2008.3.31

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

中国脅威論と日本の安全保障

1. これからの日本の安全保障、防衛政策において、中国脅威論が中心となる気配です。私はこの動きに密かに憂慮しています。

2. 中国脅威論を公然と述べたのは、2005年2月19日日米安保協議委員会 (ツープラスツー) 共同発表文でした。 この共同発表文はいわゆる在日米軍再編と称する日米同盟の再編強化に関する日米協議の中で、重要な位置づけを与えられています。 ここで日米両国は、日米同盟を変革してゆくための共通の戦略目標を合意したのです。

  ※ 日米安保協議委員会共同発表文 2005年2月19日
    「日米同盟:未来のための変革と再編」

3. 共同発表では、二つの共通の戦略目標を挙げています。地域における戦略目標と世界における戦略目標です。 地域における戦略目標には日本の防衛と周辺事態への対処が含まれます。
  また、この文書を読めば、日米両政府は日米安保体制と日米同盟を明確に区別していることが分かります。 「日米安保体制を中核とする日米同盟関係」 とか、「日米安保体制の実施及び同盟関係を基調とする協力を通じて共通の戦略目標を追求する」 と述べているからです。 日米安保体制が対象とする戦略目標が地域に置ける戦略目標で、日米同盟が対象とする戦略目標が、世界における戦略目標ということだと思われます。

4. 地域における共通の戦略目標として具体的に挙げられている項目は11項目です。北朝鮮問題が2項目、台湾海峡問題を含む中国問題が3項目などです。 中国関係が項目数では一番多いのです。このことから、日米両政府の共通の安全保障政策、軍事政策において中国問題が最も大きな問題であることを示しています。

5. 2005年10月29日日米安保協議委員会 (ツープラスツー) は、「日米同盟:未来のための変革と再編」 と題する文書 (いわゆる中間報告と称される文書) に合意しました。 2月の共同発表文で合意した共通の戦略目標を追求するための、日米両政府及び自衛隊・米軍の役割・任務・能力と、 それを実行するための在日米軍と自衛隊の兵力態勢の再編を合意したのです。

6. この中で、「二国間の安全保障・防衛協力の態勢を強化するための不可欠な措置」 として、 相互協力計画 (周辺事態での日米共同作戦計画のことです) の検討作業を拡大し、より具体性を持たせ、相互協力計画策定作業を促進することを合意しました。 この作業にあたり、有事法制が決定的に重要な役割を果たすことも確認しています。 日米安保協議委員会のこの二つの合意文書を読めば、日米両政府は台湾海峡問題を周辺事態として日米共同作戦計画を作ろうとしているということが理解できます。

  周辺事態に際し、日米共同作戦計画は、有事法制で日本の国内動員を不可欠としていることも読みとれます。 「日米同盟:未来のための変革と再編」 は、特に 「一般 (民間という意味) 及び自衛隊の飛行場及び港湾の詳細な調査を実施」、 とか 「(共同作戦) 計画検討作業により具体性を持たせ、関連政府機関及び地方当局と緊密に調整し」 て検討作業を進めることを書いています。

  ここで想定されている有事法制は、特定公共施設利用法、国民保護法、米軍支援法でしょう。 特定公共施設利用法は、空港・港湾・道路・海域・空域・電波を特定公共施設として、国民保護のための使用と調整するための有事法制です。 これらの施設は、住民が避難する際に使用されると共に軍事利用でも不可欠だからです。当然軍事優先となります。

  国民保護計画を実行するのは地方公共団体ですから、地方公共団体と密接に協議しなければ、有効な作戦計画が作れないのでしょう。

7. 周辺事態でなぜ有事法制を発動することを考えているのでしょうか。1999年に周辺事態法が作られました。 しかし、周辺事態法には大きな限界があったのです。この法律は主として自衛隊による米軍の後方支援を行うために制定され、 地方公共団体や民間団体へは協力の要請ができるということしか規定されていませんでした。 ところが、有事法制の基本法である武力攻撃事態法では、有事法制を発動する前提としての有事を、「武力攻撃事態」 と 「武力攻撃予測事態」 としました。 「予測事態」 には周辺事態が含まれるというのが政府見解です。

  ここまで書けば、皆様も理解されるでしょう。周辺事態法では地方公共団体や民間へは強制力がなかったのですが、 有事法制では法的な強制力や事実上の強制力が働く仕組みが作られたのです。 それにより、日米共同作戦計画策定作業に 「より具体性」 を持たすことができるようになったのです。

8. 台湾海峡での中台武力紛争が周辺事態になるかということでは、日本政府は曖昧な態度をとってきました。 3月13日の高見沢防衛政策局長の発言に対して、町村官房長官は記者会見で 「周辺事態は地理的概念ではない。 台湾だから、自動的に法律が適用されることはない」 と弁明し、山崎 拓氏が「(日本の対応は) 戦略的曖昧性がもっとも必要な分野だ」 と述べたのも、 日本政府のこの方針があるからです。なぜ 「戦略的曖昧性」 なのでしょうか。このことは日中間の諸問題の中でも最も基本的なことなのです。

