2007.12.18

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

イラン核開発問題と脅威論

  2007年12月3日提出された米国の国家情報評価 (NIE) レポートが、米国内だけでなく国際的に注目を浴びている。 イランが2003年秋以来核兵器開発計画を中止していると評価したからである。NIEレポートは、 国家情報評議会 (NIC) が米国の16の情報機関が持っている国家安全保障上の重要な情報を分析して、大統領などへ提出するもので、もっとも権威が高いとされている。

  なぜ注目を浴びたのか。2005年5月NIEレポートは、2000年代の終わり (2009年まで) にイランは核弾頭1個分の必要な核分裂物質を生産する可能性が高いと評価した。 ブッシュ政権はこれを受けて、イランの核開発が「今そこにある危険」として、交渉で解決しようとするIAEA (国際原子力機関) やヨーロッパ諸国の努力を排除するように、 圧力を強化し、2008年にはイランへ武力行使をするともささやかれてきた。

  10月17日の記者会見で、ブッシュは 「イランが核武装すれば世界平和に深刻な脅威をもたらし、第三次世界大戦を引き起こしかねない」 と最大級の警告を発していた。 米国がイランを攻撃し、ロシアがイランを支援して大規模な戦争になるというのかもしれない。 当時からIAEAエルパラダイ事務局長は、イランが核兵器を開発しているという証拠はないと述べていた。

  私たちは、5年前にも同じような光景を目にしているはずである。当時、フセイン政権が核兵器を開発している、大量破壊兵器を保有している、 アル・カイーダを支援しているとして、2002年後半からイラク攻撃を本格的に準備していたのである。 ブッシュ政権が、フセインを米国にとって 「今そこにある危険」 と断定したのはNIEレポートが根拠であった。 当時から、IAEAもイラク大量破壊兵器査察官もそのような事実を否定していた。世界はブッシュとブレアーのデマ宣伝に振り回されたのである。

  なぜ長々とこの様なことを書いたかというと、憲法9条改憲の最大の理由が脅威論だからである。 北朝鮮・中国脅威論、冷戦後のソ連に変わる大量破壊兵器の拡散や非国家的主体 (要はテロリストや武装集団のこと) 脅威論などである。 いかにもまことしやかに公然と脅威論が主張されると、私たちはつい信じてしまう。とりわけ日本にもたらされる情報は米国経由が多いと思われるので、 その真実をしっかり見極めなければならない。

  改憲を主張する脅威論者の最大の落とし穴は、自らを脅威ではないと考えていることである。 日本は脅威ではないのに相手が脅威であるから軍事力を強化しよう、9条を変えようと言うのである。 私たちは、自らの国の現状と相手の国の真実を冷静に見つめることが必要である。そして、現実の国際政治の動向を常に見極めていかなければならない。

  ブッシュは、NIEレポートが出てもまだイランに圧力をかけると発言している。彼は、対北朝鮮政策で圧力一本槍が失敗し、 06年の弾道ミサイル発射や核爆発実験に至ったことを反省し、対北朝鮮政策を対話路線に戻したことを忘れているかのようである。

  オーストラリアのエバンズ元外相は、イランの核開発で行き詰まり状況になっているのは、米国などが民生用を含めてウラン濃縮に反対し、 イランはNPTに基づく濃縮の権利を主張していることにあるとして、ウラン濃縮を民生用と軍事用に線引きし、監視、検証、査察体制を受け入れることでそれを確保すると、 注目すべき提案をしている。 イランはNPT加盟国なので、NPT第4条により核の平和利用を「奪い得ない権利」として保障されている。

  NIEレポートは、2005年5月のNIEレポートを全面的に見直したものだと述べている。レポートは、イラン政府が2003年秋から核開発計画を停止しているのは、 国際的な圧力とそれに対する損得勘定を計算したからであり、圧力と共に見返り (イランの体制の安全保障など) を組み合わせれば核開発停止を続けると述べて、 外交交渉による解決が可能であることを示唆している。

  憲法9条を守る運動を進める場合、抽象的な平和論ではなく、現実政治の動きを踏まえた政策提起が必要である。 国際紛争を武力により解決するのか、平和的手段で解決するのか、武力行使が本当に解決になるのか、私たちの周りにはこれらのことを考える上で格好の事例が、 あたかも9条問題セミナーでの演習問題のように日々繰り広げられている。まやかしの脅威論を反駁して、 9条による安全保障政策が現実的な選択であるということを、この連載で考えていきたい。

2007.12.18