2009.8.22

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

憲法改正を狙う自民党提言 (3)

1、 今回の連載のまとめとして、「官邸と自衛隊を含む国家の情報能力の強化、平時から有事まで間隙のない戦争国家体制づくり、 海外軍事活動強化のための自衛隊統合運用態勢の強化、自衛隊三軍それぞれの海外軍事任務に重要な位置づけを与える、 軍拡の提言」 という特徴について述べます。

2、小委員会提言は随所で自前の情報能力の強化を求めています。「三、基本的防衛政策」 の 「4、総合的統合的安全保障戦略の作成」 では、 官邸機能の強化として、「情報部門の強化と政策部門と情報部門との連接」 国家安全保障会議 (日本版NSC) 設置と人材育成を挙げます。 国家安全保障問題担当補佐官と防衛省・自衛隊出身の総理補佐官の設置を求めています。官邸を中心とした情報コミュニティーを作ろうというものです。 「情報体制の強化」 では、内閣の情報機能強化として、閣僚級の 「情報委員会」 の設置、情報委員会 (内閣情報官を議長) が各省庁の情報を集約、 評価する体制、対外的な情報を対象とした国家情報組織 (CIAのようなものでしょうか) の新設、国家的情報保全組織と法律の整備 (国家機密法制定のことでしょう)、 情報衛星の運用による情報収集態勢の強化と即応性の高い衛星打ち上げシステムの整備、自衛隊による、 平時から有事まで間隙のない情報収集・偵察・警戒監視活動 (ISR) 実施などです。

  ここに垣間見えるのは、米国から自立した情報能力の保有であると思われます。内閣・官邸の情報機能強化、情報コミュニティーの組織、軍事的情報能力の強化、 そのための衛星システムの保有は、三正面の脅威に軍事的に対応するためのものです。
  日本の国益は必ずしも米国の国益と常に合致するとは限りません。北朝鮮核開発問題を巡っても、米国の国益と日本の国益 (「拉致問題解決」) とが衝突して、 我が国は米国に梯子をはずされた経験 (日本の強い要請にもかかわらず、米国が北朝鮮に対するテロ支援国家の指定解除を行った) があります。 敵基地攻撃を巡ってその様な衝突があれば、我が国は自前の情報能力がなければ、敵基地攻撃すらできなくなるでしょう。 中距離弾道ミサイルや巡航ミサイルで敵基地攻撃を敢行しようとすれば、北朝鮮軍の動きをリアルタイムで把握する必要があるからです。

3、 ここで指摘しておかなければならないのは、昨年5月に与党と民主党が賛成して成立した 「宇宙基本法」 です。 これまでのわが国の宇宙政策を根本的に転換し、宇宙の軍事利用を可能にした法律です。 その第2条で、「我が国の安全保障に資するよう行われなければならない」 と規定されています。 自民党提言を読むと、宇宙基本法はまさにこのために制定されたのだと合点が行きます。

4、 提言は 「三、基本的防衛政策」 の 「11、情報収集・警戒監視・偵察 (ISR) 活動時の安全確保、領域警備、航空警備の法制化」 で、 「法整備により、平時から多様な事態 (有事のこと) への移行を抑止または阻止するため平時から有事まで、 時間的・空間的に間隙のない (平時から有事の不安定な状態をなくした) 対処」 を可能とする、と述べています。
  言い換えれば、平時から有事まで間隙のない戦争国家態勢を作ろうと提案しているのです。情報能力の強化について述べたことは、 平時から戦争を想定した情報活動を強化しようということです。そのための国家体制を作ろうという提案をしているのです。 自衛隊は、平時から公海・公空での ISRを行い、その際敵国から威嚇されたり攻撃されることを想定し、「ISR時の安全確保」 として、 武器を使用するという態勢で臨むというのです。この対象国は三正面 (中国・ロシア・北朝鮮) です。 専守防衛政策のもとで領海・領空侵犯を警戒監視するスクランブル態勢とは訳が違うでしょう。極めて危険な軍事冒険主義です。 平時から武装工作員、武装工作船対処のための領域警備活動を強化することを提案しています。 この活動は、防衛出動・治安出動・海上警備行動には至らない段階での活動として位置づけています。 つまり、平時から自衛隊がこのような国内活動を行うということです。軍事と警察の融合が一層進むことにもなります。 自民党新憲法草案第9条の2、3項で自衛隊の任務として国内治安維持活動を規定していますが、その意味はこのようなことでなのでしょう。
  提言はこれらの活動のために法整備を提案します。自民党新憲法草案が憲法となる前に法整備だけは着々と進めるということでもあります。
  既存の有事法制と相まって、我が国は平時から戦争国家態勢を作り上げることになるでしょう。

