2008.5.18更新

 −国連人権理事会の審査を傍聴して−

世界各国から日本の死刑執行停止、
代用監獄の廃止を求める声
海渡 雄一 (弁護士)

はじめに
  5月9日午後2時半 (ジュネーブ時間) から午後5時半まで、 国連人権理事会の第2回普遍的定期的審査 (UPR) 作業部会 (ワーキング・グループ) において日本の人権状況について審査が行われ、 5月14日には作業部会の報告書が公表されました。
  私は、日弁連代表団の一員として、鈴木五十三、大谷美紀子、宮家俊治、大村恵美、小池振一郎、 田鎖麻衣子弁護士とともにジュネーブでの各国政府代表団へのロビー活動に当たりました。
  このレポートは、日弁連のロビー活動の公式の記録ではなく、このような活動を通じて感じた私の個人的な感想をまとめた報告であることをお断りしておきます。

第1部 人権理事会の概要
1 人権理事会による人権審査とは
(1) 人権委員会から人権理事会へ
  国連の人権関係の機関としては、経済社会理事会の機能委員会の一つであった人権委員会 (政府代表で構成) と、 そのもとに設けられた差別防止小委員会 (専門家で構成) が存在しました。 また、人権委員会のもとに、国別及び課題別の報告者制度が設けられ、課題別の特別報告者としては、強制的失踪、略式処刑、拷問、宗教的不寛容、 恣意的拘禁、児童、女性に対する暴力、司法の独立などが取り上げられています。
  しかし、人権委員会は2005年の制度改正によって廃止され、これに代わって人権理事会が総会の直接の下部機関として設立されることとなりました。 特別報告者制度は、人権理事会のもとに置かれることとなっています。
  国連関係の人権機関としては条約にもとづいて設立された規約人権委員会、拷問禁止委員会、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会、 人種差別撤廃委員会などが著名ですが、これらは条約の実施機関であり、国連の建物の中で開催されていますが、原則から言えば国連そのものではありません。

(2)人権理事会
  新しく設立された人権理事会の意義と活動について、外務省の公表している資料をもとに説明します。 (外務省ホームページより (一部文体を変えました) 平成19年8月)
  人権理事会の設立は2005年9月の国連首脳会合において設立が基本合意され、2006年3月15日に国連総会で採択された 「人権理事会」 決議により、 国連総会の下部機関としてジュネーブに設置されました。国連における人権の主流化の流れの中で、国連として人権問題への対処能力強化のため、 従来の人権委員会に替えて新たに設置されたものです。 理事会は47ヶ国で構成され、その地域的配分は、アジア13、アフリカ13、ラテンアメリカ8、東欧6、西欧7です。 総会で全加盟国の絶対過半数で直接かつ個別に選出され、任期は3年、連続二期を務めた直後の再選は不可となっています。 また、総会の3分の2の多数により、重大な人権侵害を行った国の理事国資格を停止することができるとされています。
  人権理事会は、2006年6月の第1回会合以来、1年の間に合計9回にのぼる理事会会合 (5回の通常会合と4回の特別会合) や 各種ワーキング・グループ会合等を開催し、テーマ別及び国別の人権状況にかかる報告や審議等のほか、 特に、人権委員会から引き継いだ活動や組織の見直しを行いました。先進国と途上国との間での粘り強い協議の結果、 2007年6月には、作業方法や組織等の制度構築にかかる包括的な合意がなされました。 主な任務は、@ 人権と基本的自由の保護・促進及びそのための加盟国への勧告、A 大規模かつ組織的な侵害を含む人権侵害状況への対処及び勧告、 B 人権分野の協議・技術協力・人権教育等、C 人権分野の国際法の発展のための勧告、 D 各国の人権状況の普遍的・定期的なレビュー (理事国は任期中に右を受ける)、E 総会への年次報告書の提出 とされている。
  日本は、世界の人権問題に対して、国連がより効果的に対処する能力を強化するとの観点から、人権理事会を巡る協議に積極的に参加し、 また、1982年以来一貫して人権委員会のメンバー国を務めているという経験を活かし、人権理事会においても、 人権分野における国際貢献をより一層強化していく考えであるとしています。

(3) 人権理事会による加盟国の人権状況の普遍的定期的審査とは
  2007年6月、人権理事会では、国連加盟国の人権状況について普遍的定期審査 (UPR) という新しい人権審査システムの導入が決定されました。 UPRは、47カ国の代表からなる作業部会によって、すべての国連加盟国を対象に定期的に各国の人権状況の審査を行い、理事会で結論、勧告を採択するものです。 1年間に48カ国、4年で国連の全加盟国の審査がなされることとなっています。

