一億総密告社会を招く共謀罪と犯罪収益移転防止法案
─国際社会は本当に共謀罪と依頼者密告制度を求めているのか─

2007年1月23日
海渡 雄一(弁護士)


PART 1
共謀罪と依頼者密告制度


1 共謀罪と依頼者密告制度をつなぐ点と線
  共謀罪と依頼者密告制度は実は密接に関連している。
  その共通点は簡単に数え上げても次の5点に及ぶ。


1)政府が国際機関(国連、FATF)からの要請を第一義的な立法理由にしていること、
2)どちらもイギリスがその制度の祖国であること
3)密告という人倫に反する行為が奨励されていること、
4)「犯罪遂行の合意」であるとか、「疑わしい取引」といった非常にあいまいな行為が規制の対象とされること、
5)規制の前提・対象犯罪がどちらも619もの広範な犯罪にひろがっていること
などである。

  共謀罪は2000年に起草された国連の越境組織犯罪防止条約の国内法化のためと説明されている。共謀罪は、犯罪はその実行の着手される前には処罰されない刑法理論の根幹を変え、犯罪の合意が成立しただけで、その実行の着手はおろか、準備にすら取りかかっていない段階で処罰しようとする制度だ。
  日弁連は、この条約が世界の刑事司法にもたらすインパクトに注目し、その審議の冒頭から代表団を派遣して審議の内容の把握に努めた。このような努力が、後の国会審議で政府側と互角の論議を展開する上で大きく役立ったと確信する。
  これに対して、依頼者密告制度はFATF(OECDの加盟国等で構成されている政府間機関)がテロ資金・マネーロンダリング対策として2003年6月の「40の勧告」の改訂の中で提唱した制度である。
  依頼者が行う取引に犯罪収益が関連している疑いのあるときに、弁護士にそのことを警察に密告することを義務づけ、報告をしなかったことを理由に懲戒などの措置を可能にしようとする依頼者密告制度を含む犯罪収益移転防止法案が2007年2月初旬にも法律案として提案され、政府与党は3月末までの成立を目指している。

2 共謀罪についての世界の状況
  この二つの制度が世界各国でどのように実施され、もしくはされていないのかを最初に見てみたい。まず国連条約の批准のためには共謀罪の制定が不可欠という説明には重大な疑問が生じている。
  新たな共謀罪立法を行ったことが確認された国は,ノルウェーなどごくわずかであり、他に立法を行った国は確認されていない。アメリカ合衆国は,州法では極めて限定された共謀罪しか定めていない場合があることを国務省の大統領宛批准提案書の中で指摘した上で、国連越境組織犯罪防止条約について州での立法の必要がないようにするため,留保を行った上で条約を批准した。アラスカ、オハイオ、バーモントなどの州レベルでは広範な共謀罪処罰は実現していないことを外務省も認めた。
  すでに判明しているだけで,組織犯罪の関与する重大犯罪の全てについて共謀罪の対象としていないことを認めている国が5ヶ国(ブラジル,モロッコ,エルサルバドル,アンゴラ,メキシコ)存在する。セントクリストファー・ネーヴィスは,越境性を要件とした共謀罪を制定して,留保なしで国連越境組織犯罪防止条約を批准している。これらの諸事実は、政府のこれまでの国会答弁と明らかに矛盾している。

