2009.2.13

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

海賊対策を口実にしたソマリア沖への
自衛隊派遣に反対する

1、 政府は1月28日ソマリア沖海賊対策のために、自衛隊法第82条に基づく海上警備行動を発令して海上自衛隊を派遣する方針を決定し、 同日浜田防衛大臣は派遣準備指示を出しました。海上自衛隊呉基地では派遣に備えて、二隻の護衛艦が準備 (装備の追加や訓練など) に取りかかっています。 他方、現地調査のために自衛官が派遣されています。

  この派遣は、海賊対策新法を今国会で成立させ、それに基づいて派遣する前のいわば 「つなぎ派遣」 です。 実際に派遣される護衛艦がソマリア沖へ到着するのは3月下旬以降になるといわれています。 政府は3月上旬にも海賊対策新法を国会へ提出し、海上警備行動も発令する予定と報道されています。 うまくゆけば、護衛艦が現場海域へ到着する頃には、新法が成立して新法の下での活動になるかもしれないと計算しているのかもしれません。

  この間、麻生首相の前のめりの姿勢が目立ちました。オバマ新政権への手土産にする、中国海軍が既に出発したのでそれへの対抗意識といわれています。 防衛省は現行法制の下での海上警備行動による派遣には消極的でした。これは決して派遣自体に反対なのではなく、 現行法では正当防衛、緊急避難に限り武器が使用可能という仕組みなので活動しにくいため、 より活動しやすい新法を整備 (任務遂行のための武器使用を可能に) してからにしてくれというものにすぎません。 自衛隊としては、俺たちを政治の道具に使うのであれば、俺たちが活動しやすい法制を作れというようなものです。立法改憲への圧力になっています。

2、 任務遂行のための武器使用は、いわゆる自衛隊の海外での武器使用権限の拡大として、以前から要求されてきたものです。 2002年12月、当時の小泉内閣官房長官であった福田元首相の下で 「国際平和協力懇談会」 (別名福田懇談会) が報告書を提出しています。 その中に、自衛隊海外派遣の一般法 (恒久法のこと) 制定と、武器使用権限の拡大として任務遂行のための武器使用を容認すべきと答申しています。

  2004年10月陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班所属の現役自衛官が、自民党憲法調査会憲法改正案起草委員会座長の中谷元衆議院議員へ、 9条に関する改憲草案を提出しました。同年11月自民党はこの内容をそのまま憲法改正草案大綱 (たたき台) へ採用したのです。 彼はその中で任務遂行のための武器使用を解釈改憲で認めることを提案しています。
  2006年8月30日自民党防衛政策検討小委員会 (石破茂委員長) が作成した国際平和協力法案 (恒久法案) では、 任務遂行のための武器使用をできるようにしています。

  このように、任務遂行のための武器使用の容認は、現在の解釈改憲、立法改憲 (自衛隊海外派兵恒久法) の大きな焦点のひとつになっているのです。 海賊対策という聞こえの良いことを口実にしながら、任務遂行のための武器使用を解禁して、 その後に続く恒久法案の成立の突破口にするという思惑であることは間違いありません。

3、 海上警備行動による自衛隊派遣には、四つの問題があると考えます。
  第1、なぜ海上保安庁ではなく自衛隊なのか。
  第2、海上警備行動による派遣は自衛隊法に違反する。
  第3、憲法9条が禁止する武力行使になるおそれがある。
  第4、憲法を頂点とした法の支配を壊す。
以下簡単に私の意見を述べることにしましょう。

  第1、海上警備行動は、自衛隊による海上警察権の行使です。自衛隊法上は、第3条1項 「必要に応じ、公共の秩序維持に当たる」という、 本来任務の内 「従たる任務」 に位置づけられます。同法第82条で、海上警備行動は 「特別な必要」 がある場合に限り認められます。 「特別な必要」 とは、海上警察権行使は原則的には海上保安庁の任務であり、海上保安庁では対処できない場合に 「特別な必要」 とされます。 今回の海上自衛隊派遣では、海上保安庁では出来ない仕事なのか真剣に検討された形跡はありません。はじめから自衛隊派遣先にありきでした。

  海上保安庁には、7000トンクラスの 「しきしま」 が1隻、5000トンクラスの 「みずほ型」 が2隻、 3000トンクラスの 「つがる型」 が7隻あります (http://www.os-dream.com/jcg/index3.html)。 なぜ海上保安庁では対応できないのかきちっとした議論が必要です。海上自衛隊には海賊対策のノウハウがなく、司法警察権限がないため逮捕が出来ません。 海上保安庁にはマラッカ・シンガポール海峡の海賊対策での経験が蓄積されています。

  第2、海上警備行動は、日本の領海内とその目的達成に必要な限度で、公海や排他的経済水域に及ぶものです。 従って、ソマリア沖での海上警備行動は元々想定されていない活動です。海上警備行動の発令は自衛隊法に違反します。

  第3、政府の解釈は、海上警備行動は警察権の行使であるからそもそも武力行使には当たらないので、憲法9条に違反しないというものです。 ここで簡単に憲法9条に関する政府解釈の原理を紹介しましょう。

