかどうかの判断は組織として行われている。
  逮捕されたばかりの被疑者がいくら 「身に覚えがない」 と弁解しても、組織の一員である取調官が 「はいそうですか」 と釈放するわけもない。
  つまり、「べんろく」 は形式的な手続きに過ぎない。
  そして、弁護士をどうする、と聞かれる。
  一般の国民には顧問弁護士がいるわけでもない。
  弁護士を頼むと金がかかるなどとぐずぐずしているうちに 「弁護人のことはあとで考えます」 などと書かれてしまう。
  日弁連による当番弁護士制度がある。
  この制度は、知り合いに弁護士がいない場合でも、警察で 「当番弁護士を頼みたい」 と言えば最寄りの弁護士会に連絡が入り、 弁護士がすみやかに接見に行くというものだ (1回目の面会は無料)。
  しかし、こうした制度を知っている国民は、必ずしも多くはない。
  初犯の被疑者等は、何がなんだかわからないうちに弁解録取書に署名押印してしまう。
  そして、手錠をかけられ留置場へ直行ということになる。

供述調書は取調官の作文だ

  供述調書に、被疑者が話したことが一字一句、そのとおりに書かれるわけではない。
  被疑者から聞いたことを取調官が、自分の主観を交えて書く文章になる。
  つまり、供述調書は、取調官の作文といわれても仕方がない代物だ。
  取調官は犯罪事実に合うように取調べを進める。曖昧な話をするとヒントを与えたり、誘導したりして供述を誘導する。
  否認している被疑者には、取調官が長々と質問しそれに対して 「はい」 と返事をすると、被疑者があたかも進んで話したように書く。
  こうして作られた供述調書は、裁判での供述とはずいぶん違う内容になってしまうことが多い。裁判官が読むと聞くとでは大違いというわけだ。
  被疑者の取調室での供述が、一字一句そのとおりに記録する方法は録画か録音しかない。
  もし、可視化が実現すると取調官が作成した供述調書との違いが直ちに分かる。
  それでは警察としては困るのだろう。
  志布志事件の裁判では、女性被疑者の取調べの補助をした女性警察官 (巡査) が、密かに ICレコーダーで取調べの状況を録音していたことが発覚、 その録音内容から取調官が取調べ中の女性に携帯電話をかけさせ、供述内容について関係者と口裏合わせをさせていた事実が明らかになっている。
  取調べの録音・録画が行われれば、こうした違法な取調べが直ちに明らかになってしまうのだ。

供述調書の記載を変更できるか

  供述調書の末尾には、取調官が被疑者の署名押印のあとに
  「右のとおり録取して読み聞かせたところ誤りのないことを申し立て署名押印した。
   前同日
                 ○ ○警察署
                   司法警察員
                   警部補    甲野 太郎 ○印」
と書く。
  ここに、取調官の階級と名前が出てくる。
  最近の取調官は、パソコンで供述調書を作成する。
  多くの取調官は、プリントアウトした供述調書を持って捜査主任官等の上司に見せに行くという。 捜査主任官等から手直しの指示があるとパソコンで修正してから読み聞かせが行われる。
  ここで取調官の主観のほかに取調官以外の捜査主任官等の上司の考えが入る。
  しかし、ここで被疑者が増減変更を申し立てても、いったん書かれた内容は容易に変更されることはない。
  被疑者は諦めて署名押印する。被疑者の供述調書は被疑者の署名押印がなければ証拠とすることはできないから、署名押印は重要である。
  署名押印を拒絶することもできることになってはいるが、取調官がその旨を説明することはない。

  ここで、実はもう一つ問題がある。
  供述調書は、編纂されて取調官が契印する。
  しかし、読み聞かせと署名押印の段階では、編纂も契印もされていない。
  つまり、あとから差し替えが自由にできるのだ。
  警察庁は、平成19年8月、犯罪捜査規範の一部を改正し、被疑者が調書の毎葉の記載内容を確認したときは、 それを証するため調書毎葉の欄外に署名又は押印を求めることにした。
  遅きに失したというべきだろう。

