2007.12.20

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

海自イージス艦の迎撃ミサイル実験成功

1、 12月18日ハワイ沖で日米共同の弾道ミサイル迎撃実験が行われました。 今回は初めて海上自衛隊イージス艦 「こんごう」 が標的ミサイルへSM-3迎撃ミサイルを発射して、撃墜に成功したと報道されています。 マスコミ報道では、100キロ以上の宇宙空間で迎撃したと報道されています。「100キロ以上」 という曖昧な報道の意味は後で言及します。

2、 ハワイ沖では、これまで何回も米海軍がSM-3による弾道ミサイル迎撃実験を行ってきたのです。2003年12月11日、ミサイル巡洋艦レイク・エリーがSM-3を発射して、 高度137キロメートルで撃墜に成功しています。2006年6月22日イージス駆逐艦シャイローがSM-3を発射して撃墜に成功しています。 このときの撃墜高度はロイターニュースによると160キロメートルです。この実験では初めて日本のイージス艦 「きりしま」 が参加し、 イージスシステムのレーダーでミサイルの追跡をしています。ちなみに、シャイローはこの実験の後、横須賀へ配備されました。

3、 今回の撃墜実験までに日米は着々と準備を重ねていたことがわかります。私がなぜ撃墜高度にこだわるのか。 SM-3は標的の弾道ミサイルのミッドコース段階での撃墜を目的にしています。弾道ミサイルの飛翔コースは、発射後ロケットモーターで上昇するブースト段階、 ロケット噴射が終わり宇宙空間で弾道を描きながら飛翔するミッドコース段階、標的に向けて落下し着弾するまでのターミナル段階に分けられます。 ミッドコース段階は弾道ミサイルが最も高い高度を飛翔します。この段階で撃墜できれば結果として広範囲な地域が防衛できるというわけです。 実験で使われたSM-3はノドン級の中距離弾道ミサイルを撃墜するといわれています。 しかし、射程が1000数百キロの中距離弾道ミサイルの最高高度は射程の3分の1から4分の1とされ、高度300キロを優に超えます。 150キロ前後の到達高度では絶対に撃墜できないはずです。

  今回の実験では、NHKが高度百数十キロの大気圏外で撃墜、と報道していることから、これまでの実験と合わせるとせいぜい 150キロ前後であると考えられます。 標的に見立てた弾道ミサイルは中距離弾道ミサイルとされていますから、SM-3が届く高度に調整されて発射した可能性が高いと思われます。 或いはターミナル段階かもしれません。現在日本が配備を急いでいるSM-3は全く無駄ということです。だから、日米は共同で改良型のSM-3の開発をしているのです。

4、 日本では、ミサイル防衛は北朝鮮の中距離弾道ミサイルを打ち落とすためと称して配備しようとしています。 そのために自衛隊法を改正しました (05年7月改正、06年3月施行、隊法第82条の2、第93条の2)。 この改正規定では、弾道ミサイル迎撃を海上自衛隊の警察行動として位置づけています。 北朝鮮からの弾道ミサイル発射が武力行使なのか、そうではない場合なのか区別が付きにくい場合があるし、なにせ発射から7〜8分で着弾するのですから、 武力攻撃事態を認定して自衛隊を出動させて撃墜することは不可能なので、とりあえず警察行動で対処しようというものと思われます。

  安倍内閣で問題になった集団自衛権行使の一つのケースで、米国を狙う弾道ミサイルを撃墜しようとすれば、改正法では不可能です。 日本の自衛隊の警察行動で米国を防衛できないし、改正法は武力攻撃事態を想定してはいないからである。 武力攻撃事態下での弾道ミサイル攻撃に対しては、改正法ではなくて隊法第76条の防衛出動下での武力行使になります。

5、 私の連載は 「脅威論」 から始まったので、もう少しこれにこだわります。北朝鮮から弾道ミサイル攻撃があった場合に、日本を防衛するため、 ミサイル防衛が必要だとされます。これ以上の説明はしません。どのような事態の中で北朝鮮が弾道ミサイル攻撃をかけるのかを考えなければならないはずです。 平時において北朝鮮がいきなり日本へ向けて弾道ミサイル攻撃をかけることはあり得ません。 脅威論者は全体状況の中で自説の都合のよい場面だけを切り取って議論します。北朝鮮脅威論だけではなくその他の脅威論も同じことなのです。

