憲法9条と日本の安全を考える
暴走を始めた自衛隊 その5
「こんな憲法の下ではやってられない!」
1、 田母神問題の重大性
私はこの連載コーナーで、「暴走を始めた自衛隊」 という主題で4回寄稿しています。田母神問題が報道されてから、新聞報道をずっとフォローしてきました。
この問題は、「勇猛果敢、支離滅裂」 と称される航空自衛隊の体質を、文字通り体現したような田母神氏の個人的な資質から引き起こされたものではなく、
制服組ナンバー2が先頭を切って暴走したことを示したのだと思うようになりました。
田母神問題にはいくつかの切り口がありますが、私は9条改憲問題の切り口から論じてみたいのです。
アパグループの懸賞論文の中で、憲法に触れた部分を紹介します。
論文は特異な歴史観を披瀝し、東京裁判で戦争責任を押し付け、そのマインドコントロールが今も続き、自衛隊をがんじがらめにしている、
自衛隊は領域警備もできない (これは彼の誤解です)、集団的自衛権行使も出来ない、武器使用への制約が極めて多い、攻撃的兵器保有が禁止されている、
と政府の9条解釈を批判しています。
彼は制服組のナンバー2という地位にあり、政府に対して制服組を代表して9条改憲を迫っていると私は考えています。
では、そもそも違憲の存在である自衛隊制服組の高官が、なぜあつかましく改憲を要求するのでしょうか。ここには自衛隊の危険な変貌が潜んでいるのです。
そもそも軍隊がその国の基本制度を変えろと要求することは、クーデター一歩手前と考えてよい事態でもあります。
むろん田母神氏にはそのような意図はないと思いますが、彼の主張は彼個人の特有なものではないだけに、これを放置すれば、
いずれ危険な事態に至ることもありうるのではないでしょうか。
2、 暴走を始めた自衛隊(田母神問題の背景)
私は、自衛隊が近年危険な変貌を遂げようとしていることを 「自衛隊の暴走」 と呼んでいます。何を目指して暴走しようとしているのか。
一言で言えば自衛隊の自衛軍化です。
「隊」 と 「軍」 ではどう違うのでしょうか。自衛隊は海外では集団的自衛権の場合を含め武力行使が出来ません。
だから海外で自衛隊員が武器を使用する場合には、自己保存という自然の本能的な場合に限定され、任務遂行のための武器使用は禁止され、
対人殺傷行為は刑法上の正当防衛と緊急避難の場合に限定されるのです。
むろん他国軍隊への駆けつけ警護は出来ないし、他国軍隊の武力行使と一体化した支援は出来ないのです。
実はこの制約は、警職法第7条 「武器の使用」 とほとんど同じなのです。
否それよりも更に限定されているといえます。警職法では任務遂行のための武器使用が認められているからです。
つまり、自衛隊は海外では警察活動かそれ以下の活動しか出来ないのです。派遣された自衛隊員にとっては、
自分たちはライオン (軍隊) と思って出かけたところ、番犬 (警察) としてしか活動できないという屈辱を味わうことになります。
イラクのサマーワへ派遣された元陸自先遣隊長佐藤正久氏 (現参議院議員) が、今年8月に、
オランダ軍に対して駆けつけ警護を行うつもりであったと発言したことがありました。
これについては、このコーナー 「暴走を始めた自衛隊 2」(08.1.8更新) で詳しく書きましたので、ぜひお読みください。
2004年10月22日陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班の2等陸佐 (当時) が、
自民党憲法調査会憲法改正案起草委員会座長であった中谷 元氏へ憲法改正草案 (安全保障関係) をファックスする出来事がありました。
この問題については、この連載コーナー 「暴走を始めた自衛隊 1」(07.12.26更新) で詳しく書きましたので、ぜひお読みください。
2004年7月陸自幹部学校主催の第一回安全保障セミナーが開催されました。参加者は陸自指揮幕僚学校の30代前後の自衛官 (三佐や一尉) と伊藤忠商事、
