憲法9条と日本の安全を考える
台湾海峡有事と日本防衛
1. 3月13日自民党安全保障調査会の席上で、防衛省高見沢将林防衛政策局長は、台湾海峡有事の際の対応について、「周辺事態発生よりも前に、
自衛隊の態勢として当然、警戒監視を高めて、それなりの対応をしないといけない」、「中国の人から 『周辺事態 (認定) をどうするか』 と聞かれれば、
日本は当然 (対応する)。これは日本自身の安全保障の問題だ (と答える)」 と発言したことが、3月14日の新聞で報道されています。
2. 日本と中国とが武力紛争の当事者になるということは、日中関係を考えると、ほとんどの国民には考えられないことかもしれませんが、
防衛政策を立てる防衛省は、その可能性を考えているのです。私は、台湾独立を巡る中台紛争に日米が介入することを、私たちにとって最も危険な事態であるし、
日本の防衛政策はその可能性を前提に進められていることを、これまで学習会などでお話ししてきました。
それでも多くの方はまさか、という思いで聞かれていると思います。以下に述べるように、これは根の深い問題なのです。
3. 2005年 1月16日中国新聞 (共同通信配信) は、「南西諸島有事防衛」 について防衛庁の部内協議で対応策を策定したと報道しました。
その内容は、中台武力紛争で中国軍が南西諸島の一部を軍事占領したことを想定し、奪還作戦のため、
侵攻への直接対処要員9,000人を含む陸自部隊55,000人と海自護衛艦、潜水艦や空自戦闘機が戦域へ派遣される、というものです。
占拠された島の奪還作戦、護衛艦や戦闘機による中国海軍の阻止作戦 (水上・海中・航空攻撃でしょう)、警戒監視や情報収集などの作戦行動をとるというのです。
陸上自衛隊の定員が14万人余りですから、その3分の 1以上を動員する作戦ということになります。当然、海上自衛隊や航空自衛隊もそれにふさわしい動員になります。
北朝鮮の動きを牽制する作戦もあります。この軍事作戦は、日本の軍事力の総力を挙げた作戦ということです。
報道では、この作戦計画は04年11月に策定されたとのことです。
4. 以上のことから、二つのことを想起します。一つは、この作戦計画は、必ず米軍との共同作戦であり、米軍との共同作戦計画があるということです。
もう一つは、04年12月閣議決定された 新防衛計画大綱 との関係です。
新防衛計画大綱は、島嶼部防衛を自衛隊の主要な任務の一つに挙げているからです。
5. 私がこの中国新聞の記事を忘れかけていた頃、06年12月30日中国新聞 (共同通信配信) に目がとまりました。
中国軍が尖閣諸島を占領した想定で、初めて日米両海軍が共同演習を行ったという記事だったからです。
05年11月硫黄島周辺で行われた日米の海軍の共同演習の想定は、中台情勢緊張下で中国軍が尖閣諸島に武力侵攻し、
日本と米国が海上交通路を確保し (制海権を確保という意味でしょう)、日本が輸送艦で地上部隊を緊急展開し、尖閣諸島を奪還するというものです。
海上自衛隊からは、イージス艦等約90隻、P3Cなど約170機が参加した海上自衛隊演習の際に、
米海軍からは、空母キティーホークなど10数隻が参加して行われたというのですから、極めて大規模な共同演習であったと考えられます。
04年11月に防衛庁がまとめた計画と重ねると、中台武力紛争で日米がどれだけの戦争計画を作ろうとしているかある程度想像できます。
台湾海峡有事を想定した日米の共同作戦計画策定作業が密かに進められているに違い有りません。
この二つの記事は、私が常に持っている問題意識、則ち、軍事演習と作戦計画作りが密接に関わっているということを裏付けていると思います。
6. 新防衛計画大綱は、新たな時代の安全保障政策を打ち出し、これまでの基盤的防衛力構想から、多機能弾力的防衛構想へ移行し、
この防衛力構想で自衛隊の主要な任務の一つに、島嶼部防衛を挙げました。防衛計画大綱文書を読んでも、どのような作戦かは分かりません。
何か小規模の作戦のような感じを与えてしまいます。しかし、実際には日本の軍事力の総力を動員する戦争計画だということが、以上の報道でお解りいただけるでしょう。
7. わたしは、「根が深い」 と表現しました。その意味は、台湾海峡有事での日米共同作戦計画は、10年以上前のある事件から出発しているからです。
96年3月、台湾で初めての総統選挙が行われました。この機に台湾独立の動きが加速することをおそれた中国は、
中国軍としては初めての三軍の統合軍事演習を行ったのです。軍事演習による台湾への威嚇です。演習の想定は、台湾独立阻止のための台湾への軍事侵攻です。
前年12月から始まった演習は、3月最終局面で、短距離弾道ミサイルを台湾の高雄・基隆両港の沖合へ打ち込んだのです。
米軍は、二個空母戦闘群を台湾近海へ派遣しました。05年12月19日から20日にかけて、空母ニミッツ戦闘群は台湾海峡を通過しました。
もう 1個群は、日本を母港にしていた空母インディペンデンス戦闘群です。これは中国への強烈な軍事的牽制です。
台湾海峡という中国の聖域を米空母部隊が通過したのですから。
米国は中国軍との戦闘も想定し、日本に対して給油艦の派遣、敵情報の提供、負傷した米兵の収用などの具体的な支援を要請しました。
94年第一次朝鮮半島核危機の際にも同様のことが起きています。このときも1095項目の軍事支援を要請したのです。