3 依頼者密告制度に関する世界の状況
  この制度は、2003年6月のFATF(金融活動作業部会 OECD諸国の政府間会合で犯罪収益の流通やテロ資金規制のための活動をしている)勧告がもととなっているが、日弁連はこのような計画を知った2000年以降、アメリカやヨーロッパの弁護士会と密接な連携を取りながら、この制度の反対運動を国際的に繰り広げてきた。日弁連は4度にわたって、FATF事務局にこの制度に反対することを直接申し入れている。
  この制度はOECD加盟国の中でもアメリカ、イギリスなど主要国で実現していない。
  アメリカでは、アメリカ法曹協会(ABA)がゲートキーパー規制について反対の姿勢を崩しておらず、政府からも制度創設の具体的提案がなく、依頼者密告制度は実現されていない。2005年秋からFATFによるアメリカ政府に対する相互審査が始まり、2006年に報告書が公表されたが、この点は勧告を満たしていないとされる多くのポイントの一つとして指摘されたにとどまり、大きな問題にはなっていない。
  カナダでは、FATF勧告の改訂前にイギリス型の極めて広範な通報義務を刑罰によって義務づける法制が作られたが、弁護士会による法律の執行の差止めを求める仮処分が各州で提訴され、全ての州でその執行が停止されている状況で、政府は、この法律の弁護士への適用を撤回している。カナダでは、弁護士による本人確認と記録保存は義務づけられたが、疑わしい取引の報告制度は設けないことで、政府と弁護士会の間で合意がなされている。
  イギリスでは、既に1993年からマネーロンダリング規則が存在し、この規則は1994年からソリシターをも規制対象とするようになった。疑わしい活動についての政府金融監督機関への報告義務の懈怠などが5年以下の懲役刑の対象とされため、ソリシターが後のトラブルを恐れて依頼者の活動について些細な事実についても報告を行うようになっており、2004年のソリシターの報告は1万数千件に及んでいる。
  その他のヨーロッパ諸国では、2001年のEU指令により、ほとんどのEU諸国で報告制度の国内法化が実施された。多くの国々では、弁護士が弁護士会に届け出る制度が取られており、また届出件数も少ないことが特徴である。ヨーロッパ諸国においても弁護士会の抵抗は続いており、ベルギーやポーランドでは、弁護士会がこの制度の違憲性を指摘して行政・憲法裁判所に提訴しており、現在係属中である。
  2006年11月に開催されたFATF会合において、日弁連はABA(アメリカ),CCBE(EU諸国),カナダ弁護士会、スイス弁護士会などともに依頼者密告制度の撤廃を求める共同声明を作成し、FATFに提出している。この制度を阻止し、廃止させていくことは世界の弁護士会の共通の悲願となっているのである。

4 根本的に疑問のある国際刑事立法手続の透明性
  国連にしてもFATFにしても、その実体を見ると、これら国際機関で議論を主導しているのは、先進諸国の外務、法務、警察、金融財政などを担当する官僚ばかりである。いってみると官僚だけで国会をやって、政府の作りたい法律を作っているようなものであり、そこには国際人権NGOも野党議員もいないのである。
  日弁連は国連組織犯罪防止条約の起草の場に代表団を送り続けたが、発言の機会はなかった。FATFの勧告制定時にも、日弁連は世界各国の弁護士会と共同して、依頼者密告制度の新設に反対する意見を書面でも提出したし、会合の中でも述べた。しかし、これらの意見に対してFATF事務局はいったんは受け入れるとしながら、結局勧告には反映されなかった。このように国際刑事立法手続きの透明性とその正当性について根本的な疑問があるのである。

PART 2
共謀罪なしで越境組織犯罪条約は批准できる


1 崩れている国連条約批准のためという説明
  政府・外務省・法務省が共謀罪の制定を必要とする理由として上げてきた理由、根拠はことごとく崩れている。
・国連の立法ガイドによれば、国連越境組織犯罪防止条約の文言通りの共謀罪立法をすることは求められておらず、実際にこの条約の批准のために共謀罪規定を立法した国としては政府はノルウェー以外に指摘できていないことは前述したとおりである。
・国連越境組織犯罪防止条約第34条第1項は、国内法の基本原則に基づく国内法化を行えばよいことを定めている。
・国連が条約の批准の適否を審査するわけではなく、したがって、国連から新たな立法がないとして批准の有効性に疑問が提起されるわけではない。
・アメリカ合衆国では、アラスカ、オハイオ、バーモントなどの州法では極めて限定された共謀罪しか定めていない場合があるため、国連越境組織犯罪防止条約について州での立法の必要がないようにするため、留保を行っていることも前述した。共謀罪について留保できないとした政府の説明には明らかに根拠がなかったのである。
・すでに判明しているだけで、組織犯罪の関与する重大犯罪の全てについて共謀罪の対象としていないことを認めている国が5ヶ国(ブラジル、モロッコ、エルサルバドル、アンゴラ、メキシコ)も存在することが明らかになっている。

2 新たな共謀罪立法なしで国連越境組織犯罪防止条約を批准することはできる
・我が国においては、組織犯罪集団の関与する犯罪行為については、 未遂前の段階で取り締まることができる各種予備・共謀罪が合計で58あり、凶器準備集合罪など独立罪として重大犯罪の予備的段階を処罰しているものを含めれば重大犯罪についての、未遂以前の処罰がかなり行われている。
・刑法の共犯規定が存在し、また、その当否はともかくとして、共謀共同正犯を認める判例もあるので、犯罪行為に参加する行為については、実際には相当な範囲の共犯処罰が可能となっている。
・テロ防止のための国連条約のほとんどが批准され、国内法化されている。
・銃砲刀剣の厳重な所持制限など、アメリカよりも規制が強化されている領域もある。
・組織犯罪処罰法や暴対法など、我が国の組織犯罪の実情に合わせた規制と処罰のための法体系が既に作られている。
・新たな立法を要することなく、国連の立法ガイドが求めている組織犯罪を有効に抑止できる法制度はすでに確立されているといえる。
・日弁連は政府が提案している法案や与党の修正試案で提案されている共謀罪の新設をすることなく、国連越境組織犯罪防止条約の批准をすることが可能であり、共謀罪の新設はすべきではないと考える。
(http://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/complicity.html)。