(4) 審査の手続き元となる情報
  この普遍的定期的審査は、次の3つの国連文書に基づいて行われます。 国連のホームページには日本政府の報告書、条約機関のこれまで提出してきた勧告の要約、 人権団体から寄せられた情報の要約がOHCHR (国連人権高等弁務官事務所)のUPRのページに掲載されています。
National Report
Compilation of UN information
Summary of stakeholders' information

  作業部会の審査は各地域から選任される3名の各国ごとの報告者 (トロイカと呼ばれます) を中心に進行します。 作業部会のメンバーは、専門家ではなく、各国の政府代表である。したがって、その審査は専門家からなる条約機関の審査と異なり、 政治的な考慮が働くことは避けられません。他方で、人権理事会の勧告はその理事会のメンバーともなった日本のような諸国に対して、 自由権規約などの条約機関を超えるインパクトを持つものとなりえます。

(5) 手探り状態の審査手続
  国連人権理事会が発足して二年がたちます。日本は自ら立候補して理事国となりました。 ですから、この理事会からの勧告は前向きに受け止めることが求められています。普遍的定期的人権審査は人権理事会の最も重要な制度の一つです。 この制度については、2007年中に一応の制度設計が終わり、2008年4月から実施が始まったばかりです。今回のセッションは第2回なのです。
  ジュネーブに来てわかったことですが、人権理事国その他の国連加盟国、国連人権高等弁務官事務所とNGOも、 この制度のより効果的な実施をめざし手探りで模索している状態です。 NGOがこの手続にどのように参加することができるかというような極めて重要な点についても、明確なことが決まっていない状態です。

2 日弁連などのロビー活動について
(1) 日弁連が事前に国連に提出したレポート
  このような状況ではありましたが、今回、日弁連は、国連人権高等弁務官事務所に対し報告書を提出し、日本の人権状況について、
@ 国連条約機関からの勧告の速やかな実施
A パリ原則に従った国内人権機関の設置
B 個人通報制度を定めた人権諸条約に関する選択議定書の批准
C 代用監獄の廃止、取調可視化及び長期取調べの禁止
D 死刑制度存置に伴う重大な人権侵害の指摘及び死刑執行の即時停止
E 日本社会に存在する様々な差別、特に、外国人、婚外子、女性に対する公的機関による差別の撤廃及び私人による外国人、部落民、アイヌ、婚外子、女性、 障がいのある人に対する差別の撤廃に向けた取組み を求めています。

(2) CAT−NETが事前に国連に提出したレポート
  監獄人権センターも参加している拷問禁止条約関連のNGOのネットワークCAT−NETも、 拷問禁止委員会に提出したレポートを元にこれを修正したレポートを事前に国連人権高等弁務官事務所に対し報告書を提出しました。 刑事施設については医療問題、独居拘禁問題、不服申立問題などを取り上げました。

(3) 日弁連によるNGOブリーフィング
  9日の作業部会における審査は、政府の報告書と共に、日本に対する国連の条約機関や特別報告者からの報告をまとめた報告書、 及び、NGOからの情報提供の要約に基づいて行われます。 この資料もすべて国連の次の ホームページ で見ることができます。

  また、今回の審査の直前には、日弁連はジュネーブ国連本部会議場内でNGOによるブリーフィングのための会議を主催し、 日本の人権審査に関するNGOからの情報提供・意見表明の場を設け、日弁連が制作した志布志の冤罪事件のドキュメンタリーフィルムの予告編の上映を行いました。 また参加されたNGOであるアジア女性資料センターと韓国で従軍慰安婦問題を取り扱っているNGOから、 日本政府による従軍慰安婦に対する謝罪・賠償を求めるという意見が述べられました。
  また、反差別国際運動からは私人による差別の規制立法の制定を強調する意見が表明されました。 また、マリーニョ・メネンデス拷問禁止委員会委員が参加され、代用監獄制度の速やかな廃止を重ねて求めるとの発言がなされました。

3 世界に実況中継された審査の状況とそのレポートの意味
  ジュネーブで5月9日午後2時30分から5時30分まで、人権理事会の日本政府に対する審査が実施されました。実況中継を見られなかった方も、 次の ウェブ 上で内容を確認できます。

  国別に発言が分割されていますので、参考までに課題ごとに、発言した順番にそれぞれの問題を取り上げた国名を挙げておきますので、 時間のない方も興味のある課題別にみて頂ければ幸いです。
  5月14日、国連欧州本部 (ジュネーブ) で、国連人権理事会の普遍的定期審査 (UPR) に関する作業部会が、 5月9日に行われた日本の審査に関する報告書を採択しました。 文書番号はA/HRC/WG.6/2/L.10です (このバージョンはアドバンス・バージョンであり、今後の編集訂正があり得るものである。)。
  この報告書の構成としては、序文、I ) 審査過程の議事概要、K) 結論及び勧告からなっています。
  この議事の中で、発言した国が 「勧告する recommend」 とか 「促す urge」 などの言葉を使ったときは結論と勧告の部分に掲載されることとなるのですが、 これに対して、「質問」 や 「言及」 や 「懸念」 は審査概要には掲載されますが、結論と勧告には掲載されないこととなります。
  つまり、各国はある人権問題について
1) 勧告事項として取り上げる
2) 事項として取り上げるが、それよりは、低いランクで質問や言及するにとどめる
3) 質問に取り上げない
という三つのランクの取り上げ方ができると言うことです。

