ブックレビュー 


粟野仁雄著 『警察の犯罪―鹿児島県警・志布志事件』
(ワック、2008年)の薦め

木村 朗 (鹿児島大学教員、平和学専攻)


  本書は、富山の氷見事件とともに、最高検察庁が冤罪事件についての報告書を出すきっかけとなった志布志事件を取り上げ、 その根本的な原因・背景を、現地での密着取材で得た、事件関係者の肉声と関連資料の厳密な吟味によって解き明かそうとした力作である。 これまで東海村JCO事件など数多くのルポルタージュを手がけてきた著者の視点は鋭く明確で、 身に覚えのない罪を着せられて密室での長期間の過酷な取り調べで虚偽の自白を強いられた被害者たちの側に常に寄り添い、 この前代未聞の 「警察の犯罪」 の背後にある闇と隠された真相を一貫して追及していく姿勢には圧倒される迫力がある。 この志布志事件の本質を 「警察と検察がでっち上げた、恐るべき権力犯罪」 であるとして、「志布志選挙買収捏造事件」 と言い切り、 警察・検察関係者を名指しで真っ向から批判していることからも著者の覚悟のほどが窺われる。

  本書では、この志布志事件の特徴とされる、密室での 「たたき割り」 という強引な取り調べによる自白の強要、踏み字行為、供述調書の改竄や偽造、 否認すると長期間家族との接見や保釈を認めない 「人質司法」、国選弁護人の解任と 「秘密交通権」 の侵害など、 異常な捜査・取り調べの実態が具体的かつ赤裸々に再現・記述されている。 特に注目されるのは、題名にもある 「警察の犯罪」 が検察もグルとなった 「国家権力による意図的な犯罪」 であり、 またこの犯罪が公共事業の入札をめぐる既得権益争いや大物政治家・地元実業家の癒着関係との絡みで起きた可能性があることを、 丹念な裏付け調査で明らかにしていることである。 とりわけ、捜査の端緒情報自体が捏造された疑いが強く、 警察・検察が中山信一県議のアリバイを知った上で買収会合の日時を特定せずに起訴した可能性が高い、という著者の指摘は重い。 また著者の批判は、 安易に逮捕令状を出し不当な長期拘束や弁護人解任を認めた裁判官や当初警察発表を鵜呑みにして犯人視報道を行ったマスコミにも向けられている。

  志布志事件は、警察・検察のアリバイ隠しでの手落ち、心ある捜査担当者からの内部告発、一部マスコミによる画期的な調査報道などによって、 公判中に亡くなった1人を除く12人全員の無罪判決という結果となった。 しかし、著者の結論でもあるが、この無罪判決も結局、紙一重であったことが本書の具体的検証でよく分かる。 そして、日本のどこに住もうが、志布志事件を 「片田舎で起きた他人事」 と考えてはならない、という著者の主張に強い共感を覚える。

  志布志事件は、関連した複数の裁判が現在続いており、何よりも捜査の発端をめぐる真相が不明なままで、 本当の意味での解決を見る日はまだ遠いと言わざるを得ない。 来年5月に導入予定の裁判員制度やそれとの関連で注目されている取り調べの可視化、死刑制度など、現在の刑事司法が抱える問題を深く考えるために、 その前提となる多くの材料を提供してくれている本書はまさに必読書であると言えよう。

  また、志布志事件の 「でっち上げ」 を率先して報道した朝日新聞社鹿児島総局の 『「冤罪」 を追え』 (朝日新聞出版)、 「冤罪」と報道被害をメディア・リテラシーの視点から考察した 『メディアは私たちを守れるか?』 (河野義之氏ほか、 凱風社)も合わせて一読されることを薦めたい。
(『週刊金曜日』 2008年10月17日号に掲載)