2008.5.9

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

暴走を始めた自衛隊 その4

1、 暴走を始めた自衛隊その1で、2006年12月防衛二法が改正され、防衛庁が省となり自衛隊の海外任務が本来任務化されたことには密接な関係があり、 それは、安全保障政策の手段として自衛隊を有効活用しようとすること、防衛省が安全保障政策の主務官庁になることを意味するものだということを述べました。

  2007年1月9日防衛省移行記念式典が開かれました。久間防衛大臣 (当時) はその式典での訓辞で、 自衛隊発足以来の宿願であった政策官庁となったことを感慨深いものとし、自衛隊員に対してまず、 「省移行に伴い、真の政策官庁を目指して変えていかなければならない」 「防衛省は、国家の未来を戦略的に考え、我が国の安全保障のみならず、 国際社会からの期待に十分応えうるような政策機能の強化を図る必要がある」 と訴えています。

  久間大臣の訓辞には、苦節52年の結果政策官庁となったことへの昂揚した感情が、自衛隊の中に生まれていることを感じ取ることができます。
  今自衛隊の中に、近い将来の憲法改正をにらんだ、いわば 「自衛軍」 への脱皮をしようとする動きが見え隠れしています。

  自衛隊の海外任務の本来任務化で、自衛隊の装備は、海外での任務遂行が可能になるよう、次々と更新されつつあります。 守屋次官の汚職問題で注目を浴びた次期輸送機CX、現在建造中の大型護衛艦 (というよりヘリ空母) 16DDH、大型輸送艦の就役などです。 これらの装備の変化は目に付きやすいのですが、自衛隊員の意識の変化は表に出にくく、見落としがちです。

  「暴走を始めた自衛隊」 というタイトルで書き始めたのは、この点に焦点を当てようと思ったからです。

2、 私がよく軍事問題関係の資料を入手する先に、ある会があります。有料ですが、憲法問題を安全保障、軍事の側面から考える上で大変有益です。

  同会が情報公開法により請求し防衛庁が開示した資料を最近送ってもらいました。 2004年7月26日から30日、陸自幹部学校で開かれた総合安全保障セミナーで使用された資料です。 参加者は、49期指揮幕僚過程の学生と外部の参加者 (松下政経塾、伊藤忠商事、三井物産エアロスペース、株式会社リコーなど) です。 指揮幕僚過程は、30代前後の陸自若手幹部で、将来の陸自のトップエリートを養成する教育課程とのこと。

  セミナーの課題は 「今後の国際情勢を踏まえ、見通しうる将来において日本が採るべき安全保障戦略について考察せよ。 この際、思考過程、国家目的、目標等を踏まえ、具体的政策提言を作成せよ」 というものです。 防衛省が安全保障政策の主務官庁となる上で、それを担う人材育成を行っているのでしょう。資料を見れば防衛省が目指そうとする安全保障政策が透けて見えてきます。

3、 まず、「見通しうる将来」 を今後10年から20年というスパンでとらえています。 その上で、日本を取り巻く周辺諸国 (韓国、中国、ロシア) を日本に対する脅威の対象ととらえています。 それと併せて、朝鮮半島の統一や台湾の中国への統一はさせないで現状維持をするという戦略を前提にします。

  注目すべきは、米国の影響力が低下することを見越しながら、日米同盟を維持しながらも重層的多国間枠組みの構築を考えています。 これらの安全保障政策を実現するために、憲法改正と集団的自衛権行使の合法化を提言します。

4、 ではなぜ憲法改正なのか、改正して何をしようとするのでしょうか。 セミナーでは、参加者がいくつかのグループに分かれて、同じ課題でグループ単位での発表・提言を行っています。

  資料はそのうち4つのグループのもので、第5GPの提言では 「見通しうる将来において、 日本が撮るべき安全保障戦略〜政治と軍事は経済に奉仕すべし〜」 との表題を付けているように、ズバリ海外経済権益の保護です。

  世界地図上に食料・資源・エネルギーの依存先を 「我が国の国益 (生存) 圏」 と描き、「我が国の安全保障 (軍事)」 として、 朝鮮半島、中国沿岸、東南アジア、インド洋からペルシャ湾を 「単独派兵」 地域とし、「国益圏に展開できる軍事力の保持」 のため、 「専守防衛から積極攻勢」 へと軍事態勢を転換することを提言するのです。


  中国に対しては、「中国封じ込め態勢の確立」 のため、「ASEAN、インド、イラン、モンゴルとの軍事協力」 を進めて、「対中包囲網」 を形成するとしています。


  別のグループの提言では、「支那封じ込め戦略」 と、中国を支那と呼称し (支那という熟語はパソコンではそのまま出てきません)、 「暴戻支那 (中国)」 を封じ込めるため、「友邦インド」 と 「白熊ロシア」 が牽制 ・ 包囲する図を示しています (カギ括弧内の用語は資料をそのまま引用しています)。


  「暴戻支那」 という用語は、戦前派の年輩者には分かる言葉ですが、1937年7月7日廬構橋事件の後始まった日中戦争において、 同年8月15日、日本政府が発した開戦声明の中に 「支那軍の暴戻を膺懲し」 が登場します。 その後日本で日中戦争遂行のスローガンとなったのが 「暴戻支那の膺懲」 でした。

  時代錯誤といってすまされるものではありません。セミナーに参加した陸自隊員は、近い将来の陸上自衛隊を背負うことを託されたトップエリートなのです。 彼らの安全保障戦略観に共通していることは、憲法改正により日本が強大な軍事国家となり、海外権益防護のため積極的に軍事力を行使すること、 しかも極めて自己中心的な戦略を思い描いていることです。

  安倍前総理大臣が、「価値観外交」、「大アジア構想」 を掲げてアジア三か国訪問の最後に、昨年7月21日インドを訪問し、シン首相と会談しました。 このときの安倍首相の政治的思惑は、日 ・ 米 ・ 豪 ・ 印連携による中国包囲網形成にありました。 この思惑に対して、アジア諸国のみならず、インドも警戒しました。ライス国務長官も 「中国に対して思いがけないシグナルを送る可能性がある」 とクギを刺したのです。

  このことからもわかるように、世界の大きな流れは、中国とどのように友好関係を築き、共存共栄をはかるのか、 中国をより国際社会へ開けた国にするため働きかけるのかというところにあるのです。

  この様な世界の流れを理解できない独りよがりの安全保障戦略は、あたかも戦前の軍部が、軍閥割拠の分裂した中国から、 統一を目指す巨大な民族エネルギーを形成しようとしていたことを見誤り、3ヶ月で降伏すると考えて日中戦争を仕掛け、 さらに日本を盟主とした大東亜共栄圏を形成し、ナチスドイツと世界を二分するという密約を結び、対米英戦争を仕掛けたという歴史を想起させます。

5、 いかがでしょうか。私には、一部の過激な青年将校が仲間内の気安さから行った放言であるとはとうてい考えられないのです。 改憲勢力の中にはこの様な戦略を思い描くものがいるということ、それも防衛省の安全保障政策を左右しうる立場のもの達であるということに、慄然とするのです。

  既に始まった自衛軍化の動きは、この様な思考の持ち主に 「君たちの出番が来るぞ」 と呼びかけているようなものです。 憲法改正により自衛軍を創設し、軍事力による安全保障政策を遂行することで、この様な勢力の力を解き放ち、日本と世界に害悪を及ぼすことは間違いありません。
2008.5.9