第2部 人権問題の分野ごとの審査状況
1 死刑ないし死刑確定者の処遇
  それでは、日本の人権状況がどのように審査されたかを見てみましょう。 やはり、なんと言っても今回のハイライトは死刑の執行停止を求める声が圧倒的に噴出したことです。 日本国内で、死刑判決と死刑執行が増加していることに多くの国々が強い懸念を表明し、執行停止を求めました。 死刑死刑ないし死刑確定者の処遇に言及する発言を行った国々は次の13ヶ国に及びました。

  ベルギー、イギリス、ルクセンブルグ、ポルトガル、フランス、アルバニア、メキシコ、オランダ、ブラジル、イラン (死刑確定者の処遇問題)、 トルコ、スイス、イタリア(合計13カ国)
  この中で、明確に死刑の執行停止などを勧告したのはイギリス、ルクセンブルグ、ポルトガル、アルバニア、メキシコ、スイス、イタリア、オランダ、 トルコの9ヶ国に達しています。異例の多さといえるでしょう。以下はワーキンググループのレポートの結論と勧告の死刑に関する勧告部分 (K パラ12) です。
  「死刑の執行停止及び廃止を視野に入れ、死刑の使用を早急に見直すこと (イギリス)、国連総会決議に従い、死刑廃止を視野に入れ、死刑を執行することなく、 死刑執行を再び停止すること (ルクセンブルク)、死刑廃止を視野に入れ死刑の執行停止を確立すること (ポルトガル)、 公式な死刑執行停止の導入を優先事項として吟味すること (アルバニア)、死刑の執行停止の確立を再考すること (メキシコ)、死刑執行の停止を採用し、 あるいは死刑を廃止した多数の諸国の列に加わること (スイス)、死刑に直面する者の権利保護を保障するセーフガードを規定した国際基準を尊重すること、 死刑の使用を徐々に制限し死刑の適用が可能な犯罪の数を減らすこと、死刑廃止を視野に入れ死刑執行停止を確立すること (イタリア)、 凶悪犯罪に対する刑罰の中に仮釈放のない終身刑を可能なものとして加え、死刑の廃止を考慮すること (オランダ)、 日本における死刑廃止に関するこれまでの諸国の議論を支持する (トルコ)」 (田鎖麻衣子訳)
  これに対する日本政府の答えですが、審査の最終コメントの部分で、法務省から死刑の執行を停止することは、 あとで再開したときに残虐であるから執行停止をしないと答えました。 死刑の執行をその日の朝まで教えないで、毎日を明日が処刑の日かも知れないという筆舌に尽くせない恐怖のもとに過ごすことは残虐ではないのでしょうか。 国際社会から死刑の廃止の方向へのステップとして死刑執行停止が求められていることを無視し、 国際社会からの要請に真っ向から抗おうとする日本の姿に大きな失望を感じました。

2 国内人権機関 (K パラ2)
  国内では人権擁護法案の問題として議論されている問題ですが、国連のパリ原則に沿って政府から真に独立した国内人権機関の設立を求める声が相次ぎました。 この点に言及した国は、アルジェリア、フィリピン、カナダ、メキシコ、イラン、トルコ、アゼルバイジャン、カタール、 スロバキア (難民認定に関する独立審査機関) (合計9カ国) でした。
  ワーキンググループの結論と勧告では、国内人権機関の問題について勧告したのは、アルジェリア、カナダ、メキシコ、カタールでした (K パラ2)。
  また、個人の不服申立を審査する独立メカニズムを求めるとされたのがイランです (K パラ3)。
  また難民認定の審査についての独立を求めたとされたのがスロバキアです (K パラ22)。
  既にお隣の韓国には国家人権委員会が政府から独立する形で設立され、そのメンバーが今回のセッションにおける韓国政府に対する審査にも列席されていました。 日本政府は2002年に人権擁護法案が廃案になっているという説明を繰り返しただけでした。 国内人権機関の設立は当初の政府案がこの機関が法務省のもとに置かれることとされていたことがパリ原則の求める独立性に欠けるものとして日弁連は批判しました。 その後、この委員会が報道機関や政治家などの言論の自由を侵害するのではないかととする懸念が自民党内部で広がり、法案が成立しなくなっています。 しかし、今回の人権理事会の審査を見ても、国内人権機関の設立は国際社会の必須条件となってきているのであり、難しい政治状況ではあるが、 その機関としての独立性の確保、人権侵害の主体ごとの救済されるべき事項とその範囲等について、議論を深める必要があると言えます。