PART 3
犯罪収益移転防止法案と依頼者密告制度


1 政府の提案する犯罪収益移転防止法案の中味
  政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は、2005年11月17日、このFATF勧告を受けて、その実施のための措置として、現在金融庁に置かれている金融情報機関(FIU)を警察庁に移管すること、法律案の作成は警察庁が行い、弁護士に対してテロ資金・犯罪収益の移転防止資金に関連するなど何らかの違法性があるとの疑いのある取引・活動について警察庁に報告することを義務づける制度を盛り込んだ法案を2007年の通常国会に提出することなどを決定した。
  その内容は、法律・会計専門家は、FATF勧告の趣旨に従って本人確認、取引記録の保存及び疑わしい取引の届出の措置を講ずる責務を有することを前提に、@弁護士が講ずべき措置の内容については、他の法律・会計専門家の例に準じて当連合会の会則により定めることとする、A弁護士による疑わしい取引の届出は、当連合会に対し行うこととする、B政府と当連合会とは、犯罪収益等の流通に関し相互に協力しなければならないこととするなどである。
  この警察庁案は、弁護士についても、他の法律・会計専門家と同様に、疑わしい取引の届出義務を課すが、その具体的内容については日弁連が会則で定めるという仕組みを採用している点に特徴がある。

2 依頼者密告制度ができれば安心して弁護士に相談できなくなる
  日弁連がこの制度に反対する理由は単純である。この制度ができれば、普通の市民が弁護士に何でも打ち明けて相談できなくなるからである。この制度は、弁護士が依頼者から聞いた相談内容を警察に通報するものである。これまで、依頼者が弁護士に話した内容については固く秘密が守られ、弁護士は依頼者の秘密をあくまで守り抜く存在であると信じられてきた。ところが、この制度ができれば、依頼者が弁護士に話したことや依頼者の行動の一部が依頼者の知らないうちに警察に通報され、そのことがきっかけとなってその依頼者の銀行口座が凍結されて預金を下ろせなくなってしまったり、事業が倒産に追い込まれたり、刑事事件とされるなどという事態が生ずるようになる。
  たとえば、ある依頼者から不動産売買契約に売り主側で立会を依頼された弁護士が、買い主の支払う売買代金に脱税によって得られた資金が含まれているという疑いを持った場合、このことを警察に通報する義務を負う。通報がなされると、売買代金を預金してある口座が封鎖され、その依頼者は犯罪収益収受の罪で逮捕される可能性があるのだ。
  マネーロンダリングであるとか、犯罪収益の移転というと、麻薬や人身売買取引など非常に極端な犯罪を思い浮かべる方も多いだろう。しかし、実態はそうではない。現在政府が国会に提案している共謀罪と一体の組織犯罪処罰法の改正案では、マネーロンダリングの前提となる犯罪は共謀罪と同様619にも及び、税法や著作権法違反、政治資金規正法等まで含まれている。
  この場合、違法性のはっきりしない「疑い」のレベルで通報が義務づけられるので、真実は依頼者の違法でない活動についても誤って通報がなされる可能性がある。弁護士は秘密を守ってくれるものと考えて、包み隠さず何でも話したら、誤って疑いを持たれて警察に通報され、その依頼者の事業が破綻し、えん罪に巻き込まれるような事例が一つでも発生すれば、市民全体の弁護士・弁護士会に対する信頼は根本から失われるだろう。また、弁護士は依頼者から十分な情報を得ることができず、依頼者が法律を遵守して行動するように適切に援助することもできなくなり、結果的に依頼者による違法行為を招くことにもなるだろう。
  この制度の導入によって、違法な金融活動が摘発される例がごく少数あるかも知れないが、依頼者が適法に行動するために適切な法的アドバイスを受けることができなくなることは、まさに市民の司法サービスに対するアクセスの否定である。規制によるわずかな利益に比べて不利益があまりにも大きすぎる。
  また、弁護士と警察は刑事事件の弁護活動を巡っては鋭く対抗する関係にある。警察庁への密告義務が制度化されれば、市民は弁護士を警察の手先と見るようになり、弁護士が警察と対抗して刑事弁護活動を行う上での制度的独立を危うくし、弁護士・弁護士会の警察権力からの独立を傷つけてしまう。

