ブックレビュー 

鳥越俊太郎・木村 朗共編著 『20人の識者がみた 「小沢事件」 の真実
捜査権力とメディアの共犯関係を問う』(日本文芸社、2013年)を読んで

宮下正昭 鹿児島大学教員


  歪んでしまった検察捜査と追随した報道
  人はその容貌が性格に影響するのかもしれない。マスコミに映し出される小沢一郎氏を見ているといつもそんなことを思っていた。 大体がブスっとして不遜な表情だ。官僚支配、アメリカ追従からの脱却と頼もしいことも言うが、カネ集めがうまい、裏ボス的な古いタイプのおっさん。
  一方で、小沢ガールズと呼ばれた女性たちはどうしてああも小沢氏の周りに集まっていたのか。 カネと力を持っていたから? いや、女性はそんな打算より、もっと本能的な感覚で動く。ひょっとして男として、あるいは政治家として魅力があるのか。 女性たちに囲まれ、ゆるむ、あの笑顔。本当はかわいいおっさんなのかもしれない。

  当時、民主党に追い風が吹いていた。小沢氏が総理大臣になるのも近いのか。そんな矢先、建設会社からの献金疑惑が報じられるようになる。 しかし、事態は一向に展開しない。代わって出てきたのが政治資金規正法違反容疑、記載漏れ事案だった。
  形式的な違反容疑だった。それでも、東京地検特捜部は小沢氏の秘書三人を逮捕、起訴する。小沢氏は起訴できなかった。 小沢氏の関与をつかめず、微罪も問えなかったのだ。しかし、マスコミの報道は重罪扱いだった。

  小沢氏不起訴に不服が申し立てられ、検察審査会にかけられる。二度の 「起訴相当」 決定を受け、強制起訴される。 審査会には、小沢氏も関与したような秘書の供述が記された捜査報告書が提出されていたからだった。 しかし、その報告書は、検事が偽造したものだった。結果、小沢氏は一審も二審も無罪、確定する。

  ようやく小沢氏騒動は鎮静化する。こうなると、次の報道は地検の捜査の問題点、特に報告書偽造が追及されるだろうと期待した。 さらに、捜査に何らかの政治的な思惑があったのでは、といった報道も始まるかも、と。だが、そうはならなかった。

  本書は、一連の地検の強引な捜査、それに乗っかった報道の問題点を、政治家、元検察官、ジャーナリストなど20人の識者が断罪する。 論の力の入れ具合に差があり、一見、雑多な寄せ集め原稿だが、面白く読めた。

  外務省スキャンダルをめぐる収賄罪で実刑判決を受けた新党大地代表の鈴木宗男氏。同じく収賄罪で有罪となった前福島県知事の佐藤栄佐久氏。 2人の話からは、地検特捜部がいったん狙いを定め、筋立てすると、とことん押し進む様子が見て取れる。マスコミの報道がそのための外堀を埋めてくれる。
  検察の裏金問題を内部告発し、逆に詐欺容疑などで大阪地検特捜部に逮捕された元大阪高検公安部長、三井環氏。 内部から見た彼の話からは捜査権力を持つ官僚機構の怖さが浮き上がってくる。

  それにしても警察の裏金問題は高知新聞や北海道新聞などが果敢に報道し、警鐘を鳴らしたが、検察の裏金問題を正面から取り組んだ報道は印象にない。 この本の編者の一人、鳥越俊太郎氏らがテレビ朝日の 「ザ・スクープ」 で扱ったのが例外的というのが現実だろう。 この点からも検察と報道機関の歪んだ関係を伺ってしまう。

  小沢事件で捜査報告書が偽造された問題で、検察庁は担当した東京地検の検事を立件することはなかった。 厚生労働省の局長が逮捕された郵便不正事件ではフロッピーを改ざんした大阪地検の検事やその上司も逮捕した。 この違いは何なのか。当時、法務大臣だった小川敏夫氏は、小沢事件の方はその責任が東京高検、最高検までさかのぼるとみたからでは、と本書で語る。
  事態を打開しようと小川氏は法務大臣として正式に捜査に入るよう指揮権の発動を決める。ところが、その直前、野田総理から更迭されてしまった。

  小沢氏の疑惑報道一辺倒のなかで、異彩を放っていたのは週刊朝日だった。当時、編集長だった山口一臣氏の話は興味深い。 新聞、テレビの記者たちは検察の動きを追えばいい。 しかし、どうもこの事件はおかしいと思った山口氏たちは 「ゲリラ部隊」 として周辺取材から捜査の疑問点を次々と突いていく。
  「一議員の事務所が政治資金収支報告書に間違ったことを記入したということと、国家権力を代表する捜査機関が証拠を改ざん、 捏造しながら恣意的な捜査を繰り返しているのと、どちらが 『不正義』 か」
  「たとえ検察ににらまれても、世間的に孤立無援であっても、誰かが書かなければならないことだ。 そんな汚れ役≠ヘ、ゲリラが引き受けるしかないのである」。読んでいて小気味よかった。

  「正規軍」 のなかにも、ゲリラ的な動きをする気骨のある記者は本当にいないのだろうか。 大阪地検のフロッピー改ざんをスクープしたのは朝日新聞の記者だったではないか。ただ、彼は地方紙から朝日に移ってきていた。 純粋正規軍とは言えないかもしれない。それはそれでいい。大手マスコミの中にも、時々に所々に 「ゲリラ」 的な記者を抱え込む太っ腹さがほしい。 本書では多くの識者が記者クラブと当局との癒着に警鐘を鳴らすが、大阪の例のようにクラブに属する記者にだって 「ゲリラ」 がいる。 期待したい。それが見込み捜査、自供頼りの検察庁を変える力にもなるはずだ。
※ 「アジア記者クラブ通信」 2013年11月号に掲載