証拠原則を歪める調書裁判

  我が国の司法制度には、自白偏重の人質司法であることのほかに、刑事裁判が証拠原則を歪める調書裁判になっている現実がある。

第319条 (自白の証拠能力・証明力)
  強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。
第320条 (伝聞証拠と証拠能力の制限)
  第321条乃至第328条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、 又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

  これが、証拠の大原則である。第319条は説明の要はないだろう。
  次の第320条 (伝聞証拠と証拠能力の制限) について説明する。
  伝聞証拠とは、公判廷における供述に代えて書面を証拠とする場合、または、公判廷外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とする場合であって、 供述の内容の真実性が問題となる証拠をいう。
  供述が伝聞証拠という形で公判廷に提示されると、対立する当事者等が反対尋問をすることはできない。
  したがって、伝聞証拠を証拠とすると事実認定に誤りを生じる可能性が高いことから、証拠能力を否定して原則これを証拠とすることは出来ない、とするものである。
  検察官が作成した供述調書 (検面調書) や警察官が作成した供述調書 (員面調書) も伝聞証拠である。
  員面調書が証拠として採用されるには厳格な要件が課されていることもあり、証拠として採用される場面はそう多くはない。
  しかし、員面調書は検察官に送られ、検察官はこの供述調書をなぞるようにして供述調書を作る。
  警察の取調官に自白して、検察官の前では否認すると検察官は供述調書を作らない。
  警察の取調官に差し戻すだけだ。
  そして、裁判で問題になるのも、ほとんど検面調書である。
  刑事訴訟法には、第321条以下に伝聞証拠であってもこれを証拠とすることができる例外に関する規定がある。
  原供述者の死亡等で裁判で証言ができない場合等のケースでは、一定の要件のもとで証拠能力を認めている。
  この場合には、裁判官や検察官の面前における供述調書については要件が緩和されている。
  我が国の刑事裁判は、捜査段階の供述調書を証拠にできるか否かを審理するのに多くの時間が費やされる。
  調書裁判と呼ばれる所以である。
  特に問題なのは、被告人が裁判で 「自分はやっていない」 などと捜査段階の供述を翻した場合である。
  そのときは、捜査段階の供述調書を証拠として採用できるかどうかを検証する手続きが行われる。 被告人は取調官に犯人でないのにやったように言わされた具体的状況を述べる。取調官も証人として出廷し、何も問題のない正常な取調べだったと証言する。
  多くの場合には、裁判所は取調官の証言を信用する。かくして、捜査段階の供述調書が証拠として採用される。

結び(警察庁が可視化に反対する本当の理由)

  日弁連は、裁判員制度の導入と同時に、被疑者取調べの全過程をテープ録音ないしビデオ録画する制度が確立されるべきだ、と主張している。
  警察庁は、今回公表した 「適正化指針」 で、何とか可視化を求める世論の沈静化を狙っている。
  平成21年から始まる裁判員制度の対象となる刑事事件は、全国の地方裁判所で審理される刑事事件のうち、殺人、放火、強盗致傷、危険運転致死等、 全体の約3%前後 (平成18年で2.9%)に過ぎない。
  どうして、警察庁は可視化に反対するのか。本当の理由はどこにあるのか。この点については、既に、このホームページ (19.12.2 (日) 取調室に 「のぞき窓」? 警察庁が可視化に反対する本当の理由) で説明した。
  その内容を改めて簡単に説明する。