3 代用監獄と警察の取調の可視化 (K パラ13)
  今回の日弁連の加盟国への働きかけの中心課題は代用監獄と警察の取調の問題でした。
  代用監獄と取調の問題に関しては、アルジェリア (取調)、ベルギー (代用監獄・取調)、マレーシア (外国人に対する代用監獄における処遇)、 カナダ (代用監獄)、イギリス (代用監獄・取調)、メキシコ (2007年拷問禁止委員会最終見解の実施)、ドイツ (代用監獄・取調) (合計7カ国)が発言しました。
  とりわけ、アルジェリア、ベルギー、カナダ、イギリス、(ドイツ) の発言は包括的で、明確に警察拘禁を短縮することと取調のモニタリングを求めるものでした。 ここでも結論と勧告を以下に引用することとします (K パラ13)。

「警察に拘禁されている者に対する取調がシステマティックにモニターされ、記録されることを確保すること、 刑事訴訟法を拷問禁止条約15条 (締約国は、拷問によるものと認められるいかなる供述も、当該供述が行われた旨の事実についての、 かつ、拷問の罪の被告人に不利な証拠とする場合を除くほか、訴訟手続における証拠としてはならないことを確保する。) と自由権規約14条3項と調和させることを確保し、 弁護人がすべての関係する証拠資料にアクセスする権利を支持することを確実にすること (アルジェリア)
(@) よりシステマティックに、かつ集中的に強制的な自白の危険について警察に注意を促すこと
(A) 取調のモニタリング手続の見直し
(B) 長期に及ぶ警察拘禁の使用を再審査すること
(C) 警察と司法機関が被疑者に対して自白させるための過剰なプレッシャーを与えることを回避するために刑法 (刑事訴訟法も含むと思われる 訳注) を見直し、 拷問禁止条約15条に適合するものとすること(ベルギー)
警察に拘禁された者の拘禁について手続的な保障を拡大するためのメカニズムを確立すること (カナダ)
国際法の下での義務と両立する拘禁手続を確保し、警察拘禁の外部的査察に関する拷問禁止委員会の勧告を実行するために、 代用監獄システムを見直すこと (連合王国)」

  このように、勧告として取り上げられたのは4カ国ですが、事前のレポートで取り上げたドイツ、マレーシア、 メキシコについても議事概要の中に次のように記載されています。

「J パラ17.(前略) マレーシアは、日本政府が代用監獄を含む公共的な拘禁施設において、外国人の拘禁について、 また障害者に対してもフレンドリーな施設を提供するよう、公共セクターとプライベートセクターとの間の協力から学ぶことを望む。」

「J パラ31.(前略) メキシコは、日本政府に対して、国際的な義務と (国内の) 立法との更なる調和のためのプロジェクトもしくは手段に関して、 次の点について更なるコメントを求めた。
( i ) 拷問禁止条約1条に定められたすべての要素を考慮に入れた上で、拷問を犯罪化すること
(A) 子どもの権利条約と女性差別撤廃条約の原則と規定 (後略)」

「J パラ36.(前略) ドイツは、逮捕された人々の長期の拘禁のための代用監獄の組織的な利用についての拷問禁止委員会によって表明された懸念について言及した。
  また、NGOが尋問の時間について法規制がないこと、弁護士の被疑者に対して制限されたアクセスしか認められていないこと、 尋問セッションについて録音がなされていないことについて懸念を表明していることに注意を喚起した。」

  これに対する日本政府の答えは、国内での説明の繰り返しで、警察部内で捜査・取調と拘禁の機能を組織として分離していること、 取調の完全な可視化は捜査官と被疑者との信頼関係を傷つけ、取調による真実の発見を困難にするというものでした。

4 人権条約と選択議定書と個人通報制度などの批准・受諾 (K パラ1)
(1) 国連条約について
  移住労働者・家族保護条約の批准を勧告したのはペルーでした。
  障害者権利条約の批准を求めたのはメキシコでした。
  強制失踪防止条約の批准を求めたのはアルバニアでした。
  ハーグ子奪取条約の批准を求めたのは、カナダとオランダでした。

