2011.5.25更新

シリーズ 原発

震災報道をアメリカで考える

立岩陽一郎 (日本の放送局勤務の記者。現在、
アメリカン大学(ワシントンDC)客員研究員

  福島第一原子力発電所でかなり早い段階でメルトダウンが起きていたとの報道に接する中で、 あらためて今年3月にアメリカン大学(American University・ワシントンDC)で開かれたセミナーの意味を考えている。

  セミナーの名称は、「Japan: Crisis in Communication」。東日本大震災はどう日本で取材・報道されていて、 それは国際社会にどう評価されたのかを検証するというものだった。地震の発生から2週間ほどのアメリカ東部時間の3月24日午後6時半に開かれた。 日本時間の25日午前7時半だ。イベントの最大の目玉となった日本の現場との掛け合いでは、 NPJの日隅一雄編集長と田場暁生事務局長に登場をお願いした。

  セミナーの会場はアメリカン大学のテレビスタジオが使われた。私を含めたパネラーはテレビニュースの出演者のようにスタジオ前に陣取り、 観客がその前に座る。生放送の公開収録と言えばイメージできるかもしれない。因みに、この日用意された観客用のスチール椅子は全部で60だった。

  午後6時15分頃には、教授陣や学生らがスタジオに入ってきた。席は9割ほど埋まっただろうか。 スタジオディレクターの合図で司会進行役を務めるシャーロン・メッカルフ氏がセミナーの趣旨を説明し始めた。 メッカルフ氏はアメリカのネットワーク(全国規模のテレビ局)で記者をした後、カーター政権の広報チームにいた経験が有るという。 大学では大学院のプロジェクト部長という肩書きだ。

  3月11日に発生した東日本大震災はアメリカでも連日ニュースを独占した。Earthquake、Tsunami、Disaster という言葉は連日、新聞、 ネットワークで伝えられた。それは日を置かずに、Fukushima、Nuclear、Radiation という言葉に置き換えられていくのだが、 何れにしても日本で起きた未曾有の災害は、アメリカの人々にも大きな衝撃を与えた。何かやらねばならない。 日本からアメリカに客員として来ている私がそう考えるは実に自然なことだった。

  直後の3月14日に大学院長のラリー・カークマン氏と会い、セミナーの開催を提案した。カークマン氏は生粋の大学人だが、 ジャーナリズムへの理解が深く、挑戦的な試みを好む人物だ。翌日にはメッカルフ氏を入れてセミナーの中身を詰める作業が始まった。 メッカルフ氏が司会を務めることになった。段取りはこうだ。まず私が日本のメディアの状況について話し、 中でも災害報道で大きな役割が求められるNHKについて、その取り組みや災害対策基本法の指定公共機関といった法的な位置づけについて伝える。 その後、立命館大学から国際政治学の交換教員として来ている足立研幾教授が、震災と国際関係について考察する。 その上で、アメリカ中が最も関心を持っていると思われる東電の会見室とスカイプで結び、NPJの日隅氏、田場氏が状況を報告する。 その場で会場の質問にも答えてもらった上で、最後にパネラーがそれぞれの問題意識を語って終わる。

  そして24日の午後6時半、本番を迎えた。私の説明が終わり、それを踏まえて足立教授が各国の支援や今後の日米関係などについて解説した。 ここまではお勉強の時間といったところだろうか。観客も静かに聴いているといった感じだ。そしてスカイプ中継が始まった。

  スタジオの画面に田場氏の顔写真とNPJのサイトが映し出され、メッカルフ氏と田場氏とのやり取りが始まった。 田場氏はスケジュールの都合で東電の会見室には行く事ができず自宅から携帯電話での登場となった。 田場氏は去年アメリカン大学ロースクールを卒業している。 メッカルフ氏がアメリカン大学で得たものが今回の取り組みに生きているかといった質問を投げ変えた上で、NPJをなぜ立ち上げたのかという質問を発した。 田場氏は、既存のメディアが適切な報道をしていないからだという趣旨の話をした。

  その後、東電の会見室でスタンバイする日隅氏とのスカイプ中継に切り替わった。まず日隅氏が東電の会見室を映像で紹介した。 その狭さに会場からどよめきが起きた。

  会場から日隅氏に、「日本政府が被災地の取材を制限することはないだろうか?」 との質問が出された。 これに対して日隅氏は、イラク戦争でのサマーワからの退去勧告を例に 「そうしたことは懸念される」 と話した。 さらに日隅氏が、日本の大手メディアの記者は会見中、質問するよりもメモをとるのに熱心だと話すと、会場からは驚きとも納得ともとれる笑いが漏れた。

  スカイプ中継が終わる頃には、会場の質問は日本の大手メディアの問題点という部分に焦点があたっていた。

  メッカルフ氏は私に対して、「指定公共機関となるNHKは、災害時に政府の指揮下に入るのか?」 と質問した。

  「指定公共機関は役割と責任を明確にするという意味であって、NHKが政府の指揮下に入るという理解はない。 NHKは報道機関として政府から独立している」

  会場の学生から、「日本のメディアには、ケイレツが有るのか?」 との質問が出された。
  「ケイレツ?」
  「テレビや新聞で、Tepco の系列会社が有るのか?」

  Tepco とは東京電力の略称だ。アメリカの複数のメディアが、東電をTepcoと書いている。 ニュースを見ている人は、普通に東電を Tepco (テプコと発音)と呼ぶ。

  「否、日本では、アメリカのように巨大企業が報道機関の親会社になるという状況は無い。Tepco がメディアを系列の傘下にもっているということは、 事実として無い」
  「では、なぜ日本の新聞やテレビは東電に対して Aggressive になれないのか?」
  「それは・・・」。

  Aggressive とは、攻撃的という意味だろうか。なぜ日本の記者はメモばかりとっているのか。記者会見は東電を追及する場ではないのか? そういう疑問が会場を支配した。これはセミナーに限らず、今回の震災でアメリカのメディアが度々触れた指摘だ。 ワシントン・ポストは 「日本の大手メディア(main stream media)は Tepco の幹部に寛容だ」 とも書いている。

  幸か不幸か、5月に入って明らかになったメルトダウンについては、アメリカのメディアでは大きくは取り上げられていない。 そこには、「しょせん、最初から Tepco が嘘をついていることはわかっているではないか」 といった思いが有るのか、 それとも、当初から 「Partially meltdown」 と書いてあり新たに書き加えることはないという判断なのだろうか。

  セミナーの後も大学の様々な場面で、日本のメディアの非攻撃的な姿勢が話題となった。ある人は、日本社会の礼儀作法との関係で解説を試みたりする。 また、「911 の時にアメリカのメディアが政府に攻撃的であったか?」 と問いかけ、未曾有の災害に直面したメディアのサガという観点から説明する人もいる。

  アメリカにジャーナリズムの研究に来ておよそ1年。想像もできないような未曾有の大災害の中で、日本のジャーナリズムと向き合う羽目になっている。 「その答えは、現場にいなかった私には出せない」 では済まされないだろう。 まずは私自身がセミナーで投げられた問いに答えを見つけなければならないと思っている。それは当然、簡単ではない。