ブックレビュー 


梶山 天 (著) 『「違法」 捜査 志布志事件「でっち上げ」の真実』
角川学芸出版 (2010/2/6)の薦め

木村 朗 (鹿児島大学教員、平和学専攻)


  ここ数年、足利事件、布川事件、氷見事件などの冤罪事件が次々と表面化して注目を集めているが、本書で取り扱われる志布志事件は、 「架空の物語」 の捏造、「踏み字」 の強要、弁護士の秘密交通権の侵害など他の事件とはかなり異なる様相を持っている。 本書の題名であえて 「冤罪」 ではなく 「でっちあげ」 と明示し、帯に 「ワルは警察だけじゃない、検察もグルだった!」 との言葉があるが、 相手の懐に体当たりで飛び込んで被害者ばかりでなく捜査員の心をも揺れ動かした正義感あふれる著者ならではの覚悟の表れに他ならない。

  まったく存在しなかったはずの公職選挙法違反事件の 「でっちあげ」 というまさに前代未聞の 「権力犯罪」 がどうして行われるにいたったのか。 また、この密かに仕組まれたはずの志布志事件がなぜ結果的に2007年に12人の被告全員無罪の判決を勝ち取ることができたのか。 こうした問題意識から、当時の朝日新聞鹿児島総局長である梶山天氏以下の全スタッフが一丸となって、 徹底した現地取材と緻密な資料分析によって隠された真実をひとつ一つ発掘していった過程を、 無罪判決から3年過ぎた現時点で関係者を総ざらいして再構成した記録が本書である。 読者は、警察・検察・裁判所が一体となった権力犯罪の生々しい実態と、 捜査当局の心ある内部告発者から得られた貴重な証言・捜査資料を基にあくまでも粘り強く追及するジャーナリストの意気込みに圧倒されるだろう。

  また、本書では、志布志事件の刑事裁判の流れを変えるキーパーソンの一人で無罪判決を迎える前に享年47歳という若さで亡くなられた 有留宏泰弁護士のことに特に言及している。有留弁護士は分離裁判となった山下邦雄さんの弁護を途中で引き継ぎ、 捜査当局と真正面から対決する姿勢を自ら示して山下さんが自白を撤回して統一裁判に引き戻すという決定的な役割をはたした。 この有留弁護士の奮闘がなければ志布志事件はもっと異なる展開となったことは間違いない。 筆者があとがきで紹介している幼い子供たちにあてた有留弁護士のメッセージには落涙を禁じ得なかった。

  事件の発端となる 「架空の物語」 を捏造し 「「虚偽の自白」 を得るための 「踏み字」 強要などさまざまな違法な捜査・取調べを繰り返す鹿児島県警、 その警察がでっちあげた事件であることを知りながら証言の歪曲や証拠隠滅に加担する検察、 逮捕状・拘留令状を安易に発行して被告側弁護人の解任や強要された供述書の任意性を疑わずに証拠採用する裁判官、 取調小票の存在とその供述調書との矛盾を糊塗する警察・検察の口裏合わせのための合同会議の暴露、など本書が明らかにした新事実は少なくない。

  しかし、今日でもなお志布志事件の真相究明はいまだ不十分であり、なお謎は多く残された闇は深い。 その意味で、志布志事件はまだ終わっていないといえよう。 第三者委員会の設置による再調査を通じた真相の解明と捜査・取り調べの全面的可視化(録音・録画だけでなく、 弁護士の同席を含む)の早期実現が求められる。

  組織ジャーナリズムの使命・役割はまだ失われたわけではないと思わせる作品である。 警察・検察による冤罪づくり・でっちあげのカラクリを見破り、 マスコミによる世論誘導に乗せられて報道被害に加担することを避けるためにも本書を一読することを強く勧めたい。
(『週刊金曜日』 2010年4月16日号に掲載)