(2) 選択議定書について
  また、日弁連がその批准を強く求めている、自由権規約違反の人権侵害の被害者が規約人権委員会に対して、 国内での救済手続きによって急さが図られなかったときに、個人として救済を求めて通報すること定めている自由権規約の第1選択議定書については、 ワーキンググループのレポートの勧告部分ではアルバニアだけが批准を求めたこととされています。 日本がこの議定書を批准していないと言うことが広く知られていなかったためかも知れません。
  死刑の廃止を定めている同規約の第2選択議定書についてはアルバニアが批准をポルトガルは署名を勧告をしたというレポートとなっていますが、 ルクセンブルグも質問の形で同議定書の批准に言及しています。
  また、国際的な拷問禁止小委員会と国内の拘禁施設に対する独立査察機関が協同して刑務所、警察留置場、入管収容施設、精神病院などの拘禁施設を訪問し、 その処遇の改善を求めていく国際・国内協同システムの構築を求める拷問禁止条約の選択議定書については、イギリス、ルクセンブルグ、アルバニア、メキシコ、 ブラジルの5カ国が言及しました。結論と勧告において拷問禁止条約の選択議定書の批准を勧告したのは、イギリス、アルバニア、メキシコ、ブラジルの4カ国でした。
  女性差別撤廃条約の選択議定書については、ポルトガル、アルバニア、メキシコ、ブラジルが批准を求めました。

(3) 個人通報受理権限
  人種差別撤廃委員会の個人通報受理権限についてはメキシコとブラジルが受け容れることを勧告しました。

5 その他の拘禁問題について
  今回の日弁連代表団として取り組んだ問題ではありませんが、監獄人権センターの事務局長を務めている私の個人的な興味から言いますと、 次のような問題も注目すべき点だと思います。
  イギリス政府が留置施設視察委員会の独立性の問題を取り上げました。この点は、前述した警察拘禁に関する勧告に含まれていますが、 関係部分は次のとおりです。「受刑者の状況を改善し、刑事施設視察委員会の設立によって独立の査察が提供されることによってもたらされた進歩を歓迎し、 最近設立された留置施設視察委員会が同様に成功することを証明するよう、 日本政府は警察拘禁の外部的査察に関する拷問禁止委員会の関係する勧告を実行することを勧告する」 (J パラ21)。
  またイラン政府が刑務所医療と刑務所における拷問の問題 (徳島刑務所の問題を指すと思われます) を取り上げました。 この発言はウェブキャスティングでも確認できますが、不思議なことに、ワーキンググループの報告書からは落とされています。 発言後に日本政府からの要請により、発言を撤回されているのかも知れません。いずれにしても、この点は解明する必要があります (J パラ34)。
  また、アメリカ政府は入管収容施設の問題を取り上げました (J パラ35)。
  さらにスロバキアが難民問題を集中して取り上げていたことも興味を引きました (J パラ55)。

6 差別問題と従軍慰安婦問題について
  監獄人権センターニュースには、適さない事項かも知れませんが、この審査では多岐にわたる差別問題が取り上げられましたが、 ここでは専門外ですので省略させていただきます。
  女性や子ども (非嫡出子)、外国人、外国人労働者、アイヌなどの国内の少数者、セクシャル・オリエンテーションなど、あらゆるタイプの差別問題が取り上げられ、 差別禁止のための立法を求める声がありました。
  ひとことだけ、感想を述べますと、このような差別の問題に対する日本政府の、問題別に例外はありますが、日本国憲法を引用し、 法的な差別はないという説明を繰り返すものが目立ちました。 法的な差別をなくすことは、社会における差別をなくすための第一歩に過ぎず、事実として存在する差別を認めて、 これにどのように取り組んでいくつもりかを説明した方が、ずっと誠実な対応になったと思います。この点でも日本政府の説明には大きな不満が残りました。
  また、大きな関心を集めている問題ですので、従軍慰安婦・戦時性奴隷制問題についての審査の状況もレポートしておきます。
  議事概要において、従軍慰安婦という言葉を明確に使って言及したのは、北朝鮮 (J パラ15)、フランス (J パラ26)、オランダ (J パラ32)、 韓国 (J パラ37) の4カ国でした。結論と勧告に取り上げられたのは韓国 (K パラ5) と北朝鮮 (K パラ18)です。 従軍慰安婦問題についての日本政府の説明も平和条約によって解決済みであるなと従来の説明を繰り返しただけにとどまりました。

第3部 UPR手続とその勧告の重要性
1 人権理事会の手続きは政治的プロセスである
  今回日本政府が審査の対象とされた、人権理事会による国連加盟国の人権状況審査は、 人権問題の専門家が審査を担当する条約機関による審査とは様相を異にし、多分に政治的・外交的なプロセスとしての性格を帯びています。 その審査においても、条約機関が取り上げ、人権高等弁務官事務所の作成した国連文書のコンピレーションに掲載されていても、 どこかの政府代表が問題として取り上げなければ、当該国への勧告から外されてしまうと言う問題点も指摘されてきました。