5、小委員会提言は、自衛隊をどのように変貌させようとしているのでしょうか。提言 「四、今後整備すべき防衛力」 に書いてあります。
  最初に、平時有事を通じた自衛隊活動の基盤として、自衛隊基地・駐屯地を位置づけます。 地政学的な戦略的脅威 (三正面+シーレーン) の防衛のために全国隙のない配置が必要だと述べます。
  次に提言は軍拡を提言します。「骨太の方針:ゼロベース」 の見直しを要求します。中国の国防費が世界第三位になっていることと比較し、 我が国は世界第5位 (07年) であると述べて、人的、物的な軍拡を要求しています。その際、宇宙の軍事利用と米軍再編経費は防衛費の枠外とするように、 軍拡隠しの方法まで指南しています。提言は、中国と軍拡競争でもするのではないかと思わざるを得ません。

  「三正面+1」 脅威論は、おそらくそのまま実行しようとすれば、途方もない軍拡となるでしょう。そもそも一国の防衛戦略として、二正面で同時に戦うということは、 極めて困難であることは歴史が証明しています。強大な軍事国家米国ですら同じことです。 クリントン政権下で新しい軍事戦略を打ち出した 「ボトム・アップ・レビュー」 では、二つの大規模地域紛争 (湾岸戦争規模) を同時に戦い勝利するという戦略を前提に、 軍事態勢を作りましたが、実際には不可能だという批判がありました。ブッシュ政権では、イラクとアフガンで同時に戦争をしましたが、 その結果アフガンの戦場が手薄となりました。アフガンへ兵力を集中するため、イラクから撤退をしなければならなかったのです。

  自衛隊の作戦計画でもこのことが理解できます。2005年1月16日中国新聞記事 (共同通信配信) によると、 南西諸島有事 (台湾海峡武力紛争の一場面) の際の島嶼部防衛の作戦計画で運用する戦力は、 自衛隊の現有戦力の総力を挙げた作戦計画であることが伺えます (詳しくは自由法曹団通信1225号 「密かに進む戦争国家体制づくり (上)」 参照)。 一正面だけでこれだけですから、「三正面+1」 脅威論に対応する軍事態勢を構築しようとすれば、途方もない軍拡になることは明らかでしょう。

  提言は自衛隊の統合運用態勢の強化を求めています。そのために、自衛隊の統合運用と情報機能の一元化を、官邸機能強化と並行して進めるとしています。 自衛隊の統合運用態勢の強化は、自衛隊の海外活動を効果的に行うためのものです。
  陸・海・空自衛隊に共通してなされている提言は、海外軍事任務に重要な位置づけを与え、そのための能力の強化です。 陸自では、三正面の抑止・対処能力の維持、国外任務対応能力の強化を求めます。三正面の抑止・対処能力に関して述べれば、 16年大綱で北方重視から南西重視へと部隊編成を変えたのですが、南西重視と合わせて北方重視の編成に戻そうとするのかもしれません。 これはまさに冷戦時代の態勢です。海自では、海上交通の安全確保態勢の強化と洋上支援能力の強化を挙げています。 ソマリア沖海賊対策のような活動を強化するのです。海自の活動強化でもう一つ見逃せないのは、 「国際安全保障環境改善のための態勢強化 (外交的ツール)」 です。 海軍艦船のプレゼンスを外交手段として使用するということは、言い換えれば艦砲外交のことです。小委員会提言はここでも軍事冒険主義を示しているのです。 空自では、ISR機能強化と国外任務対応能力の強化を挙げます。

  このように、自衛隊三軍に対しては、三正面+シーレーンに対する脅威に対処するため、 平時から海外で軍事活動を行うことができる軍隊へと変貌させようとしているのです。

6、 小委員会提言を読めば、自民党新憲法草案が狙っている国家像が具体的な形で理解できることは、この三回の連載を読まれた方にはおわかりと思います。
  8月4日、「安全保障と防衛力に関する懇談会」 が麻生首相へ報告書を提出しました。自民党小委員会提言は、 この報告書へどのような形で取り入れられているのでしょうか。また、報告書は全体として、どのような安全保障政策、防衛政策を提言しているのでしょうか。 報告書は、今年中に閣議決定される予定の新しい防衛計画大綱の内容を提言するものです。

  もっとも、今戦われている衆議院選挙の結果、民主党政権となった場合、この報告書がどのように扱われるのか、 民主党政権で新しい防衛計画大綱の内容がどのようになるのか注目する必要があります。 しかし、日米同盟基軸論では民主党と与党では本質的な違いはありません。防衛計画大綱は、これまでのものはすべて防衛官僚が作成したものが下敷きになっています。 首相の諮問機関である懇談会と平行して、これまで防衛庁内部で防衛力の在り方検討会議が作られ、そこで作成された報告書が強い影響力を持っていました。 今回の新しい防衛計画大綱の策定でも同じことでしょう。民主党政権になっても、防衛官僚が安全保障、防衛政策を作り上げるという体制は揺らぐことはないと思います。
  懇談会の有力メンバーには、民主党前原議員のブレーンの学者も入っています。前原議員は、民主党の安全保障政策へ強い影響力を持っています。
  民主党政権の手で作られるかもしれない新しい防衛計画大綱を、批判的に分析するために、懇談会報告書を読み解くことは重要と思っています。

  次回以降は、懇談会報告書を取り上げてみようと思います。
2009.8.22