2008.2.26

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

コスタリカ訪問記

  2008年1月16日から24日までの間、中米コスタリカを訪問しました。私には初めてのコスタリカでした。

  コスタリカはご承知のように、1948年の内戦の直後に、常備軍を廃止する憲法を制定し、60年間常備軍をもうけないで国の独立と安全を維持し、 常備軍を持たない政策は党派を超えた国民の幅広い支持を得ています。
  日本の憲法の精神と共通する点が多く、護憲運動、平和運動の中でコスタリカに学ぶということが、日本の運動のエネルギーにもなっています。 そのためこれまで多くの法律家や平和運動に関わる市民が訪問しています。

  私もこれまで仲間の法律家が訪問するのを、うらやましく眺めていました。私は一人で法律事務所を経営しているため、平日を何日も開けると、 その前後の日程のやりくりのため、気が狂いそうになるくらいのストレスを抱えることがわかっていたので、なるべく海外へ出かけることは避けていました。

  しかし、2006年7月と2007年7月に広島で開かれた 「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」 で、検事団の一員となり、 3名の判事団の一人にコスタリカ大学のバルガス教授が参加するという機会がありました (民衆法廷)。
  2007年7月16日、判決文 (ヒロシマ判決) の被爆者への交付と記念シンポがあり、私もバルガス教授とパネルで発言しました。 終了後、彼から来年 (2008年) 1月に国際反核法律家協会の大きな会議をやりたいが出席できないかと誘われました。パネルでの私の発言に興味を持ったのでしょう。 その後バルガス教授は上京し、日本反核法律家協会の会議に参加し、コスタリカで国際反核法律家協会の理事会やセミナーを開くことを話し合ったそうです。

  国際セミナーで私も報告しろとのことで、参加することにしました。日本からの参加者は団長の池田眞規弁護士 (日本反核法律家協会会長) 以下弁護士7名、 被爆者2名、医師1名、なぜか歌手1名 (横井久美子さん) 同時通訳2名など総勢22名です。 池田さんの話では、被爆者がコスタリカを訪問するのはこれで2度目のようでした。私は妻と娘の3人で参加しました。

  国際反核法律家協会は1988年に設立された、核兵器廃絶を目指す法律家の国際団体です。 国際司法裁判所で、核兵器の使用、威嚇が違法であるという勧告的意見 (1996年7月) を勝ち取った世界法廷運動では、 運動の提起からプロモーションまで重要な役割を果たし、その後の反核運動に大きな力を発揮しました。 日本でも世界法廷運動の中で日本反核法律家協会を設立し、日本支部として活動をしています。

  コスタリカ会議では、1月18日理事会、19日と20日は国際セミナーという日程です。初めてのコスタリカなので、会議の全日程を参加すると、 観光する日程がとりにくいため、理事会はエスケープしました。訪問した時期はコスタリカの乾期にあたり、サンホセ市内は雲一つない好天が続き、 常春という過ごしやすい気候でした。首都といっても、日本では小さい地方都市のような規模です。 市民はフレンドリーで社会も安定し、常備軍を廃止したことがコスタリカの平和な市民生活を保障していることを感じさせられます。 隣国のニカラグアやホンジュラスと比べるとその違いは歴然としています。

  私たち日本代表団の目的は、現在被爆者団体と日本反核法律家協会が計画している第二原爆訴訟に、国際的支援を取り付けることでした。 第二原爆訴訟とは、被爆者を原告、米国政府を被告として、米連邦裁判所へ原爆投下による損害賠償と謝罪を求める裁判を提起するというプロジェクトです。
  広島・長崎への原爆投下は当時の国際法に照らしても、明白な戦争犯罪でした。そのことは、上述したヒロシマ判決で明らかにしています。 しかし米国内法ではこれが認められる可能性は極めて薄いと考えています。
  そこで、米国の裁判所で請求が認められなければ、米国も加盟している米州機構の人権裁判所へ提訴する計画です。 このプロジェクトは、日本反核法律家協会に所属する国際法学者や米国内法制に詳しい法律家を交えた研究会を踏まえています。

  私は、セミナーで 「ヒロシマ判決の含意」 と題して報告しました。その内容は次号に紹介しますが、要約すれば、核兵器廃絶のためには核兵器禁止条約が必要であり、 条約を作る上で核兵器の使用、威嚇のみならず、化学兵器禁止条約のように、その保有、開発、製造などあらゆる段階で、 核兵器が違法であるという法的確信が国際社会で形成されなければならないこと、ヒロシマ判決は、原爆投下に関わった当時の大統領以下政府高官、軍人、 研究者を戦争犯罪として有罪と認定しましたが、この判決を核兵器廃絶運動の中で広め、確信にすることで、 核兵器が違法であるという法的確信を形成できるという内容です。

  セミナーでは、日本、コスタリカ、米国、ドイツ、ニュージーランドから、法律家や平和運動家が参加しました。 二名の被爆者が被爆証言を行い、参加者に深い感銘を与えました。コスタリカ人の同時通訳 (ヘルマン・ステファン氏) が、被爆者の証言を涙ながらに通訳し、 自宅に帰ってからその体験を家族に涙ながらに話し、家族共々深い関係を受けたことを、二日目の会議の冒頭、ペーパーとして提出しました。 被爆者のお二人は、セミナー以外にもコスタリカのテレビ局のインタビューや、コスタリカ最大のケーブルテレビでの特別番組に出演するなど、 多くのコスタリカ市民へ被爆体験を伝えました。

  私は報告の冒頭で、セミナーの名称が 「核兵器廃絶と戦争及び武力紛争の廃止」 というものであることから、 核兵器廃絶のためには被爆者の体験を学ぶことが必要であり、戦争と武力紛争の廃止のためには、 60年前に常備軍を廃止し平和国家として国際社会で影響力を発揮しているコスタリカの経験に学ぶことが必要であること、 その意味でこのセミナーへ被爆者が参加し、コスタリカの首都で開かれることは意義深いことを述べました。

  セミナーへは、カレン・フィゲーレス女史が参加されました。彼女は60年前の内戦の指導者で、常備軍廃止の憲法を作り、その後コスタリカ大統領になった、 ホセ・フィゲーレス (故人) の婦人です。ホセ・フィゲーレスはコスタリカではドン・ペペという愛称で、現在でも尊敬されています。 カレン女史は、数年前に日本へも 「平和の使者」 として訪問され、各地で講演を行い、深い感銘を与えた方です。 セミナー初日が終わった夜、カレン女史の広大な邸宅へ参加者全員が招待され、印象深いガーデンパーティーを催されました。

  コスタリカは美しい自然を多く残し、保護している国です。小さい国でありながら、蝶、鳥、ランの種類の多さはアフリカ全土よりも勝るといわれています。 会議の合間や終了後、美しい自然とふれることができ、地元の方達との交流など、得難い体験でした。

  私たちと参加した歌手の横井久美子さんが、 ホームページ で写真入りの訪問記をアップしています。
  この一文をお読みになられた法律家の方で、日本反核法律家協会 へ加盟しようとお考えの場合、 是非とも会のホームページをご覧ください。
2008.2.26