2 各国代表は本国と緊密に連絡を取りながら発言内容を慎重に決定している
  実際に参加し、各国の代表と接触して感じたことは、審査対象国の特定の人権問題を取り上げて改善を勧告すると言うことは、 国対国の外交関係も考えるとかなりの決意と勇気がいるということです。 そのようなプレッシャーの中で2−3分にまとめられた各国のステートメントは、本国外務省とジュネーブに来ている代表団との緊密な連絡の上で出されている、 各国の政治的な決断であると言うことがわかりました。逆に言えば、日本からの政府援助などを受けている国の厳しい発言は難しいと言うことです。
  審査の前日に接触できたある代表団からは、「日本については事前質問は出したが、 会場での質問はしないことに決まったよ。昨日会えていればできたかも知れないのに、残念だったね」 と言われてしまいました。 また、どこの国とは言いませんが、代用監獄について必ず質問すると事前に約束していたのに、結局発言から落ちいていた国が2ヶ国もあります。 おそらく、会議の舞台裏での様々な駆け引きがあったのでしょう。 つまり、各国の2分から3分に集約された意見は、 国際社会の中での人権保障の要請と2国間の外交関係を熟慮した上で政治的に決定された日本の人権状況についての同僚としての意見であると言うことになります。

3 同僚審査の持つ強い政治的インパクト
  だからこそ、この場で実際に見て、同僚による審査 (ピア・レビュー) の持つ政治的なインパクトの強さを肌身に感ずることができました。 このような強い政治的な圧力の中で、あえて代用監獄やアイヌ差別など特定された人権イシューについて発言された言及、懸念、そして勧告は極めて重要なものです。 その重要性を是非とも認識していただきたいと思います。

4 6月人権理事会の審査結果を日本政府は国際人権スタンダードとして受け容れよ
  6月12日に予定されている人権理事会の全体会で採択される予定の勧告について、日本政府が拒否し続けることは、 国際社会での日本の地位を傷つけ、国益を損なうこととなるでしょう。発展途上国を含めて、多くの国々がこの理事会から勧告されたことを受け容れ、 努力をするというスタンスに立つと思います。
  勧告を受け容れた事項についてはフォローアップが必要になります。
  この人権理事会の人権審査(UPR)を、これまでの規約人権委員会や拷問禁止委員会などの条約機関による勧告だけでは、 なかなか展望が見いだせなかった、死刑や代用監獄、国内人権機関、様々な差別禁止のための課題、個人通報制度や拘禁施設に対する独立査察制度の構築など、 山積みしている国内の人権課題を解決するためのプロセスの始まりとしなければなりません。



【速報】
国連人権理事会日本審査を傍聴して
〜海渡雄一弁護士からの現地レポート その2


  ジュネーブで5月9日午後2時30分から5時30分まで、人権理事会の日本政府に対する審査を傍聴した海渡です。審査を見た上での続報です。

  まず、実況中継を見られなかった方も、次のウェブ上で内容を確認できます。
   http://www.un.org/webcast/unhrc/archive.asp?go=080509#pm

  国別に発言が分割されていますので、参考までに課題ごとに、発言した順番にそれぞれの問題を取り上げた国名を挙げておきますので、 時間のない方も興味のある課題別にみて頂ければ幸いです。

1 死刑ないし死刑確定者の処遇
  やはり、なんと言っても今回のハイライトは死刑の執行停止を求める声が圧倒的に噴出したことです。 日本国内で、死刑判決と死刑執行が増加していることに多くの国々が強い懸念を表明し、執行停止を求めました。
  ベルギー、イギリス、ルクセンブルグ、ポルトガル、フランス、アルバニア、メキシコ、オランダ、ブラジル、イラン (死刑確定者の処遇問題)、トルコ、スイス、 イタリア (合計13カ国)。   特に見応えのあるのはイギリス、ルクセンブルグ、ポルトガル、フランスあたりでしょうか。

  これに対する日本政府の答えですが、審査の最終コメントの部分で、法務省から死刑の執行を停止することは、 あとで再開したときに残虐であるから執行停止をしないと答えました。 死刑の執行をその日の朝まで教えないで、毎日を明日が処刑の日かも知れないという筆舌に尽くせない恐怖のもとに過ごすことは残虐ではないのでしょうか。 国際社会から死刑の廃止の方向へのステップとして死刑執行停止が求められていることを無視し、 国際社会からの要請に真っ向から抗おうとする日本の姿に大きな失望を感じました。

2 国内人権機関
  国内では人権擁護法案の問題として議論されている問題ですが、国連のパリ原則に沿って政府から真に独立した国内人権機関の設立を求める声が相次ぎました。
  アルジェリア、フィリピン、カナダ、メキシコ、イラン、トルコ、アゼルバイジャン、カタール、スロバキア (難民認定に関する独立審査機関) (合計9カ国)。
  お隣の韓国には国家人権委員会が政府から独立する形で設立され、そのメンバーが今回のセッションにおける韓国政府に対する審査にも列席されていました。