  個別的自衛権行使以外には海外での武力行使は憲法違反であるという見解を前提にします。その上で、武力行使と武器使用とを区別し、派兵と派遣とを区別します。 武力行使目的を派兵として憲法で許されないとしますが、それ以外での目的では派遣として可能とします。 次に、他国軍隊への支援について、他国軍隊の武力行使と一体化するかしないかを区分します。 さらにこの区分の応用問題として、戦闘地域と非戦闘地域 (周辺事態法では後方地域と称する) を区分します。 一体化しなければ他国軍隊の後方支援は可能であり、非戦等地域での人道復興支援活動は可能であるとするのです。

  これまでの海外派遣法制は全てこのような論理に基づき憲法違反ではないとしてきました。海外へ派遣された自衛隊員は、武器使用しか出来ず、 それも部隊指揮官の命令により組織的に使用すると武力行使のおそれが出てくるとされていました。

  このように、政府解釈はいつも二元論で9条の適用範囲を限局しながら、自衛隊海外派兵の道筋を拡大してきたといえます。 しかしこの論理は極めて危ういと思います。武器使用と武力行使の限界は曖昧であることを見越して、オランダ軍への駆けつけ警護をやろうとしたのが、 陸自サマーワ派遣先遣隊の隊長であった佐藤正久現参議院議員でした。 戦闘地域・非戦等地域の区別が実際には困難であることは、これまでも指摘されていましたが、そのことを見事に表してくれたのが、 小泉総理の 「そんなこと俺にも分からないじゃない」 発言ですし、08.4.17名古屋高裁判決でした。 判決は、政府解釈を前提にしてもバクダーッドは戦闘地域であると判断したのです。 「戦闘が行われることがないと認められる地域」 のように、海外派遣法制の適用要件は主観的です。もっといえば恣意的ですらありえます。 その上、自衛隊は軍事機密を盾にとって、国民へ活動の実態をことごとく隠蔽しているので、マスコミや国民、さらには国会による自衛隊活動のコントロールが効きません。

  今回も政府は、警察権行使であるから武力行使にはそもそも当たらないと説明しています。この論理で行くと、ミサイルや艦砲を使用しても警察権行使と強弁できます。 海上警備行動では、自衛官は上官の命令によらなければ武器使用は出来ないことになっていますので (自衛隊法第89条2項)、組織的な武器使用となり、 武力行使の疑いが強いものになります。

  ソマリア沖には米国やヨーロッパ諸国の海軍艦船が派遣されています。昨年12月16日採択された安保理決議1851号では、これらの国に対して、 武力行使権限を与えています。早速ライス国務長官は、ソマリア領土を爆撃できると発言しました。 このように国際社会では海賊対策で、水上戦闘艦は武力行使をするという理解をしているのです。 自衛艦だけが武器使用だという説明はいかにも屁理屈と思えてなりません。

  第4、このように曖昧な、或いは抽象的な二元論に基づき武装した自衛隊を海外に派遣してしまえば、国民も国会も活動に対するコントロールが効かないだけに、 9条を犯す可能性は否定できません。このような危うい派遣は憲法に違反するだけではなく、9条を頂点とした国内法秩序を根底から覆しかねません。 それも現場の部隊長の判断でも起きえます。佐藤正久氏の駆けつけ警護発言はまさにその危険性を示したのです。 法の支配の原理は、国家権力の濫用を憲法法律により制限して、市民の基本的人権を保障することにあります。 それは近代国家の基本的な原理ですし、憲法が憲法たりうる立憲主義の基本的原理でもあります。 政府のような二元論に基づき自衛隊を海外へ派遣することは、この基本原理にもとることと思います。

4、ソマリア沖は、スエズ運河を通行する船舶が通行する極めて重要な海域です。この海域の日本船舶を護衛するということは、 別の言葉では自衛隊によるシーレーン防衛と同じです。04.12閣議決定された新防衛計画大綱が打ち出した 「新しい安全保障政策」 は、 日本の海外権益、国益の防衛のために、自衛隊を有効に活用しようとするものです。今回の派遣は、この政策を実行することになるでしょう。

5、さらに政府は、3月上旬には海賊対策新法 (仮称) を国会へ提出するといわれています。新法の内容はまだ不明ですが、任務遂行のための武器使用を容認する、 他国船舶、外国人でも警護できるようにするでしょう。そのためには海外における外国人に対する海賊行為でも、 犯罪として取り締まることができるように新しい犯罪構成要件を規定する、船体射撃が出来るように、公海上でも海上保安庁法第20条2項を準用する、 任務遂行のための武器使用が出来る権限規定をおく、自衛官に司法警察権限を与える (ここまで踏み込むかは分かりませんが) などが考えられます。 また、新法は海上警備行動の自衛隊法上の位置づけとは異なり、自衛隊法第3条2項2号任務に位置づけられるでしょう。 国際平和協力活動です。
  しかし、いくら新法を作ってみても、憲法9条武力行使禁止原則を逸脱することは出来ません。 新法により合法化をはかろうとしても、上記第2の自衛隊法違反を除く3つの疑問を乗り越えることは出来ないはずです。 その意味で、新法は憲法に違反する可能性があり、今後国会提出された新法の内容を慎重に分析しなければなりません。
2009.2.13