2008.1.8

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

暴走を始めた自衛隊 その2
──キーワードは軍事合理性
1、 佐藤正久参議院議員 (自民) が、07.8.11 TBS系報道番組で、オランダ軍が攻撃されたら 「駆けつけ警護」 をするつもりであったと発言しました。 彼は陸自イラク派遣先遣隊隊長で、「ひげの隊長」 として有名になった人物です。サマーワで陸自を警護してくれるオランダ軍が攻撃された場合、 何もしなければ自衛隊への批判が出るとして、情報収集名目で現場へ武器を持って駆けつけ、敢えて巻き込まれ、 巻き込まれたら正当防衛で反撃する計画を持っていたとのこと。

  イラク特措法で、陸自は武力行使が禁止され、正当防衛や緊急避難以外には危害射撃もできないという制約を受けていました。 憲法9条2項の制約です。オランダ軍が攻撃されれば、自衛隊員は手助けできないのです。 この制約が、憲法下で派遣された自衛隊員としては、とうてい我慢ができなかったのでしょう。 自らが攻撃を受けることを狙って、交戦が行われている現場へ敢えて飛び込み、正当防衛と称してオランダ軍と共同で戦闘行為を行うというのです。

  相手から攻撃されることを予想して武器を携えて待っていたら、案の定攻撃されたので武器で反撃することは、最高裁判決でも正当防衛とは認められていません。 オランダ軍は武力行使をするのですから、同じ事をする自衛隊だけが武器使用とはいえません。

  私はこの発言の直後に、軍事問題研究会から 「武器使用権限の要点」 という陸自が作成した文書を入手しました (文書の一部はNPJでも公開されています)。 作成は2003年11月2日現在となっています。陸自にイラク派遣命令出たのが2003年10月末です。基本計画閣議決定が12月9日です。 「武器使用権限の要点」 は、その内容から、イラクへ派遣される陸自隊員に対する教育用のパワーポイントであったと思われます。 その中でオランダ軍を駆けつけ警護をするということと同じアイデアが書かれていたのです。

  隊員が武装勢力に拉致された場合を想定して、救助のための武器使用はできないが、当然救助しなければならないと問題提起をし、 武器を使うことについて積極的な意思がなければ、武器を持って救助に駆けつけることはかまわない、現場で危険に陥った場合には武器使用ができると説明します。 この文書では、他国部隊が襲撃を受けた場合には、離れた現場にいる自衛隊員は救援できない、その理由は他国の武力行使と一体化するし、 組織的な行動は武力行使となるからと説明します。

  佐藤正久議員は、憲法9条とイラク特措法に違反することは承知の上で、オランダ軍に対する駆けつけ警護を、このアイデアを応用してやろうとしていたのです。 しかも、彼は日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれる、と極めて挑発的な発言までしました。憲法9条やイラク特措法に違反した武器使用は、 それにより人を殺傷すれば殺人や傷害、銃砲刀剣類等取締法違反罪などの罪に問われるのです。

  このことも彼は十分承知していました。彼が書いた 「イラク自衛隊戦闘記」 という単行本があります。 その中で彼は、自衛隊を警護してくれるオランダ軍が攻撃されたとき、自衛隊が何もできなければ自衛隊は非難され、 日蘭両国の国際問題にまで発展すると私たちを恫喝します。そして集団自衛権行使ができないという政府解釈を強く批判しています。 武器使用の点でも、万一人を殺傷すれば、自衛隊員は所属師団を管轄する検察庁から捜査起訴され、裁判所で裁かれると書いています。 正当防衛・緊急避難の判断は瞬時の判断で、困難を極めるとしています。

  「武器使用権限の要点」 の含意はこれだけにとどまりません。陸自へ派遣命令が出た当時、佐藤氏は陸幕教育訓練班の班長でした。 私は、佐藤氏はおそらく「武器使用権限の要点」の作成に関与したのではないかと想像しています。 だからこそ 「武器使用権限の要点」 のアイデアを応用することを考えたのでしょう。