  日本政府は2002年に人権擁護法案が廃案になっているという説明を繰り返しただけでした。

3 代用監獄と警察の取調の可視化
  今回の日弁連の加盟国への働きかけの中心課題は代用監獄と警察の取調の問題でした。
  アルジェリア (取調)、ベルギー (代用監獄・取調)、マレーシア (外国人に対する代用監獄における処遇)、カナダ (代用監獄)、イギリス (代用監獄・取調)、 メキシコ (代用監獄の廃止と取調の可視化を求めた2007年拷問禁止委員会最終見解の実施を求めた)、ドイツ (代用監獄・取調) (合計7カ国)。
  とりわけ、ベルギーとイギリス、カナダ、ドイツの発言は包括的で、明確に警察拘禁を短縮することと取調のモニタリングを求めるものでした。

  これに対する日本政府の答えは、国内での説明の繰り返しで、警察部内で捜査・取調と拘禁の機能を組織として分離していること、 取調の完全な可視化は捜査官と被疑者との信頼関係を傷つけ、取調による真実の発見を困難にするというものでした。

4 差別問題
  差別問題は多岐にわたり細かい分析はここではできませんが、女性や子ども (非嫡出子)、外国人、外国人労働者、アイヌなどの国内の少数者、 セクシャル・オリエンテーションなど、あらゆるタイプの差別問題が取り上げられ、差別禁止のための立法を求める声がありました。
  北朝鮮、マレーシア、カナダ、イギリス、フランス、スロベニア、メキシコ、ブラジル、イラン、ドイツ、韓国、グアテマラ、アゼルバイジャン、ロシア、カタール、 ルーマニア、ペルー。
  このような差別の問題に対する日本政府の回答は、問題別に例外はありますが、日本国憲法を引用し、法的な差別はないという説明を繰り返すものが目立ちました。
  法的な差別をなくすことは、社会における差別をなくすための第一歩に過ぎず、事実として存在する差別を認めて、 これにどのように取り組んでいくつもりかを説明した方が、ずっと誠実な対応になったと思います。この点でも日本政府の説明には大きな不満が残りました。

5 従軍慰安婦問題
  今回、日弁連代表団が中心的な課題として取り上げたわけではありませんが、大きな関心を集めている問題ですので、 従軍慰安婦・戦時性奴隷制問題についての審査の状況もレポートしておきます。
  従軍慰安婦という言葉を明確に使って言及したのは、北朝鮮、フランス、オランダ、韓国の4カ国です。 また、国連の文書を引用する形でこの問題に言及したのが中国です。

  従軍慰安婦問題についての政府の説明も従来の説明を繰り返しただけにとどまりました。

6 国連人権条約の選択議定書について
  また、日弁連がその批准を強く求めている、自由権規約違反の人権侵害の被害者が規約人権委員会に対して、 国内での救済手続きによって急さが図られなかったときに、個人として救済を求めて通報すること定めている自由権規約の第1選択議定書については、 ポルトガル、アルバニア、メキシコの3カ国が批准を求めました。また、ルクセンブルグは死刑の廃止を定めている同規約の第2選択議定書の批准を求めました。
  また、国際的な拷問禁止小委員会と国内の拘禁施設に対する独立査察機関が協同して刑務所、警察留置場、入管収容施設、精神病院などの拘禁施設を訪問し、 その処遇の改善を求めていく国際・国内協同システムの構築を求める拷問禁止条約の選択議定書については、 イギリス、ルクセンブルグ、アルバニア、メキシコ、ブラジルの5カ国がその批准を求めました。

7 その他の拘禁問題
  今回の日弁連代表団として取り組んだ問題ではありませんが、監獄人権センターの事務局長を務めている私の個人的な興味から言いますと、 次のような問題も注目すべき点だと思います。
  イギリス政府が留置施設視察委員会の独立性の問題を取り上げました。 また、イラン政府が刑務所医療と刑務所における拷問の問題 (徳島刑務所の問題を指すと思われます) を取り上げました。 アメリカ政府は入管収容施設の問題を取り上げました。またスロバキアが難民問題を集中して取り上げていたことも興味を引きました。

8 UPR手続とその勧告の重要性
  今回、日本政府が審査の対象とされた、人権理事会による国連加盟国の人権状況審査は、人権問題の専門家が審査を担当する条約機関による審査とは様相を異にし、 多分に政治的・外交的なプロセスとしての性格を帯びています。 その審査においても、条約機関が取り上げ、人権高等弁務官事務所の作成した国連文書のコンピレーションに掲載されていても、 どこかの政府代表が問題として取り上げなければ、当該国への勧告から外されてしまうと言う問題点も指摘されてきました。