94年も96年3月の時にも、日本には有事法制がないことで米軍の支援要請に応じられなかったといわれています。
日米同盟が機能不全になる! という経験が、その後の有事法制制定に大きな動機を与えます。
当時の橋本内閣や自衛隊は、偶発的な事態から中台間での本格的な武力紛争となることも想定し、その際、中国軍が南西諸島の一部を占領することを想定し、
自衛隊を動かそうとしました。護衛艦を八重山諸島へ派遣したり、F15戦闘機を那覇空港 (航空自衛隊那覇基地と同居) へ派遣することを検討したそうです。
那覇基地には旧式のF14しか配備されていなかったからです。
このときの経験が、その後の日本の防衛政策へ生かされていると考えられます。
8. 更に、07年 1月4日中国新聞で、中台有事を想定した日米の共同作戦計画の検討が進んでいるという記事に注目しました。
この記事は、最後に 「周辺事態の適用範囲に、台湾海峡が含まれるかを明確にしてこなかった日本政府の従来見解との整合性も問われることになりそうだ」
と問題点をズバリ指摘していたのです。既に朝鮮半島有事を想定した日米共同作戦計画が完成しつつある時期でした。
日米軍事当局の関心は、台湾海峡へ向けられているのです。このような背景を踏まえた上で、高見沢防衛制作局長の発言を理解しなければ、
その本当の意味は分からないと思います。
高見沢氏の発言に対して、出席した山崎拓氏、加藤紘一氏は 「誤解を与える」 と注意したそうです。町村官房長官は、記者会見で 「周辺事態は地理的概念ではない。
台湾だから、と自動的に法律が適用されることにはならない」 と述べました。近々予定されている中国主席訪日への悪影響を与えないという配慮でしょう。
山崎・加藤両氏は中国とのパイプが太い政治家です。しかし、両氏は 「誤解を与える」 と注意しただけで、発言の撤回を求めなかったのです。
山崎氏に至っては、「中台有事が周辺事態として認定される可能性があるが、(日本の対応は) 戦略的曖昧性が最も必要な分野だ」 と述べたそうです。
語るに落ちるとはこのことでしょう。この発言の本当の意味は、台湾海峡有事では日本は周辺事態法を適用して米軍と共に軍事的介入をするが、
そのことは明確にしない、その方が中国に対する抑止力になる、ということです。
高見沢局長の発言には、周辺事態を認定すると述べた後、「これは我々 (日本) の安全保障の問題なんだ。
だから中台でことを起こさないでくれ、絶対やめてくれ、と言う。これは日米安保の問題ではなく、日本の安全の問題だ。
そういう姿勢を示すことが大事だ」 と発言したそうです。
彼の発言には、大きなごまかしがあります。周辺事態法の発動は、米軍の軍事的後方支援が目的です。日本自身の個別的自衛権行使ではありません。
まさに日米安保の問題なのです。
また、この発言の趣旨は、日本の軍事力が中国に対する抑止力であるということも語るものです。山崎氏の 「戦略的曖昧さ」 も抑止力の考え方です。
軍事的抑止力による安全保障は、それが破れた場合には、取り返しのつかない破局になることを防ぐことができないという致命的な欠陥があります。
自衛隊・防衛省は、抑止が破れた時を想定して先に述べたような軍事演習や共同作戦計画を作ろうとしているのです。
9. 憲法9条は、このような戦争計画遂行にとって、乗り越えがたい制約となっています。周辺事態法を発動しても、対米支援の自衛隊は、
危なくなったら支援を中止したり、場合によってはその場から離れなければならないからです。
個別的自衛権の場合以外には武力行使ができないし、集団的自衛権行使ができないからです。
しかし、他方で武力攻撃事態法では、武力攻撃予測事態という概念をもうけています。
日本への武力攻撃が予測される事態ですが、この事態と周辺事態が重なるというのが政府の考え方です。
97年の新ガイドラインでもこの点は日米の共通の理解です。周辺事態が日本有事へと発展する、又は同時に起きることを想定して、
日米共同作戦計画を作ることを合意しているからです。いわば、周辺事態では危なくなったら逃げろという法制で、有事法制は踏み止まって戦えという法制なのです。
この二つの法制の矛盾は憲法改正しなければ解消できないでしょう。
ちなみに、日米防衛政策見直し協議 (いわゆる米軍再編協議と称されるもの) で合意された
「日米同盟:未来のための変革と再編」
(いわゆる 「中間報告」) (2005年10月29日) では、
「日本 (自衛隊ではありません、日本政府です) は有事法制による支援を含め、米軍の活動 (作戦行動です) に対して、
事態の進展に応じて切れ目のない支援を提供するための適切な措置をとる」 ことを合意しました。
周辺事態法 では、後方支援活動をする自衛隊が戦闘地域に入ったり、
攻撃を受けそうになったら、活動を中止し場合によっては撤退するという仕組みを作りました。
「事態の進展によっては支援の切れ目ができる」 のが現在の法制なのです。憲法改正問題は、具体的に提起されるのはまだいつか分からない将来の問題です。
それでも既に、この矛盾を解消するための日米の共同作業が進んでいるということなのです。
2008.3.19
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