渡邉恒雄氏の社論確立を問う
事件名:損害賠償等請求事件
渡邉恒雄氏の発言にかかる名誉毀損訴訟事件
係属:東京地方裁判所民事第50部
事件番号:東京地裁・平成22年(ワ)第43669号
次回期日:7月5日(火) 13時10分 東京地方裁判所631号法廷
判決言渡。
問い合わせ先:下記原告代理人の法律事務所まで。
原告訴訟代理人 弁護士 八坂玄功
しいの木法律事務所
〒165-0027 東京都中野区野方5-30-13 ヴィラアテネ2階F号
電話:03-5373-1808 Fax:03-5373-1809
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【事件の概要】
(1) 原告前澤 猛氏(元読売新聞論説委員、元東京経済大学教授)が 渡邉恒雄氏(株式会社讀賣新聞グループ本社 会長・主筆)を被告とし、
謝罪広告と損害賠償を求めて提起した訴訟である。
(2) 原告の主張の核心は次の通りである。
被告は新聞協会報のインタビュー記事の中で、「社論と反対の社説を執筆した論説委員に執筆を禁じた」 と述べた。
諸状況からすると関係者にはこの言及の当事者が原告の論説執筆とわかる。
しかし原告は社論に反した論説を書いたことはない。
(3) 1981年 「百里基地訴訟」 東京高裁判決についての論説が焦点となる。従来、社論は論説委員会の会議を経て形成されていた。
当日も原告は、司法担当の論説委員として、会議を経た社論に従い社説を書こうと準備していたところ、被告に執筆を禁止された。
(4) そのうえで、被告は、会議を開かずに、国会至上主義の統治行為論に基づく社説を、別の政治担当の論説委員に書かせた。
それまで、論説委員会は、違憲立法審査権の支持を社論とし、統治行為論を支持する社論を議決したことはない。
(5) 上記のとおりであるから、被告の前記言明は原告の名誉を棄損する。
原告は、論説委員として、500本をこえる社説を書いたが社論と反対の社説を執筆したことは一度もない。
被告が前記のごとき言説を流布したことによって、原告の社会的評価は著しく低下した。
論説委員であった原告が社論に反する社説を執筆したとすると、社会的な信頼と評価は決定的に失墜し、ジャーナリストとしての社会的評価は無となる。
原告は被告に対して、再三、虚偽事実の訂正を申し入れたが、被告は、事実の正誤には触れずに、
「記事では対象者が実名で表記されていない」 ことを理由に、名誉毀損の成立を否定しているので、2010年11月25日に、提訴に踏み切った。
【判決の概要】
〔主文〕 は原告の請求棄却。しかし、〔判決理由〕 は、原告の主張をほぼそのままに採用している。
法律的には原告敗訴だが、事実関係の認定では、実質的に原告の全面勝訴と評価できる極めて異色の判決となった。このため、原告の意向で、控訴しない。
判決全文は こちら。
判決の要旨は次の通り――
@ 被告・渡邉は、「社論に反対の社説を執筆した論説委員に執筆を禁じた」 と発言している(2007年10月16日付 「新聞協会報」)が、
この論説委員は原告・前澤と認識される。
A 「論説委員が、新聞社の社論と反対の社説を書くことが許されないことは常識」 と判断する。
B 渡邉の発言をそのまま読めば 「前澤が社論と反対の社説を執筆した」 という事実を示しており、前澤の名誉を棄損する可能性がある。
C 判決は、社説執筆禁止事件に関する渡辺発言 「社論に反対の社説を執筆した論説委員に執筆を禁じた」 の事実を、次のように認定した。
「前澤が従来の社論に従って社説を執筆しようとしたところ、渡辺の意向に沿わない内容であったため、渡邉の一存でその執筆を禁じた」
D 本件を知る読者は、渡邉発言の内容を、C のように理解すると判断される。
E そうした読者の理解を前提にすれば、被告には、原告への損害賠償を認めなければならないほどの違法性があるとは評価できない。
以上のように、判決は、「損害賠償を認めなければならないほどの違法性」 はないと評価し、原告の請求を棄却したが、
被告の発言に関する 「事実関係」 では、原告の主張を全面的に採用し、被告の主張はことごとく棄却または無視された。
すなわち、「論説委員は前澤」 で 「前澤は社論に反した社説は書かなかった」、
「社論に反した社説を書いたとされた論説委員の社会的信用は失墜する」 「渡辺は、持論を通すため、会議にかけず、独断で前澤に社説の執筆を禁じた」 という、
訴状における原告の主張が、ほとんどそのままに判決の事実認定となった。
元来、「言論の問題は言論の場で」 というのが原告の主張であり、被告がその姿勢を無視したために司法に事実の解明を委ねることになった。
損害賠償の請求は訴訟に必要な形式要件であって、原告の主意ではない。
従って、被告・渡邉の発言について、賠償までの法的な違法性は認められなくとも、発言の虚言性と不当性が明らかにされたことによって、
原告が提訴した目的は十二分に達成されたことになる。そこで、あえて控訴するまでの必要はないと判断される。
〔総括〕
ジャーナリストにとって何よりも大切な、ジャーナリズムとメディア倫理の観点からみて、被告の発言とそれにまつわる対応の不法性、
不当性が立証された意義は、はかりしれない重さを持つ。ひいては、その発言内容に基づいた新聞文化賞の授賞と、
その授賞理由とされた 「社論確立」 そのものの妥当性が根拠を失ったことになる、といってよい。
【訴訟の経過】
2011年 1月26日 第1回弁論
2011年 3月30日 第2回弁論
2011年 4月27日 第3回弁論
2011年 7月 5日 東京地方裁判所631号法廷で判決言渡。
確定
※参考
「『社論確立』 の暴走」 (NPJ通信)
「表現の自由を奪った 『社論確立』」 (メディア・ウオッチング)
「原告の冒頭陳述 」 (メディア・ウオッチング)
敗訴。しかし、争点では原告の主張を採用 〔NPJ通信〕
文責 弁護士 八坂玄功
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