  その1つは、検挙率がダウンするおそれがあるからだ
  警察にいわせると検挙率は、治安の程度を表すバロメーターである。
  そもそも、この検挙率なる数字にも問題があるのだが、警察庁は検挙率にこだわっていることは間違いない。
  警察庁は、平成13年には19.8%にまで落ち込んだ刑法犯の検挙率が、平成14年以降上昇に転じ、平成18年中の刑法犯の検挙率が31.2%まで回復した、としている。
  当時の漆間厳警察庁長官は、官民あげての治安対策の成果だと自画自賛している。
  実は、その検挙率は余罪 (逮捕事件以外に被疑者が自白したほかの事件) によって支えられている。
  平成18年中の刑法犯の検挙件数は640,657件、検挙人員384,250人である。
  見て分かるとおり検挙件数は検挙人員よりも多い。
  つまり、検挙件数には、検挙 (逮捕) した被疑者が自白した余罪が含まれているのだ。
  検挙件数うちの余罪が占める割合 (余罪占率) が40%を占めているのだ。
  ついでに、国民の最も身近で起きる犯罪である窃盗犯についてみてみよう。
  平成18年中の検挙率27.1% 検挙件数416,281件 検挙人員187,654人 余罪占率55%である。
  空き巣等の侵入盗は、検挙率49.1% 検挙件数100,824件 検挙人員12,434人 余罪占率88%である。
  この侵入盗の検挙率は、一見して49.1%と高い検挙率となっている。
  しかし、余罪占率は88%と約9割近くを占めている。
  北海道警察についてもみてみよう。
  刑法犯の余罪占率41% 重要窃盗で余罪占率81%である。
  このように警察の検挙率は、余罪によって支えられていることが分かる。
  余罪は、次に述べる 「代用刑事施設」 (留置場) に被疑者を長期間勾留して、その間に取調べで被疑者を自白させて割り出されるのである。

  可視化により監督対象行為のような違法な取調べがやりにくくなるという直接的な影響もさることながら、可視化が捜査員に心理的影響を与え、 捜査員が余罪の取調べに消極的になり、警察全体の検挙率が大幅にダウンするおそれがあるのだ。
  警察・検察側は、取調べが録音・録画されると被疑者が真相を話したがらなくなると主張しているが、被疑者はもともと自己に不利益になる事実は話したくはない。
  否認事件が大幅に増え検挙率が低下することは目に見えている。
  警察庁はそれが困るのだ。

  その2つは、「代用刑事施設廃止論」 が再浮上するおそれがあるからだ
  被疑者は刑事施設 (拘置所) に勾留される。
  すなわち、逮捕された被疑者の身柄は、裁判官が勾留を決定したときから、警察の留置場から刑事施設 (拘置所) へと移されるのが、建前である。
  警察庁によると、「代用刑事施設」 (留置場) の数は、平成17年4月1日現在、全国で1,286 で収容定員は19,312 人である。
  一日平均の被留置者数は14,867 人、延べ人員5,441,386人、被留置者の身分別の割合は勾留前被疑者6.7%、勾留被疑者36.6%、被告人57.6%、受刑者0.1%で、 平均留置日数28.8日である。(いずれも平成16年)
  これをみても、いかに多くの被疑者等が、長期間にわたって警察の代用刑事施設 (留置場) に収容されているかが分かる。
  平成18年6月 「刑事施設及び受刑者の処遇に関する法律の一部を改正する法律 (未決拘禁法)」 の成立に当たって、 衆参両院の法務委員会の附帯決議で代用監獄に収容する例を漸減することの実現に向けて、関係当局は更なる努力を怠らないこととされた。
  しかし、「代用刑事施設」 (留置場) に勾留された被疑者等の増減に関するデータはない。

  いずれにしても、この 「代用刑事施設」 (留置場) こそが、被疑者の長期勾留、すなわち自白偏重の人質司法の出発点となっているのだ。
  可視化によって警察の取調べの実態が録音、録画され、取調べの実態が客観的に明らかになれば、悪名高い 「代用刑事施設」 の廃止論が再浮上し、 国際的にも問題が指摘されているこの制度が廃止されるおそれがある。
  警察庁はそれでは困るのだ。


※参考(動画)
「市民の目フォーラム北海道」 代表 原田宏二氏の可視化問題の講演