3 守秘義務が守られれば問題は克服できるか
  FATF勧告も守秘義務の範囲内の情報の通報は求めていない。しかし守秘義務の範囲に属するかどうかが一義的に決まらないこともあるし、当局の解釈と弁護士会の解釈が異なることは十分想定しうる。警察庁が守秘義務の範囲についてこれを狭めるような解釈を押しつけてくる可能性もある。
  日弁連の反対理由の主眼は、そもそも弁護士に警察庁への報告義務を課す制度を設けること自体が弁護士制度への国民の信頼の根幹を揺るがすものだと言う点にある。守秘義務の問題以前に、報告制度の創設自体によって依頼者に何でも話せるという環境が失われることが問題なのである。また、依頼者である市民にとっては、守秘義務の範囲内かどうかを判断することは極めて困難である。
  守秘義務の範囲外であっても、弁護士が依頼者から得た秘密情報を捜査機関に通報することを認めることによって、弁護士制度の存在意義を危うくし、ひいては民主的な司法制度の根幹を破壊することになる。

4 弁護士会経由を定める警察庁案について何故反対するのか
  日弁連が警察庁案に反対する姿勢を明確にした。その理由は単純である。警察庁案においても、単に疑わしいというレベルで弁護士が当連合会に対して届け出た依頼者に関する秘密情報が、最終的に、国家公安委員会に通知されるという枠組みには何の変更もないからである。警察庁案でも、弁護士が届け出た依頼者に関する秘密情報について守秘義務の範囲外であると判断した場合には、その情報を国家公安委員会に提供しないことは許されない。法律で通報義務を規定する場合と何ら異ならないのである。
  弁護士は、犯罪を犯したとされる被疑者・被告人を弁護することを職務としており、弁護士を信頼して依頼者からもたらされた秘密情報を、単に疑わしいというレベルで、依頼者に内密に捜査機関に通報すること、すなわち密告することは、弁護士に期待されている職務と本質的に相容れない。

5 重大犯罪に適用対象を限定できるのではないか
  警察庁は、警察庁案は、弁護士が講ずべき措置の内容については、届出ルールを含めて当連合会の会則で定めることを認めているとして、これを「世界に類を見ない弁護士自治スキーム」と呼んで、弁護士自治を尊重していることを強調している。
  しかしながら、警察庁案によれば、弁護士を含めて全ての事業者について、法文上、本人確認、取引記録の保存及び疑わしい取引の届出の措置を講ずる責務を有することを明記した上で、他の法律・会計専門家の例に準じて当連合会の会則により定めることとするというものである。会則により定めなければならない事項及びその内容は一義的に定められており、疑わしい取引の届出の措置を除外したり、その範囲を限定することは一切許されていない。
  届け出を要する犯罪収益の前提とする犯罪(いわゆる前提犯罪)は、現行法上は組織的犯罪処罰法の別表に掲げられた合計200以上の犯罪が選択されている。もし、共謀罪新設法案が成立すれば、公職選挙法違反や政治資金規正法違反や税法違反などを含む619以上の罪に拡大されようとしており、弁護士会が会則で、その範囲を、テロなど重大な犯罪だけに限定することは認められていない。

6 日弁連と警察との関係は今後どのように展開するか
  制度がひとたび運用され始めると、実際に刑事事件となったケースについて事前に届け出がなかったことを警察が批判し、日弁連の審査体制の改善を求め、会内の審査機関に警察庁関係者等の外部委員を参加させることを求めたり、さらには弁護士から国家公安委員会への直接の届出義務を課す法改正を提案されるおそれがある。
  年間1万件以上の情報を弁護士が通報する事態になっているイギリスのローソサエティのマネロンチーム議長のブース氏は、FATFの場でこの制度の導入に反対の演説を行った川端和治対策本部長代行に対して「英国の例にならうな。自由というのは少しずつ削られていくんだ。最初に妥協したのが失敗だった」と自らの後悔を込めて励まされた。
  弁護士・弁護士会が、一旦、弁護士による疑わしい取引の届出義務を許容してしまうと、どんどんエスカレートして後戻りすることができない事態を招くことになることが十分予想することができるのである。