  実際に参加し、各国の代表と接触して感じたことは、審査対象国の特定の人権問題を取り上げて改善を勧告すると言うことは、 国対国の外交関係も考えるとかなりの決意と勇気がいるということです。そのようなプレッシャーの中で2−3分にまとめられた各国のステートメントは、 本国外務省とジュネーブに来ている代表団との緊密な連絡の上で出されている、各国の重大な政治的な決断であると言うことがわかりました。 審査の前日に接触できたある代表団からは、「日本については事前質問は出したが、会場での質問はしないことに決まったよ。 昨日会えていればできたかも知れないのに、残念だったね」 と言われてしまいました。

  また、どこの国とは言いませんが、代用監獄について必ず質問すると事前に約束していたのに、結局発言から落ちいていた国もあります。 おそらく、会議の舞台裏での様々な駆け引きがあったのでしょう。

  だからこそ、この場でみていて、同僚による審査 (ピア・レビュー) の持つ政治的なインパクトの強さを肌身に感ずることができました。 6月の人権理事会で採択される予定の勧告について、日本政府が拒否し続けることは、国際社会での日本の地位を傷つけ、国益を損なうこととなるでしょう。 発展途上国を含めて、多くの国々がこの理事会から勧告されたことを受け容れ、努力をするというスタンスに立つと思います。

  この人権理事会の人権審査 (UPR) を、これまでの規約人権委員会や拷問禁止委員会などの条約機関による勧告だけでは、 なかなか展望が見いだせなかった、死刑や代用監獄、国内人権機関、様々な差別禁止のための課題、 個人通報制度や拘禁施設に対する独立査察制度の構築などの諸課題を解決するプロセスの始まりとしなければなりません。

弁護士 海渡雄一




【速報】 国連人権理事会で日本の人権状況が今日審査!
〜海渡雄一弁護士からの現地レポート


  みなさん、5月9日午後2時半 (ジュネーブ時間) から午後5時半まで、国連人権理事会の第2回普遍的定期的審査作業部会において、 日本の人権状況について審査が行われます。日本時間では、9日午後9時半から12時半までです。

  私は、いま日弁連代表団の一員としてジュネーブに来ています。
  この審査の状況はすべて国連のウェブキャストで世界に同時中継されています。以下のアドレスで見られます。
  http://www.un.org/webcast/unhrc/index.asp

  国連人権理事会が発足して二年がたちます。日本は自ら立候補して理事国となりました。 人権理事会の新しい重要な制度として普遍的定期的人権審査が設けられました。同制度は、昨年一応の制度設計が終わり、今年から実施が始まったばかりです。 今回ジュネーブに来てわかったことですが、人権理事国その他の国連加盟国、国連人権高等弁務官事務所とNGOも、 この制度のより効果的な実施をめざし手探りで模索している状態です。
  今回、日弁連は、国連人権高等弁務官事務所に対し報告書を提出し、日本の人権状況について、
@ 国連条約機関からの勧告の速やかな実施
A パリ原則に従った国内人権機関の設置
B 個人通報制度を定めた人権諸条約に関する選択議定書の批准
C 代用監獄の廃止、取調可視化及び長期取調べの禁止
D 死刑制度存置に伴う重大な人権侵害の指摘及び死刑執行の即時停止
E 日本社会に存在する様々な差別、特に、外国人、婚外子、女性に対する公的機関による差別の撤廃及び私人による外国人、 部落民、アイヌ、婚外子、女性、障がいのある人に対する差別の撤廃に向けた取組みを求めています。

  9日の作業部会における審査は、政府の報告書と共に、日本に対する国連の条約機関や特別報告者からの報告をまとめた報告書、 及び、NGOからの情報提供の要約に基づいて行われます。この資料もすべて国連の次のホームページで見ることができます。

 http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/UPR/PAGES/JPSession2.aspx

  また、今回の審査の直前には、ジュネーブ国連本部会議場内でNGOによるブリーフィングのための会議を主催し、 日本の人権審査に関するNGOからの情報提供・意見表明の場を設けました。

  日弁連が作成した志布志の冤罪事件のドキュメンタリーフィルムの予告編の上映を行いました。 また参加されたNGOであるアジア女性資料センターと韓国で従軍慰安婦問題を取り扱っているNGOから、 日本政府による従軍慰安婦に対する謝罪・賠償を求めるという意見が述べられました。

  また、反差別国際運動からは私人による差別の規制立法の制定を強調する意見が表明されました。

  また、マリーニョ・メネンデス拷問禁止委員会委員が参加され、代用監獄制度の速やかな廃止を重ねて求めるとの発言がなされました。

  9日行われる予定の審査は日本の今後の人権状況について重大な影響を持つものと思われます。

  9日のワーキンググループでの審査を踏まえ、 審査の結果は、6月に行われる人権理事会において日本に対する勧告を含む結論として採択される予定になっています。

  ぜひ、一人でも多くの皆さんがこの審査の状況をウェブキャストを通じてごらんになっていただきたいと思います。