2、 現地派遣部隊の隊長が、確信犯的に憲法9条とイラク特措法違反の軍事行動を 「独断専行」 しようとしたのがこの問題の本質でした。 確かに軍事合理性の観点からは、オランダ軍を自衛隊が警護できないのは不合理なのでしょう。 正当防衛や緊急避難の場合にしか危害射撃ができないのも不合理なのでしょう。佐藤氏は憲法9条やイラク特措法に軍事合理性を優先させようとしたのです。

  私は、この様な不合理な状況になることが分かり切った中へ自衛隊を派遣すること自体が無理なのだと考えます。 軍隊にあらざる自衛隊を、政治の道具として普通の国の軍隊のように戦地へ派遣するという政治が間違っているのです。 佐藤氏はこの矛盾を 「独断専行」 で突破しようとしたのです。かろうじてそのような事態が起きなかったことで、自衛隊制服組の暴走はありませんでした。

  佐藤氏はこの体験を生かすため自衛隊を退職し、政治の世界へはいることを決意したのです。 いわば、現場指揮官として、軍事合理性の観点から憲法に風穴を開けようとし、さらに政治家として憲法に風穴を開けようというのでしょう。 彼は自民党の比例区の候補者として、全国の陸上自衛隊の駐屯地を選挙運動で回りました。彼は当選後の初登院の日、国会議事堂に向かって敬礼をしました。 制服こそ脱いでいますが、制服組の代表として国会へ乗り込むのだという決意を示したのでしょう。

3、 元々自衛隊は憲法9条に違反するという批判を受け続けながら今日の姿となっています。そのため、政府の9条解釈の積み重ねにより、 普通の国の軍隊では考えられない制約を受けています。海外での武力行使ができないこと、個別自衛権行使であっても他国領域では行使できないこと、 集団自衛権行使ができないことなどです。軍事合理性からはとうてい受け入れがたい制約です。

  ところが、米軍との共同作戦体制が強化され、自衛隊の態勢が日本防衛から海外活動へシフトしたことから、この制約がどうしようもない矛盾となってきました。 そのため、軍事合理性を強調しながら、憲法の制約の不合理生を批判する改憲論が強まってきました。 しかし、軍事力をどう使うかということは極めて政治的な問題であり、国家の有り様を決める事柄です。 憲法でしっかり規制することは当然であり、軍事合理性も憲法に従属しなければなりません。これこそが立憲主義の原則であり、シビリアン・コントロールでもあります。

  しかし、自衛隊の中で公然と先制的自衛権行使を主張する議論が交わされていることがわかりました。

4、 第一師団司令部一等陸佐が、陸戦研究誌平成19年7月号と8月号へ 「日本の防衛戦略と先制的自衛権」 と題する論文を寄稿しています。 陸戦研究誌は、現職の幹部陸上自衛官で構成される陸戦学会の研究誌です。

  論文は、新しい安全保障政策のもとで、テロの脅威を日本に対する主要な脅威としたこと、ブッシュ戦略 ( 02.9 合衆国国家安全保障戦略) が同じ脅威認識から、 先制攻撃戦略を打ち出したことを背景として、先制的自衛権概念の確立と日本の防衛戦略への適用を論じています。
  むろん論文は、自衛権に関する政府見解では先制的自衛権が否定され、国連憲章上も学説上も先制的自衛権が否定的であることは認めていますが、 専守防衛政策では 「『単にやられる前に何もできない』 というだけではなく、新たな脅威や多様な事態に直面している状況においては、危機管理上の重大な欠陥である。 (中略) このような戦略上の構造的な欠陥を改善し、脅威を未然に防止するためには、 強要戦略や先制攻撃戦略を含む多様な選択肢を行使できる戦略を構築する事が必要である。」 と、専守防衛政策と憲法上の制約を非難するのです。