三井物産エアロスペースなどの軍事産業社員などでした。これについては 「暴走を始めた自衛隊 4」(08.5.9更新) で詳しく書きましたので、ぜひお読みください。
彼らの発想の中には、いずれ米国の力が弱まるであろうという考えがあり、日本が単独でも軍隊を派遣して国益権を防衛するといういわば自主防衛構想があるようです。
この発想は田母神氏の主張にも共通するものがあります。さらに彼らや田母神氏の思想の根底には、
近隣諸国とりわけ中国に対する蔑視感があると感じるのは私の思い過ごしでしょうか。
幹部自衛官が陸戦研究誌へ、憲法を改正しないと設置できない軍事裁判所を公然と要求する論文を掲載しています。
これについては、このコーナー 「自衛隊海外派兵恒久法と9条改憲」 で詳しく書いていますので、ぜひお読みください。
このように自衛隊制服組の中から公然と憲法9条改正の意見が出るようになった背景には何があるのでしょうか。
このコーナー 「暴走を始めた自衛隊 1」(07.12.26更新) でも書きましたが、とても重要な点なので詳しく述べたいと思います。
田母神氏の主張には、海外派兵の常態化とその実績への自信、それの裏腹で、海外活動に対する9条の制約に対するフラストレーションの高まり、
9条の制約をそのままにして、政策遂行手段として安易に自衛隊海外派兵を行う政府与党政治家への不満の高まりがあることが見て取れます。
2002年12月から始まった日米防衛政策見直し協議 (一般には米軍再編協議と呼ばれる) で、日米同盟変革のプロセスが始まりました。
何を変革するかといえば、「日米同盟」 のグローバル化とそのための日米両政府の戦略レベルから軍隊の戦術レベルでの一体化の強化です。
そのためわが国は新防衛計画大綱を策定し、新しい安全保障政策を打ち出したのです。
一言で言えば、軍事力 (自衛隊) を安全保障政策遂行手段として有効活用しようというものです。
自衛隊法第3条が改正されて海外での軍事活動を本来任務とし、同時に防衛庁設置法を改正して防衛省としたのは、正にこのためでした。
自衛隊を管理するだけの防衛庁から、安全保障政策を主管する防衛省になるのです。
今後外務省を差し置いて安全保障政策、日米安保体制、日米同盟の主管官庁になろうとするでしょう。海外での権益防衛=国益防護=軍事力行使という思考です。
自民党新憲法草案第二章のタイトルが 「安全保障」 であり、第9条の2で自衛軍を設置し、その任務としてわが国防衛、国際平和協力活動、
国内治安維持を掲げていますが、すでにその先取りが進行しているのです。
わが国のこのような政治状況のなかで、自衛隊はこれまで違憲の存在であったものが急速に出番が来たので、制服組の高揚感はいやがうえにも高まっているでしょう。
田母神問題は、自衛隊の暴走が組織ぐるみであることを私たちに示しています。
自衛隊を政策遂行手段として安易に、かつ無理やり海外で使ってきた保守政治家たちは、自衛隊制服組へ大きな借りを作っているようなものです。
「こんな憲法の下ではやってられない!」 という制服組の要求は、9条改憲への強い圧力になっています。
3、 憲法9条改悪と自衛軍化を絶対に許してはならない
9条改憲を目指す制服組の軍事政策がいかに危険なものかは、理解していただけるでしょう。
15年戦争では何も悪いことはしていない、植民地支配では恩恵を与えた、自存自衛の戦争だ、相手に仕掛けられた戦争だという歴史観と、
近隣諸国に対する蔑視感を持ち、国益圏を軍事力を派遣してまで防衛しようという自衛隊ならぬ自衛軍の存在は、私には悪夢です。
9条改悪は自衛隊の存在を益々危険なものにするだけであり、絶対に許してはならないことを、今回の田母神問題は私たちに教えてくれたのです。
2008.12.5
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