ブックレビュー 


ロルフ・ユッセラー著 下村由一訳
『戦争サービス業 ―民間軍事会社が民主主義を蝕む』
日本経済評論社 (2008/10)の薦め

木村 朗 (鹿児島大学教員、平和学専攻)


  「戦争は最大のビジネスチャンスである」 とも言われるが、今日、世界中で 「新しいタイプの傭兵」 が暗躍していることはあまり知られていない。 冷戦終結後の世界で戦争の民営化と軍務の外注化・民間委託が経費節約と業務の効率化を口実に急速に進められた結果である。 彼らはかつての一匹狼の傭兵とは違って、れっきとした会社職員であり、直接に戦闘に参加する戦争屋ばかりでなく、 武器取引を行う商人はもちろんのこと、敏腕マネージャーやコンピュータ・エンジニアから、衛星放送の専門家までいる。 軍事関連の多くの活動は通常のサービス業になったのだ。

  例えば、イラクだけで約3万人の民間兵士が活動しており、その数は米軍に次ぐ第二の規模の 「軍隊」 であり、他のどの同盟国よりも多いという。 ここ数年間で彼らの活動の場は地球上の160カ国におよび、常時待機中の人員数は世界中でほぼ150万人と推定される。 ここ数年で数千人の 「新しいタイプの傭兵」 が殺され、数万人が負傷したと言われる。 米軍による大量虐殺の舞台となったイラクのファルージャで最初に殺された4人の民間兵士は、民間軍事会社ブラックウォーターUSAに所属する社員で、 全員がアメリカ選り抜きの元特殊部隊メンバーであった。 また、アブグレイブ刑務所でイラク人捕虜に虐待・拷問を行った3人の予備兵たちに指令を与えたのは、 米国ヴァージニア州に本社のある民間軍事会社CACI 社の職員で、尋問の専門家であった。

  こうしたことは、現在の 「テロとの戦い」 とも称される新しい戦争がすでに民間軍事会社抜きでは成り立たなくなっていることを如実に物語っている。 民間軍事会社の主な業務は、1.安全保障、2.人材育成、3.情報活動、4.兵站であり、その扱う業務内容によって、 (1) 軍事戦闘支援会社、(2) 軍事協議会社、(3) 軍事納入会社に分類される。こうした多様な民間軍事会社の最大の顧客はいうまでもなく国家であるが、 私企業や非合法集団ばかりでなく、国連などの国際機構や民間のNGOや個人までが依存せざるを得ない深刻な状況となっているのが現実である。 日本もこの例外ではない。アフリカ大陸に集中しているアンゴラ、シエラレオネなどの 「弱い国家」 だけでなく、 米英独などの 「強い国家」 が民間軍事会社を活用したがる本当の理由は、 非合法の汚い仕事を委任しても法的責任を負わずにすむところと、 国家予算を私的に流用して不正な蓄財が可能となることが最大の利点となっているからに他ならない。

  本書は、冷戦後の世界で急速にその活動が注目を集めながらもこれまで 「謎に包まれた存在」 であった民間軍事会社のすさまじい実態を可能な限りの取材を通して得た貴重な情報・資料を素材に多角的な視点からえぐり出して、 現代世界において支配的潮流となりつつある戦争の民営化の本質を明らかにした注目すべき力作である。 本書で扱われている民間軍事会社の誕生・肥大化の過程と実態の分析は、戦争の民営化がもたらす軍産複合体の変質を含む新しい戦争の実態や、 その背後にある市場 (資本) の悪魔性と権力(国家)の暴力性を余すことなく赤裸々な形で私たちの前に示してくれている。

  著者のロルフ・ユッセラーはローマ在住のドイツ人で、世界経済における非合法な金融操作、 組織犯罪と闇経済・資金洗浄などをテーマとして新しく開発した独自の分析手法で優れた調査報道を行うとともに、 反マフィア運動でも活動してきた気骨のジャーナリストである。 本書のなかで、特に、チェイニー米副大統領がCEOを務めていたハリバートン社とKBR社との関係に象徴されるように、 既存の軍産複合体のネットワークに組み込まれながらも、 ますます肥大化して国家の統制と市民の監視から逃れて暴走しはじめている民間軍事会社の存在が、 現在の民主主義社会にとっての明白な危険になりつつあるとの著者の根源的な問題提起に強い共感を覚える。

  読者は本書を通じて、戦争の民営化の一端をなす軍務の外注化 (軍事の民間委託) の危険性、 すなわち国家の安全保障を利潤追求を第一義とする民間軍事会社に委ねることが、 いかに危険で高いものにつくかを豊富な具体的事例の精緻な分析を通じて否応なく思い知らされることになるであろう。 あるいは、すでに民間軍事会社がそれ無くしては戦争ができないほど国家と社会の中に定着しており、 民主主義の根底を揺るがすほどの巨大な存在となっていることを知って絶望的な思いを抱くことになるかもしれない。

  現在の世界と日本における惨憺たる状況は、 対抗勢力であった社会主義の崩壊・衰退によって歯止めを失った巨大資本が国家権力と結合してやりたい放題に暴走した結果である。 冷戦後の世界では、新自由主義・市場原理主義の唱える 「小さな政府」 論、 すなわち 「公的事業の民営化」 「規制緩和」 「構造改革」 が支配的な潮流となって、世界の米国化を意味するグローバリゼーションが急速に進行した。 しかし、サブプライム問題に端を発する米国発の金融危機の発生は、9・11事件後に発動された対テロ戦争の行き詰まりとも相まって、 米国流カジノ資本主義の破綻ばかりでなく現代資本主義そのものが存続の根本的危機に直面していることを物語っている。 民間軍事会社はまさにこれまで資源争奪戦争とマネーゲームに終始してきた国際社会の負の遺産であり、 それを克服して民主主義の真の再生と人間的価値の全面的回復のために取り組むべき課題は途方もなく重いものであるといわざるを得ない。 これは近年になって本格的な軍産複合体が登場しつつある日本にとっても見過ごすことのできない喫緊の課題である。

  私たちは取り返しのつかない過ちを犯しただけでなく、取り戻すことが決してできないようなところまですでに来てしまっているのかもしれない。 だが、著者が、最後に民間軍事会社抜きの危機防止と平和確保の具体的な方策を真剣に模索しているように、 民間軍事会社とその背後にある新しい軍産複合体を市民とメディアが主体的に監視・統制することこそがその唯一の解決策であることは間違いないであろう。
(『図書新聞』 2906号/2009年2月21日への寄稿)