  この著者は、徹底した軍事合理性の観点から、先制攻撃戦略を政府が採用するよう、理論的な研究をするのです。 論文の最後に 「安全保障は、必要性がまず優先する世界である」 と述べているのです。個人論文ではありますが、 このような内容の論文が公然と掲載されたことは、陸上自衛隊の共通の認識を示しているように思えます。 このような自衛隊が日本の安全保障政策を主導すれば、もはや憲法の規制は完全にかなぐり捨てるのではないでしょうか。 安全保障政策は国家の最も重要な政策の一つです。それだからこそ、憲法の立憲主義による規制は必要なのです。

5、 以上紹介したことは、個人かせいぜい派遣部隊ぐるみの暴走ですが、以下に紹介することは海上自衛隊ぐるみの暴走と考えられるものです。

  2006年2月佐世保在泊護衛艦の一下士官の個人用パソコンから、海自秘密文書がインターネット上に漏洩するという出来事がありました。 その中に 「平成15年度海上自衛隊演習 (実働演習) 佐世保地方隊作戦計画骨子」 という文書が含まれていました。

  前田哲男さん達のグループがその分析をしているとのことですが、実働演習の概略が岩波新書 「自衛隊 変貌のゆくえ」 (前田哲男著) で紹介されています。 演習の想定は、第二次朝鮮戦争に至る前段での日米共同での北朝鮮封鎖作戦で、日本は周辺事態法を発動し、米軍への後方支援や船舶検査を行うものです。 朝鮮半島とその周辺海域を米軍の作戦区域としています。

  前田さんはこの著書で、周辺事態法の要件がないにもかかわらず、米軍の要請で周辺事態法を発動して共同作戦にはいることの危険性を指摘されています。 私はもう少し違う視点で注目しました。
  演習では、中国軍が北朝鮮軍と呼応して米軍後方支援部隊を妨害したり、尖閣諸島を占領することを想定しています。 これに対する日米両軍の作戦区域は、九州南方海域から琉球列島を含む広大な楕円状の海域です。 海域で日米両軍は、船舶検査活動、後方地域支援、弾道ミサイル対処 (両国のイージス艦が行うものと思われる)、浅海域の対潜戦、米空母の防護支援、 米艦艇の防護を行うとされます。この作戦は集団自衛権行使です。

  通常この様な軍事演習は、新聞報道で見る限り参加人員や参加艦艇数・航空機の数位しかわかりません。演習の詳しい想定や作戦内容は秘密です。 はしなくもウィニーによりインターネット上へ流出したため、詳しい演習内容が判明したにすぎません。 前田氏は岩波新書の中で、台湾海峡封鎖作戦ではないかと指摘しています。私たちの知らないところですでに自衛隊は、 憲法で禁止されているはずの集団自衛権行使を当然とするかの軍事演習を行っていたのです。

  この演習で想定されている日米両軍のイージス艦による共同の弾道ミサイル対処の際、 米イージス艦が攻撃を受けたら自衛隊の護衛艦がそれを防衛すべきではないかという事態を、集団自衛権に関する憲法解釈見直しと称して、 安倍前首相が立ち上げた 「安全保障の法的基盤の強化に関する懇談会」 で検討を進めたのです。
  ここから見えてくることは、現場の自衛隊、そして米軍の軍事合理性に基づく憲法違反の暴走を追認するための解釈改憲であり、憲法改悪であるということです。

  では、なぜ自衛隊が暴走を始めようとしているのでしょうか。この疑問に応えることは、憲法、とりわけ9条改悪の策源がどこにあるのかを見極めることにつながるでしょう。
  私の回答は、ブッシュ政権下で押し進められた米軍のグローバルな軍事態勢の変革 (トランスフォーメーション) と、日米軍事同盟の再編強化、 それに呼応した日本の新しい安全保障政策と自衛隊のトランスフォーメーションである、というものです。

  このことを正面から書くと、私の友人達から、井上の書くことはいつも小難しいと言われそうなので、この連載の中で、脅威論と合わせて折に触れて言及するつもりです。
2008.1.8