  では、現実に北朝鮮が日本に向けて弾道ミサイル攻撃をする場合とは、どのような事態なのでしょうか。日本と北朝鮮二国間だけの戦争は絶対にありません。 日本がそのような戦争を想定していないことは明らかです。北朝鮮がそのような戦争を想定していないことは、北朝鮮軍の構成や装備を見れば明らかです。 北朝鮮軍は9割以上が陸軍です。これは朝鮮半島での地上戦闘を中心に戦うためです。それでも海軍空軍が貧弱なのは、現代の軍隊としても極めていびつです。 地上軍を日本へ向けるためには、海軍力が必要ですが、北朝鮮海軍にはこの様な能力はありません。空軍も日本海をわたって日本を攻撃できる戦力はありません。 唯一弾道ミサイルと、少数の特殊部隊を送り込めたらよい方でしょう。虎の子の弾道ミサイルは、米韓連合軍との戦争のために使用しますので、 日本に向ける数は限られます。

  北朝鮮が日本を弾道ミサイル攻撃するとすれば、朝鮮半島で第二次朝鮮戦争が始まったときです。ではどのように始まるのか。 米韓連合作戦計画5027 (OPLAN5027) があります。第二次朝鮮戦争の際米韓連合軍が北朝鮮軍を撃破してピョンヤンを占領し、更に北上して中国国境まで進軍し、 韓国が北を武力統一するという作戦です。湾岸戦争規模の戦力 (陸軍50万人、空軍2000機、海軍200隻) を集中する作戦です。

  米国のグローバル・セキュリティーという団体が、ホームページでOPLAN5027の詳しい内容を公表したことがあります。 この作戦は、米国による北朝鮮核施設への先制攻撃から始まるでしょう。94年第一次朝鮮半島核危機の際、米国がこれを計画し戦争の瀬戸際まで行きました。 これはいわゆる周辺事態です。周辺事態法を発動すれば、自衛隊は後方支援しますし、武力攻撃事態法では武力攻撃予測事態として、自衛隊は防衛行動に入り、 米軍支援法、特定公共施設利用法 (海域・空域・港湾・空港・道路・電波が特定公共施設)、国民保護法を発動して、政府・自治体・民間業者・国民を総動員して、 北朝鮮との戦争に備えるのです。北朝鮮による弾道ミサイル攻撃はこの様な事態の中で起きるでしょう。

  この作戦では自衛隊も米軍と共同作戦を採ります。そのための作戦計画 (日米共同作戦計画5055) が完成に近づいています。 今年初めの新聞報道では、07年秋にはそれまでの概念計画 (CONPLAN) を完成した作戦計画 (OPLAN) にすると言われていました。 完成したとの情報はまだありません。いわゆる米軍再編に関する 「中間報告」 では、 日本の有事法制ができたので CONPLAN を OPLAN にできるようになったという趣旨のことが書かれていました。

  ここまで読まれた方は、ミサイル防衛の本当の機能に気付かれることでしょう。北朝鮮の反撃力を相殺して、安心して先制攻撃をするためです。 専守防衛ではありません。
  北朝鮮との大規模な戦争を行い、日本が全面的に米韓連合軍を支援し、朝鮮半島で数百万人の犠牲者が出る戦争、 ひょっとして米軍は核兵器を使用するかもしれない戦争のためのミサイル防衛なのです。脅威論者はこのことにはふれません。 さらに、朝鮮半島は甚大な戦争被害を受けるわけですから、戦後復興は気が遠くなる資金が必要です。誰が出すのでしょうか。 一番の負担を求められるのは日本です。イラク・アフガンと違います。莫大な戦費と戦後復興資金を私たちが負担することができるでしょうか。 この様な戦争をあなたは支持できますか。脅威論者は、全体状況から都合のよい場面だけを切り取って議論し、それがいかにも現実的であるかのごとく主張します。 私はむしろ脅威論者の方がもっと非現実的な議論をしているとしか思えないのです。

  今回のハワイ沖での弾道ミサイル迎撃実験に対して、北朝鮮中央放送は12月16日詳細に報道し、 「日本はミサイル防衛システム樹立の策動に無分別に没頭を続けている」 と強い批判をしました。北朝鮮がこの実験に対して神経質になっている理由は、 以上の説明でおわかりいただけるでしょう。脅威論者は相手の脅威を強調しますが、自らが脅威であるとは言いません。 それを言えば 「脅威論」 の説得力は、まるでなくなってしまうからです。「脅威論」 に流される多くの市民は、日本が脅威であるとは考えても見ないでしょう。 しかし、北朝鮮からは日本は重大な脅威と映るのです。

  次号以下でも、折に触れて 「脅威論」 の批判を書くことになるでしょう。次号では、最近の自衛隊の密かな動きについて述べる予定です。 自衛隊は次第に暴走を始めつつあります。これは日米同盟再編強化の動きの中で促進されていますし、この動きが憲法改悪を強く求めているのです。
2007.12.20