7 日弁連は犯罪収益の移転に荷担しない
  日弁連は、犯罪収益の移転防止にはまったく協力しないのではない。日弁連はテロ資金やマネーロンダリングの対策が必要であることは否定していない。
  日弁連は弁護士に密告を義務づけることには反対であるが、犯罪収益の移転には荷担しない。日弁連は会規を自主的に制定し、一定の取引について依頼者の身元を確認し、取引の記録を保存すること、依頼者の活動に犯罪収益にかかわる疑いがあるときには警察に密告するのではなく、依頼者にはっきりと指摘して取引をやめるよう説得し、その説得が聞き入れられないときは弁護活動から辞任することなどを会員に義務づけ、また会員向けに犯罪収益の流通に荷担しないよう研修を強化するなどの措置を執ることを1月理事会において本年3月の臨時総会に提案することを決定した。
  仮に違法行為に弁護士が荷担するような事態となった場合、刑事事件として責任を負うほかに、弁護士会としても懲戒をもって臨むことは当然だ。
  弁護士職務基本規程第23条には、「弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。」と規定されているが、依頼者の犯罪行為の企図が明確で、その実行行為が差し迫っており、犯行の結果が極めて重大な場合で秘密の開示が不可欠な場合には、この「正当な理由」に当たると考えられ(自由と正義第56巻第6号36頁)、守秘義務が解除されるのであるから、このような場合には、弁護士等が警察等に直接通報することは許される。
  つまり、人の生命や安全に関わる明らかな緊急事態の場合には、守秘義務の例外として警察に通報することができるのである。また、守秘義務の例外はこのような限定された場合にのみ許されるのである。
  これに反して、広範な違法行為について、依頼者の活動に単なる疑いがあるという段階で、弁護士に通報の義務を課すということは、このような生命侵害の切迫した危険が生じているような極限的な事例とは全く次元がちがう問題である。

PART 4
日切れ扱いは国会の審議権無視の暴挙だ!


1 日切れ扱いを求める警察庁
  政府与党は今国会に犯罪収益移転防止法案を提案するための準備を進めている。警察庁は、政府与党に対して同法案について、政府が年度内の成立を目指す「日切れ扱い法案」扱いとして2月上旬に提出し、3月中に成立を図ることを求めているという。
  このような、重大な争点をはらんでいる重要法案を予算関連の日切れ扱い法案として提案することには国会の審議権を蔑ろにするものだ。

2 日切れ扱いとは?
  「日切れ扱い法案」とは、予算措置を伴い、年度初めから予算執行しなければ国民の生活に支障が出る緊急性がある法案が主な対象であり、ほかの法案に優先して審議に入り、年度内に処理されるのが通例である。与野党の対立法案が「日切れ扱い」になるようなことは極めて稀である。
  警察庁の説明は今回の法案では、現在の実施されている金融機関の報告制度に関連する経費が07年度の警察庁予算に計上されているためと説明されている。これまでは疑わしい取引に関する情報を集約・分析・提供する業務を行う資金情報機関(FIU)は金融庁に置かれていたが、次年度から国家公安委員会(=警察庁)に移行するとされている。そのため、この法案が成立しないと既に金融庁には予算がついていないため、金融機関に関する報告制度の運用が滞るというのである。

3 法案を二つに分離さえすれば日切れ扱いではなくなる
  しかし、金融機関に関する報告制度の所管を国家公安委員会に移す部分だけを別法として分離しさえすれば、弁護士などに対して新たな報告義務を課す新制度部分は「日切れ扱い法案」とはしなくてすむのである。二つの異なる事項をむりやり一つの法案に合体させたために、新たな制度の創設に関する重要法案が「日切れ扱い」になるという異常事態が生じているのである。
  市民の司法へのアクセスに重大な支障をもたらす弁護士から警察への依頼者密告制度を含む犯罪収益移転防止法案について自民党と公明党は根本的にその内容を再検討するとともに、国会運営上も手続的に疑問がある「日切れ扱い」をやめるよう、強く求めるものである。

4 密告社会の到来を許さない共謀罪・依頼者密告制度阻止の闘いを
  この通常国会では継続審議となっている共謀罪に加えてあらたに提案される犯罪収益移転防止法案がともに対決法案として浮上するだろう。与党絶対多数の状況下でこのような法案が政府提案された場合、これを阻止することは非常に難しい。しかし、共謀罪は密告監視社会を作るものという反対の世論を築き上げ、足かけ4年間成立を阻止してきた。犯罪収益移転防止法案の本質は市民が安心して何でも秘密を弁護士に打ち明けて相談できるという司法の根本を壊し、やはり密告社会を作り出すところに共通の根っこがある。
  この闘いは負けられない闘いである。
  共謀罪の行方に関心を持つ1人でも多くの皆さんに、依頼者密告制度を含む犯罪収益移転防止法案にも関心を持ち、その反対に立ち上がっていただくよう、心からお願いする。