9. 話は米中、日中国交回復までさかのぼります。米国ニクソン政権は行き詰まったベトナム戦争を打開するため、中国との国交回復を決意し、 72年2月北京を訪問し、米中 「上海コミュニケ」 を発表して、国交回復の道筋を付けます。 当時日本では沖縄の施政権返還交渉の大詰めを迎え (72年5月に施政権返還が実現)、日米間の返還交渉で最大の問題になったのが、 返還後の沖縄に安保条約を適用することでした。

  本土並み返還をかかげて交渉した以上、返還後の沖縄に安保条約による事前協議システムが適用されることは当然でした。 事前協議とは、米軍が日本の基地から出撃する場合、日本政府と事前に協議することを義務づけている制度です。 米軍が日本の基地を使用して出撃することで、日本は米国の戦争に巻き込まれるおそれがあり、それを防ぐという名目です。

10. しかし、沖縄はそれまでは米軍の施政下で基地は自由に使用されてきましたし、それを前提に米国のアジア戦略が作られていました。 沖縄の米軍基地は、朝鮮半島と台湾海峡をにらむ戦略拠点です。しかし、中国は日米安保条約が台湾海峡問題に適用されることを最もおそれていました。

  沖縄施政権返還を合意した 「佐藤・ニクソン共同声明」 では、「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとって極めて重要な要素である」 と確認し、 返還後の沖縄に安保条約とその関連取り決め (事前協議制度のこと) が適用されることを合意した上で、「総理大臣は、沖縄の施政権返還は、 日本を含む極東諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではないとの見解を表明」 したのです。 この含意は、いざ有事となれば沖縄の基地から米軍が出撃することに 「イエス」 と同意し、それまでと変わらないような沖縄の基地使用を保障するということです。 「本土の沖縄化」 と称されるものです。

11. 日中国交回復で最大の問題となったのは、台湾の地位を巡る問題でした。中国は一つという原則は、台湾が中国の一部であるということとは別問題です。 米中上海コミュニケでも日中共同声明でも、一つの中国原則は問題なく合意されました。台湾との外交関係を絶つことで実行できたからです。

  しかし、台湾の国際法上の地位では極めて困難な交渉になったようです。台湾が中国の一部であることを認めると、 台湾海峡での中台紛争は中国の国内問題として、日本も米国も武力介入は国際法違反となるからです。 この問題では日中両国は妥協しました。共同声明第4項で、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の不可分の一部であることを重ねて表明する。 日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する。」 と書かれました。

  ※ 日中共同声明

12. 台湾の国際法上の地位に関して、中国政府は本土と一体の固有の領土であるという主張をし、日本政府はそれと同じことを認めるというのではなく、 中国の主張を尊重する、中国がそのような主張をしていることを認めるというに止めています。

  さらにポツダム宣言第8項が付加されています。ポツダム宣言は日本の無条件降伏を定めた文書です。 宣言を受諾するまで日本は、台湾を自らの領土として植民地支配していました。 ポツダム宣言8項は、日本の主権を、本州・九州・北海道・四国と連合国が決める諸小島へ限局し (台湾への日本の主権は放棄するということ) と、 カイロ宣言で台湾は中国へ返還されるということを謳っています。

  ※ カイロ宣言  ポツダム宣言

  この意味は、台湾が中国へ返還されるべきことは認めても、台湾が中国の領土の一部であることを認めたものではなく、 台湾の国際法上の地位はまだ未解決であるというのが日本政府の立場なのです。 したがって、中国が台湾を武力統一しようとした場合、日本の対応については立場を留保するというものです (「台湾問題についての日本の立場― 日中共同声明第3項の意味」 元駐米大使 栗山尚一)。

  ※ 栗山論文

13. 防衛省内で、次期防衛計画大綱の策定を念頭にした準備活動が行われています。04年12月新防衛計画大綱は10年間の計画を定め、 重要な情勢変化が生じたり、5年後には修正をするとも述べています。5年後とは来年のことですから、既にその準備作業をしているのです。

  平成18年度防衛研究所特別研究成果報告書という文書があります。「次期『防衛計画大綱』のあり方についての検討」 と題する文書です。 この検討では、安全保障問題の専門家6名からなるディスカッショングループを作り、「脅威認識エキササイズ」 を行った結果を述べています。 脅威認識エキササイズとは、グループメンバーそれぞれが、脅威と考える事態をリストアップし議論する作業です。 その結果、我が国の防衛で最優先順位に台湾紛争の日本への波及、地域安全保障で最優先順位に台湾海峡有事が挙げられているのです。

14. 私のこの連載で近い内にアップされる原稿で詳しく紹介しますが、陸上自衛隊幹部学校が主催した 「総合安全保障セミナー (第 1回)」 で発表された資料によると、 海外権益の防護のため自衛隊の海外派兵をすることを提言しています。アジアでは中国を封じ込めることが主眼となっていることが分かります。 このセミナーへ参加した陸上自衛隊49期指揮幕僚課程の若手自衛官は、将来の陸自を背負うトップエリート達です。

15. 現在自衛隊内部では、これからの日本の安全保障上の主要な脅威として、中国を封じ込める軍事政策を検討しているのです。 日米間でも台湾海峡有事を想定した軍事演習と共同作戦計画策定がすすんでいます。 どのようなものかは、前号 「台湾海峡有事と日本防衛」 をお読みください。
2008.3.31